11 / 14
11.
しおりを挟む
どうやら私はローザンカ様に感謝せねばならないようです。
きっかけは、ちょっとした雑談でした。親族の宴から戻った後、日常の業務をこなしている時、結婚式の日程についての話になりました。
今のところ、秋の収穫祭が終わった後を予定しています。盛大に催す予定ではありませんが、準備で忙しくなることでしょう。
そんな雑談の中で、なんで私が嫁ぐことを了承したのかと言う話になりました。
「スィリカ家から渡された調査票に良い事しか書いてなかったからなんだ。もちろん家のことも書いてあったけれど、僕はそれでも問題ないと思ったんだよ」
「でも、悪徳領主の娘ですのよ?」
「妻殿は悪徳ではなかったじゃないか。誰が書いたかわからないけれど、調査の方にも素行に問題はなしとあったよ」
「自分の日頃の行いに感謝しますわ」
「実際、成績は良かったし、王国貴族とつながりがないのは、僕にとっては都合が良かった。そういう付き合いは苦手だからね」
たしかに、ルオン様がうっかり普通の貴族と一緒になれば苦労したことでしょう。一般的な王国貴族の娘は、農作業もやりませんし、書類仕事も進んでやりませんの。
「なるほど……。結果だけ見れば大成功ということですね」
「すべて、妻殿のおかげだよ」
これはもう、私を悪く書かなかったローザンカ様に感謝ですわ。
「しかし驚いたよ。いきなり結婚話を持ってくるんだから」
「恐らく、自分の使用人として私を引き込むための工作だったのでしょうね。いきなり嫁げと言われて、首を縦に振る人は、希少でしょうから」
「そんな貴重な人と出会えて、僕は幸せだなぁ」
嘘偽りのない笑顔でそう言われて、思わず顔を背けました。危ない、この笑顔は凶器ですわ。
「でも、私が結婚を承諾した後、大変だったんじゃないですの?」
「もちろん、本当に来るとは誰も思っていなかったからね。僕以外」
それでつけた条件が、族長が認めるまで結婚式はしない。つまり、本当の夫婦として認めない、ということだったようです。
それら全て万事解決、ルオン様は大変ご機嫌が良いのでした。
「そろそろ書類仕事も終わりかな。これなら午後から畑に出られそうだ」
「まだ暑い日が続きますから、気をつけてくださいまし。他の皆さんも」
「うん、そうだね。後で飲み物でも……」
その時でした。勢い良く部屋の扉が開かれました。
「旦那様! 急ぎのお手紙です!!」
ドアの向こうから慌てて入ってきたのはラァラでした。
「ラァラ、ノックくらい……」
「申し訳ありません。可能な限り急いで旦那様に手紙を渡すよう、言われまして!」
ラァラの慌てようは普通ではありませんでした。早馬で届けられたであろう手紙は厳重に封がされています。封蝋の紋章はセイクリフト家のもの。
恐らく、族長からでしょう。
「火急の事態か。ラァラ、部屋から出ていなさい。聞いてはいけない話になるかもしれない」
「はい。失礼致します」
入ってきた時とは対照的に、しっかりとした所作でラァラが退室しました。
私はルオン様を見ます。
「ルオン様……何があったんですの?」
夫は、とても難しい顔をしていました。悩ましいというか、困惑というか、つかみどころのない表情です。少なくとも、困ったことが起きた、というのはよく伝わってきました。
「妻殿。政変だ」
「はい?」
「ラインフォルスト王国で、政変が起きたらしい」
なるほど。これは一大事ですわ。
○○○
手紙は族長からで、内容は短いものでした。
「ラインフォルスト王国で政変が起きている。可能な限り備えをし、知っている情報はこちらに伝えるように……って、本当に短すぎですわ。これでは、なにもわからないではないですか!」
ルオン様から渡された手紙を見て、私は毒づきました。
具体的にどこの家とどこの家が争ったとか、王国内で流血があったとか、ルフォア国に影響がありそうだとか、何かあるでしょうに。
「父上……本家の方でも混乱しているのかもしれない。付き合いのある貴族同士で対立したり、違う情報が入ってきているとか……」
「あり得る話ですわね」
馬を使って十日近くかかる隣国の情報ですもの、情報の精度は怪しくなります。もしかしたら、出入りの商人から噂で聞いたとか、その程度の話かもしれません。
いえ、それはないですわね。こんなしっかりした手紙で、はっきりと政変と書かれているんですもの。その点だけは確定しているということですわ。
「これはつまり、ルフォア国から見て、誰が敵味方かわからなくなっている、ということかもしれませんわね」
「かもしれない。付き合いのある王国貴族が好き勝手に話をして、情報が錯綜するのはよくあるんだ。我が家だけでなく、国としてもどう動くか悩ましいことになるだろう」
「正しい情報が必要……ということですわね」
