けん者

レオナルド今井

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凍らぬ氷の都編

オリジン・オブ・ア・ファイア

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 ──フレイム鉱山村に辿り着いた翌日。

 朝になるまで鉱山の浅いフロアを探索したが、見つからなかったため引き返してきた。

「坑道の外までは遠くて行けなかったが、もともと山を張って探索したわけだからな」

 何度か魔物との交戦したため若干埃をかぶったまま次の方針を提案してみる。

 すると、同じく埃をかぶったマキが言葉を引き継ぐ。

「日が昇ったわけですし、通行人に聞き込み調査をしてみませんか? もしかしたら、周辺地域で目撃者がいるかもしれません」

 平日ということもあり、やや遅めの朝食時でありながら宿の窓から見える通りは人が多い。

 善は急げということで、さっそく重役出勤がお似合いの偉そうなチョビ髭を見つけ、声をかけてみた。

「すまない。こちらの者を見かけただろうか」

「……霧国銀行朝靄地方統括本部長のこのワシに向かって何の用だね」

 呼び止められたチョビ髭は、露骨に嫌そうな顔をしながら振り向いた。

「上流階級であるこのワシに、君らのような下賤な者が話しかけるとは。敬語の一つも使えんのかね。……フン、蒙昧な下僕根性に聞く耳などないか」

 どんなに嫌がられようがソフィアの命より優先されることはないので念写画像を見てもらう。

 しばし画像を見ていたチョビ髭は、わざとらしくため息をつくと首を横に振った。

 ……まあ、だろうな。

「そうか。ご協力感謝する」

「ありがとうございました」

 お礼を告げると、やっと解放されたとでも言いたげな様子で立ち去ろうとして。

 なぜだろう。こっちから声をかけておいてこんなことを考えるのは大変忍びないのだが、地味にイラっと来る。ちらっとマキに視線を向けると、同じことを思っているのかこちらの視線に気づいてウィンクした。そして、わざとらしくしゃべり始めた。

「ソフィア様に危機が迫る中、あたしたちだけでは大変なのです。鉱山なんかで死に絶えたなんて知られたら、悲しみに打ちひしがれてるあたしたちに貴族院が責任を追及してくるに違いないのです」

 ソフィアという名を聞いてピンときたらしいチョビ髭がこちらを振り返……ろうとしたようだが、一瞬停止したのは世間体を鑑みてだろうか。しかし次の瞬間にはこちらを向いて口を開きだした。

「今、ソフィア様の危機だと聞こえましたな⁉」

 ……ちょっろ。

「ええ、そうなのです! 従者であるあたしたちも全力で捜索にあたっているのですが、なにせ人手が足りず……。ですが、国営銀行である霧国銀行の、それも霧の都地方の次に大規模な朝靄地方の総括本部長ともあろうお方のお手を煩わせるわけにはいきませんとも! そのうえ、あたしたちの『敬語の一つも使えない下賤な者』と協力するなんて恐れ多いのです!」

 わざとらしく言いのけるマキに、チョビ髭はというと若干焦りを見せながら食い下がる。

「ま、待ちたまえ。君たちの話によれば、これは熱鉱山全体の評価に影響しかねない重大な事柄だ。ぜひ、ワシらの抱える騎士団を使ってくれ」

 一見、俺たちのくだらない茶番で権力者の助力を得ることに成功したように見えるこの状況。あるいは、善良なお偉方が自腹を切って愛すべき貴族令嬢の救出に加担したともいえる。しかし、中身はこうだ。

