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終章 12年後のある日
サンマーク室
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スーパー『ほそだ』は名前の割には品数の豊富さ、値段の安さで地元でも大人気だった。
こんな週末の昼近くは、更に混みあう。
「早く選んでよ、ルイ」
紀美はカートを小刻みに揺さぶって、立ち止まったままの娘をせかす。
「試しに買ってみるだけだから、何でもいいでしょ?」
「えー」
ルイが長い髪を揺らした。
「でも集まる人数が十三人だから、お土産に十二個入りじゃ、まずいでしょ? お徳用袋だと、ほら、サンマークがついてないんだよ、どうしよう」
「私の分はいいから。アンタも遠慮しなさいよ、見学に行くだけなんだから」
あ、でも、と紀美は宙を見る。
「今日、お試しで来たいって言ってた人がふたり増えるかも。水曜の活動は無理だから、って」
「えー……じゃ、二箱買おうかな」
大学一年になったばかりのルイは、少ないお小遣いをできるだけ減らしたくなくて、いつまでもグズグズ言っている。
「ねえもういいでしょ? 活動に遅刻するよ!」
春日委員長が活動を引き継いだあの年の秋に、如月家に長男が生まれた。
その子ももう、今年度で鴨池小学校を卒業する。
紀美が三年続けたサンマークボランティア、委員長の座も、今期で最後になる。
二箱目を棚に戻そうとしたルイの手を止め、紀美はそれをカゴに加えた。
「今回だけひと箱、おごりね」
「ありがとう」ルイの満面の笑みは、幼い頃のままだ。
レジを通す時、紀美はスーパーのポイントカードとともに『サンマークカード』を取り出し、店員に渡す。
店員は慣れた手つきでふたつのカードをリーダーに通し、
「サンマーク四点入りました。点数合計三七九です」
と、また紀美に返してよこした。
サンマークは『切り取る形』から『読みとる形』に変化していた。
サンマーク協賛企業は、サンマーク商品をそれぞれ登録し、商品のどこかに、『サンちゃんマーク』と点数を明記する。
各店舗のPOSシステムで、顧客が買ったサンマーク点数を自動で読みとり、希望する顧客については、紀美の持っているようなサンマークカードに、ナンバーと点数とを自動的に記録するという仕組みができていた。
企業にとっては少ない費用で効率よく市場調査ができ、しかも社会貢献の一端を担うことができるという理由で、このシステムはじわじわと各企業や商品に広がりつつあった。
店頭の端末で、すぐに希望団体に寄付することも可能だった。希望団体を団体番号入力かカナ検索の候補から選び、カードを通すだけでいい。しかも、操作に慣れていれば、入っている点数を複数団体に振り分けることもできる。
サンマークを集めてくれる人びとは、たいがいがそんな面倒なことはしない。
千点くらい集まると、カードをそのまま、店先にある『サンマーク回収ボックス』に投げ入れる。
「ああ委員長」
店長の細田が通りかかりに愛想よく声をかけてきた。紀美はここでも「委員長」と呼ばれていた。
「新規カードがもう残り少ないんで、また補充頼みますわ」
「はい、いつもありがとうございます。五〇くらいでいいですか」
「念のために八〇お願い」
紀美も笑顔でおじぎを返す。「夕方までにお持ちしますね、ありがとうございます」
鴨池小も、近隣ほとんどのスーパー、公共施設に回収箱を置いてもらっていた。
以前、泰介が面白半分に提案してくれた『システム案』が、めぐりめぐって最終的に財団に届き、試行錯誤の末、形となってからすでに三年。
モデルケースとしてこの地域に導入されてからすでに二年半が経とうとしていた。
反応は上々だった。
紀美は念のために回収箱をのぞく。
再利用されたカードも含め、五枚ほど入っている。
