10 / 14
10.
しおりを挟む
宴を途中退出してから、三日がたちました。
「ルオン、ルルシア殿、本当に感謝している」
私達は今、長兄の自宅でお礼をされています。
あれから用意された馬車に乗り、すぐに実験農場へ。そこで薬草を確認してから、慌ただしくこの家にやってきたのが嘘のような穏やかな時間です。
「抜け目なくお医者様を手配して頂いたおかげですわ。私の素人判断だけでは不安でしたもの」
長兄もまた、なにもしていないわけではありませんでした。ラインフォルスト王国で学んだ医師を、大きな町から呼び寄せるよう手配をしていました。
持ち込んだ薬草は、熱冷ましに使うものでもあります。首熱でなくとも効果はあるでしょう。そんな考えのもと、慎重に少なめの量を与えると、子供は少し落ち着きました。
そのまま私達が付き添って様子を見ている間に、お医者様が到着。ありがたいことに、王国で精製された治療薬をお持ちでしたので、それを使って一気に体調が回復したのでした。
小さな女の子は今、母親と仲良く眠っています。もう熱に苦しむこと無く、すやすやと。
それを見届けた私達も、ようやく帰ろうとなったのが、今の状況です。
「いや、ルルシア殿がいなければ、隣町の医者を呼ぶのも遅れただろう。重ね重ね、非礼を詫び、感謝を……」
「兄上、もうその辺りで……」
ちなみにこの一連の動作、もう十回目くらいですわ。本当に娘さんを大切にしているらしく、熱が下がったのを見た時など、泣いておりました。
「む、そうだな。二人とも帰る前に、なにか持たせねば。必要なものはないか? できる限りの品を用意するが」
「ルオン様?」
「……困ったなぁ」
いつものように柔和な笑顔で夫が困っています。急に言われても、というやつですわね。ここは一つ、後ほどということにしていただきましょうか。
「おお、二人ともまだいたか。これは良かった」
夫婦で困っていると、ノックもなしに入室してくる方がいました。
「ち、父上! なぜここに!」
「孫の容態が心配になったからだ。おかしいか?」
やってきたのは族長でした。いかめしい顔つきに、どこかルオン様を思わせる顔つき。そして、今でも歴戦の戦士であることを示す、がっしりした体つきの方です。一応、貴族らしい服装をしておりますが、筋骨隆々としたその体には窮屈そうに見えるのが特徴です。
「ルオン、そしてその妻ルルシアよ。この度は、族長として礼を言う。一族の幼子を救ってくれたこと、感謝する」
「私は、たまたま知っていることをお話しただけですわ」
「それでも、だ」
そういうと、族長はどっしりと席に着きました。
「ルルシアよ、王国にしかないはずの病が、このルフォアに届いた理由は想像がつくか?」
「国交があるからですわね。これからも増えると思いますわ」
国同士の行き来が増えれば、病も移動する。国を開くとは良いことばかりとは限らないものですわね。
「そうだ。我が父はそれを見越して、薬草を栽培していたのだろう」
「さすがのご慧眼ですわね」
長兄とルオン様もまた、「さすがだ」と頷いています。二人ともこういう話、苦手なのか、ちょっと上の空ですわ。
「今後もこういったことがあるだろう。王国から来た者として、その知恵でルオンを支えてやってくれ」
横のルオン様の耳が激しく動いています。恐らく、これは族長として言える最大限の言葉だったのでしょう。
「それは勿論。そうだ、今思ったのですが……。ルフォアに王国の病が来たならば、逆もあるのではないでしょうか」
獣人の病には詳しくありませんが、この土地特有の病気や治療法があるはずです。それがラインフォルスト王国で流行る可能性もゼロではありません。
「たしかに。早速詳しい者に相談するようにしよう。上手くすれば、商売になるということだな?」
「可能性の話ではありますね」
族長と私が共に笑います。横でルオン様が「悪い笑みだ」と苦笑しております。
ルフォア国は経済的に弱い国家です。輸出できる品目が増えるのは良いことでしょう。というか、割と見慣れない薬草が多い国なのですよね、ここ。王国の研究者が見たら大喜びで働くのでないでしょうか。
