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春が来ました。
ルフォアの国で迎える、二度目の春です。とはいえ、一度目は季節を意識することもないくらいの移住でしたけれど。
今年は違います、収穫の秋を終え、厳しい冬を越えた、嬉しい春です。
結局、結婚式は出来ませんでした。ラインフォルスト王国の政変は思ったよりも長く続き、冬までかかりましたので。ルフォア国も色々と慌ただしく、私達の式どころではありませんでしたの。
ルオン様は、あれから一月ほどで帰ってきましたわ。少し野性的な装いで帰宅した時は驚きましたが、すぐに元通りになりました。
「奥様、お手紙です」
「ありがとう、ラァラ。あ、今日は部屋から出て行かなくても大丈夫よ。それと、お茶をお願い」
「はい。承知致しました」
夫婦揃って執務室にいると、ラァラが手紙を持ってきました。いつかのように慌てず、ノックをして、落ち着いた動作ですわ。
すぐにお茶が用意されます。場所は室内の打ち合わせ用の席。味気ないですけれど、仕事中にここで向かい合ってお茶を飲むのが、密かな楽しみなのも事実です。
「ローザンカ殿からだね。内容は?」
「政変が終わったこと。それと、お礼がいくつかと、私信ですわね」
「そうか、それは良かった。お礼?」
「ルオン様の頑張りの結果ですわ」
ローザンカ様のスィリカ家は、政変で少し名を上げました。しばらくは、王国の中枢近くで権力を振るうことでしょう。そして、ローザンカ様の立場も、それなりになったようです。政変中、大分ご活躍だったようですわね。
「まあ、僕も苦労したからね。今年は畑だけを相手にしていたいなぁ」
ルオン様の案内した洞窟は「当たり」でした。族長とルフォアの国王で話し合い、王国に餌としてぶら下げたところ、見事に釣り上げたそうです。
ヨルムンドの森にある、表層洞窟。その探索と研究で、近い内に二国の専門家の合同チームが立ち上がる予定です。
「なあ、妻殿。他にもなにかやったんじゃないかい? 農業関係の支援が妙に拡充されている気がするんだけれど」
「ローザンカ様と何度か手紙のやり取りを致しましたの。その中で、知っている悪徳領主について書いたこともあったかもしれませんわね」
「……そういうことか」
呆れと驚き混じりで、ルオン様は納得してくださいました。農業関係のあれこれは、ローザンカ様の個人的なお礼ですわね。ならば、私も返礼しなければ。
「そういえば、ローザンカ様は『力の神事』について大変興味をお持ちでしたわ。いらっしゃる際にお見せすると、喜ぶのではないかと」
「そうか! では、兄上達に相談しておこう!」
これで良し、と。試しに『力の神事』について書いてみたら、凄い食いつきでしたから、きっと喜ばれることでしょう。絶対見に来ますわ。場合によっては、有力貴族が何人かこちら側になってくれるかもしれませんわね。
「なあ、妻殿」
「なんでしょうか、ルオン様」
「……今年の秋こそ、結婚式を挙げよう。絶対に」
改まった口調で、突然言われました。
そのつもりでしたが、はっきり言われると、嬉しいものですね。
「是非……。では、こちらをお渡ししますわ」
立ち上がり、鍵のかかった引き出しから小さな宝石を二つ、取り出してルオン様に手渡しました。
「これは? 宝石かい?」
「はい。価値はさほどではありませんが。グランフレシア家に代々伝わるものです。家を興した初代は、これを装飾品にして身につけていたといいます。……私の両親は、好みではなかったようですけれど」
グランフレシア家も元々悪徳領主だったわけではありません。この宝石を身につけていた方々は、なかなか立派な人々だったのです。
「そうか。お守りだね。では、何がいいかな。指輪とか、首飾りかな?」
「そこは、ルオン様のセンスにお任せしますわ」
「……責任重大だね。でも、頑張るよ」
「はい。これをいつぞやのお礼にしてくださいまし」
ちょっと懐かしい話をすると、二人で笑い合いました。後ろに立つ、ラァラも笑顔でいることでしょう。
「しかし、妻殿にはいつも世話になっているな。他にも何かしてあげられればいいんだけれど」
「では、一つ。名前で呼んでくださいまし」
「え?」
「妻殿、ではなく、名前で呼んで欲しいということです。出会った時から、そうでしたわね」
どうしてですか、と問いかけると、ルオン様はいつもの困り顔で応えました。
「だ、だって、なんか恥ずかしいじゃないか」
赤面しています。可愛いですわね。
「それなら僕だって言いたいことがある。ルオン様、じゃなくて夫らしい呼び方をしてくれてもいいじゃないか。あなた、とか」
今度は私が赤面する番でした。いやそんな、夫婦みたいな。実際夫婦ですけれど。
「……は、恥ずかしいではありませんか」
そういうと、今度は旦那様がこちらを見て笑いました。きっと、後ろにいるラァラも笑顔でいることでしょう。
「今年は、もっと夫婦らしいことを致しましょうか」
「そ、そうだね」
私が思いきったことを言うと、ルオン様はぎこちなく頷きました。出会った時と変わらない、お人よしな雰囲気そのままで。
ですが、彼がただのお人よしでないことは、私はよく知っています。
これから先、色々な困難が待っていることでしょう。しかし、どうにかそれを乗り越えていきますわ、二人で。
「さて、僕は畑に出るけれど、妻殿……ルルシアはどうする?」
その言葉に、私は心からの笑顔で応えるのでした。
「ご一緒させて頂きますわ、あなた」
