元悪徳領主の娘ですが、蛮族の国に嫁いで割と幸せにやってます

みなかみしょう

文字の大きさ
14 / 14

14.

しおりを挟む
 春が来ました。
 ルフォアの国で迎える、二度目の春です。とはいえ、一度目は季節を意識することもないくらいの移住でしたけれど。

 今年は違います、収穫の秋を終え、厳しい冬を越えた、嬉しい春です。
 結局、結婚式は出来ませんでした。ラインフォルスト王国の政変は思ったよりも長く続き、冬までかかりましたので。ルフォア国も色々と慌ただしく、私達の式どころではありませんでしたの。

 ルオン様は、あれから一月ほどで帰ってきましたわ。少し野性的な装いで帰宅した時は驚きましたが、すぐに元通りになりました。

「奥様、お手紙です」
「ありがとう、ラァラ。あ、今日は部屋から出て行かなくても大丈夫よ。それと、お茶をお願い」
「はい。承知致しました」

 夫婦揃って執務室にいると、ラァラが手紙を持ってきました。いつかのように慌てず、ノックをして、落ち着いた動作ですわ。
 すぐにお茶が用意されます。場所は室内の打ち合わせ用の席。味気ないですけれど、仕事中にここで向かい合ってお茶を飲むのが、密かな楽しみなのも事実です。

「ローザンカ殿からだね。内容は?」
「政変が終わったこと。それと、お礼がいくつかと、私信ですわね」
「そうか、それは良かった。お礼?」
「ルオン様の頑張りの結果ですわ」

 ローザンカ様のスィリカ家は、政変で少し名を上げました。しばらくは、王国の中枢近くで権力を振るうことでしょう。そして、ローザンカ様の立場も、それなりになったようです。政変中、大分ご活躍だったようですわね。

「まあ、僕も苦労したからね。今年は畑だけを相手にしていたいなぁ」

 ルオン様の案内した洞窟は「当たり」でした。族長とルフォアの国王で話し合い、王国に餌としてぶら下げたところ、見事に釣り上げたそうです。
 ヨルムンドの森にある、表層洞窟。その探索と研究で、近い内に二国の専門家の合同チームが立ち上がる予定です。

「なあ、妻殿。他にもなにかやったんじゃないかい? 農業関係の支援が妙に拡充されている気がするんだけれど」
「ローザンカ様と何度か手紙のやり取りを致しましたの。その中で、知っている悪徳領主について書いたこともあったかもしれませんわね」
「……そういうことか」

 呆れと驚き混じりで、ルオン様は納得してくださいました。農業関係のあれこれは、ローザンカ様の個人的なお礼ですわね。ならば、私も返礼しなければ。

「そういえば、ローザンカ様は『力の神事』について大変興味をお持ちでしたわ。いらっしゃる際にお見せすると、喜ぶのではないかと」
「そうか! では、兄上達に相談しておこう!」

 これで良し、と。試しに『力の神事』について書いてみたら、凄い食いつきでしたから、きっと喜ばれることでしょう。絶対見に来ますわ。場合によっては、有力貴族が何人かこちら側になってくれるかもしれませんわね。

「なあ、妻殿」
「なんでしょうか、ルオン様」
「……今年の秋こそ、結婚式を挙げよう。絶対に」

 改まった口調で、突然言われました。
 そのつもりでしたが、はっきり言われると、嬉しいものですね。

「是非……。では、こちらをお渡ししますわ」

 立ち上がり、鍵のかかった引き出しから小さな宝石を二つ、取り出してルオン様に手渡しました。

「これは? 宝石かい?」
「はい。価値はさほどではありませんが。グランフレシア家に代々伝わるものです。家を興した初代は、これを装飾品にして身につけていたといいます。……私の両親は、好みではなかったようですけれど」

 グランフレシア家も元々悪徳領主だったわけではありません。この宝石を身につけていた方々は、なかなか立派な人々だったのです。

「そうか。お守りだね。では、何がいいかな。指輪とか、首飾りかな?」
「そこは、ルオン様のセンスにお任せしますわ」
「……責任重大だね。でも、頑張るよ」
「はい。これをいつぞやのお礼にしてくださいまし」

 ちょっと懐かしい話をすると、二人で笑い合いました。後ろに立つ、ラァラも笑顔でいることでしょう。

「しかし、妻殿にはいつも世話になっているな。他にも何かしてあげられればいいんだけれど」
「では、一つ。名前で呼んでくださいまし」
「え?」
「妻殿、ではなく、名前で呼んで欲しいということです。出会った時から、そうでしたわね」

 どうしてですか、と問いかけると、ルオン様はいつもの困り顔で応えました。

「だ、だって、なんか恥ずかしいじゃないか」

 赤面しています。可愛いですわね。

「それなら僕だって言いたいことがある。ルオン様、じゃなくて夫らしい呼び方をしてくれてもいいじゃないか。あなた、とか」

 今度は私が赤面する番でした。いやそんな、夫婦みたいな。実際夫婦ですけれど。

「……は、恥ずかしいではありませんか」

 そういうと、今度は旦那様がこちらを見て笑いました。きっと、後ろにいるラァラも笑顔でいることでしょう。

「今年は、もっと夫婦らしいことを致しましょうか」
「そ、そうだね」

 私が思いきったことを言うと、ルオン様はぎこちなく頷きました。出会った時と変わらない、お人よしな雰囲気そのままで。
 ですが、彼がただのお人よしでないことは、私はよく知っています。

 これから先、色々な困難が待っていることでしょう。しかし、どうにかそれを乗り越えていきますわ、二人で。 

「さて、僕は畑に出るけれど、妻殿……ルルシアはどうする?」

 その言葉に、私は心からの笑顔で応えるのでした。

「ご一緒させて頂きますわ、あなた」
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

道産子
2023.09.10 道産子

かかあ天下……( ̄▽ ̄;)

解除

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

調香師見習いを追放されましたが、実は超希少スキルの使い手でした ~人の本性を暴く香水で、私を陥れた異母妹に復讐します~

er
恋愛
王宮調香師見習いのリリアーナは、異母妹セシリアの陰謀で王妃に粗悪な香水を献上したと濡れ衣を着せられ、侯爵家から追放される。全てを失い廃墟で倒れていた彼女を救ったのは、謎の男レオン。彼に誘われ裏市場で才能を認められた彼女は、誰にも話していなかった秘密の力【魂香創成】で復讐を決意する。それは人の本性を香りとして抽出する、伝説の調香術。王太子妃候補となったセシリアに「真実の薔薇」を献上し、選定会で醜い本性を暴く。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

精霊の森に追放された私ですが、森の主【巨大モフモフ熊の精霊王】に気に入られました

腐ったバナナ
恋愛
王都で「魔力欠損の無能者」と蔑まれ、元婚約者と妹の裏切りにより、魔物が出る精霊の森に追放された伯爵令嬢リサ。絶望の中、極寒の森で命を落としかけたリサを救ったのは、人間を食らうと恐れられる森の主、巨大なモフモフの熊だった。 実はその熊こそ、冷酷な精霊王バルト。長年の孤独と魔力の淀みで冷え切っていた彼は、リサの体から放たれる特殊な「癒やしの匂い」と微かな温もりに依存し、リサを「最高のストーブ兼抱き枕」として溺愛し始める。

触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです

ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。 そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、 ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。 誰にも触れられなかった王子の手が、 初めて触れたやさしさに出会ったとき、 ふたりの物語が始まる。 これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、 触れることから始まる恋と癒やしの物語

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。