「……政略結婚が狙いか。おおよそ、スターグリークの現状に付け込んで当主になり替わろうとでも思っているのだろう」

 場合によっては、俺やマキ、ジョージさんはいるだけ邪魔なので闇に葬られるだろう。

 どこまで俺の予想通りかはわからないが、歯噛みする様子を見るにおおむね図星とみてよさそうだ。

「このワシをバカにしておるのか! 貴様らなんぞ、このワシにかかれば。……フン、何か言ったらどうだね?」

 落ち着いたみたいですね、などとマキが耳打ちするがそれは違う。

 このチョビ髭とて、仮にも現時点までのし上がった海千山千のやり手なのは間違いない。今俺たちに害をなすことと、懐柔させて名家を乗っ取るのでは後者を選ぶようだ。

 さて、誰も何も言い返さないまま数分が経過。さすがに頭にきたらしいチョビ髭が今にも掴みかからん勢いでまくし立ててきた。

「こ、小僧ッ! 貴様は目上の人間への礼儀というものを備えておらんのか!」

 何かと思えばモラハラだった。

「……程度の低い質問に答えるのは、相手の無知と甘えを許すことにつながる。双方にデメリットである以上、俺は返さないつもりだ」

 マキがまた目配せで何かを訴えかけているようだが、無視させていただく。ここで甘い対応はできないと悟っていてほしい。

 すると、チョビ髭はそれが気に入らなかったのか理性を捨ててキレ始めた。

「なんのつもりだ小僧! その気になれば、貴様などスターグリーク諸共潰せるのだぞ!」

 本当に頭にきたようでぶっ潰す宣言をいただいたわけだが、さすがに飽きてきたので権力振りかざす以外の手段も見せてほしいものである。

「頭を使う時間を与えてやったつもりだったが、有効利用するしないにまで口をはさむつもりはないさ」

 もし冷静に話し合ってくれたのならば契約を結んだうえで手を貸してもらうつもりでいたが、こうなっては話し合いの余地はない。

 しかし、せっかく珍しい身分の者と話し合えたので、ついでに積んでいた業務を一つ片づけてしまおう。

「ところで、地方総括本部長殿。たしか、朝靄地方支局はスターグリーク領からも復興予算が下りていたね」

 そうだが、それがどうした。

 困惑より苛立ちが勝っていそうな声に、いかに冷静さを保って先手を打てることが大事かを思い知る。人のふり見てなんとやら。

「件の書類なのだが、満期が来月末でね。復興途中の地域への予算申請は今月末までに出さないと貴族院から予算を出すための許可がおりないんだ」

 ちなみに書類の不備が目立つので、今年から俺が経済面を管理しているのをいいことに審査を厳しくしようと推し進めていたりもする。

 瞬間、顔色を変えて縋りついてきた。

「いくらだ。小僧、いくらほしいのだ。……そ、そうだ。貴様がスターグリークの当主になればいい。貴様は小生意気だが海千山千の貴族や富豪を捌く武器にもなる。その際にはワシが支持団体に名乗り出てもよいのだぞ」

 うーわ、マジかよコイツ。

 まだ生きてるはずのソフィアを裏切れとか言いやがった。

「断る。でないと、お前がデカい顔をしだして不快だからな」

「ッ、わ、ワシに無礼を! タダでは済まさんぞ!」

 偉そうに食ってかかってくるチョビ髭。横からマキが白い目を向けてくるあたり言い過ぎただろうか。

 まあ、ソフィアを裏切れと言った奴が悪いということにしておこう。一度アイツに加担すると誓った以上意思を曲げることはない。仕事と約束事は必ず完遂する。それだけが俺の取柄なのだから。

「だ、だいたいあのような泥臭い娘のどこが良いというのだ! 黙ってワシのもとへ下ればよいものを!」

 ここにソフィアがいないのをいいことに言いたい放題だなクソジジイ。

 いったいどう始末してくれようかと考えていると、ウチの狂犬がついに動いた。

「ぶっ殺しますよ、この老害モラハラ矮小クソジジイ! これ以上ソフィアを愚弄するようなら出るとこ出ますよコラァ!」

 腰に携えた短剣を抜いて襲いにかかるマキを全力で取り押さえる。

 今ここで戦闘になれば互いに消耗は避けられないからだ。

 マキも気づいているだろうが、付近にはコイツの部下と思われる護衛が身を隠しているのがわかる。まあ、仮に護衛の存在に気づいていなくても止めたが。なにせ、このジジイの身分が嘘でないのなら、護衛もつけずに街を歩くなど考えられないからな。

 それはそうと、戦闘にならなかったことで胸を撫で下ろすジジイを見るに付け入る隙はありそうだ。

「どうどう、落ち着けマキ。今ここでやってしまったら興醒めだ。コイツからはまだ悪感情を搾り取れるはずだ」

 あくまで冷静にたしなめつつ、ナイフを仕舞わせる。

 かわりに、サラリとディスってやったジジイが青筋を立てて掴みかかろうとしてきた。

 あくまで軽く躱してそれでおしまい。

「急に動いては体に障る。激しい運動は控えることを奨める」

 しれっとジジイを見下した視線で言い放つ。

 プライドの高そうなジジイならすでに怒り心頭だろう。

「き、貴様ァ! ワシを何だと思っているのだ!」

「カネと権力を得ることにのみ依存しその他すべてを排他する、極めて醜悪な人格の持ち主。個人的な感想を求められるなら、そう答える他ない」

 あえてオブラートに包まない物言いで告げると、ジジイは怒り心頭でさらに襲いかかろうとするのでサッとかわす。

「満足した。行こう、マキ」

 困惑して固まっていたマキの手を掴んで、強引にその場を後にした。

 情報こそ聞き出せなかったが、次の方針は決まった。

 しばらく歩いて人通りを抜けると、マキが軽く手を振り払おうとしてきたので離す。

「すまない。強く掴んだことについては謝らせてほしい」

 手首がかすかに赤くなっているのを見てマキを気遣わなかったことに罪悪感を覚えた。自分のことだけに固執していたのは俺も一緒じゃないか。

 これでは先ほどのクソジジイと似たり寄ったりだと思い自己嫌悪に陥りそうだが、そんなことは気にしないとばかりに今度はマキが俺の手を掴んできた。

「これでおあいこです。さあ、ソフィアを探しに行きますよ!」

 まるで俺のために向けているような笑顔だ。一目見た瞬間の感想がそれであり、改めてマキの思い遣り精神を認識させられる。仲間思いのコイツなら、俺のくだらない感情の移ろいなど手に取るようにわかるのかもしれない。