いえ、余計なことを言うのは控えましょう。私は悪徳領主の娘。目立つのは本意ではありません。今回は、夫の一族に良い印象を与えたこと。それで十分です。
「さて、ルオンよ。こうして来たのは、お前に許可を出すためだ」
「許可……ですか?」
怪訝な顔のルオン様に、族長はため息を一つつき、呆れた様子で話します。
「結婚式の許可だ。今回の一件で、他の者も認めるだろう。都合の良い時に、行うがいい」
ああ、やっぱり一族的には私の婚姻は認められなかったんですわね。当然ですわ、没落した悪徳領主の娘を妻にする物好きなんて、まずいませんもの。
「……ありがとうございます、父上」
私の隣で、その物好きが、感極まって、涙目でそう言いました。
「ルオン、ルルシア殿、本当に感謝している」
私達は今、長兄の自宅でお礼をされています。
あれから用意された馬車に乗り、すぐに実験農場へ。そこで薬草を確認してから、慌ただしくこの家にやってきたのが嘘のような穏やかな時間です。
「抜け目なくお医者様を手配して頂いたおかげですわ。私の素人判断だけでは不安でしたもの」
長兄もまた、なにもしていないわけではありませんでした。ラインフォルスト王国で学んだ医師を、大きな町から呼び寄せるよう手配をしていました。
持ち込んだ薬草は、熱冷ましに使うものでもあります。首熱でなくとも効果はあるでしょう。そんな考えのもと、慎重に少なめの量を与えると、子供は少し落ち着きました。
そのまま私達が付き添って様子を見ている間に、お医者様が到着。ありがたいことに、王国で精製された治療薬をお持ちでしたので、それを使って一気に体調が回復したのでした。
小さな女の子は今、母親と仲良く眠っています。もう熱に苦しむこと無く、すやすやと。
それを見届けた私達も、ようやく帰ろうとなったのが、今の状況です。
「いや、ルルシア殿がいなければ、隣町の医者を呼ぶのも遅れただろう。重ね重ね、非礼を詫び、感謝を……」
「兄上、もうその辺りで……」
ちなみにこの一連の動作、もう十回目くらいですわ。本当に娘さんを大切にしているらしく、熱が下がったのを見た時など、泣いておりました。
「む、そうだな。二人とも帰る前に、なにか持たせねば。必要なものはないか? できる限りの品を用意するが」
「ルオン様?」
「……困ったなぁ」
いつものように柔和な笑顔で夫が困っています。急に言われても、というやつですわね。ここは一つ、後ほどということにしていただきましょうか。
「おお、二人ともまだいたか。これは良かった」
夫婦で困っていると、ノックもなしに入室してくる方がいました。
「ち、父上! なぜここに!」
「孫の容態が心配になったからだ。おかしいか?」
やってきたのは族長でした。いかめしい顔つきに、どこかルオン様を思わせる顔つき。そして、今でも歴戦の戦士であることを示す、がっしりした体つきの方です。一応、貴族らしい服装をしておりますが、筋骨隆々としたその体には窮屈そうに見えるのが特徴です。
「ルオン、そしてその妻ルルシアよ。この度は、族長として礼を言う。一族の幼子を救ってくれたこと、感謝する」
「私は、たまたま知っていることをお話しただけですわ」
「それでも、だ」
そういうと、族長はどっしりと席に着きました。
「ルルシアよ、王国にしかないはずの病が、このルフォアに届いた理由は想像がつくか?」
「国交があるからですわね。これからも増えると思いますわ」
国同士の行き来が増えれば、病も移動する。国を開くとは良いことばかりとは限らないものですわね。
「そうだ。我が父はそれを見越して、薬草を栽培していたのだろう」
「さすがのご慧眼ですわね」
長兄とルオン様もまた、「さすがだ」と頷いています。二人ともこういう話、苦手なのか、ちょっと上の空ですわ。
「今後もこういったことがあるだろう。王国から来た者として、その知恵でルオンを支えてやってくれ」
横のルオン様の耳が激しく動いています。恐らく、これは族長として言える最大限の言葉だったのでしょう。
「それは勿論。そうだ、今思ったのですが……。ルフォアに王国の病が来たならば、逆もあるのではないでしょうか」
獣人の病には詳しくありませんが、この土地特有の病気や治療法があるはずです。それがラインフォルスト王国で流行る可能性もゼロではありません。
