限界勇者のスローライフ〜田舎でのんびり暮らそうと思ったら、元魔王を拾ってしまった件〜

みなかみしょう

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第6話:限界勇者の事情

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 この世界の魔法には色々な種類がある。
 代表的なのはファイアボールやウインドカッターといった、前世のゲームでありそうな名前のついた属性魔法。
 神官が神々の奇跡を代行する神聖魔法。
 純粋な魔力を操るのに特化した無属性魔法。
 肉体や武器を強化するのに使う強化魔法。
 どれも一長一短、特徴があるし人よって得意不得意も大きい。

 例えば、エンネは無属性魔法が得意なようだ。魔力に属性を乗せるための詠唱を必要としない魔法であるため、発動が早い。その代わり応用の幅が狭く、威力も控えめ。
 エンネは莫大な魔力と知識と経験でその欠点を補っているようだ。強化魔法も併用していた。
 非常に強力で、魔族の中でも希少な使い手だと思う。

 俺の得意分野は強化魔法。剣を振り回して前線で戦う内に、一番得意になってしまった。属性魔法や神聖魔法も使えるけど、専門家には及ばない。

 そんな俺だが、一つだけ仲間達から大絶賛された属性魔法がある。

 連続七十二時間の労働を終えた俺は、家の中でその魔法を披露した。

「火よ水よ、自由で自在であれ……クリエイト・ホット・ウォーター」
「おおおお! これは凄いのう。適温のお湯が出てきておる」

 寝そべって入ることができる、日本でよく見た形状の風呂桶に四十度のお湯がどんどん注がれていく。
 これが脅威の魔法、クリエイト・ホット・ウォーター。
 ホットと言いつつゼロ度から百度まで自在に温度を調節できる。
 この調節というのがポイントだ。属性魔法でも相反する火と水をかけ合わせて、自由自在に温度を決めることは非常に難しい。

 どういうわけか、俺はこの繊細な調節が得意だった。
 魔王討伐の旅の最中、この魔法を開発した時、仲間達から泣いて感謝された。

「簡単な詠唱と魔力調節でできるんだけど、何故か他の人は上手くできないんだよな」
「お前さん、火と水の属性魔法の才覚があるんじゃないかの?」
「そんなことを言われた気がしたな……。でも、時間がなくてな」
「属性魔法を極める道は長いからのう」

 属性魔法は中堅くらいの実力までは簡単になれる。そこから先が不思議と遠い。なんか、自然とか精霊とか不思議な領域に入るらしい。そのための修行にも時間が必要で、俺にはそれがなかった。

「ま、それはそれ。先に風呂はいってくれ」
「む、いいのか? 家主より先と言うのは気が咎めるのじゃが」
「一応とはいえ女性を優先するよ。ここは」
「一言余計じゃが、感謝する」

 とりあえず、続いて風呂に入ってすっきりした。こうしてゆっくり入浴するのも久しぶりだ。たまに旅先で温泉に入ることがあったけど、気持ちの余裕が違う。

「そうか。こういうのがスローライフに繋がるのかもしれないな」

 自分で作った水を飲みながら、そんなことを考える。
 風呂に入ってさっぱりする、こんな体験すら、俺の中から失われていた。

「どうしたんじゃ。変わった顔して」

 言いながら、お盆を持ってエンネがやってきた。
 服は俺の予備のシャツとズボンでサイズが合わないが仕方ない。
 
「入浴のすばらしさを実感してたんだ」
「うむ。最高じゃったの。しかし、あまりにも食材がないのう。ワシ、料理の腕には自信があるんじゃがなぁ」

 そう言いながら、ちゃぶ台の上に黒パンとスープが並ぶ。スープの中身は野菜と干し肉。
 ここに来るまでに俺が買ってきた食材だ。自炊は得意じゃないし、加護の影響で食事もそれほどいらないので、量も少ない。

 ちなみにお盆もちゃぶ台も家にあったものである。女神の趣味だと思われる。

「明日にでもホヨラの町で色々買おう。元々ここは、俺一人が生活する予定だったしな」
「迷惑かけるのう……。金銭の方はどうなんじゃ? ワシも稼ぎたいんじゃが」
「それも考えてる。ついでに対処する」

 食事をしながら今後の話をする。今、エンネは着替えどころか予備の下着すらない。早急に対処せねばなるまい。それと寝具や食器も必要だな。
 次々とやるべきことが見えてくる。それも、与えられたものではなく、自分で考えたことが。