ならば、と私は鍵を取り出し、机の引き出しを開けました。執務室に居着くようになってから買っていただいたこの机には、一つだけ鍵がかかる引き出しがあるのです。
私はそこに、こういう時に役立つ品を入れてあるのでした。
「それは、封筒?」
「スィリカ家のものですわ。これが王国内に入れば、確実にあの大貴族の家に届きます」
それを聞いたルオン様の目の色が変わりました。たまにただの農夫に見えることもあるのですが、さすがに貴族ですわ。
「凄いじゃないか。さっそく、これを族長にお伝えしよう」
「それは拙速かと。まず、私が一通、手紙を出してその反応を見てからで良いでしょう。返事をしてくれるかもわかりませんし、そもそも手紙を往復している間に、政変が終わっているかもしれません」
「確かにそうだ。妻殿はこういうとき、頼りになるな」
「褒めるのは早いですわよ。では、さっそく手紙をしたためるといたしましょう」
宛先はローザンカ様しかないのですが、果たしてお返事をくださるでしょうか。
賭けになりますわね。
きっかけは、ちょっとした雑談でした。親族の宴から戻った後、日常の業務をこなしている時、結婚式の日程についての話になりました。
今のところ、秋の収穫祭が終わった後を予定しています。盛大に催す予定ではありませんが、準備で忙しくなることでしょう。
そんな雑談の中で、なんで私が嫁ぐことを了承したのかと言う話になりました。
「スィリカ家から渡された調査票に良い事しか書いてなかったからなんだ。もちろん家のことも書いてあったけれど、僕はそれでも問題ないと思ったんだよ」
「でも、悪徳領主の娘ですのよ?」
「妻殿は悪徳ではなかったじゃないか。誰が書いたかわからないけれど、調査の方にも素行に問題はなしとあったよ」
「自分の日頃の行いに感謝しますわ」
「実際、成績は良かったし、王国貴族とつながりがないのは、僕にとっては都合が良かった。そういう付き合いは苦手だからね」
たしかに、ルオン様がうっかり普通の貴族と一緒になれば苦労したことでしょう。一般的な王国貴族の娘は、農作業もやりませんし、書類仕事も進んでやりませんの。
「なるほど……。結果だけ見れば大成功ということですね」
「すべて、妻殿のおかげだよ」
これはもう、私を悪く書かなかったローザンカ様に感謝ですわ。
「しかし驚いたよ。いきなり結婚話を持ってくるんだから」
「恐らく、自分の使用人として私を引き込むための工作だったのでしょうね。いきなり嫁げと言われて、首を縦に振る人は、希少でしょうから」
「そんな貴重な人と出会えて、僕は幸せだなぁ」
嘘偽りのない笑顔でそう言われて、思わず顔を背けました。危ない、この笑顔は凶器ですわ。
「でも、私が結婚を承諾した後、大変だったんじゃないですの?」
「もちろん、本当に来るとは誰も思っていなかったからね。僕以外」
それでつけた条件が、族長が認めるまで結婚式はしない。つまり、本当の夫婦として認めない、ということだったようです。
それら全て万事解決、ルオン様は大変ご機嫌が良いのでした。
「そろそろ書類仕事も終わりかな。これなら午後から畑に出られそうだ」
「まだ暑い日が続きますから、気をつけてくださいまし。他の皆さんも」
「うん、そうだね。後で飲み物でも……」
その時でした。勢い良く部屋の扉が開かれました。
「旦那様! 急ぎのお手紙です!!」
ドアの向こうから慌てて入ってきたのはラァラでした。
「ラァラ、ノックくらい……」
「申し訳ありません。可能な限り急いで旦那様に手紙を渡すよう、言われまして!」
ラァラの慌てようは普通ではありませんでした。早馬で届けられたであろう手紙は厳重に封がされています。封蝋の紋章はセイクリフト家のもの。
恐らく、族長からでしょう。
「火急の事態か。ラァラ、部屋から出ていなさい。聞いてはいけない話になるかもしれない」
「はい。失礼致します」
入ってきた時とは対照的に、しっかりとした所作でラァラが退室しました。
私はルオン様を見ます。
「ルオン様……何があったんですの?」
夫は、とても難しい顔をしていました。悩ましいというか、困惑というか、つかみどころのない表情です。少なくとも、困ったことが起きた、というのはよく伝わってきました。
「妻殿。政変だ」
「はい?」
「ラインフォルスト王国で、政変が起きたらしい」
なるほど。これは一大事ですわ。
○○○
手紙は族長からで、内容は短いものでした。
「ラインフォルスト王国で政変が起きている。可能な限り備えをし、知っている情報はこちらに伝えるように……って、本当に短すぎですわ。これでは、なにもわからないではないですか!」
ルオン様から渡された手紙を見て、私は毒づきました。
具体的にどこの家とどこの家が争ったとか、王国内で流血があったとか、ルフォア国に影響がありそうだとか、何かあるでしょうに。
