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第四章 9月
教頭、引導を渡す
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先ほどまでの、ひと仕事終えたというのどかさはない。剣呑な声だった。
エミリはすかさず、紀美の袖をひっぱり、会議室の前を通り過ぎる。
情報魔の彼女には珍しい、ここから即座に去ろうとしているのだろうか?
いや、エミリは紀美を連れ、会議室の向こう、鍵のかかっていない用具室へと滑りこんだ。
「(なんですか?)」
「(こっちの方が声が聞こえる)」
しかも、見つかりにくい。さすが、コケシとは言え、鴨池小随一の情報員だ。
隣室からは、委員長の声が更に響いてくる。
「今の活動が無駄だというんですね」
「無駄と言っているわけではありません」
猫なで声にも近い、あれは確か教頭・白石の声だ。
「今、携わっている人数は? 確か……六人?」
「七名ですが」
「そろそろ皆さんを、解放してあげましょうよ」
白石の言い方は、子どもに優しく言い聞かせる時のトーンを帯びている。
「もちろん、今まで二〇年にも渡って、保護者の方々が学校のためにご尽力いただいたという点では、いくら感謝してもし切れません。体育館の椅子、体育用品、視聴覚機器、冷水器、図書もたくさん、色々と設備が充実してきたのは、ひとえに皆様のたゆみない作業の成果ですから」
委員長は答えない。
多分、教頭をあのギョロ目でじっと睨みつけているのだろう。
「それでも時代は、変わりつつありますよねぇ」
教頭が向きを変えたようだ。グラウンドの方を眺めているらしい。
委員長の殺人目線におびえたのだろうか。
「お家に持ち帰ってやっている方もいるらしいですね……それも含めた皆さんの拘束時間、サンマークの発送料、説明会への交通費、会議室使用の電気代、他にも」
電気代、って言ってもエアコンも使わせてくれないくせに……紀美は唇を噛みしめ、ふとエミリの方をみる。
エミリは相変わらずの無表情のままだが、耳はしっかり壁に押し当てている。
「もちろん年間二〇万とか収益として上がっているのならばまだしも、近ごろではなかなか、厳しいとか。しかも年々集まる量も減っておるようですし、たしか、一昨年の委員長さんが、ほとんどサンマーク預金を使いきって卒業されていますよねぇ。だから、残高はええと」
何かをめくっているような間があってから
「ああ、それでもあと、冷水器一台分くらいは、残ってたんですかね、残高」
また教頭、委員長に向き直ったようだ。
「スーパーで回収箱のことでトラブルになったのも、まだ記憶に新しいですしね」
初耳だ。ごちゃごちゃに大きな袋ごと突っ込んであるマークを見て、フジコが切れたとか、そんな事件でもあったのだろうか?
「夏休みにまで、ご熱心にやってらっしゃるんでしょう? 割に合わない作業のせいで、メンバーの方々からも苦情が出ているのでは?」
何か答えてよ、委員長。紀美は心の中で叫ぶ。
言われっ放しにならないで、いつもの勢いで言い返して。
「では、どうすれば良いんですか」
委員長の声は、弱々しい。
「……」
教頭は、にやりとしたに違いない。
「今年度いっぱいで、活動を終了ということにされては?」
紀美とエミリは顔を見合わせた。
「昨年分と今年の残高を合わせても、たいした額にはならんでしょ?」
委員長からの返事はないようだったが、教頭は構わず続ける。
「ちょうど、お宅の息子さんも卒業ですよね。キリがよいのでは。それこそ、冷水器の調子がよくないので一台か二台、購入いただいて残高もきれいになくして。
ああ、その小包はいつものようにお預かりします、明日には発送させますんで」
そう教頭が動いたらしいのを機に、紀美とエミリはあわてて用具室から飛び出し、一目散に現場から逃げ去った。
家に帰るまで、頭の中に教頭の
「たいした額にはならんでしょ?」
が、ぐるぐるといつまでも回り続けていた。
十九万が、たいした額ではない、と?
紀美はいつの間にかぐっとこぶしを握りしめていた。
ふと感じる風に秋を覚え、天を見上げればどことなく頭上は青く澄み始め、サンマークの活動には心地よい季節となってきた。
「え~、でも暑いっすよ、まだ~。窓開けましょうよぉ」
春日のゴタクが室内に満ちる。
「北国にはありえん暑さです。融けますって」
いつもの冷たい返事がない。
春日が「?」という顔を上げたが、委員長は、黙って手元を向いている。
作業に気を取られているようにも見えるが、紀美が見かけたあの日から、何とも生彩を欠いていた。
しかも……
「委員長っ!」
伊藤が叫んだと同時に、委員長の上体が大きくかしいだ。
テーブルに拡げられていたサンマークの切れ端が盛大に宙を舞う。
「だいじょうぶですか! 委員長!!」
紀美も皆とともに駆け寄った。
委員長は、サンマークの舞い散るただ中に返事もせず横たわっていた。
エミリはすかさず、紀美の袖をひっぱり、会議室の前を通り過ぎる。
情報魔の彼女には珍しい、ここから即座に去ろうとしているのだろうか?