持っていた合鍵で蓋を開け、中身を取り出した。まとめて、小さなポーチに入れてから、脇の確認欄に持っていたネーム印を押し、日付を入れた。
「早く! 遅れるよ!」
ルイが逆に、母の手を引っ張った。
彼女は現在、情報学部情報デザイン学科で、企業の社会貢献について学びたい、と勉強している。
今回は紀美たちの作業を見学して、実際に買った品物の点数がどう処理されていくのか、実際に確かめてみたいのだと言っていた。
まだ九月に入ったばかりの鴨池小作業室は、いつもよりもわずかに、熱気が感じられた。
六人のメンバーが手分けしてそれぞれの仕事にとりかかっている。
「ごめんね遅れて」
入って来るなり、紀美は立ち止まる。「うわ、この中暑くない?」
端のPC端末に向き合っていた一人が、顔を上げた。
「委員長! エアコンが壊れちゃったみたい! 窓開けたけどいいですよねー」
「もちろん」もう風に吹き飛ぶ紙片はほとんど存在しない。
たまに見かけるのは、POSシステムのない店で購入された、読みとり前のマークだけだ。それは回収団体ごと、直接PC入力で点数計上ができる仕組みになっている。
開け放たれた窓近くでカートリッジのキャップをむしっていた二人が、
「また! これも格安品だ」
「純正品に見せかけた別の何かだわ。出たわね~」
そう大騒ぎして、脇のゴミ袋にはじき飛ばしている。
カートリッジは従来の方式が取られていたが、機械は苦手です、という人には人気のシゴトだった。
「ルイちゃん、久しぶり!」
やはりPCで入力作業していた女性が立ち上がった。
「あっ」ルイが駈けよる。
「こんにちは! ハルカ、元気ですか?」
「今、仕事で研修を兼ねて北海道に行ってるのー、会いたがってたわー」
三波優香も、紀美と同じ年の冬に、三人目の女の子を出産していた。
ずっとサンマークを避け続けていた優香も、
『サンマークってさ、すっごく楽しいらしいよ! 如月くんもそう言ってた』
と三女に強く勧められ、月に二、三度は、パートの合間を縫って、こうして手伝いに来るようになっていた。
こんな週末の昼近くは、更に混みあう。
「早く選んでよ、ルイ」
紀美はカートを小刻みに揺さぶって、立ち止まったままの娘をせかす。
「試しに買ってみるだけだから、何でもいいでしょ?」
「えー」
ルイが長い髪を揺らした。
「でも集まる人数が十三人だから、お土産に十二個入りじゃ、まずいでしょ? お徳用袋だと、ほら、サンマークがついてないんだよ、どうしよう」
「私の分はいいから。アンタも遠慮しなさいよ、見学に行くだけなんだから」
あ、でも、と紀美は宙を見る。
「今日、お試しで来たいって言ってた人がふたり増えるかも。水曜の活動は無理だから、って」
「えー……じゃ、二箱買おうかな」
大学一年になったばかりのルイは、少ないお小遣いをできるだけ減らしたくなくて、いつまでもグズグズ言っている。
「ねえもういいでしょ? 活動に遅刻するよ!」
春日委員長が活動を引き継いだあの年の秋に、如月家に長男が生まれた。
その子ももう、今年度で鴨池小学校を卒業する。
紀美が三年続けたサンマークボランティア、委員長の座も、今期で最後になる。
二箱目を棚に戻そうとしたルイの手を止め、紀美はそれをカゴに加えた。
「今回だけひと箱、おごりね」
「ありがとう」ルイの満面の笑みは、幼い頃のままだ。
レジを通す時、紀美はスーパーのポイントカードとともに『サンマークカード』を取り出し、店員に渡す。
店員は慣れた手つきでふたつのカードをリーダーに通し、
「サンマーク四点入りました。点数合計三七九です」
と、また紀美に返してよこした。
サンマークは『切り取る形』から『読みとる形』に変化していた。
サンマーク協賛企業は、サンマーク商品をそれぞれ登録し、商品のどこかに、『サンちゃんマーク』と点数を明記する。
