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FIRST MAGIC
第23話 刺激的な朝
しおりを挟む「チイ様。起きてください。」
俺様と同じ――けれども格段に穏やかな声に、知衣の意識は浮上する。
どうやら、朝のようだ。
起こそうとするクレアの声にそれを悟るが、魔法棟までの地獄のような階段昇りや、アレクとの精神的に疲れる夕食など、心体ともに昨日随分と酷使したせいかまだ眠たくてたまらない。
目を開けるのも億劫で、知衣は布団を頭から被ってクレアの声を遮断し、まだ眠ると態度で訴えた。
「チイ様……」
少し呆れを含んだ声音に、諦めたかと安堵を覚え、再び深く寝入ろうとした知衣であるが……指をはじくような音と共に、被っていた布団の感触が消える。
布団を魔法で消されたようだ。
どうやら、まだ起こそうとしているらしい。
ぼやけた頭でそう判断した知衣の耳元で、そっとクレアは囁くように告げる。
「チイ様、お願いですから起きてください。」
耳元からの美声に、ぞくりと鳥肌が立つ。
ただ起こそうというには、多分に甘さを含んだ声音だ。朝からなんとも刺激的な。
クレアは確かに知衣の命令には表立って逆らうことはないが、自分の意思を貫き通すためには色仕掛けも辞さないことは昨日の一件でわかっている。
どうやら自分のことを寝かせておく気はなさそうだと判断し、しぶしぶ起きるか――という気になってきた知衣だが、それを知衣が実行に移すよりもクレアの次のアクションの方が僅かに早かった。
さらりと頬を撫でられるような感触の後、生暖かい柔らかなものが唇に押し付けられる。
ぎょっとして目を開いた知衣の目の前で、クレアは極上の笑みとともに言った。
「起きてくださらないと、キスしますよ?」
「し、してから言うなーっ!!」
思わず真っ赤になって叫ぶ知衣に、クレアは神妙な顔で応じる。
「申し訳ございません。あまりに愛らしい寝顔を無防備にさらしていらっしゃるのでつい……ムラムラと。」
「む、ムラムラっ!?」
ぎょっとしてクレアから距離をとろうとしたものの、前にはクレア、後ろにはベッドだ。逃げ道は無い。
そんな知衣の頬を優しく撫で、クレアは言う。
「では改めまして、おはようのキスを。」
「は!?」
戸惑う知衣もお構いなしで顔を近づけてくるクレアに、身の危険を感じた知衣は思わず腕を振り上げた。
バチン!!
盛大な音と共に、クレアの頬に華麗な平手打ちが決まる。
よほど痛かったのかよろめくように仰け反ったクレアの隙をついて、知衣は大慌てでベッドから抜け出した。
「ににに、日本人にそんな風習はないから!!」
真っ赤な顔でそう叫ぶ知衣に、クレアはにっこりと笑って頷く。
「ええ。存じております。ですのでこうすれば、目が覚めるのではないかと思いまして。」
「そ、そのため!?」
「はい。目は覚めましたか?」
そんなクレアの問いかけに、知衣は顔を引きつらせつつ頷く。
「ま、まあね。でもお願いだから、こんな起こし方は二度としないで。」
「畏まりました。」
そう頷くクレアに、とりあえず二度はないとほっと安堵の息を漏らす。
あまりに心臓に悪すぎる。
それにこれは、立派な『セクハラ』だ。
使い魔――人間ではない相手――それもすさまじい美形にそれを言うのは自意識過剰のようで気が引けるが。
「知衣様、お客様がお見えなので早急に身支度をお願いできますか?」
「お客様?」
「はい。エステル殿が魔法棟からお迎えで来ております。」
どうやら来客のために、クレアは知衣を起こそうとしていたらしい。
「エステルが?わかった。急いで身支度するからちょっと待ってて貰ってくれる?」
「はい。そのようにお伝えします。着替えはテーブルの上に揃えてあります。食事は魔法棟でということになりますので、とりあえず身支度だけ済みましたら、客間の方へいらしてください。私もエステル殿とそちらで待機しておりますので。」
「ん、わかった。」
魔法棟でということは、ひょっとするとエステルの言っていた別の宮廷魔法師が来たのかもしれない。
知衣は手早く着替えを始めた。
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