限界勇者のスローライフ~追放気味に田舎暮らしに突入したけど、元魔王やら魔族の子と出会って何だか幸せに暮らせています~

みなかみしょう

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第1話:限界勇者の限界

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 俺は限界だと思った。

 世界の果て、極北の地。晴れていても氷点下の岩場。
 その光景を見た時、遂に心が折れた。

「あ……あ……」

 目の前に怯えきった子供と母親がいる。防寒具と言うには粗末な毛皮に身を包み、袖口から見える腕はあまりにも細い。
 親子の頭には小さな角が生えていた。
 魔族。百三十年前、人間達を滅ぼす勢いで侵略を行った種族だ。

 高い魔力と身体能力、長い寿命を生かした大量の知識。使役する莫大な数の魔物達。
 その戦力は強大で、恐怖そのものだった。

 ……全て、過去の話だ。

「助けて……ください。……勇者様」

 まだ小さな子供の魔族がかすれ気味の小声で言う。
 俺は勇者と呼ばれている。
 かつて魔王の軍勢を打ち倒す中心となり、女神から神剣を授けられ、遂には魔王を討ち果たした。
 俺一人でやったわけじゃないけど、何もしていないわけじゃない。
 
「お願いします……子供だけは……」

 母親が涙を浮かべ懇願する。
 魔王が倒されてからも勇者の戦いは終わらなかった。世界中に残った邪悪な魔族や魔物を倒すのがその使命。女神の恩寵を受けた勇者は寿命を超越し、役目を果たすのだと人々は噂する。
 有名な話だ。そして、事実でもある。

 俺はもう百二十年間ずっと戦っている。休みもない。年中無休、二十四時間営業だ。
 最初は疑問にすら思わなかったが、そろそろ疲れた。

「ここでの暮らしは辛いだろう? 少しは、楽な場所に連れて行ってやる」

 言葉と共に、右手に持った剣を静かに掲げる。
 シンプルな形状の柄から伸びる水晶のような刀身。その中では絶えず星のような光が瞬き、見る者に恐怖と畏敬の念を抱かせる。
 神剣ルオンノータ、女神から与えられた、世界を分かつ剣。

「……やだ、お母さん!」

 泣き出した子供を、母が抱きしめる。都合がいい、やりやすくなった。

「安心しな。二人まとめてだから」

 そう宣言し、俺は迷わず神剣を振り下ろした。

 
 極北の地の夕焼けは、血の色をしていた。氷の浮かぶ海とのコントラストが実に寒々しい。
 これから地獄のような寒さが襲いかかってくる夜が来るが、俺はそれを感じない。
 勇者として戦った結果、人の領域を外れた力を手にし、女神の加護で寿命すら失った。
 この体も心も、少しくらいの極寒では動じない。

「なあ、あれで最後だよな?」
 
 呟くと、神剣ルオンノータは鈴のような綺麗な音を返した。
 この剣には意志がある。多分、俺よりも頭がいいだろう。世界を分かつ剣には三つの世界を見通す力があり、高い知性が与えられている。
 
 この世界に残った純粋な魔族はあれで最後。
 
 この場所に向かう前から何度も確認した。ルオンノータの回答は常に一定だ。
 つまり、俺が対処すべき敵はもうどこにもいない。

「よし、辞めるぞ!」

 勇者クウトは今日限りで廃業だ。これ以上続ける理由もない。

「行くか。最後の勇者会議に」

 言葉と同時、神剣ルオンノータで空間を切り裂く。剣の軌跡に沿って、温暖な草原の景色が現れた。
 神剣の俗称は、界渡りの剣。世界を渡る力を持つ。
 
 上の連中は問答無用で処分しろというけど、そんなことできるわけない。
 害がない魔族をこっそり然るべき場所に送り込み続けて百二十年。
 大変だけど、俺にしか出来ない仕事だ。それも遂に終わった。

 なにより、俺は重大な事実に気づいたのだ。
 
 百二十年、年中無休二十四時間労働は働き過ぎじゃないかと。
 
 ◯◯◯

 勇者会議。それはルーンハイト王国における、勇者の運用方針を決める会議だ。
 元々は、魔王との戦いの最中、勇者が身を寄せた国が戦後もその面倒を見る上に開催されたはずだった。

 しかし、魔王を倒した後も、世界の混乱は深く、勇者は戦いを続けることを決断した。
 勇者会議は魔王討伐に加わった仲間達と共に開催され、当初はかつての友情を深める場としても機能した。

 全て、昔の話だ。

 ルーンハイト王国に仕えた仲間達は全員人間だった。誰もが寿命でこの世を去り、役目は子孫に引き継がれた。
 結果として、俺と親交の薄い者へと代替わりしていき、いつの頃からか勇者を便利な道具扱いするようになった。
 仲間達は偉かった。ボロボロになった国土を立て直すため、日々奔走していた。
 彼らは故郷を、俺は世界を良いものにするために活動した。

 その結果がこれだ。今いるのは友人達の地位を受け継いだ貴族様。
 この会議を楽しみにしていた頃が懐かしい。

「勇者を……辞めるだと?」

 ルーンハイトの王城地下。勇者会議のために用意された特殊な結界の施された一室で、俺の言葉に三人の男女が驚愕の表情を浮かべていた。

「どういうことだ!」

 机を叩く音が室内に響く。
 正面では金髪の若い男性が、顔を真っ赤にして怒りを顕にしている。

 怒り方までよく似ているな……。

 どこか他人事のような気分で、俺はその光景を眺めていた。
 彼の名はゲイル。かつて勇者と共に魔王を倒した戦士の子孫。
 ゲイルの先祖は俺と同郷の幼馴染で、とても良い奴だった。

