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第十章 3月
VS教頭ガチバトル
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「みなさん、お揃いでしたか」
教頭は先ほどまでの優しい口調ではあったが、すっかり目は乾いているようだ。
「成島さんは、残念なことで」
「その仰り方は、少し不謹慎ですわね」
ミドリコの声も優しげだが、目は全く笑っていない。
「別に成島委員長がお亡くなりになったわけではありません、回復されたらまた、いくらでもお目にかかれるでしょうし。それにサンマークは今、私が代行しておりますので特に問題はないのでは」
いやいや、そう言う意味で申し上げたわけでは……と教頭が珍しく顔を赤くして手を振りまくる。
「それより、何かご用件が?」
澄ましてそう訊ねるミドリコに、教頭は息を整えてから、元の温和な表情に戻して背後にあったハガキを取り上げて手渡した。
「十二月に送った分の連絡が事務室に届いておりましたので、お渡ししようかと」
ミドリコの見据えるハガキを、皆で覗きこむ。
十二月上旬に送った分、十二万二千百八十六点が新しく認められた、という連絡だった。
こちらから送った『サンマーク送り状』の原本とそれを直したものも、一緒に送られていた。
さすがに急いでいたせいで数ヶ所、間違いがあったようだがそれでも予想していた点数とそう大差なかった。
「残高……」残高管理担当の春日が、声に出す。
「さんじゅうきゅうまん、さんぜん、ひゃく、とんで、きゅうてん」
取り決めの四十万に、わずかに届かなかった。
会議室の中は、しわぶきひとつ聞こえない。
永劫の時を経て、ようやく声を出したのはミドリコだった。
「この後に、追加の連絡は届いておりませんでしょうか」
「いえ」
教頭の声は、悲しげにも聞こえる。
「追加でも出しておられたのですね。しかし、今日の時点ではまだ」
「そうですか」
やはり、少し遅すぎたのだ。
ミドリコは、改めて教頭に向き直る。
「長い間、お世話になりました」
「それを申し上げるのは、こちらですよ」
教頭がおおらかに笑う。
「神谷さんも、サンマークに関わるようになってかなり長いかと思いますが、こちらにいらっしゃる皆さん、もちろん、成島さんもですが」
芝居じみた言い方をしてみせる。
「長い間、学校のために尽くしていただき、ほんとうにありがとうございました」
メンバーは、ぱらぱらと頭を下げる。
「で、残高は学校のためにぜひ有効に使わせていただきます。次の教頭にも引き継いでおきますよ。なんですか、『買い物ガイド』という冊子があるんでしたっけ? それを事務室に渡していただければ、新年度早々職員会議で」
「いえ」
ミドリコのことばに、教頭が顔をこわばらせる。
「買い物ガイドは必要ありませんことよ。全額を、他校への寄付に回すことにしましたから」
一月の新年会で、皆で話しあって決めていたことだった。
もしも、目標の四十万に達しなかった場合……鴨池小でこれ以上、サンマーク運動が続けられなくなった場合。
保護者と回収先全部に活動終了のお詫びを出し、そこで、報告しよう、と。
残高のすべてを、へき地校、災害に遭った学校、海外で教育のチャンスを求めている学校に、分配して寄付をする、と。
「目標には達しなかったのですから、身の振り方はこちらで決めさせていただきます。いくら努力しても、外部からの妨害があっては、太刀打ちできませんし」
ミドリコが冷たい口調で続ける。
「十二月始め、事務室に預けようとした荷物から、今度は集計済みマークの抜き取りを画策されていたと伺いましてよ」
紀美をのぞくメンバーに動揺がはしった。
教頭は、何も答えない。
ミドリコは、伊藤の手前もあるのか、あえて実行犯の名前は出さなかった。
しかし紀美も、あの対決の日、ヤマダから、教頭が次に何と命じたかは聞いていた。
「『届けられた荷物の点数を確認して、多いようならばいくらか抜いて、点数を書き換えようと思う。アイツらに学校の内部を引っかき回されるのはもうたくさんだ。次に荷物を発送する日を訊き出して、もし私が居ない時だったら、代わりにソレ、やってくれないか?』
ええ、頼まれていましたよ、残高も把握してて、いくらでしたか、そこに達しないように対処してくれ、と。それが何か?」
「だが、減っていなかっただろう?」
教頭の言い方は、完全、開き直っている。「それ、別に減ってないだろう? え?」
「ええ、減っておりません。私が直接郵便局に持ち込みましたから」
ミドリコが答える。
「でも、ここまでに残高が足りていないのは、まぎれもない事実です」
「そうだ」教頭がつばを飛ばす。
「だが、残高については寄付なんて聞いていないぞ。私は認めない。保護者や地域の方々を裏切る行為なんじゃ、ないのか?」
答えられないミドリコに、教頭は更に喰ってかかった。
「瑣末なことに夢中になって、学校の資源や自分らの時間を食いつぶす、そして自分のところの利益も考えずにただエエカッコシイの、自己満足の活動なんて、すぐさま止めていただきたい!」
あのー、きょうとうせんせい、と会議室の入口でかすかな声がした。
事務の若い女性だった。
教頭はふり返りざまに
「今忙しいんだ、サンマークの件で。後にしてくれ」
でも、と事務はさらに声を大きくする。
「その件で……サンマークの件で今、新しい通知が届きましたが」
ギリギリで届いた通知には、追加で出した検収の結果が載っていた。
残高は、年度末で四万一千二百十三点。
