限界勇者のスローライフ〜田舎でのんびり暮らそうと思ったら、元魔王を拾ってしまった件〜

みなかみしょう

文字の大きさ
1 / 8

第1話:限界勇者の限界

しおりを挟む
 俺は限界だと思った。

 世界の果て、極北の地。晴れていても氷点下の岩場。
 その光景を見た時、遂に心が折れた。

「あ……あ……」

 目の前に怯えきった子供と母親がいる。防寒具と言うには粗末な毛皮に身を包み、袖口から見える腕はあまりにも細い。
 親子の頭には小さな角が生えていた。
 魔族。百三十年前、人間達を滅ぼす勢いで侵略を行った種族だ。

 高い魔力と身体能力、長い寿命を生かした大量の知識。使役する莫大な数の魔物達。
 その戦力は強大で、恐怖そのものだった。

 ……全て、過去の話だ。

「助けて……ください。……勇者様」

 まだ小さな子供の魔族がかすれ気味の小声で言う。
 俺は勇者と呼ばれている。
 かつて魔王の軍勢を打ち倒す中心となり、女神から神剣を授けられ、遂には魔王を討ち果たした。
 俺一人でやったわけじゃないけど、何もしていないわけじゃない。
 
「お願いします……子供だけは……」

 母親が涙を浮かべ懇願する。
 魔王が倒されてからも勇者の戦いは終わらなかった。世界中に残った邪悪な魔族や魔物を倒すのがその使命。女神の恩寵を受けた勇者は寿命を超越し、役目を果たすのだと人々は噂する。
 有名な話だ。そして、事実でもある。

 俺はもう百二十年間ずっと戦っている。休みもない。年中無休、二十四時間営業だ。
 最初は疑問にすら思わなかったが、そろそろ疲れた。

「ここでの暮らしは辛いだろう? 少しは、楽な場所に連れて行ってやる」

 言葉と共に、右手に持った剣を静かに掲げる。
 シンプルな形状の柄から伸びる水晶のような刀身。その中では絶えず星のような光が瞬き、見る者に恐怖と畏敬の念を抱かせる。
 神剣ルオンノータ、女神から与えられた、世界を分かつ剣。

「……やだ、お母さん!」

 泣き出した子供を、母が抱きしめる。都合がいい、やりやすくなった。

「安心しな。二人まとめてだから」

 そう宣言し、俺は迷わず神剣を振り下ろした。

 
 極北の地の夕焼けは、血の色をしていた。氷の浮かぶ海とのコントラストが実に寒々しい。
 これから地獄のような寒さが襲いかかってくる夜が来るが、俺はそれを感じない。
 勇者として戦った結果、人の領域を外れた力を手にし、女神の加護で寿命すら失った。
 この体も心も、少しくらいの極寒では動じない。

「なあ、あれで最後だよな?」
 
 呟くと、神剣ルオンノータは鈴のような綺麗な音を返した。
 この剣には意志がある。多分、俺よりも頭がいいだろう。世界を分かつ剣には三つの世界を見通す力があり、高い知性が与えられている。
 
 この世界に残った純粋な魔族はあれで最後。
 
 この場所に向かう前から何度も確認した。ルオンノータの回答は常に一定だ。
 つまり、俺が対処すべき敵はもうどこにもいない。

「よし、辞めるぞ!」

 勇者クウトは今日限りで廃業だ。これ以上続ける理由もない。

「行くか。最後の勇者会議に」

 言葉と同時、神剣ルオンノータで空間を切り裂く。剣の軌跡に沿って、温暖な草原の景色が現れた。
 神剣の俗称は、界渡りの剣。世界を渡る力を持つ。
 
 上の連中は問答無用で処分しろというけど、そんなことできるわけない。
 害がない魔族をこっそり然るべき場所に送り込み続けて百二十年。
 大変だけど、俺にしか出来ない仕事だ。それも遂に終わった。

 なにより、俺は重大な事実に気づいたのだ。
 
 百二十年、年中無休二十四時間労働は働き過ぎじゃないかと。
 
 ◯◯◯

 勇者会議。それはルーンハイト王国における、勇者の運用方針を決める会議だ。
 元々は、魔王との戦いの最中、勇者が身を寄せた国が戦後もその面倒を見る上に開催されたはずだった。

 しかし、魔王を倒した後も、世界の混乱は深く、勇者は戦いを続けることを決断した。
 勇者会議は魔王討伐に加わった仲間達と共に開催され、当初はかつての友情を深める場としても機能した。

 全て、昔の話だ。

 ルーンハイト王国に仕えた仲間達は全員人間だった。誰もが寿命でこの世を去り、役目は子孫に引き継がれた。
 結果として、俺と親交の薄い者へと代替わりしていき、いつの頃からか勇者を便利な道具扱いするようになった。
 仲間達は偉かった。ボロボロになった国土を立て直すため、日々奔走していた。
 彼らは故郷を、俺は世界を良いものにするために活動した。

 その結果がこれだ。今いるのは友人達の地位を受け継いだ貴族様。
 この会議を楽しみにしていた頃が懐かしい。

「勇者を……辞めるだと?」

 ルーンハイトの王城地下。勇者会議のために用意された特殊な結界の施された一室で、俺の言葉に三人の男女が驚愕の表情を浮かべていた。

「どういうことだ!」

 机を叩く音が室内に響く。
 正面では金髪の若い男性が、顔を真っ赤にして怒りを顕にしている。

 怒り方までよく似ているな……。

 どこか他人事のような気分で、俺はその光景を眺めていた。
 彼の名はゲイル。かつて勇者と共に魔王を倒した戦士の子孫。
 ゲイルの先祖は俺と同郷の幼馴染で、とても良い奴だった。