「父上……本家の方でも混乱しているのかもしれない。付き合いのある貴族同士で対立したり、違う情報が入ってきているとか……」
「あり得る話ですわね」
馬を使って十日近くかかる隣国の情報ですもの、情報の精度は怪しくなります。もしかしたら、出入りの商人から噂で聞いたとか、その程度の話かもしれません。
いえ、それはないですわね。こんなしっかりした手紙で、はっきりと政変と書かれているんですもの。その点だけは確定しているということですわ。
「これはつまり、ルフォア国から見て、誰が敵味方かわからなくなっている、ということかもしれませんわね」
「かもしれない。付き合いのある王国貴族が好き勝手に話をして、情報が錯綜するのはよくあるんだ。我が家だけでなく、国としてもどう動くか悩ましいことになるだろう」
「正しい情報が必要……ということですわね」
ならば、と私は鍵を取り出し、机の引き出しを開けました。執務室に居着くようになってから買っていただいたこの机には、一つだけ鍵がかかる引き出しがあるのです。
私はそこに、こういう時に役立つ品を入れてあるのでした。
「それは、封筒?」
「スィリカ家のものですわ。これが王国内に入れば、確実にあの大貴族の家に届きます」
それを聞いたルオン様の目の色が変わりました。たまにただの農夫に見えることもあるのですが、さすがに貴族ですわ。
「凄いじゃないか。さっそく、これを族長にお伝えしよう」
「それは拙速かと。まず、私が一通、手紙を出してその反応を見てからで良いでしょう。返事をしてくれるかもわかりませんし、そもそも手紙を往復している間に、政変が終わっているかもしれません」
「確かにそうだ。妻殿はこういうとき、頼りになるな」
「褒めるのは早いですわよ。では、さっそく手紙をしたためるといたしましょう」
宛先はローザンカ様しかないのですが、果たしてお返事をくださるでしょうか。
賭けになりますわね。
0
あなたにおすすめの小説
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった
木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。
今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。
せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。
床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。
その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。
他サイトでもアップしています。
世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる
杓子ねこ
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢ヴェスカは、王太子との婚約を回避し、学園でもおとなしくすごすつもりだった。
なのに聖女セノリィの入学とともに口からは罵倒の言葉しか出なくなり、周囲からは冷たい目で見られる――ただ一人を除いては。
なぜか婚約者に収まっている侯爵令息ロアン。
彼だけはヴェスカの言動にひるまない。むしろ溺愛してくる。本当になんで?
「ヴェスカ嬢、君は美しいな」
「ロアン様はお可哀想に。今さら気づくなんて、目がお悪いのね」
「そうかもしれない、本当の君はもっと輝いているのかも」
これは侯爵令息が一途に悪役令嬢を思い、ついでにざまあするお話。
悪役令嬢が意外と無自覚にシナリオ改変を起こしまくっていた話でもある。
※小説家になろうで先行掲載中
追放された悪役令嬢、辺境で植物魔法に目覚める。銀狼領主の溺愛と精霊の加護で幸せスローライフ!〜真の聖女は私でした〜
黒崎隼人
恋愛
「王国の害悪」として婚約破棄され、魔物が棲む最果ての地『魔狼の森』へ追放された悪役令嬢リリア。
しかし、彼女には前世の記憶と、ゲーム知識、そして植物を癒やし育てる不思議な力があった!
不毛の地をハーブ園に変え、精霊と友達になり、スローライフを満喫しようとするリリア。
そんな彼女を待っていたのは、冷徹と噂される銀狼の獣人領主・カイルとの出会いだった。
「お前は、俺の宝だ」
寡黙なカイルの不器用な優しさと、とろけるような溺愛に包まれて、リリアは本当の幸せを見つけていく。
一方、リリアを追放した王子と偽聖女には、破滅の足音が迫っていて……?
植物魔法で辺境を開拓し、獣人領主に愛される、大逆転ハッピーエンドストーリー!
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる