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第五章 10月
洋二郎くんがそんなことするなんて
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スーパーでの事件、以前にも何かあったんですよね、と紀美は帰りがけにまたエミリに訊いてみた。
「ああ、あれはねー」
特に感慨もないように、エミリが答える。
「あの時は、まだホンテツストアに回収箱を置いてもらってたんだ」
ホンテツストアは、地域で一番規模の大きなスーパーチェーンだった。
鴨池小では、数年にわたりホンテツの数ヶ所に回収箱を置かせてもらっていた。
ある日、通りかかった誰かが、その箱の中にペットボトルのジュースを注ぎ入れた。
いたずらなのか嫌がらせなのか、犯人は誰なのか結局判らず終いだったが、結果的にトラブルを好まないスーパー側から、『今後このような回収箱を置かないでほしい』と連絡を受けた。
それが、第三次六合時代のことだったらしい。
今度は、メンバーの身内が関わってるからねえ、しかも万引きに値するなんて言われて。
今回の噂を聞いた公民館からも、サンマーク回収箱をこのまま置いても大丈夫なのかという声が出ているらしい。
次のエミリの言葉に、紀美は思わず彼女の方をまともに見た。
「まあ、洋二郎くんがそんなことするなんて、ウチは信じないけどね」
「そうなんですか?」
「うん、うん」エミリはひとり、うなずいている。こけしの赤べこバージョンだ。
「うちのかおりのめんどうも、よく見てくれてる」
へえ、学年違うのに、と首をかしげた紀美は、続く言葉に完全に立ち止まった。
「あの子さ、去年、洋二郎くんと同じ通級に行ってたんだ。学校行きたくなーい、ってよく言って休んでさ、教頭から、知的な遅れがあるかもだから、知能検査ちゃんと受けて、通級指導でも受けるように、って言われて」
教頭という立場で、そこまで言えるのだろうか。紀美が疑問を投げかけると、エミリが
「それそれ」思い切り、くいついてきた。
「委員長にも言われた。教員が、お宅のお子さんに○○という障害があるかもですよ、なんて言うのは間違ってる、って。しかるべき機関を勧めることはあるかもしれないけど、判断はあくまでも、資格のある人がやるものだから、ってね」
でも結局、しばらくは通級指導で様子をみることになった。
そこで何度か、洋二郎とも会ったのだそうだ。
「洋二郎くん、とにかく自分より弱い子にやさしくてさ、泣きそうになってる子にはすぐに駆け寄って、だいじょうぶか? って言うし、ティッシュをすっと出してくれたりするし、それに正義感も強いから、かおりのこともずいぶんかばってくれて、逆にかおりが間違ったことをすれば、それはいけないことだ、ってちゃんと諭してくれたね。だから、例え母親のためでも、他所の学校のサンマークに手を出したりは、しないと思うけどね」
「あのもしかして」
紀美はつい、エミリにこう訊こうとした。
林さんも、サンマークを、サンマークのメンバーを愛しているんですか?
しかしつい、奇麗に揃った髪をみたせいで
「こけしさんも」
そこまで口にして、うっ、と言葉に詰まった。
「ず、ずみまぜん」
エミリは、おおらかに答える。
「ま、ダンナにもよく言われるからねー」
エミリの話を聞いただけでは、洋二郎がどんな思いでサンマークを盗ろうとしたのかはうかがい知れない。
ただ、スーパーからは完全に撤退したという事実が残ったのみだ。
次の作業前に、ミドリコは、委員長からのメッセージをこう伝えた。
「なくなったものは、しょうがない。まあ、気楽にやりましょう」
あまりにも委員長に似つかわしくないことばに、伊藤すら
「デスヨネー」を封印したようで
「……なんだかなぁ」
そうつぶやいて、春日も
「きらくにやりましょう……とは。委員長、ゆーほーにさらわれて、宇宙人にあやつられているのでは」
そう言って、うううオイタワシヤ、と呻いた。
十月も日が経つにつれ、使用済みカートリッジが、以前にも増して続々と集まるようになった。
今まで夫を頼みとしなかった彼女らが、急に、『使えるものは有効に使う』大作戦を開始したからだった。
事務職についている伊藤の夫と、プログラマーだというエミリの夫とが、キャプソンとエノンの使用済みカートリッジ、トナーカートリッジなどをかき集めてくれた。
メンバーの個人的ツテで、保護者仲間などを通じて各職場に声をかけてもらう方法も効果があった。
フジコは手をまっ黒にして、毎回時間いっぱい作業にまい進していた。
「ひと箱、二五〇〇点が目標だから」
そう言いながら、フジコの後ろにはすでに数箱分の使用済みカートリッジが積み上がりつつあった。
見えなくなったサンマークのことについて、ミドリコは『必ず解決させる』と言ってから、一言も口にしなくなっていた。
しかし……作業が終わる毎に、ミドリコは段ボール箱にすべてのサンマークを詰め込み、作業室から持ち出すようになっていた。