 魔王を倒す旅の最初から最後までずっと一緒で、泣いたり笑ったり死にかけたりを繰り返した。

 戦後、あいつはルーンハイト王国を立て直すため、貴族の仲間入りをした。
 何度も泣いて俺に謝っていた。でも、目に見えて疲れ果ててたし、良い出会いもあったみたいだから、俺は気にするなと笑って見送った。

 あいつは会う度に俺のことを心配してたものだが、ゲイルは正反対だ。

「お前にはまだやってもらうことが沢山あるんだぞ! 西の国境でも不穏な動きがあるんだ!」

 こいつは、俺のことを道具としか思っていない。
 残念ながら、優しく気高かった親友の魂は子孫に受け継がれなかった。
 まだ二十代前半という若さを差し引いても、短慮で短気な所が目立つ。

「俺が相手をするのは魔物と魔族だけだぞ」
「だ、だからいつも通り、ちょっと勇者に通りがかって貰おうと思ってだな……」

 指摘すると、ゲイルはどんどん語調を弱めていった。

 ルーンハイト王国は、魔王戦時に滅んだ複数の国をまとめて出来た連合王国だ。
 そして、魔王を倒した後は、いつの間にか広大な領土と強大な戦力を持つ大国になっていた。
 それが百年以上かけて発展し、貴族や官僚による特権まみれの階級社会を生み出している。

 豊かで大きくなり、魔族という外敵が減った結果、人間同士で争い合うようになってしまった。
 俺はそこに巻き込まれたくない。

「どちらにしろ、今日で勇者は廃業だ。もう決めた。諦めてくれ」
「しかし、貴方には神より授かった剣があるのではないですか?」

 左から声をかけたのは、亜麻色の長髪に優しい笑顔を浮かべた女性。白い神官服に身を包み、あくまで慈愛に満ちた態度を崩さない女性。
 光の大神官フィラーシャ。やはりかつての仲間の子孫であり、代々同じ名を受け継いでいる。

「その手に神剣があるかぎり、勇者クウトは勇者である。私はそのように考えますが」
「その件だが、話し合いは済んでいる」

 俺は何も無い空間から神剣ルオンノータを取り出した。この剣に鞘はない。空間の隙間に常に存在する。

「………ああ、相変わらず美しいですね。神の奇跡の顕現そのもの」

 うっとりと漏らすフィラーシャ。この剣を作ったのは彼女の信仰する光の神ではなくて運命神なんだが、いいんだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は打ち合わせ通り、ルオンノータに声をかける。

 「神剣ルオンノータ。世話になったな。ありがとう」

 リィン、と小さな鈴のような音が響いた。

「なっ……なんだと!」
「…………これは」

 ゲイルが焦り、フィラーシャが目を見開く。

 ルオンノータが光の粒になって、天井へと昇って、消えていく。
 通常の収納とは違い、天界へと帰還しているのだ。

「神剣ルオンノータは自らの役目を果たしたそうだ。もう俺の手元にはない」
「…………」

 会議の場にいる全員が、言葉を失っていた。
 俺が、勇者の象徴であるような剣をその場で神に返還するとは、考えてもいなかったのだろう。

「き、貴様! なにをしたかわかっているのか! 神剣はお前個人の所有物ではない、世界の宝だぞ……っ」
「役目を果たしたなら、仕方ないですねぇ……」
「フィラーシャさん! それでいいんですか!」
「神の思し召しですから。私の信仰する神とは別ですが」

 ゲイルと違って、フィラーシャは思ったより素直に受け入れた。さすがは二十代後半にして、教会内の権力闘争に明け暮れている女だ。器が違う。

「勇者殿、これからどうされるおつもりで?」
「何も考えていない。とりあえず、この国は出る」

 ようやく口を開いたのは、眼鏡をかけた神経質そうな顔つきの男性だった。
 賢者スランド、代々続く賢者の一族だ。二人と違って、先祖の面影はない。オールバックにした銀髪も相まって、付き合い辛い雰囲気が特徴の人物だ。

「ふむ……。二人とも、神剣を返還するほど勇者殿の意志は硬いご様子。ここは素直に受け入れましょう」
「そうですね……」
「クソッ。じゃあ、国外追放だな! 二度とこの国に戻って来れると思わないことだ!」
「それもいけませんよ。ゲイル」

 過激なことを言い出したゲイルを、スランドが優しくたしなめる。

「勇者会議が勇者を追放など、醜聞も良いところです。他所が付け入る口実にしかなりません」

 ここに来て体面の話か。貴族様らしいな。

「勇者殿は神剣を返還し、自身も天界へと至った。そのようにしましょうか?」
「俺を死んだことにすると?」
「神剣がなくとも勇者クウトの存在は大きい。国同士で取り合いになります。引退するならば、勇者としての名声ごとでないと……」

 クックック……と静かに笑いながらスラドが言った。
 たしかにそうだ。今の俺に勇者の名声なんて邪魔なだけかもしれない。
 
 これからは、俺は俺のために生きるんだから。

「わかった。受け入れよう。……さすがに身ぐるみはぐとかはよしてくれよ?」
「そんなことはしませんとも。むしろ、勇者殿……クウト殿がそのまま旅立てるよう手配します」

 ゲイルが口を開きかけたが、フィラーシャにひと睨みされて黙り込んだ。

「このまま貴方を国外に出すのは色々と問題があるのですが。そこは、我々の信頼の証ということで、お願いしますよ?」

 つまり、派手なことはするな、というわけだ。
 望むところだ。静かに暮らしてやろうじゃないか。

「では、今回をもって勇者会議を最後としましょう」

 スランドの宣言と共に、百二十年続いた会議は終わりを告げた。

 こうして俺は、自由の身になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。 たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。 薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。 仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。 剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。 ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

処理中です...