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第14話:限界勇者と魔族の子2
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本来なら、マイサは孤児院に帰すべきだったろう。しかし、二人ともあまりにも精神的に傷ついているように見えた。俺のような人間にも、わかるくらいだ。
「運命を司る女神よ……癒しの奇跡をもたらしたまえ」
マイサの頬は腫れていたが、手甲を付けた男の拳を受けてこの程度なら、むしろ軽い怪我だ。歯も折れていない。憎い魔族といえど、子供相手には本気で殴れなかったんだろう。
「よし。綺麗になった。他に痛い所はない?」
「ん……大丈夫です。……二人とも、ボクのせいで迷惑をかけて、本当にごめんなさい」
体の調子を確認すると、マイサはすぐに俺達に向かって頭を下げた。
「エンネさんと出かけたのが楽しくて、調子にのっちゃったボクが悪いんだ。ごめんなさい! ごめんなさい!」
涙を流しながら、謝罪する子供を見るのは正直辛い。それに、俺は迷惑とも思っていない。
「いや、二人が悪くないのは想像がつく。エルフはまあ……色々あったから。ああいう人もいるよ」
あそこまで魔族へ憎悪を顕にするのは珍しい。過去、相当なことがあったんだろう。だからといって、やっていいことじゃないんだが。
「ボクにこんな角なんかあるからいけないんだ! こんなものがあるから、母さんも苦労して!」
顔を上げたマイサが、両手で自分の角を掴んで折ろうとしはじめた。その腕に、魔力の輝きがまとわれている。まずい、感情が高ぶって魔力が反応し、自然と身体強化をしている。本当に折りかねない。
魔族の角は魔力を生み出し、その生命維持にも関わっている。
「やめんか。マイサは悪くない。収まりそうな所で余計なことを言ったワシが悪いんじゃ」
マイサの肩にそっと手を添えてエンネが言った。
「エンネさん……でも……」
「冷静に考えても、悪いのはあやつらじゃ。騎士の癖にのう。鷹揚に許して終わり。そのはずじゃった……」
降ろされたマイサの両手を優しく握りながら、エンネは静かに続ける。
「なあ、マイサ。ワシと一緒に魔族界にいかんか? あそこなら、こんな目に遭わずにすむ」
「おい、ちょっとそれは……」
とんでもないことを言い出した。たしかにエンネは界渡りしてきた。人間界から魔族界にいけないとは一度も言われたことはない。
「エンネさん。そんなこと……できるの?」
「できるとも。実はな。ワシは向こうから来たんじゃ。魔族界なら、今日のような苦労はない」
断定的な口調に、マイサの表情が変わる。少し、明るいものに。
「二人とも、落ち着いてくれ。それは……」
「止めんでくれ。ワシは、お主にだけは迷惑をかけたくないんじゃ」
そう言って俺を見るエンネは、あの時と同じ目をしていた。
あの、「殺してくれ」と言った日と同じ目を。
「魔族で罪人扱いされるくらいは良い。じゃがな、ワシがいることで、お主が生きる邪魔になるのは嫌なんじゃよ……」
わかってくれ、と力のない声で付け加えられる。
俺は何も言えなかった。
どうすればいいだろうか。権力者に連絡は取れる。いっそ、どこかに領地でも貰って、二人を保護して暮らせばいいのか? 駄目だろう。彼女たちは、それで納得してくれるような人じゃない。
ここに残って欲しい。
その一言が、どうしても言えなかった。解決するには社会改革が必要だろう。すぐには無理だ。人々の意識を変えるのは、魔王を倒すより難しい。
戦うことしか取り柄のない俺に、二人を止める資格などない。
「…………」
何を言っていいかわからず、時間が過ぎる。
このまま、二人を見送るしかないのか。何とか言葉を探すが、何もでてこない。二回目の人生なのに、気の利いたことすら言うことができないのか、俺は……。
相変わらず、自分に何もないことを思い知らされていた時だった。
玄関がノックされた。いつの間にか、人の気配がある。それも複数。
「……どうぞ」
ドアが開くと、入ってきたのは知った顔だった。