「なんか、楽しそうじゃな?」
「そうだな。多分、楽しいんだと思う。自分で決められるのが」

 想定外のエンネとの出会いだけど、それを楽しんでいる側面があるように思えた。
 戦いではなく、生活のことで悩むのは新鮮な気持ちだ。

「スローライフはともかく、自由は悪くないのう。ところで、労働時間について物申したいんじゃが」

 スープを飲み終えて、エンネは真っ直ぐに俺を見据えた。

「七十二時間は働き過ぎじゃと思う。魔王城の者はもっと休んでおった」
「そうなのか……? いや、そうかもしれない」

 思い返せば、魔王討伐時はこんな労働はできなかった。女神の加護を受けてから、全然疲れないから常態化していた。もっと記憶を辿れば、前世だって労働基準法とかいう伝説を聞いたことがある。職場では採用されていなかったけど。

「魔王として組織を運営していたワシが思うに……最大四十八時間くらいが妥当じゃと思う」
「なるほど。人道的だな。……いや、たしか人間も魔族ももっと頻繁に休憩を入れるものじゃないのか?」

 少しずつ思い出してきた。そもそも人間は毎日寝るものだ。連続で何日間も働かないはずだ。
 
「普通はそうなんじゃが。ワシらはそれくらい出来ちゃうからいいじゃろう」
「まあ、それもそうだな」

 労働時間を減らす。これでまたスローライフに近づいてしまったな。

「しかしなんじゃな、正直驚いたぞ。まさか勇者がこんな所に住んでおるとは」
「そうか?」

 俺としては意外性もない話だと思うのだが。

「そりゃそうじゃ。世界を救った後は仲間達と仲良く暮らしてると思ってたもんじゃ。仲の良い女も沢山いたじゃろ?」
「……そういうことは、なかったな」

 実際、仲間同士で結婚した人もいたけれど、俺にはそういうのはなかった。

「いやお主、たまに報告で上がってきておったぞ。神官だかエルフと二人で買い物してたとか。そこを奇襲して返り討ちにあったとか」
「そういえば、そんなこともあったなぁ……」

 報告だと俺が女性と仲良く時間を過ごしてるように聞こえたんだろう。ただ必要なものを買い出しにいってただけなんだけど。

「そもそも俺、途中からユーネルマ様の加護で性欲無くなってたからな。ついでにその手の感情もなくなってたんだよ」
「えぇ……。なんでそんな極端なことしとったんじゃ」
「サキュバス対策」
「ああ、なるほど……。だから勇者は誘惑できんかったのか」

 サキュバスやインキュバスといった魅了する類の魔族は強敵だ。同士討ちの原因になりかねない。ましてや勇者が魅了されたら洒落にならない。結構早い段階から手を打っていた。

「それ、今はどうなんじゃ?」
「ん。一応、加護の種類が変わったから、その辺はないと思うんだけど……」
「たとえばワシを見て、何か感じることはないのかえ?」

 言われて、意味深なポーズをとったエンネをじっと観察してみた。俺の服を着ているので体のラインは見えない。
 小柄だ。しかし、日中の作業などで見た感じ、胸が若干あるし、女性らしさを感じさせるものはあると思う。
 それと顔の造形はとても可愛い。薄めの褐色に銀髪がよく映える。

「総合的に見て、可愛いとは思う」
「微妙に嬉しくないのう。いい歳じゃから、美人扱いされたいんじゃが」
「そうだったか。ごめん」
「真面目か。ワシとて自分の体型は把握しておる。……可愛いでいいからたまに褒めてくれ」

 嬉しいのか。乙女心はわからん。長寿の魔族はいつまで乙女なのかというのは置いといて。
 なんか、変な話になってきたな。元々何を話していたんだっけ。そうだ、ここに住んでる理由だ。

「故郷なんだ。ここ」
「? 何の話じゃ?」
「だから、ここに住んでる理由。元々、ここに住んでたんだよ」
「ああ、故郷か……あぁ……」

 そう伝えたところで、エンネの顔色が変わった。それも急激に。
 
「かっ……は……あ……ぁ……」

 薄い褐色の肌でわかりにくいはずが、みるみる血の気が引いていく。更に、表情が歪んでいく。うっすら出ているのは脂汗だろうか。先程までのニヤケ面が消えて、泣いているような、とても悲しいものへと。

 エンネは何も言わず、静かにちゃぶ台をどけた。
 それから正座して、俺に向かってゆっくりと頭を下げた。それは額を床にこすりつけるまで止まらない。
 
「お主達に申し訳ないことをした。心よりお詫びする」
「…………」

 勇者クウトの物語は、魔族に故郷ごと、家族を皆殺しにされる所から始まる。
 その後も戦いと逃亡を繰り返し、現在のルーンハイト王国に辿り着いた時、ようやく反撃が始まる。
 今もそのように各国では伝えられているし、出版物にもそう書かれている。

 全て事実だ。俺の家族も兄妹も、よく遊んだ友達も。ある日突然現れた魔王軍によって殺された。この場所で。

「全て、ワシの責任じゃ。魔王軍の参謀に抜擢され、魔王様の本心を見抜けず、政治と軍事を改革してしまった。魔族を豊かにするためだと、そう思っておったが……いや、言い訳じゃな」

 頭を下げたまま、エンネは声を震わせ独白を続ける。
 それからゆっくりと顔を上げた。

「ワシを、殺してくれ」

 澄んだ目で、そう懇願された。
 これが泣いていればまだ良かっただろう。命乞いや許しを乞う姿なら、安心したかもしれない。
 
 覚悟を決めた人のものだった。昔、色んな人がこんな目をして死んでいった。うんざりするほど、その光景を見てきた。

「思えば傲慢じゃった。ワシのような大罪人にスローライフなどおこがましかったんじゃ。ここでお主に出会ったのも、運命だったのかもしれぬな」
「…………」

 全てを受け入れ、諦めたエンネを見て、俺は考える。
 運命。俺を助けてくれた運命の女神は、実はその言葉が嫌いである。
 人は、「運命だから」と言ってすぐに諦めてしまうからだ。運命の女神の癖に、実にひねくれている。

 そして、一応はその使徒である俺にも近いところがある。

「今の時代、こういう話がある。「勇者クウトは、悪い魔族は殺さない」っていう話だ……」
「……お主っ」

 眉を上げて怒りの表情になるエンネを制するように、俺はできるかぎりの笑顔を作る。

「お前は悪い魔族じゃない。このまま生きるといい」

 エンネは目を見張って、俺を見つめていた。信じられないものでも見ているような顔だ。

「それは、ここで死ぬよりも辛い話じゃな……」
「なら、それが罰だと思ってくれ。それにな、もう俺にはわからないんだよ。あの時から、どんな感情が俺を突き動かしてきたのか。忘れてしまったんだ」

 あの戦いの日々は長過ぎた。俺の心は少しずつ丁寧に削られて、摩耗してしまったのだろう。目の前に仇らしい人がいても、怒りの感情が沸かない。

「…………」

 しばらく俺を見つめた後、エンネは大きなため息をついた。

「わかった。そして決めた。……ワシを殺していいのはお主だけじゃ。それ以外では絶対に死なん」
「? それはどういうことだ?」

 俺にエンネを害する気持ちなんかないのだが。この短時間で、何を決めたというのだろうか。

「わからなければそれでいい。もう寝るとするのじゃ。変な話をしてすまなかったの!」

 困惑する俺をよそに、エンネはそのまま布団に潜ってしまった。
 意味はわからないが、思いとどまってくれたようだ。

 俺は床に横になりながら、「これでよかった」と納得するのだった。
 布団、もう一式買った方がいいな。当たり前のように取られたわ……。

 ◯◯◯

 翌朝、台所からの物音で目が覚めた。
 誰かが、料理を作っている? 
 長年の旅暮らしで寝覚めはいい。しかし、殆ど経験のない状況に戸惑いつつ、台所の方を見た。

「おお、目覚めたか。朝食ができておるぞ」

 そこには、銀髪を頭の後ろでまとめたエンネいた。
 昨日とは打って変わった笑顔で、お盆に料理を乗せている。

「これでパンも野菜もおしまいじゃ。買い物にいかねばな……ん、どうしたんじゃ?」
「いや、料理してくれてるから驚いて……」

 素直に言うと、エンネは胸を張りながら口を開く。

「昨日、決めたのじゃ。これからワシはお主の世話をする。……気に入らなければ殺せ」

 ちょっと怖い目をしながら、元魔王はドスの効いた声でそう宣言した。

 俺の生活が何やら変化したらしい。
 いまいちピンと来ないが、それだけは理解した。  
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