 魔王を倒す旅の最初から最後までずっと一緒で、泣いたり笑ったり死にかけたりを繰り返した。

 戦後、あいつはルーンハイト王国を立て直すため、貴族の仲間入りをした。
 何度も泣いて俺に謝っていた。でも、目に見えて疲れ果ててたし、良い出会いもあったみたいだから、俺は気にするなと笑って見送った。

 あいつは会う度に俺のことを心配してたものだが、ゲイルは正反対だ。

「お前にはまだやってもらうことが沢山あるんだぞ! 西の国境でも不穏な動きがあるんだ!」

 こいつは、俺のことを道具としか思っていない。
 残念ながら、優しく気高かった親友の魂は子孫に受け継がれなかった。
 まだ二十代前半という若さを差し引いても、短慮で短気な所が目立つ。

「俺が相手をするのは魔物と魔族だけだぞ」
「だ、だからいつも通り、ちょっと勇者に通りがかって貰おうと思ってだな……」

 指摘すると、ゲイルはどんどん語調を弱めていった。

 ルーンハイト王国は、魔王戦時に滅んだ複数の国をまとめて出来た連合王国だ。
 そして、魔王を倒した後は、いつの間にか広大な領土と強大な戦力を持つ大国になっていた。
 それが百年以上かけて発展し、貴族や官僚による特権まみれの階級社会を生み出している。

 豊かで大きくなり、魔族という外敵が減った結果、人間同士で争い合うようになってしまった。
 俺はそこに巻き込まれたくない。

「どちらにしろ、今日で勇者は廃業だ。もう決めた。諦めてくれ」
「しかし、貴方には神より授かった剣があるのではないですか?」

 左から声をかけたのは、亜麻色の長髪に優しい笑顔を浮かべた女性。白い神官服に身を包み、あくまで慈愛に満ちた態度を崩さない女性。
 光の大神官フィラーシャ。やはりかつての仲間の子孫であり、代々同じ名を受け継いでいる。

「その手に神剣があるかぎり、勇者クウトは勇者である。私はそのように考えますが」
「その件だが、話し合いは済んでいる」

 俺は何も無い空間から神剣ルオンノータを取り出した。この剣に鞘はない。空間の隙間に常に存在する。

「………ああ、相変わらず美しいですね。神の奇跡の顕現そのもの」

 うっとりと漏らすフィラーシャ。この剣を作ったのは彼女の信仰する光の神ではなくて運命神なんだが、いいんだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は打ち合わせ通り、ルオンノータに声をかける。

 「神剣ルオンノータ。世話になったな。ありがとう」

 リィン、と小さな鈴のような音が響いた。

「なっ……なんだと!」
「…………これは」

 ゲイルが焦り、フィラーシャが目を見開く。

 ルオンノータが光の粒になって、天井へと昇って、消えていく。
 通常の収納とは違い、天界へと帰還しているのだ。

「神剣ルオンノータは自らの役目を果たしたそうだ。もう俺の手元にはない」
「…………」

 会議の場にいる全員が、言葉を失っていた。
 俺が、勇者の象徴であるような剣をその場で神に返還するとは、考えてもいなかったのだろう。

「き、貴様! なにをしたかわかっているのか! 神剣はお前個人の所有物ではない、世界の宝だぞ……っ」
「役目を果たしたなら、仕方ないですねぇ……」
「フィラーシャさん! それでいいんですか!」
「神の思し召しですから。私の信仰する神とは別ですが」

 ゲイルと違って、フィラーシャは思ったより素直に受け入れた。さすがは二十代後半にして、教会内の権力闘争に明け暮れている女だ。器が違う。

「勇者殿、これからどうされるおつもりで?」
「何も考えていない。とりあえず、この国は出る」

 ようやく口を開いたのは、眼鏡をかけた神経質そうな顔つきの男性だった。
 賢者スランド、代々続く賢者の一族だ。二人と違って、先祖の面影はない。オールバックにした銀髪も相まって、付き合い辛い雰囲気が特徴の人物だ。

「ふむ……。二人とも、神剣を返還するほど勇者殿の意志は硬いご様子。ここは素直に受け入れましょう」
「そうですね……」
「クソッ。じゃあ、国外追放だな! 二度とこの国に戻って来れると思わないことだ!」
「それもいけませんよ。ゲイル」

 過激なことを言い出したゲイルを、スランドが優しくたしなめる。

「勇者会議が勇者を追放など、醜聞も良いところです。他所が付け入る口実にしかなりません」

 ここに来て体面の話か。貴族様らしいな。

「勇者殿は神剣を返還し、自身も天界へと至った。そのようにしましょうか?」
「俺を死んだことにすると?」
「神剣がなくとも勇者クウトの存在は大きい。国同士で取り合いになります。引退するならば、勇者としての名声ごとでないと……」

 クックック……と静かに笑いながらスラドが言った。
 たしかにそうだ。今の俺に勇者の名声なんて邪魔なだけかもしれない。
 
 これからは、俺は俺のために生きるんだから。

「わかった。受け入れよう。……さすがに身ぐるみはぐとかはよしてくれよ?」
「そんなことはしませんとも。むしろ、勇者殿……クウト殿がそのまま旅立てるよう手配します」

 ゲイルが口を開きかけたが、フィラーシャにひと睨みされて黙り込んだ。

「このまま貴方を国外に出すのは色々と問題があるのですが。そこは、我々の信頼の証ということで、お願いしますよ?」

 つまり、派手なことはするな、というわけだ。
 望むところだ。静かに暮らしてやろうじゃないか。

「では、今回をもって勇者会議を最後としましょう」

 スランドの宣言と共に、百二十年続いた会議は終わりを告げた。

 こうして俺は、自由の身になった。
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