「たしかに。早速詳しい者に相談するようにしよう。上手くすれば、商売になるということだな?」
「可能性の話ではありますね」
族長と私が共に笑います。横でルオン様が「悪い笑みだ」と苦笑しております。
ルフォア国は経済的に弱い国家です。輸出できる品目が増えるのは良いことでしょう。というか、割と見慣れない薬草が多い国なのですよね、ここ。王国の研究者が見たら大喜びで働くのでないでしょうか。
いえ、余計なことを言うのは控えましょう。私は悪徳領主の娘。目立つのは本意ではありません。今回は、夫の一族に良い印象を与えたこと。それで十分です。
「さて、ルオンよ。こうして来たのは、お前に許可を出すためだ」
「許可……ですか?」
怪訝な顔のルオン様に、族長はため息を一つつき、呆れた様子で話します。
「結婚式の許可だ。今回の一件で、他の者も認めるだろう。都合の良い時に、行うがいい」
ああ、やっぱり一族的には私の婚姻は認められなかったんですわね。当然ですわ、没落した悪徳領主の娘を妻にする物好きなんて、まずいませんもの。
「……ありがとうございます、父上」
私の隣で、その物好きが、感極まって、涙目でそう言いました。
0
あなたにおすすめの小説
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった
木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。
今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。
せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。
床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。
その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。
他サイトでもアップしています。
世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる
杓子ねこ
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢ヴェスカは、王太子との婚約を回避し、学園でもおとなしくすごすつもりだった。
なのに聖女セノリィの入学とともに口からは罵倒の言葉しか出なくなり、周囲からは冷たい目で見られる――ただ一人を除いては。
なぜか婚約者に収まっている侯爵令息ロアン。
彼だけはヴェスカの言動にひるまない。むしろ溺愛してくる。本当になんで?
「ヴェスカ嬢、君は美しいな」
「ロアン様はお可哀想に。今さら気づくなんて、目がお悪いのね」
「そうかもしれない、本当の君はもっと輝いているのかも」
これは侯爵令息が一途に悪役令嬢を思い、ついでにざまあするお話。
悪役令嬢が意外と無自覚にシナリオ改変を起こしまくっていた話でもある。
※小説家になろうで先行掲載中
追放された悪役令嬢、辺境で植物魔法に目覚める。銀狼領主の溺愛と精霊の加護で幸せスローライフ!〜真の聖女は私でした〜
黒崎隼人
恋愛
「王国の害悪」として婚約破棄され、魔物が棲む最果ての地『魔狼の森』へ追放された悪役令嬢リリア。
しかし、彼女には前世の記憶と、ゲーム知識、そして植物を癒やし育てる不思議な力があった!
不毛の地をハーブ園に変え、精霊と友達になり、スローライフを満喫しようとするリリア。
そんな彼女を待っていたのは、冷徹と噂される銀狼の獣人領主・カイルとの出会いだった。
「お前は、俺の宝だ」
寡黙なカイルの不器用な優しさと、とろけるような溺愛に包まれて、リリアは本当の幸せを見つけていく。
一方、リリアを追放した王子と偽聖女には、破滅の足音が迫っていて……?
植物魔法で辺境を開拓し、獣人領主に愛される、大逆転ハッピーエンドストーリー!
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる