限界勇者のスローライフ〜田舎でのんびり暮らそうと思ったら、元魔王を拾ってしまった件〜

みなかみしょう

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第3話:限界勇者の新生活

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 ルーンハイト王国から遥か西にあるミスラート王国。
 大陸の端にある、自然溢れる田舎国家。
 徒歩で二週間かけて俺が辿り着いたのは、更にその西端にある辺境だった。

 ミスラート王国西方地域。主な産業は農業で、平地が多く、殆どが畑になっている。
 しかし、西の辺境だけはまだ森や平原が多く、百年以上景色が変わっていない。

 俺は、その地域にしては規模の大きいホヨラという町。その北にある平原に立っていた。

「…………なるほど。準備は済んでいる、か」

 ホヨラの町の城壁から十分程歩いた先の草原に、小綺麗な平屋の家が立っていた。
 煙突付きの煉瓦作りの家で、小さな窓にはしっかりガラスがはまっている。
 周囲に申し訳程度の木の柵があり、門扉が閉じられているのが見えた。

 ミスラート王国に入るなり、俺は拘束された。
 そのまま王城に連れて行かれ、国を治める女王とご対面。
 この国の女王はヴィフレアというエルフの女性で、昔の仲間だ。
 
「女神ユーネルマが夢に現れ、事情を教えてくれました。貴方にミスラート王国の各種権利を与え、住民登録します。ホヨラの町の北に、女神の用意した家があるそうですから、そこで暮らしなさい」

 久しぶりに会った感動もなく、事務的にそう告げられた。

「もっと早く気づけば良かった。貴方の仲間の子孫が、貴方を大切にするとは限らないのに……」
 
 素直に城を去ろうとする俺に、女王ヴィフレアは悲しそうに、そう言葉をかけてくれた。昔から、気苦労の多い人だ。
 
「落ち着いたらお茶でも飲みに行きますからね」

 嬉しそうに意味深なことも言われたが、女王にそんな時間があるとも思えない。でも、本当に来る気がする……。そういうタイプだった。

 とにかく、こうして俺は新しい家に到着した。
 門扉の前に立つと、勝手に開いた。よく観察すると、魔法的な気配を感じる。結界が張られていたようだ。多分、俺以外の人間には家を発見することすらできなかっただろう。

「失礼します……」

 温かみのある木製の扉を開けて中に入ると、まず玄関先に手紙が置かれていた。
 [元勇者クウトへ]と日本語で書かれた筆跡には見覚えがある。女神からのメッセージだ。

 -------------------------------------
 クウトへ

 貴方のことですから、特に何の準備もしていないでしょう。
 なので、私の方で色々と揃えておきました。

 この家は天界由来の物質で作りましたので、快適なはずです。

 安心してスローライフに励みなさい。

 ※この家も私からの加護も、百二十年戦い続けた貴方への報酬のようなものです。
  気にしないように。

  運命の女神ユーネルマ
 -------------------------------------

 なんて行き届いたアフターサービスだろうか。
 俺はちょっと感動した。ユーネルマ様、前はもっと雑な感じだったけど。心境の変化でもあったかな。

 早速俺は、用意して貰った家の設備を確認にかかる。
 まず、部屋は一つ。ワンルームだ。玄関で靴を脱いでフローリングに上がるタイプ。前世の日本風だけど、この世界でも珍しくはない。
 広さは結構あって十畳近い。その横にキッチンと保管庫。どちらもルーンハイト王国で一般化しつつある、魔法式のものだ。キッチンはIH式のように魔法で火力調整できるもので、保管庫も一部冷蔵と冷凍の魔法がかかっていた。
 トイレの方は水洗。下水道はないので、外の浄化槽に繋がっている模様。中には粘液状の魔法生物が蠢いているのだろう。都市部でよく見る仕掛けだ。
 それと風呂もちゃんと備わっていた。お湯で体を拭くくらいの人が珍しくない中、こちらは珍しい。
 
 この世界の魔法は、魔力というエネルギーを使って様々な現象を引き起こす。魔力自体は生物が活動する時に自然と生み出したり、鉱物に集まって結晶化する神々由来の不思議な力だ。
 これらを利用して文明水準を上げているのが、ここ三十年くらいの話だ。魔法使いは特権階級でもあったし、魔力は危険を伴う力でもあるからか、時間がかかったようだ。
 おかげで世の中が清潔で快適になった。通信関係も開発中らしいのだけど、そちらはまだ難しそうだとのこと。

「思った以上に準備してくれてるな……」

 最後に倉庫の中を確認した時、思わず声が出た。
 家の横に小さく作られた倉庫の中には金槌にノコギリ、鍬や斧などが揃っていた。
 布団や枕もあったし、本気で俺にゆっくり過ごして貰おうという気概を感じる。

