限界勇者のスローライフ~追放気味に田舎暮らしに突入したけど、元魔王やら魔族の子と出会って何だか幸せに暮らせています~

みなかみしょう

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第33話:限界勇者の移り変わる日々

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「あら、もう帰ってきたんですのね」

 帰宅すると、家にフィラーシャとマイサがいた。しかも、二人で大層くつろいでいた様子だ。ちゃぶ台の上にはクッキーとマグカップ。どこからか持ち込んだクッションに寝そべり、大層リラックスしていた。

「神殿で過ごしてるかと思ったんじゃが……」
「気付いたんですの。狭苦しい神殿よりも、ここの方が気楽だって。あ、台所もお借りしましたわ。食材色々買っておいたから良ければ使ってくださいまし」
「フィラーシャさんの作ったシチュー、凄く美味しかったんだよ!」

 声を上げながらマイサが俺達に駆け寄ってくる。一瞬、俺に抱きつこうとして両手を広げたが、すぐに思いとどまった。……家族と言っても中々難しいものがあるな。

「奥ゆかしいのう。無事に帰ってきたのじゃよ」
「うん。おかえりなさい」

 代わりとばかりにエンネがマイサを優しく抱きしめる。

「マイサさんはお二人をとても心配していたのですよ。心配いらないとはいえ、待つだけというのは不安になるものです」
 
 そう言ってフィラーシャが指差した祭壇には何故か光の神の聖印まで置かれていた。

「いいのかこれ?」
「多分、我が神は喜ぶかと思いまして。ここ、運命神様のお作りになった家ですし」
「……たしかに」

 光の神、相当ユーネルマ様に惚れ込んでるらしいからな。ここから祈ったらちょっと手を貸してくれそうな気もする。

「フィラーシャ。ありがとう。剣も役に立ったよ」

 無銘の魔法剣。相変わらず手に馴染み、使いやすかった。久しぶりとは思えないくらい、自然と体が動いた。
 剣を差し出すと、フィラーシャは笑顔で首を横に振る。

「こちらはお返ししたのです。お持ちください。きっと、これから先役に立ちます」
「いいのか?」
「いいもなにも、貴方のための剣ですよ」

 そう言われると頷くしかない。大切に保管しておこう。

「さて、家主も帰ってきたことですし、私はお暇しますね」
「良いのか? 夕飯でもご馳走するところじゃが」

 キッチン横のパントリーを確認したエンネが言った。相当の食材を買い込んであったようだ。

「実は、予定をぶっちぎってここに来ましたの。今からこの国の王都に戻って謝罪行脚ですわ」

 余裕ぶっていた割に相当危ない橋を渡っていたようだ。

「ヴィフレア宛に俺が手紙を書くから持っていってくれ。そのくらいの時間はあるだろう?」
「それはもう。……正直、命拾いしたかもしれませんわね」

 苦笑しながらも、フィラーシャは俺の提案を受け入れてくれた。

 手紙を書き終わるまで二十分かかった。長い文章は苦手だ。とにかくフィラーシャに害が及ばないようにお願いしておいた。多分、これで平気だろう。

「こんな危ない橋を渡る女だとは思わなかったよ」

 そういいながら手紙を渡すと、口元に笑みを浮かべたフィラーシャは自信に満ちた目で俺を見た。

「こう見えて、勇者の仲間の子孫ですから。大切な友人を助けるための危険くらい、いといませんわ」
「…………」

 あまりにも彼女らしくない台詞に絶句するしかない。いや、俺がフィラーシャやゲイル達を見誤っていたんだろうな。俺は人を見る目がないのかもしれない。

「クウト様、どうかこの地での生活が貴方の心を癒やすよう、祈っておりますわ」

 一礼してそう言うと、フィラーシャは本来の仕事に戻っていった。

◯◯◯

 ゲイル達を助けてから、穏やかな日々が続いた。どうも、世の中というのは驚くような危険な事件が連日起きるわけじゃないらしい。

 朝起きて、畑の世話をする。役場や冒険者組合から仕事を回される。
 夕方になったら家族三人で野菜を採ったり、休みの日に買い物に行ったり。
 同じような日々がこれほど心を穏やかにするとは思っても見なかった。

 その日は、珍しいことに俺一人が冒険者組合の仕事を受けていた。
 町の西側の魔物発生に関する調査だ。王都から来た騎士団達も引き続き調べているけど、俺にも依頼が回ってきた。

 話によると、定期的に俺とエンネが元魔王城のある地域を監視することになるそうだ。移動方法の問題はあるけれど、たまに行くくらいなら問題ない。むしろ、平穏な生活のためだと思えば張り合いがある。

「元勇者と元魔王の仕事と思えば、最適かもな」

 そんなことを呟きつつ、その日は「問題なし」で帰宅した。

「ただいま」
「おかえりなのじゃ。クウト、マイサが変わったものを見つけたぞ」
「変わったもの?」
「うん、これ」

 マイサが差し出した手の上には、白い陶器製の小さな人形が乗っていた。
 塗装も落ちて、ところどころ欠けている、デフォルメされた人形。
 それを見た瞬間、自分の中で何とも言えないものが込み上げてきた。

「よく、見せてくれ……」

 手にとって、確認する。間違いない……。

「これは運命神ユーネルマ様の神像を模した、子供向けの玩具だよ。たしか、光の神とセットだった……」

 見覚えがあるどころじゃない。これは、俺の家にあったものだ。

「親が買い物ついでに買ってきたものでさ。家族で遊んだ、普段は祭壇に置いてあった……」

 言葉と共に思い出す。あれはたしか、暖かくなり始めた春頃だった。
 両親は兄と一緒に町まで行って、安く売っていたこれを買ってきてくれた。俺よりも妹が喜んで、神様を模しているっていうのに人形で遊び始めたんだ。
 せっかくだからと家にあった小さな祭壇に置いたんだけど、妹がすぐに遊びに使うからって、どんどん塗装が剥げていって。そんなに好きなら自分達で作ってみようか、なんて話していて……。

「…………あれ?」

 いつの間にか、視界が滲んでいることに気付いた。
 それが涙だと気づくまで時間がかかった。
 泣くことなんて、この百三十年一度も無かったのに。

「…………そうか。もういないんだよな。みんな」

 この世界の家族は、優しかった。貧しかったけど、暖かさがあった。だから俺は、前世の知識も生かして今度は皆で良い生活を出来ればなんて考えてもいた。
 自分にもやりたいことがあったんだ。
 ようやく、俺はそんなことを思い出した。あまりにも遅すぎるし、全て失われた。

「クウトさん、大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと、悲しいだけだから」

 涙を流しながらも、こうして家族を失ったことを悲しめることが本当に嬉しく思えた。
 きっと、この感情を忘れていたのは自分にとって良くないことだったから。

「すまぬ……。やはりワシは……」
「駄目だよ。エンネ達には居て欲しい。また、帰る場所がなくなるのは、辛い」

 こうして泣いている今も、エンネに対する怒りは沸かない。これだけ罪悪感に駆られている彼女を殺すことは、俺には出来そうにない。本当に悪い魔族を何度も見たけど、命をその辺の石コロ以下にしか見ていないような奴ばかりだった。

 悲しいのは、エンネのように性根の優しい人でも、争いに加担してしまうことがあるという現実なのだろう。

「そうじゃな。クウト、ワシらは止めぬ。好きなだけ泣くといい」

 流れ出した涙は、しばらくの間、止まらなかった。




 その日の夜、夢を見た。
 その中で、俺は子供だった。前世の日本じゃなくて、この世界の子供。田舎の農村で暮らす、十歳くらいの男の子として生きていた頃だ。

 夢の中は楽しかった。両親がいて、兄弟がいた。近所のお姉さんや、村唯一の雑貨屋のおじさんにも会えた。共に魔王を倒した親友もいた。あいつはいつも通り、いたずらをして怒られていた。