がくりと肩を落とす教頭の前で、メンバーは一斉に万歳を叫び、抱き合った。
教頭は先ほどまでの優しい口調ではあったが、すっかり目は乾いているようだ。
「成島さんは、残念なことで」
「その仰り方は、少し不謹慎ですわね」
ミドリコの声も優しげだが、目は全く笑っていない。
「別に成島委員長がお亡くなりになったわけではありません、回復されたらまた、いくらでもお目にかかれるでしょうし。それにサンマークは今、私が代行しておりますので特に問題はないのでは」
いやいや、そう言う意味で申し上げたわけでは……と教頭が珍しく顔を赤くして手を振りまくる。
「それより、何かご用件が?」
澄ましてそう訊ねるミドリコに、教頭は息を整えてから、元の温和な表情に戻して背後にあったハガキを取り上げて手渡した。
「十二月に送った分の連絡が事務室に届いておりましたので、お渡ししようかと」
ミドリコの見据えるハガキを、皆で覗きこむ。
十二月上旬に送った分、十二万二千百八十六点が新しく認められた、という連絡だった。
こちらから送った『サンマーク送り状』の原本とそれを直したものも、一緒に送られていた。
さすがに急いでいたせいで数ヶ所、間違いがあったようだがそれでも予想していた点数とそう大差なかった。
「残高……」残高管理担当の春日が、声に出す。
「さんじゅうきゅうまん、さんぜん、ひゃく、とんで、きゅうてん」
取り決めの四十万に、わずかに届かなかった。
会議室の中は、しわぶきひとつ聞こえない。
永劫の時を経て、ようやく声を出したのはミドリコだった。
「この後に、追加の連絡は届いておりませんでしょうか」
「いえ」
教頭の声は、悲しげにも聞こえる。
「追加でも出しておられたのですね。しかし、今日の時点ではまだ」
「そうですか」
やはり、少し遅すぎたのだ。
ミドリコは、改めて教頭に向き直る。
「長い間、お世話になりました」
「それを申し上げるのは、こちらですよ」
教頭がおおらかに笑う。
「神谷さんも、サンマークに関わるようになってかなり長いかと思いますが、こちらにいらっしゃる皆さん、もちろん、成島さんもですが」
芝居じみた言い方をしてみせる。
「長い間、学校のために尽くしていただき、ほんとうにありがとうございました」
メンバーは、ぱらぱらと頭を下げる。
「で、残高は学校のためにぜひ有効に使わせていただきます。次の教頭にも引き継いでおきますよ。なんですか、『買い物ガイド』という冊子があるんでしたっけ? それを事務室に渡していただければ、新年度早々職員会議で」
「いえ」
ミドリコのことばに、教頭が顔をこわばらせる。
「買い物ガイドは必要ありませんことよ。全額を、他校への寄付に回すことにしましたから」
一月の新年会で、皆で話しあって決めていたことだった。
もしも、目標の四十万に達しなかった場合……鴨池小でこれ以上、サンマーク運動が続けられなくなった場合。
保護者と回収先全部に活動終了のお詫びを出し、そこで、報告しよう、と。
残高のすべてを、へき地校、災害に遭った学校、海外で教育のチャンスを求めている学校に、分配して寄付をする、と。
「目標には達しなかったのですから、身の振り方はこちらで決めさせていただきます。いくら努力しても、外部からの妨害があっては、太刀打ちできませんし」
ミドリコが冷たい口調で続ける。
「十二月始め、事務室に預けようとした荷物から、今度は集計済みマークの抜き取りを画策されていたと伺いましてよ」
紀美をのぞくメンバーに動揺がはしった。
教頭は、何も答えない。
ミドリコは、伊藤の手前もあるのか、あえて実行犯の名前は出さなかった。
しかし紀美も、あの対決の日、ヤマダから、教頭が次に何と命じたかは聞いていた。
「『届けられた荷物の点数を確認して、多いようならばいくらか抜いて、点数を書き換えようと思う。アイツらに学校の内部を引っかき回されるのはもうたくさんだ。次に荷物を発送する日を訊き出して、もし私が居ない時だったら、代わりにソレ、やってくれないか?』
ええ、頼まれていましたよ、残高も把握してて、いくらでしたか、そこに達しないように対処してくれ、と。それが何か?」
「だが、減っていなかっただろう?」
教頭の言い方は、完全、開き直っている。「それ、別に減ってないだろう? え?」
「ええ、減っておりません。私が直接郵便局に持ち込みましたから」
ミドリコが答える。
「でも、ここまでに残高が足りていないのは、まぎれもない事実です」
「そうだ」教頭がつばを飛ばす。
「だが、残高については寄付なんて聞いていないぞ。私は認めない。保護者や地域の方々を裏切る行為なんじゃ、ないのか?」
答えられないミドリコに、教頭は更に喰ってかかった。
「瑣末なことに夢中になって、学校の資源や自分らの時間を食いつぶす、そして自分のところの利益も考えずにただエエカッコシイの、自己満足の活動なんて、すぐさま止めていただきたい!」
あのー、きょうとうせんせい、と会議室の入口でかすかな声がした。
事務の若い女性だった。
教頭はふり返りざまに
「今忙しいんだ、サンマークの件で。後にしてくれ」
でも、と事務はさらに声を大きくする。
「その件で……サンマークの件で今、新しい通知が届きましたが」
ギリギリで届いた通知には、追加で出した検収の結果が載っていた。
残高は、年度末で四万一千二百十三点。
がくりと肩を落とす教頭の前で、メンバーは一斉に万歳を叫び、抱き合った。
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