ルフォアの国で迎える、二度目の春です。とはいえ、一度目は季節を意識することもないくらいの移住でしたけれど。
今年は違います、収穫の秋を終え、厳しい冬を越えた、嬉しい春です。
結局、結婚式は出来ませんでした。ラインフォルスト王国の政変は思ったよりも長く続き、冬までかかりましたので。ルフォア国も色々と慌ただしく、私達の式どころではありませんでしたの。
ルオン様は、あれから一月ほどで帰ってきましたわ。少し野性的な装いで帰宅した時は驚きましたが、すぐに元通りになりました。
「奥様、お手紙です」
「ありがとう、ラァラ。あ、今日は部屋から出て行かなくても大丈夫よ。それと、お茶をお願い」
「はい。承知致しました」
夫婦揃って執務室にいると、ラァラが手紙を持ってきました。いつかのように慌てず、ノックをして、落ち着いた動作ですわ。
すぐにお茶が用意されます。場所は室内の打ち合わせ用の席。味気ないですけれど、仕事中にここで向かい合ってお茶を飲むのが、密かな楽しみなのも事実です。
「ローザンカ殿からだね。内容は?」
「政変が終わったこと。それと、お礼がいくつかと、私信ですわね」
「そうか、それは良かった。お礼?」
「ルオン様の頑張りの結果ですわ」
ローザンカ様のスィリカ家は、政変で少し名を上げました。しばらくは、王国の中枢近くで権力を振るうことでしょう。そして、ローザンカ様の立場も、それなりになったようです。政変中、大分ご活躍だったようですわね。
「まあ、僕も苦労したからね。今年は畑だけを相手にしていたいなぁ」
ルオン様の案内した洞窟は「当たり」でした。族長とルフォアの国王で話し合い、王国に餌としてぶら下げたところ、見事に釣り上げたそうです。
ヨルムンドの森にある、表層洞窟。その探索と研究で、近い内に二国の専門家の合同チームが立ち上がる予定です。
「なあ、妻殿。他にもなにかやったんじゃないかい? 農業関係の支援が妙に拡充されている気がするんだけれど」
「ローザンカ様と何度か手紙のやり取りを致しましたの。その中で、知っている悪徳領主について書いたこともあったかもしれませんわね」
「……そういうことか」
呆れと驚き混じりで、ルオン様は納得してくださいました。農業関係のあれこれは、ローザンカ様の個人的なお礼ですわね。ならば、私も返礼しなければ。
「そういえば、ローザンカ様は『力の神事』について大変興味をお持ちでしたわ。いらっしゃる際にお見せすると、喜ぶのではないかと」
「そうか! では、兄上達に相談しておこう!」
これで良し、と。試しに『力の神事』について書いてみたら、凄い食いつきでしたから、きっと喜ばれることでしょう。絶対見に来ますわ。場合によっては、有力貴族が何人かこちら側になってくれるかもしれませんわね。
「なあ、妻殿」
「なんでしょうか、ルオン様」
「……今年の秋こそ、結婚式を挙げよう。絶対に」
改まった口調で、突然言われました。
そのつもりでしたが、はっきり言われると、嬉しいものですね。
「是非……。では、こちらをお渡ししますわ」
立ち上がり、鍵のかかった引き出しから小さな宝石を二つ、取り出してルオン様に手渡しました。
「これは? 宝石かい?」
「はい。価値はさほどではありませんが。グランフレシア家に代々伝わるものです。家を興した初代は、これを装飾品にして身につけていたといいます。……私の両親は、好みではなかったようですけれど」
グランフレシア家も元々悪徳領主だったわけではありません。この宝石を身につけていた方々は、なかなか立派な人々だったのです。
「そうか。お守りだね。では、何がいいかな。指輪とか、首飾りかな?」
「そこは、ルオン様のセンスにお任せしますわ」
「……責任重大だね。でも、頑張るよ」
「はい。これをいつぞやのお礼にしてくださいまし」
ちょっと懐かしい話をすると、二人で笑い合いました。後ろに立つ、ラァラも笑顔でいることでしょう。
「しかし、妻殿にはいつも世話になっているな。他にも何かしてあげられればいいんだけれど」
「では、一つ。名前で呼んでくださいまし」
「え?」
「妻殿、ではなく、名前で呼んで欲しいということです。出会った時から、そうでしたわね」
どうしてですか、と問いかけると、ルオン様はいつもの困り顔で応えました。
「だ、だって、なんか恥ずかしいじゃないか」
赤面しています。可愛いですわね。
「それなら僕だって言いたいことがある。ルオン様、じゃなくて夫らしい呼び方をしてくれてもいいじゃないか。あなた、とか」
今度は私が赤面する番でした。いやそんな、夫婦みたいな。実際夫婦ですけれど。
「……は、恥ずかしいではありませんか」
そういうと、今度は旦那様がこちらを見て笑いました。きっと、後ろにいるラァラも笑顔でいることでしょう。
「今年は、もっと夫婦らしいことを致しましょうか」
「そ、そうだね」
私が思いきったことを言うと、ルオン様はぎこちなく頷きました。出会った時と変わらない、お人よしな雰囲気そのままで。
ですが、彼がただのお人よしでないことは、私はよく知っています。
これから先、色々な困難が待っていることでしょう。しかし、どうにかそれを乗り越えていきますわ、二人で。
「さて、僕は畑に出るけれど、妻殿……ルルシアはどうする?」
その言葉に、私は心からの笑顔で応えるのでした。
「ご一緒させて頂きますわ、あなた」
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