 とうの昔に忘れたと思っていた景色の中で、俺は走り回って色んな人達と話し、遊んだ。

 心の何処かで、農村の暮らしは子供でもそれなりの労働があっただとか、この人はもういないんだとか思うこともあったけど、気にならなかった。

 いつの間にか、俺は家に帰っていた。室内には家族が皆揃っていた。母は妹と台所に立ち、父と兄は何やら手仕事をしている。
 俺は木の板に文字を書いていた。きっと役立つと思い、文字の練習をしていた頃だ。たしか、文字と計算が出来るおかげで村長の仕事を手伝うようになったんだっけか。
 それから、旅の魔法使いに魔法を教えてもらい、王都の学園に推薦されるなんて話もあったんだよな……。

 あのまま生きていたら、どんな人生になっていたんだろう。
 まるで想像がつかない。魔法使いにでもなっていたか、冒険者でもやっていたか。
 家族はどうだったろうか。兄は家を継いだろうし、妹はどこかに嫁いだはずだ。甥とか姪が出来たかもしれない。

 木の板に文字を刻みながら考えていると、いつの間にか、自分が子供の姿ではなくなっていることに気付いた。
 ふと、家の中にあった小さな祭壇が目に入る。そこには塗装が剥げて傷ついた、古びた運命神の人形が一つ、飾られている。

「俺、帰らなきゃ……」

 立ち上がって言うと、家族みんなが俺を見た。

「そうか。もう行くのか」

 父が言った。穏やかな口調で。

「お腹は空いてない? 元気でいるのよ」

 母が言った。優しく笑いながら。

「無理してないか? お前は自分のことを考えないからな」
 
 兄が言った。心配そうに苦笑しながら。

「ねぇ、そっちの生活は楽しい?」

 妹が言った。いつものように元気な笑顔で。

「ありがとう。俺はもう、大丈夫だよ」

 そう答え、一礼してから玄関の扉に手を掛ける。小さな家の薄くて、懐かしい扉。軽く力を入れると簡単に開き、外の景色が目に入った。

 外にあったのは見慣れた景色。畑と自然に囲われた、エンネとマイサの三人で暮らしている家が見えた。

「行ってきます」

 最後に一度振り返り、もう会えない人々に挨拶する。
 外に出て行こうとする背中に、それぞれの「行ってらっしゃい」という声がかかった。

 俺は振り返らずに、家に向かって真っ直ぐ歩いた。





「…………珍しい夢を見たな」

 目を開くと、いつもの寝室だった。横を見ればマイサの顔があった。気持ちよさそうに、寝息を立てている。

「む、なにかあったのかの? 夜中に起きるとは珍しいのう」

 俺の気配に気づいたのか、マイサの向こうにいたエンネが起き上がった。

「夢を見たんだ。昔の家族に会うのを」
「そうか……」

 エンネは難しい顔をしていた。俺の発言を良いことか悪いことか受け取り兼ねているんだろう。


「良い夢だったよ。特に、行ってきますって言って、ここに帰るところがね」
「それなら、ワシも安心じゃ……」

 あの人形を見た時のことが尾を引いているんだろう。エンネはまだ不安げだ。

「明日は休みにして、何か美味しいものでも食べにいこうか」

 なんとなく、そんなことをしたくなる気分だった。頭の中がスッキリしているし、いつもと違うことがしたい。

「悪くないのう。マイサが先日、あの神官と良いもの食べたそうじゃぞ。そこに行くのはどうじゃ?」

 ちょっと楽しそうにエンネが言った。

「それはずるいな。是非行こう」
「うむ。楽しみじゃ」

 いつもと違う店に行くのも日常においては中々刺激的だ。朝起きるのが楽しみになってきた。

「それじゃ、もう少し寝るのじゃ」
「うん。おやすみなさい」

 明日はきっと楽しい日になる。
 特に根拠もないのに、それを確信しながら、俺はもう一度眠りについた。
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