「ああ、やはりここでしたか。良かったです」
「俺の言った通りだったろ。大丈夫だってよ」
「マイサさん……怪我はしていない?」
やってきたのはラカリ先生、バリオンさん、孤児院の先生だった。
「どうしてここに?」
「騒ぎの話を聞きましてね。少し、気になったのです。皆さんにはお世話になりましたから」
「俺は道案内の護衛だ。門の外だから念の為な」
「院に帰ってこなければ。心配もします」
突然の来客に、慌ててエンネが台所に向かう。お茶を出すつもりだろう。
我が家には椅子どころか座布団もない。そのまま床に座り、事情を話した。
「そうですか。エルフの騎士に……。今この町に来ているのは女王の直属。気位も高く、魔族への恨みも深いと聞きます」
「迷惑な話だぜ。俺達の生まれる前のことだってのにな!」
ラカリ先生の言葉に、バリオンさんが憤る。見た目に出ていないけど、彼もまた魔族の末裔だ。似たような目にあったことがあるのだろう。
「傷の治療もしてもらって。ありがとうございます。私達も気をつけているのですが、難しいものですね……」
孤児院の先生はマイサの無事な姿を見て、安心したようだ。ちょっと頼りないけど、責任感はあると聞いたことがある。
「お前さん達……なんでわざわざ来てくれたんじゃ?」
信じられないものを見るような目で言うエンネ。
最初に反応したのはバリオンさんだった。
「そりゃあ、仕事仲間が酷い目にあったって聞けば。心配くらいするだろ?」
「お二人にはお世話になりましたしね」
驚きだった。孤児院の先生はともかく、バリオンさんとラカリ先生は仕事でちょっと縁があっただけだと思っていた。
「まあ、なんだ。あのエルフ達は知らないんだよ。「勇者は悪い魔族は殺さない」っていうのを。二人とも、悪い魔族じゃねぇしな」
バリオンさんの言葉に、残り二人も同意する。
「ワシらは……まだここで暮らして良いのか?」
震える声で問うエンネに、バリオンさんが代表するように答えた。
「当たり前だろ」
住民登録もしてるしな、と冗談めかして続ける。
「俺も、二人にはここで暮らしてほしいな」
ようやく、俺も言葉を紡ぐことができた。それを聞いて、エンネがこちらをじっと見つめてくる。
「本気か? 今日のように迷惑をかけるかもしれんぞ?」
「構わないよ。そもそも、迷惑だとも思っていない」
生きていれば、多少の軋轢はあるものだ。それに、今話しているうちに、俺はようやく自分の本音に辿り着いた。
「楽しいんだよ。今の暮らしが」
その一言を聞くと。エンネは観念したような笑みを浮かべた。
「わかった。……じゃが、一つ条件がある。マイサを引き取ることはできんかのう?」
問いかけた先は、俺と孤児院の先生だ。
「俺は構わない。先生はどうですか? 正直なところ、少し大変なんじゃないかとお見受けしますが」
「…………それはっ」
最近、マイサはうちに来るようになった。それも頻繁に。恐らく、空いた時間ができるたびに。
それはつまり、孤児院が居やすい場所ではないということだろう。
先生は穏やかでいい人だけど、ちょっと頼りない。マイサのその言葉が全てだ。
「たまに様子を見に来てください。問題があると思ったら、すぐに戻して貰ってもいい」
もちろん。そんなつもりはない。マイサを引き取る以上、幸せな人生を送ってもらう。……幸せな人生ってなんだろうな。いや、今はそういうことを考える時じゃない。
「稼ぎの方も大丈夫だ。この二人、本気を出せば冒険者でとんでもない稼ぎを叩き出すぞ」
「そもそも、魔法使いですしね。働き口は沢山あります」
バリオンさんとラカリ先生も横から援護してくれる。
先生は少し悩んでから、大きくため息をついた。そして、マイサを見つめる。
「マイサさん。貴方がそれで良いのなら、そのように手配しますよ?」
親としての目線。そう感じる問いかけだった。
「二人が許してくれるなら。きっと、その方がいい……。違うな、ボク、ここで暮らしたい」
それは、冗談だとか気楽な感情から来るものではなく、考えた上での決断だった。
「お願いします。ボクを二人の家族にしてください」
改めて、頭を下げるマイカ。
俺とエンネは揃って頷き、新しい家族を迎え入れた。
「ワシからも礼を言う。これからも宜しく頼むのじゃ……クウト」
こうして、俺のスローライフ生活は、少しだけ変化することになった。
「運命を司る女神よ……癒しの奇跡をもたらしたまえ」
マイサの頬は腫れていたが、手甲を付けた男の拳を受けてこの程度なら、むしろ軽い怪我だ。歯も折れていない。憎い魔族といえど、子供相手には本気で殴れなかったんだろう。
「よし。綺麗になった。他に痛い所はない?」
「ん……大丈夫です。……二人とも、ボクのせいで迷惑をかけて、本当にごめんなさい」
体の調子を確認すると、マイサはすぐに俺達に向かって頭を下げた。
「エンネさんと出かけたのが楽しくて、調子にのっちゃったボクが悪いんだ。ごめんなさい! ごめんなさい!」
涙を流しながら、謝罪する子供を見るのは正直辛い。それに、俺は迷惑とも思っていない。
「いや、二人が悪くないのは想像がつく。エルフはまあ……色々あったから。ああいう人もいるよ」
あそこまで魔族へ憎悪を顕にするのは珍しい。過去、相当なことがあったんだろう。だからといって、やっていいことじゃないんだが。
「ボクにこんな角なんかあるからいけないんだ! こんなものがあるから、母さんも苦労して!」
顔を上げたマイサが、両手で自分の角を掴んで折ろうとしはじめた。その腕に、魔力の輝きがまとわれている。まずい、感情が高ぶって魔力が反応し、自然と身体強化をしている。本当に折りかねない。
魔族の角は魔力を生み出し、その生命維持にも関わっている。
「やめんか。マイサは悪くない。収まりそうな所で余計なことを言ったワシが悪いんじゃ」
マイサの肩にそっと手を添えてエンネが言った。
「エンネさん……でも……」
「冷静に考えても、悪いのはあやつらじゃ。騎士の癖にのう。鷹揚に許して終わり。そのはずじゃった……」
降ろされたマイサの両手を優しく握りながら、エンネは静かに続ける。
「なあ、マイサ。ワシと一緒に魔族界にいかんか? あそこなら、こんな目に遭わずにすむ」
「おい、ちょっとそれは……」
とんでもないことを言い出した。たしかにエンネは界渡りしてきた。人間界から魔族界にいけないとは一度も言われたことはない。
「エンネさん。そんなこと……できるの?」
「できるとも。実はな。ワシは向こうから来たんじゃ。魔族界なら、今日のような苦労はない」
断定的な口調に、マイサの表情が変わる。少し、明るいものに。
「二人とも、落ち着いてくれ。それは……」
「止めんでくれ。ワシは、お主にだけは迷惑をかけたくないんじゃ」
そう言って俺を見るエンネは、あの時と同じ目をしていた。
あの、「殺してくれ」と言った日と同じ目を。
「魔族で罪人扱いされるくらいは良い。じゃがな、ワシがいることで、お主が生きる邪魔になるのは嫌なんじゃよ……」
わかってくれ、と力のない声で付け加えられる。
俺は何も言えなかった。
どうすればいいだろうか。権力者に連絡は取れる。いっそ、どこかに領地でも貰って、二人を保護して暮らせばいいのか? 駄目だろう。彼女たちは、それで納得してくれるような人じゃない。
ここに残って欲しい。
その一言が、どうしても言えなかった。解決するには社会改革が必要だろう。すぐには無理だ。人々の意識を変えるのは、魔王を倒すより難しい。
戦うことしか取り柄のない俺に、二人を止める資格などない。
「…………」
何を言っていいかわからず、時間が過ぎる。
このまま、二人を見送るしかないのか。何とか言葉を探すが、何もでてこない。二回目の人生なのに、気の利いたことすら言うことができないのか、俺は……。
相変わらず、自分に何もないことを思い知らされていた時だった。
玄関がノックされた。いつの間にか、人の気配がある。それも複数。
「……どうぞ」
ドアが開くと、入ってきたのは知った顔だった。
「ああ、やはりここでしたか。良かったです」
「俺の言った通りだったろ。大丈夫だってよ」
「マイサさん……怪我はしていない?」
やってきたのはラカリ先生、バリオンさん、孤児院の先生だった。
「どうしてここに?」
「騒ぎの話を聞きましてね。少し、気になったのです。皆さんにはお世話になりましたから」
「俺は道案内の護衛だ。門の外だから念の為な」
「院に帰ってこなければ。心配もします」
突然の来客に、慌ててエンネが台所に向かう。お茶を出すつもりだろう。
我が家には椅子どころか座布団もない。そのまま床に座り、事情を話した。
「そうですか。エルフの騎士に……。今この町に来ているのは女王の直属。気位も高く、魔族への恨みも深いと聞きます」
「迷惑な話だぜ。俺達の生まれる前のことだってのにな!」
ラカリ先生の言葉に、バリオンさんが憤る。見た目に出ていないけど、彼もまた魔族の末裔だ。似たような目にあったことがあるのだろう。
「傷の治療もしてもらって。ありがとうございます。私達も気をつけているのですが、難しいものですね……」
孤児院の先生はマイサの無事な姿を見て、安心したようだ。ちょっと頼りないけど、責任感はあると聞いたことがある。
「お前さん達……なんでわざわざ来てくれたんじゃ?」
信じられないものを見るような目で言うエンネ。
最初に反応したのはバリオンさんだった。
「そりゃあ、仕事仲間が酷い目にあったって聞けば。心配くらいするだろ?」
「お二人にはお世話になりましたしね」
驚きだった。孤児院の先生はともかく、バリオンさんとラカリ先生は仕事でちょっと縁があっただけだと思っていた。
「まあ、なんだ。あのエルフ達は知らないんだよ。「勇者は悪い魔族は殺さない」っていうのを。二人とも、悪い魔族じゃねぇしな」
バリオンさんの言葉に、残り二人も同意する。
「ワシらは……まだここで暮らして良いのか?」
震える声で問うエンネに、バリオンさんが代表するように答えた。
「当たり前だろ」
住民登録もしてるしな、と冗談めかして続ける。
「俺も、二人にはここで暮らしてほしいな」
ようやく、俺も言葉を紡ぐことができた。それを聞いて、エンネがこちらをじっと見つめてくる。
「本気か? 今日のように迷惑をかけるかもしれんぞ?」
「構わないよ。そもそも、迷惑だとも思っていない」
生きていれば、多少の軋轢はあるものだ。それに、今話しているうちに、俺はようやく自分の本音に辿り着いた。
「楽しいんだよ。今の暮らしが」
その一言を聞くと。エンネは観念したような笑みを浮かべた。
「わかった。……じゃが、一つ条件がある。マイサを引き取ることはできんかのう?」
問いかけた先は、俺と孤児院の先生だ。
「俺は構わない。先生はどうですか? 正直なところ、少し大変なんじゃないかとお見受けしますが」
「…………それはっ」
最近、マイサはうちに来るようになった。それも頻繁に。恐らく、空いた時間ができるたびに。
それはつまり、孤児院が居やすい場所ではないということだろう。
先生は穏やかでいい人だけど、ちょっと頼りない。マイサのその言葉が全てだ。
「たまに様子を見に来てください。問題があると思ったら、すぐに戻して貰ってもいい」
もちろん。そんなつもりはない。マイサを引き取る以上、幸せな人生を送ってもらう。……幸せな人生ってなんだろうな。いや、今はそういうことを考える時じゃない。
「稼ぎの方も大丈夫だ。この二人、本気を出せば冒険者でとんでもない稼ぎを叩き出すぞ」
「そもそも、魔法使いですしね。働き口は沢山あります」
バリオンさんとラカリ先生も横から援護してくれる。
先生は少し悩んでから、大きくため息をついた。そして、マイサを見つめる。
「マイサさん。貴方がそれで良いのなら、そのように手配しますよ?」
親としての目線。そう感じる問いかけだった。
「二人が許してくれるなら。きっと、その方がいい……。違うな、ボク、ここで暮らしたい」
それは、冗談だとか気楽な感情から来るものではなく、考えた上での決断だった。
「お願いします。ボクを二人の家族にしてください」
改めて、頭を下げるマイカ。
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