いや、エミリは紀美を連れ、会議室の向こう、鍵のかかっていない用具室へと滑りこんだ。
「(なんですか?)」
「(こっちの方が声が聞こえる)」
しかも、見つかりにくい。さすが、コケシとは言え、鴨池小随一の情報員だ。
隣室からは、委員長の声が更に響いてくる。
「今の活動が無駄だというんですね」
「無駄と言っているわけではありません」
猫なで声にも近い、あれは確か教頭・白石の声だ。
「今、携わっている人数は? 確か……六人?」
「七名ですが」
「そろそろ皆さんを、解放してあげましょうよ」
白石の言い方は、子どもに優しく言い聞かせる時のトーンを帯びている。
「もちろん、今まで二〇年にも渡って、保護者の方々が学校のためにご尽力いただいたという点では、いくら感謝してもし切れません。体育館の椅子、体育用品、視聴覚機器、冷水器、図書もたくさん、色々と設備が充実してきたのは、ひとえに皆様のたゆみない作業の成果ですから」
委員長は答えない。
多分、教頭をあのギョロ目でじっと睨みつけているのだろう。
「それでも時代は、変わりつつありますよねぇ」
教頭が向きを変えたようだ。グラウンドの方を眺めているらしい。
委員長の殺人目線におびえたのだろうか。
「お家に持ち帰ってやっている方もいるらしいですね……それも含めた皆さんの拘束時間、サンマークの発送料、説明会への交通費、会議室使用の電気代、他にも」
電気代、って言ってもエアコンも使わせてくれないくせに……紀美は唇を噛みしめ、ふとエミリの方をみる。
エミリは相変わらずの無表情のままだが、耳はしっかり壁に押し当てている。
「もちろん年間二〇万とか収益として上がっているのならばまだしも、近ごろではなかなか、厳しいとか。しかも年々集まる量も減っておるようですし、たしか、一昨年の委員長さんが、ほとんどサンマーク預金を使いきって卒業されていますよねぇ。だから、残高はええと」
何かをめくっているような間があってから
「ああ、それでもあと、冷水器一台分くらいは、残ってたんですかね、残高」
また教頭、委員長に向き直ったようだ。
「スーパーで回収箱のことでトラブルになったのも、まだ記憶に新しいですしね」
初耳だ。ごちゃごちゃに大きな袋ごと突っ込んであるマークを見て、フジコが切れたとか、そんな事件でもあったのだろうか?
「夏休みにまで、ご熱心にやってらっしゃるんでしょう? 割に合わない作業のせいで、メンバーの方々からも苦情が出ているのでは?」
何か答えてよ、委員長。紀美は心の中で叫ぶ。
言われっ放しにならないで、いつもの勢いで言い返して。
「では、どうすれば良いんですか」
委員長の声は、弱々しい。
「……」
教頭は、にやりとしたに違いない。
「今年度いっぱいで、活動を終了ということにされては?」
紀美とエミリは顔を見合わせた。
「昨年分と今年の残高を合わせても、たいした額にはならんでしょ?」
委員長からの返事はないようだったが、教頭は構わず続ける。
「ちょうど、お宅の息子さんも卒業ですよね。キリがよいのでは。それこそ、冷水器の調子がよくないので一台か二台、購入いただいて残高もきれいになくして。
ああ、その小包はいつものようにお預かりします、明日には発送させますんで」
そう教頭が動いたらしいのを機に、紀美とエミリはあわてて用具室から飛び出し、一目散に現場から逃げ去った。
家に帰るまで、頭の中に教頭の
「たいした額にはならんでしょ?」
が、ぐるぐるといつまでも回り続けていた。
十九万が、たいした額ではない、と?
紀美はいつの間にかぐっとこぶしを握りしめていた。
ふと感じる風に秋を覚え、天を見上げればどことなく頭上は青く澄み始め、サンマークの活動には心地よい季節となってきた。
「え~、でも暑いっすよ、まだ~。窓開けましょうよぉ」
春日のゴタクが室内に満ちる。
「北国にはありえん暑さです。融けますって」
いつもの冷たい返事がない。
春日が「?」という顔を上げたが、委員長は、黙って手元を向いている。
作業に気を取られているようにも見えるが、紀美が見かけたあの日から、何とも生彩を欠いていた。
しかも……
「委員長っ!」
伊藤が叫んだと同時に、委員長の上体が大きくかしいだ。
テーブルに拡げられていたサンマークの切れ端が盛大に宙を舞う。
「だいじょうぶですか! 委員長!!」
紀美も皆とともに駆け寄った。
委員長は、サンマークの舞い散るただ中に返事もせず横たわっていた。
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