各店舗のPOSシステムで、顧客が買ったサンマーク点数を自動で読みとり、希望する顧客については、紀美の持っているようなサンマークカードに、ナンバーと点数とを自動的に記録するという仕組みができていた。
企業にとっては少ない費用で効率よく市場調査ができ、しかも社会貢献の一端を担うことができるという理由で、このシステムはじわじわと各企業や商品に広がりつつあった。
店頭の端末で、すぐに希望団体に寄付することも可能だった。希望団体を団体番号入力かカナ検索の候補から選び、カードを通すだけでいい。しかも、操作に慣れていれば、入っている点数を複数団体に振り分けることもできる。
サンマークを集めてくれる人びとは、たいがいがそんな面倒なことはしない。
千点くらい集まると、カードをそのまま、店先にある『サンマーク回収ボックス』に投げ入れる。
「ああ委員長」
店長の細田が通りかかりに愛想よく声をかけてきた。紀美はここでも「委員長」と呼ばれていた。
「新規カードがもう残り少ないんで、また補充頼みますわ」
「はい、いつもありがとうございます。五〇くらいでいいですか」
「念のために八〇お願い」
紀美も笑顔でおじぎを返す。「夕方までにお持ちしますね、ありがとうございます」
鴨池小も、近隣ほとんどのスーパー、公共施設に回収箱を置いてもらっていた。
以前、泰介が面白半分に提案してくれた『システム案』が、めぐりめぐって最終的に財団に届き、試行錯誤の末、形となってからすでに三年。
モデルケースとしてこの地域に導入されてからすでに二年半が経とうとしていた。
反応は上々だった。
紀美は念のために回収箱をのぞく。
再利用されたカードも含め、五枚ほど入っている。
持っていた合鍵で蓋を開け、中身を取り出した。まとめて、小さなポーチに入れてから、脇の確認欄に持っていたネーム印を押し、日付を入れた。
「早く! 遅れるよ!」
ルイが逆に、母の手を引っ張った。
彼女は現在、情報学部情報デザイン学科で、企業の社会貢献について学びたい、と勉強している。
今回は紀美たちの作業を見学して、実際に買った品物の点数がどう処理されていくのか、実際に確かめてみたいのだと言っていた。
まだ九月に入ったばかりの鴨池小作業室は、いつもよりもわずかに、熱気が感じられた。
六人のメンバーが手分けしてそれぞれの仕事にとりかかっている。
「ごめんね遅れて」
入って来るなり、紀美は立ち止まる。「うわ、この中暑くない?」
端のPC端末に向き合っていた一人が、顔を上げた。
「委員長! エアコンが壊れちゃったみたい! 窓開けたけどいいですよねー」
「もちろん」もう風に吹き飛ぶ紙片はほとんど存在しない。
たまに見かけるのは、POSシステムのない店で購入された、読みとり前のマークだけだ。それは回収団体ごと、直接PC入力で点数計上ができる仕組みになっている。
開け放たれた窓近くでカートリッジのキャップをむしっていた二人が、
「また! これも格安品だ」
「純正品に見せかけた別の何かだわ。出たわね~」
そう大騒ぎして、脇のゴミ袋にはじき飛ばしている。
カートリッジは従来の方式が取られていたが、機械は苦手です、という人には人気のシゴトだった。
「ルイちゃん、久しぶり!」
やはりPCで入力作業していた女性が立ち上がった。
「あっ」ルイが駈けよる。
「こんにちは! ハルカ、元気ですか?」
「今、仕事で研修を兼ねて北海道に行ってるのー、会いたがってたわー」
三波優香も、紀美と同じ年の冬に、三人目の女の子を出産していた。
ずっとサンマークを避け続けていた優香も、
『サンマークってさ、すっごく楽しいらしいよ! 如月くんもそう言ってた』
と三女に強く勧められ、月に二、三度は、パートの合間を縫って、こうして手伝いに来るようになっていた。
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