THREE MAGIC

九備緒

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FIRST MAGIC

第7話 究極の召使い

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「――ま、チイ様。起きてください。」

 心地よく響く呼びかけ。
 この世のものとは思えない程の美声。
 そんな声の主に心当たりなどないのに、どこかで聞いたことのあるような声にも思える。

「朝でございますよ。起きてくださいませ。」

 重ねて覚醒を促され、知衣は目を開けた。
 声の主は輝かしい金髪の美しい青年で、穏やかな微笑みを浮かべこちらを見つめている。

「…………………………。」

 暫しの沈黙の後、知衣はあまりの恐怖に身体を硬直させた。

「おはようございます。知衣様。今日は素晴らしい天気でございますよ。」

 そう言って極上の微笑みを浮かべる目の前の青年は、とても爽やかで優しげな青年に見える。
 だが。

「ありえない。ありえないわ。」

 知衣はそう言って首を振る。

「チイ様?如何なさいました?」

 心配そうに問いかけてくる青年に、知衣は鳥肌を立てて叫ぶ。

「それはこっちの台詞だーーーっ!!」

 そこにいたのは、昨日の俺様男だったのだ。
 昨日とはまるで別人の言動に、寒気を覚えずにはいられない。

「落ち着いてください。チイ様。」

 穏やかで丁寧な調子で話すアレクに、知衣は薄気味悪さを覚えてしまう。

「何よ?何なの!?どういう嫌がらせ!??」

 半狂乱の知衣に、アレクは首を振る。

「嫌がらせではございません。私は、『アレク様』ではございませんので。」

 アレク――否、目の前の青年の言葉に、知衣は目を瞬かせる。

「……へ?アレク様じゃない?」

 確かに言動はまるで別人だけれども、容姿は瓜二つなのだ。
 思わず疑わしげな瞳を向ける知衣に、目の前の青年は頷く。

「ええ。私はチイ様付きの召使いでございます。」
「め、召使い?」
「左様にございます。私はチイ様のために魔法で造られた召使いなのです。」
「魔法で造られた?」
「はい。私は貴女の身の回りのお世話をするためアレク様に造られた『使い魔』の一種です。」
「良くわからないけど、貴方がアレク様の姿をしているのはそのせい?」
「アレク様の使い魔だからという訳では御座いませんが、そのように造られているので。」
「そのようにって、わざわざ自分の姿をした使い魔を造ったってこと?」
「いいえ。私がアレク様の姿を模したのは、アレク様にとってはおそらく想定外でしょう。私がこの姿となったのはチイ様の意識によるもので御座います。」
「え?私!?」

 身に覚えのない知衣は、慌てて首を振る。
 そんな知衣に苦笑して青年は言う。

「今私がこの姿をしているのは、チイ様が最も苛立たしいと思う人物の姿を模すように、私が造られているからで御座います。」 

 確かにいきなり殴られるは、俺様だは、酷い目にあわされるはで苛立たしく思ってはいた。
 けれど。

「な、なんでそんな……」

 何故わざわざそういう相手の姿が反映されるのか。

「アレク様が造ったっていうし……やっぱり嫌がらせ?」

 そんな知衣の言葉に、青年は緩やかに首を振る。

「私はチイ様の召使いとなるべく造られました。つまり私は貴女様の下僕。どのように扱おうとも、貴女様に誠心誠意お仕え致します。扱き使うならばそうした人物の姿をしていれば、ストレス解消もできて良いというのがアレク様のお考えで。」
「………………私そこまで性格歪んでないわよ。」

 アレクがムカつくのは確かだが、いくら同じ姿とは言え別人相手にその憂さ晴らしをしようなどとは思わない。

「そういえば、貴方の名前は?」
「お好きなようにお呼びください。」
「好きなようにと言われても……」

 困って眉を寄せる知衣に、青年は言う。

「名前はないのです。チイ様がつけてください。アレク様に造られましたが、私の主人はチイ様なのですから。」
「別に私は召使いなんて必要ないし。自分のことくらい自分でできるわ。」

 元々一人暮らしで、自分のことは全て自分でやってきた知衣だ。
 そもそも召使いなど、恐れ多くて使う気になれない。
 そんな知衣に、青年は言う。

「おそれながらチイ様の生活能力は、チイ様の世界で培われたもの。ここはチイ様にとって異世界ですから、同じ様にという訳にはまいりません。」
「う。まあ、確かにそうね。」

 確かに魔法なんて得体の知れないものが発達したこの世界は、知衣には不可解なことが多すぎる。

「私のような使い魔は主人に仕えることに至福を覚えます。どうかチイ様を支えさせてください。」

 そう言って縋るように見つめてくる青年に、知衣は折れた。
 こんな奇想天外な世界で、知衣の常識が通じるとは思えない。
 ここは素直に甘えるべきところだろう。

「わかったわ。よろしくお願いします。……で、名前が必要なのよね。」

 さてどうしたものか。
 期待に満ちた瞳で見つめてくる青年に、知衣は居た堪れなさを覚える。

 私にネーミングセンスを期待されても困るのだけど。

 しかしこうして改めて見ると、姿はアレクのものだというのに、その性格はむしろ正反対だ。

 俺様要素は欠片もないわよね――そう考えて思いつく。

 アレクの正反対――ならば。

「『クレア』というのはどう?」

 単純に逆さ読みしただけの名前だが、覗うように青年を見ると彼は極上の微笑を浮かべた。

「素敵な名前ですね。」

 アレクは類を見ない美貌の持ち主だ。
 だが、美貌に見惚れる前に俺様な態度に反感を覚えた知衣が、純粋に見惚れたことはない。
 けれど、同じ顔で物腰柔らか青年――クレアの暖かい微笑みに、知衣は思わず見惚れた。
 息を呑んで見惚れている知衣に、恭しくクレアは膝をつく。

「これからよろしくお願い致します。チイ様。」

 美形とはあまりお近づきになりたくはないと思う知衣。
 けれど、知衣とて美意識は人並みに持ち合わせている。
 自分に向けられるその極上の笑顔に見惚れていると――

 そこへ、悪魔の声が降りかかった。


「貴様……召使いに俺様の姿をさせるとはいい度胸だな。」


 聞き間違える筈もない、俺様な美声。
 表情を引きつらせ窓の外を見れば、そこには青筋を立てるアレクの顔が。
 そしてまたもや知衣は、この家限定の局地的大地震に襲われたのである。


「別に私が望んだんじゃなーい!!!!」


 知衣の叫びも虚しく、その地震は3分にもわたった。
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