隣近所の山田さん

柿ノ木コジロー

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御礼

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 土日も母はどこかに出かけているので、私は気兼ねなく一階の彼の部屋を訪ねていった。
 今度はちゃんと理由がある。

 こんにちは、と声をかけると少ししてからゆっくりとドアが開いた。
 げっそりした顔の男は、まぶしそうにまばたきしながらこちらを見下ろしている。

「あの、この間はありがとうございました」
 お礼ですが、と冷凍スパゲティをふたつ、差し出す。

 母は冷凍食品については管理が甘い。古くなり過ぎたものを時折処分しているくらいだ。

「これは……」
 反射的に男が手を差し出して受け取った。
「冷凍?」
「はい、レンジで解凍して」
「うちにゃ、レンジはねえよ」
「フライパンは」
「ガスは止められてる」
「はあ……」
 そうだ、と男が案外明るい声で手を叩く。
「今日はあったかいから、ベランダに出しておこう、一緒に食おうや」
 まあ上がれや、と相変わらず軽い口調で私を手招きした。

 ベランダに出ようとしたが、ゴミ袋が邪魔で足の踏み場がない。
 男は無邪気に頭を掻いている。
「オレ、片付けがホント苦手でさ」

 噂になっていた感じよりもずっと、人のよさそうなオジサンだ。
 それに、ヒゲだらけの顔をよくよく見ると、それほど年寄りでもなさそうだ。

「片付けるの、手伝いましょうか?」
 おずおずと提案すると、ぱっと顔を輝かせた。
「本当か? すまないなあ、恩に着るよ」
 お嬢ちゃん、何て呼べばいい? と聞くので素直に
「リホ、キシダリホ」
 と答える。
「リホちゃん、恩に着るよ、じゃあ、まず一杯やってから」
 そう言ってたったひとつあった食器棚から瓶を持ち上げたので
「あの……」
 勇気を出して言ってみた。
「私、未成年なんで、お酒は」
 えっ、という目で私をまじまじと見た。それから笑って
「もち、リホちゃんに飲めなんて言わないさ」
「あっ、でも」
 あわててつけ足す。
「一応、私が帰ってから飲んでもらえませんか?」
 へっ? と彼はすっとんきょうな声をあげた。
 私はびくりと身をすくめる。

 余計なことを言い過ぎたようだ。すぐに帰れ、と怒鳴られるに違いない。

 しかし意外にも、彼は笑って言った。
「オッケーオッケー、リホちゃんがいる間は飲まないと誓うよ」

 こんなにも素直な大人がいることを今まで知らなかった。

 その日はまず、分別から始めた。
 アルミ、スチール、ペットボトルはゆすいで(水道は止められていなかった)種類ごと袋に入れ直す、ガラスびんは色別にしてベランダの片隅に、次回の収集日は来週火曜日だというのも確認する。

 ここで同じアパートに住んでいるのがバレてしまった。

 彼も、うちの母についてはどこかで何か聞いていたようだ。
 ふうん、あのうちの子か、と少し遠い目になってから、まあ、ご近所ってことでよろしくな、と明るく言ってくれた。

 昼近くになって、私はお礼に持って来たスパゲティをいったん家に持ち帰り、レンジで解凍してからまた、彼の所に戻った。

 中に入ると、少しはすっきりとした部屋の中で彼があわてて何かを後ろ手に隠すのがみえた。
「あっ、もうできたのか」
「おじさん、飲んでたでしょ」
「……」
 これには素直に答えず、彼は急に真顔になって私に向き直った。
「リホちゃん、悪いけど今日はここまでにしようぜ、ほんとありがとな」
 何も答えず、私はスパゲティを一人分だけ床に置いて、また家に帰った。
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