 倉庫の片隅には、野菜の種や球根まで置かれていた。

「スローライフといえば、農業か……」

 乏しい知識が、そんなことを思い起こさせた。
 野菜の栽培についての知識はないが、食糧生産に興味はある。それに、土を掘り返すという行為自体が、俺の考えている、ある目的と合致もしている。

「さっそくやってみるか」

 まだ日が高い。俺は近くにあった鍬を手に取り、家の敷地の外に出た。

 ◯◯◯

 外に出れば、歩いて十分の場所にあるホヨラの町の城壁がよく見える。
 これは理由があって、城壁からしっかり外の様子を見張れるように、草木を刈っているからだ。
 
 この辺りはまだ魔物がいる。城壁からの見通しが悪いのは、治安に直結する問題だ。
 とはいえ、俺の家がある北側はあまり手が回っていないらしく、細めの木なんかが生えてしまっている。

 今回、移住するにあたり、城門の外についても可能なら面倒を見るように言われている。
 一人じゃ限界があるだろうけど、余裕があったら大きめの木なんかは処分して欲しいとのことで、それで報酬まで貰える約束だ。
 
 城門の外にこれだけの平地があるなら、本来は農地にしたいはず。しかし、ホヨラの町にはその余裕がない。
 近所に住んだ者として、その手助けの一つくらいしておきたい。これから長い付き合いになるはずだし。

 そんな考えの下、俺は銀色の鍬を構えた。

「この感触、ミスリルだな……」

 鉄よりも硬く、羽根よりも軽い。全てがミスリルで出来た鍬ならば、俺の力にも耐えられる。
 
 ここに来るまでの二週間で、俺は自身の変化した能力を大体把握した。
 戦闘に関する力は半減しているが、それ以外の部分は殆ど変化無し。体力はかなりあるし、睡眠も食事も、その気になればある程度無視できる。

 ちょっと人間らしくないけど、女神の加護を受けてるんだから、そのくらいは良いだろう。

「じゃあ、まずは一通り、耕してみるか!」

 記念すべきスローライフの始まりだ。俺は鍬と肉体を魔法強化する。魔法の応用の基本であり、戦いの要である身体強化。それを初めて、戦い以外で使う。

「よっと……」

 ざっくりとミスリルの鍬が地面に食い込み、草原の下にあった土が姿を現した。詳しくないけど、茶色くて柔らかい、良い感じだと思う。岩とか砂みたいなあからさまに農業向きじゃない土壌ではない。

「ふんふんふんふんふんふん!」

 なんだか嬉しくなって、連続で鍬を振るう。その度に、地面が畑に変わっていく。
 素晴らしい。剣を振る時とは違う充足感がある。癖になる感触だ。

「ふんふんふんふんふんふん!」

 農業を踏み出した感動と共に、ひたすら鍬を振り続ける。

「ふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふん!」

 十六時間経過。まだいける! 草原は沢山ある!

「ふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふん!」
  
 三十二時間経過! ようやく体が温まってきたぞ!

「ふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふん!」

 四十八時間経過! 楽しい! これがスローライフというものか!

「ふんふんふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふん!」

 七十二時間後、目についた範囲をだいたい耕し終えた所で、俺の作業は終わった。

「少し、疲れたな……」

 疲労を感じる。やはり、加護の変更で少し体力が落ちたようだ。前は昼夜問わず五日は動けたというのに。
 そろそろ休憩しよう。そう思った時だった。

「なんだ、この魔力は?」

 北の森の奥から、莫大な魔力を感じた。
 ありえない。この牧歌的な辺境ではまず起きることにない現象だ。
 なにか異変が起きている。
 そう判断した俺は、すぐに鍬を倉庫に押し込み。北の森に向かった。

 一時間後、俺は北の森の枯れた泉の縁にいた。
 異常だった。周囲は緑溢れているのに、泉だけは枯れて、乾いて、わずかに煙が上がっている。
 恐らく、ついさっきまで静かで美しい水場だったはずだが……。

 それなりに長い期間、戦い続けていた俺だが、このような状況に覚えがない。
 警戒しながら元泉、現在クレーターとなった中を覗き込む。

「……これはっ!」

 魔法によるものだろう、乾いた地面となったそこに、一人の少女が横になっていた。
 銀髪の、小柄な少女。黒いローブを身にまとい。目を閉じている。

「…………こいつまさか、魔王軍の参謀か?」

 目の前にいるのは、見覚えのある人物だった。
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