次回の作業でまた、自宅からマークを持ってくるようだ。
確実に何かを疑っているらしいのは、紀美にも痛いほど感じられた。
「ああ、あれはねー」
特に感慨もないように、エミリが答える。
「あの時は、まだホンテツストアに回収箱を置いてもらってたんだ」
ホンテツストアは、地域で一番規模の大きなスーパーチェーンだった。
鴨池小では、数年にわたりホンテツの数ヶ所に回収箱を置かせてもらっていた。
ある日、通りかかった誰かが、その箱の中にペットボトルのジュースを注ぎ入れた。
いたずらなのか嫌がらせなのか、犯人は誰なのか結局判らず終いだったが、結果的にトラブルを好まないスーパー側から、『今後このような回収箱を置かないでほしい』と連絡を受けた。
それが、第三次六合時代のことだったらしい。
今度は、メンバーの身内が関わってるからねえ、しかも万引きに値するなんて言われて。
今回の噂を聞いた公民館からも、サンマーク回収箱をこのまま置いても大丈夫なのかという声が出ているらしい。
次のエミリの言葉に、紀美は思わず彼女の方をまともに見た。
「まあ、洋二郎くんがそんなことするなんて、ウチは信じないけどね」
「そうなんですか?」
「うん、うん」エミリはひとり、うなずいている。こけしの赤べこバージョンだ。
「うちのかおりのめんどうも、よく見てくれてる」
へえ、学年違うのに、と首をかしげた紀美は、続く言葉に完全に立ち止まった。
「あの子さ、去年、洋二郎くんと同じ通級に行ってたんだ。学校行きたくなーい、ってよく言って休んでさ、教頭から、知的な遅れがあるかもだから、知能検査ちゃんと受けて、通級指導でも受けるように、って言われて」
教頭という立場で、そこまで言えるのだろうか。紀美が疑問を投げかけると、エミリが
「それそれ」思い切り、くいついてきた。
「委員長にも言われた。教員が、お宅のお子さんに○○という障害があるかもですよ、なんて言うのは間違ってる、って。しかるべき機関を勧めることはあるかもしれないけど、判断はあくまでも、資格のある人がやるものだから、ってね」
でも結局、しばらくは通級指導で様子をみることになった。
そこで何度か、洋二郎とも会ったのだそうだ。
「洋二郎くん、とにかく自分より弱い子にやさしくてさ、泣きそうになってる子にはすぐに駆け寄って、だいじょうぶか? って言うし、ティッシュをすっと出してくれたりするし、それに正義感も強いから、かおりのこともずいぶんかばってくれて、逆にかおりが間違ったことをすれば、それはいけないことだ、ってちゃんと諭してくれたね。だから、例え母親のためでも、他所の学校のサンマークに手を出したりは、しないと思うけどね」
「あのもしかして」
紀美はつい、エミリにこう訊こうとした。
林さんも、サンマークを、サンマークのメンバーを愛しているんですか?
しかしつい、奇麗に揃った髪をみたせいで
「こけしさんも」
そこまで口にして、うっ、と言葉に詰まった。
「ず、ずみまぜん」
エミリは、おおらかに答える。
「ま、ダンナにもよく言われるからねー」
エミリの話を聞いただけでは、洋二郎がどんな思いでサンマークを盗ろうとしたのかはうかがい知れない。
ただ、スーパーからは完全に撤退したという事実が残ったのみだ。
次の作業前に、ミドリコは、委員長からのメッセージをこう伝えた。
「なくなったものは、しょうがない。まあ、気楽にやりましょう」
あまりにも委員長に似つかわしくないことばに、伊藤すら
「デスヨネー」を封印したようで
「……なんだかなぁ」
そうつぶやいて、春日も
「きらくにやりましょう……とは。委員長、ゆーほーにさらわれて、宇宙人にあやつられているのでは」
そう言って、うううオイタワシヤ、と呻いた。
十月も日が経つにつれ、使用済みカートリッジが、以前にも増して続々と集まるようになった。
今まで夫を頼みとしなかった彼女らが、急に、『使えるものは有効に使う』大作戦を開始したからだった。
事務職についている伊藤の夫と、プログラマーだというエミリの夫とが、キャプソンとエノンの使用済みカートリッジ、トナーカートリッジなどをかき集めてくれた。
メンバーの個人的ツテで、保護者仲間などを通じて各職場に声をかけてもらう方法も効果があった。
フジコは手をまっ黒にして、毎回時間いっぱい作業にまい進していた。
「ひと箱、二五〇〇点が目標だから」
そう言いながら、フジコの後ろにはすでに数箱分の使用済みカートリッジが積み上がりつつあった。
見えなくなったサンマークのことについて、ミドリコは『必ず解決させる』と言ってから、一言も口にしなくなっていた。
しかし……作業が終わる毎に、ミドリコは段ボール箱にすべてのサンマークを詰め込み、作業室から持ち出すようになっていた。
次回の作業でまた、自宅からマークを持ってくるようだ。
確実に何かを疑っているらしいのは、紀美にも痛いほど感じられた。
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