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FIRST MAGIC
第17話 魔法の目録
しおりを挟むエステルに連れてこられたのは、魔法棟の奥にある図書館だった。
広大な室内には、膨大な本で埋められた本棚が余すことなく並べられている。
魔法の国ならではといえるのが、空中にまでも本棚が浮かんでいるというということだ。
城の主だった場所には、基本的には移動魔法で瞬時に移動できるが、この図書館は盗難防止のため例外で、魔法棟から歩いてしか来れない造りになっているのだそうだ。
魔法棟の管理下にあるこの図書室は、この世界で最大の蔵書量を誇るという。
「この図書館の蔵書量は84億冊余り。この世界のありとあらゆる魔法についての本が集められています。中には世に一冊しかないような貴重な本もあるんですよ。」
「すごい量……目的の本を探すにも苦労しそうね。」
大体、あの宙に浮かんだ本棚。
あれは魔法が使えなければ、本を取り出すことも難しいだろう。
図書館を利用するにも魔法は必要不可欠ってこと?
本当にどこまでも魔法の国なのね。
そんな思いで宙に浮かぶ本棚を眺めていると、エステルに可笑しそうに笑われた。
「さすがに自力で探すわけじゃありませんよ。チイさん、これをかけてみてください。」
そう言ってエステルが差し出したのは、一見なんの変哲もない『眼鏡』。
「セフィー様に治して貰ったから、視力ならバッチリよ?」
知衣がそう言うと、エステルは首を振る。
「これは魔法道具の一つで『翻訳眼鏡』と呼ばれるものです。チイさんはこの国の文字を理解できないでしょう?この眼鏡は自分の知らない言語で書かれた文章を、自分の知る言語に翻訳してその目に映し変えてくれる魔法の眼鏡なんです。城内の翻訳魔法では文字までは対応しきれないので。」
エステルの説明を受け眼鏡をかけた知衣は、目を瞬かせる。
「うわあ。すごい便利ね。」
先ほどまでミミズがのたくっているようにしか見えなかった本の背表紙の文字が、全て日本語として知衣の目に映る。
こんな便利な眼鏡があったら、洋書だろうが漢文だろうが原書をすらすら読めるわね。
読書好きにはたまらない一品だろうと思う。
「気に入ったなら、元の世界に持ち帰れますよ。」
エステルの言葉に、そういえばと知衣は思い出す。
「好きな魔法道具をひとつ持ち帰ることができるって、アレク様が言っていたっけ。」
「はい。私たちはこの世界にない魔法のアイディアを提供して欲しくていただく代価として、魔法案提供者に好きな魔法道具を選んで持ち帰ってもらっているんです。」
「でも魔法のアイディアと言われても、一体どんなものを求めているのか、正直検討もつかないんだけど。」
「私たちにとって魔法はあたりまえすぎるもので、そのためにどうしてもある程度の『固定概念』があるんです。チイさんには、そんな固定概念にとらわれない新しいアイディアを出して欲しいです。」
「そうは言われても……」
知衣にとって、魔法は固定概念に捕らわれるほど身近なものではないけれど、まじめに考えた事もないものだ。
魔法の案を出せと言われても、突拍子がなさすぎて……
困惑の表情を浮かべる知衣に、エステルは微笑む。
「そう難しく考える必要はないです。日常の中でふとした瞬間、『魔法が使えたらな』って思った事はありませんか?」
「それはまあ……多少は。」
本気で考えた訳ではないけれど、冗談ややけくその心境で思った事くらいは知衣にもある。
仕事で納期に追われている時、『魔法で時間が止まればいい。』だとか。
運動不足と不規則な生活で体重が増える度に、『魔法で簡単に痩せたらいいのに。』だとか。
ろくなこと考えてないなあと思いつつも、過去に思った事をあげていくと、エステルは笑みを深める。