「……また気を遣わせたな」

 そんな呟きに「なんのことやらさっぱりわからないのです」と返したマキには頭が上がらない。

「でも、そこまで言うなら一つ教えてください。あのお爺さんには何か違和感を感じるのですが、ケンジローならなにかわかりますか?」

 気遣っているのに安易にそれを感じさせないキョトンとした表情。さすがにこれだけ一緒にいれば露骨な話題転換だと思うが、しかし核心をついた質問だ。

「わかる、と思う。あの男は、俺たちが名乗る前から下僕だと決めつけていた。労働階級を社会の下僕だと言い換えるのならそれまでだが、冒険者への世間の評価はフリーダムな奇人だというのが多数派だ。俺たちの恰好から冒険者以外の要素を見つけるのが難しい以上、あの男が俺たちの身分を前もって知っていたに違いないんだ。わかっているのはそれだけだが、得体のしれない不気味さを抱かせるには十分だろうな」

 俺たちを前もって知っていて、かつスターグリーク家を乗っ取る野心を抱く者。放っておくにはリスクが高いが、仮にも権力者を捌くとなるとこの国では相当のことがなければ難しい。杞憂に終わればいいが、楽観視できないだろうな。

 しばらくは面倒なことになりそうだ。

 そう考えてため息をついたその瞬間、村中に凄まじい咆哮が鳴り響いた。



 静かになるまで耳を庇っていると、今度は村中を巨大な影が覆っていた。

 禍々しいオーラなどではない、いたって普通の影だ。超巨大だという点に目を瞑れば。

「なあマキ。あれはなんだ?」

 村をすっぽり覆う体躯に爬虫類をそのまま巨大化したような鱗、それから視界に入ったすべての生物を喰らい殺しそうな目。本能的な恐怖を駆り立てられる模様の翼膜が広がる巨大な一対の翼で、悠々と上空を旋回している。もはや言い逃れのできないドラゴンなのだが、まさかこの目で見ることになるとは思わなかった。

「大型なドラゴン種の何かだとは思いますが……。ドラゴン種は個体数が少ないので、目撃された個体はいずれも名前が付けられているのです。でも、あのドラゴンに関しては少なくともアタシは知らないですね」

「未知の大型ドラゴンってことか」

「はい。ドラゴン特有の強耐性が何属性についているのかからブレスの属性、あとは固有スキルの有無までわからないのです」

 鱗の一部が異様な色に変色しているが、あれはなんだ。何かで削ったのか?

「それにしても、そのドラゴンはまるで誰かを探しているような素振りを見せているな」

「あ! 待ってくださいケンジロー、もしかしてあのドラゴンの探し人ってアタシたちじゃないですよね?」

「そんな嫌な推測はやめてくれ」

 ドラゴンはこちらではなく村の入口付近へと降りてきている。まるで俺たちを品定めしているかのようだ。仮にそうだとしたら最悪の事態に巻き込まれているとしか思えないが。

やがて視線を外され翼を翻して俺たちの上空を通過していく。そして一頻り飛んだ先にある家の屋根に降り立ったところを目撃。すると、ドラゴンが首を伸ばして家の裏にいたらしきなにかを咥えて嘴に放り込み、それを咀嚼して飲み込んだのだ。

 今のは、人が喰われたのだろうか?

 ゾッとした俺たちは背筋が凍る思いを味わい、身を屈めて隠れるように駆け出した。

 ドラゴンは人間を捕食している。栄養補給ではないだろう。人間の尊厳を踏みにじるような行いにゾッとしながらも、表情に混乱の色が見えるマキに問いかける。

「……これ、どうやったら村の外に出れると思う?」

「あっ、戦う選択肢はない感じなのですね」

 冒険者にあるまじき選択を迷わずした俺に軽蔑のまなざしを向けるマキを無視して考える。

「ドラゴンが村を出るまでここにい続けても、それは愚策だ。落ち着いたタイミングでスキルとか見直して、なんとか攻勢にでるぞ」

 返事を待たずにマキの細い腕を引っ張って歩き出した。
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