「そういう些細な思いつきでいいんです。私たちが必ずしもチイさんと同じような発想をしているわけではないから。実際に今言った『魔法で簡単に痩せる』というのは、2代目の魔法案提供者の案と同じものだから。」
「この国の人たちにとっては、そんなのでも斬新だったわけ?」
「見目を誤魔化す魔法はいくらでもあるのもの。わざわざ自分が本当に痩せるなんて、当時の人にとっては目から鱗の発想だったみたいです。」
「見目は誤魔化せても、太ったら身体が重いとか思うでしょ?」
「身体を軽くする魔法もありますし。」
「なるほど。ようは別の角度から解決しちゃってたわけね?」
知衣の言葉にエステルは頷く。
「だからチイさんにとってあたりまえの意見でも、私たちからすれば新鮮ということもきっとあります。」
「だといいけど。この国にはすでにたくさん魔法があって、しかも私の前にも8人も魔法案を提供した人がいるんでしょ?」
アレクは知衣を『9代目の魔法案提供者』と言っていた。
この国にはすでに魔法があふれていて、しかも過去に8人もの人間が、知衣と同じような立場からアイディアを出している。
過去の魔法案提供者が3つずつアイディアを提供してきたのだとすれば、既にその数は20を超えている。
そんな中で、まだこの世界に存在しないアイディアを出す自信が知衣にはない。
「私、あんまり発想力はないんだけどな。」
「必ずしもチイさんの発想である必要はないです。チイさんの世界には実際に魔法はなくても――魔法という概念はあるでしょう?たとえば、チイさんの世界の物語に書かれている魔法が、この世界にはないかもしれない。」
「うーん。でも、そのあたりの区別が私にはつかないし。」
「それは大丈夫です。」
そう言ってエステルは、机の上に一冊だけ放置されていた本を手に取ると、それを知衣に渡す。
「この本を開いて、この世界で実際見た魔法を何か思い浮かべてみてください。」
「この世界で見た魔法っていうと……」
まず見たのは、箒だ。
アレクと一緒に移動している時に見かけた、不思議な箒。
誰も持っていないのに、箒が勝手に掃除をしてたわよね。
そう思い返していると、突如手の中の本が輝きだした。
『1件ヒット!1件ヒット!』
「ほ、本が光って……しゃべってる!?」
「これはこの図書館の『魔法の目録』。チイさんが思い浮かべた魔法が記された本を、瞬時に検索します。ヒットした本が見たければ、呼んでみてください。」
「呼ぶ?」
「はい。言葉は何でも。『おいで』でも『ここへ』でも、呼ぶ意思をもって口にすれば。」
「じゃ、じゃあ……『おいで』?」
そう知衣が口にすると、部屋中の本棚が移動を始めた。
洗濯機の中の衣服のように、本棚がぐるぐると部屋の中を移動する。
め、目が回るかも。
フルフルと頭を振っていると、一つの本棚が知衣の目の前へきてピタリと動きを止めた。
そして、本棚の上段から2段目の右端の本がカタカタと音を立てると次の瞬間、知衣の目の前に落ちてきた。
「おっと!」
慌てて掴もうとするが、落ちる事なく知衣の顔の前で本は落下を止め、ぱらぱらとページが捲られていく。
そしうして開かれたページを目にした知衣は、「あっ!」と声をあげる。
『魔法の箒』
自動的に汚れを見つけて掃除をしてくれる便利な箒。
乗り物として空を飛ぶこともできる。
発案者:シャサリーン(初代女王)
「これって、あの箒の説明?……空も飛べるんだ?」
「はい。この図書館には全ての魔法の記載がありますから、こうやって目録を使えば、知衣さんが思い浮かべた魔法がこの世界に存在するかどうか調べられるんです。」
なんだかネット検索みたいなお手軽さね。
そんなことを思いながら、目の前に浮かぶ本を恐々と指で突いてみる知衣にエステルは言う。
「ここでヒットしない魔法を思いついたら、王子か宮廷魔法師に提案して、それが受け入れられればそれがチイさんの魔法案です。」
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