空蝉

杉山 実

文字の大きさ
79 / 98

鏡の中の葛藤

しおりを挟む
   84-078
役所に電話をすると本日は来ていないと言われた。
心を決めて自宅に電話をした武史。
「もしもし、大森と申しますが、麻結さん!いらっしゃいますか?」
「大森さん?」浅子は急には判らなかった。
「あっ、貴方は!もう会わない!電話もかけない約束でしょう?」
「それより麻結さんは?」
「居ません!」
「何処に行かれたのですか?大丈夫でしょうか?」
「役所の仕事で出かけて居ます!もう電話をかけないで下さい!慰謝料払ったでしょう?」
「麻結さんが自殺する様なメールが届いたので、心配で電話しました!」
「自殺!何を馬鹿な事を!変な事を言わないで下さい!」問答無用で電話を切る浅子。

再び麻結の携帯が鳴っていたが、誰にも聞こえない。
長い髪を持ち上げて、大きな髪クリップで頭頂部に団子の様にして留める。
ジャケットを脱ぐ様に言われて、脱いで白蓮尼に渡した。
そのジャケットを紙袋の上に乗せてしまったので、振動音も聞こえなく成った。
麻結の首にカットクロスを巻き付けて大きく広げる。
ワゴンに載せた器具を椅子の横に寄せると「撮影始めるの?」千絵が尋ねた。
「はい!得度式に使う様です!」
「バリカンでいきなり刈り上げても良いのだけれど、気が変わった時困るわね!」
「大丈夫です!覚悟は出来ています!」唇を噛む。
「そう!」
電気バリカンを手に持つと、スイッチを入れて麻結の頭に近づけた。
モーター音に身体を硬直させる麻結。
それを見て「やっぱり、怖いのね!ゆっくりしましょう」そう言うと持って居たバリカンを置いた。
そして留めていた髪クリップを外して、櫛で梳き始める千絵。
「本当に綺麗な髪だわ!切るのが勿体ないわね!」
そう言いながらハサミを持つと、梳いた長い黒髪に刃先を入れると「ジョキ、ジョキ」「ジョキ、ジョキ」と切り始めた。
僅か10センチ程位を切り揃える様に、背中に流れた髪を切り落した。
多分こんなに切る事は無かっただろうと思いながら、切り揃える千絵。
何処かでもう辞めて欲しいと懇願するかも知れないと、庵主が言ったので試しの様な切り方だ。
それでも床に麻結の髪が結構散乱している。
「少し切ったけれど、続けて良いの?」
「はい!勿論です!未練は有りません!もっとバッサリとお願いします!6時には帰りたいのです!」
「何分かかるの?」
「90分程です!」
「ウイック持って居るの?」
「はい!」
「準備はしているのね!じゃあ意思は固いと思っていいのね!」
「は、はい!」
その言葉を聞いて千絵は、庵主の心配より麻結の決意を信じる。
髪を左手で持つと引っ張りハサミを入れる。
「ジョキ、ジョキ」「ジョキ、ジョキ」
故意に再び強く引っ張られて「い、いたー」と声を発した麻結だが、ハサミが「ジョキ、ジョキ」「ジョキ、ジョキ」と切り裂き床に次々と落ちて行く。
流石に鏡の中の麻結の顔が一気に曇った。
千絵が長い髪を再び持つと、今度は最初の様に頭頂部に髪クリップで纏めて留めた。
するとバリカンを手に持つ姿が、鏡に映し出された。
麻結は覚悟をしていたが、流石に目を閉じてしまった。
バリカンはそのまま麻結の襟足の部分に、刃先が入ると「ガーガー」「ガー、ガー」と音を立てて動き始めた。
「伸一―ゆるしてー」思わず口走るが、バリカンの音で千絵には聞こえない。
襟足から数センチの部分まで刈り上げて、再び襟足から刈り上げるのを三度繰り返す。
「今なら、何とか隠れるわよ!止める?」と尋ねる千絵。
留めていた髪クリップを外すと、一気に沢山の髪が床に流れ落ちて麻結は軽く成った気分がした。

「私の髪が伸びたら結婚式で日本髪を結いたいわ!」
「麻結の髪は綺麗から、日本髪結えるよ!楽しみだな!」
「伸一!私の長い髪好き!今の三倍位にしないとね!」
「大好きだよ!もう少し大人に成ればもっともっと綺麗なる様な気がするよ!」
「そう思う?」
「思う!」
「ありがとう、伸一!」
急に伸一との会話が蘇る麻結。
本当はこの様な事はしたくはなかったが、婚約を中止に出来ない事と武史に見捨てられた事が自暴自棄に成っていた。
「そんな事辞めろよ!僕の所へ逃げておいでよ!二人で逃げ様!」その様な事を言って欲しかった麻結。
父に言われて(お別れ旅行だったのですね!楽しかったです!ありがとう!お幸せに!もう連絡はしませんので安心して下さい!)この様なlineを残して、その後は音信普通に成ってしまった。
既に麻結に残された道は俗世からの離脱、仏の道に進むしか残されていないと思う。

「髪を降ろせば、それ程目立ちませんよ!」そう言うと櫛で梳いて、鏡で後ろを見せる千絵。
少し嵩が減った様に見えるが、短く成っているのは10センチ程で、殆ど判らない様に見えた。
千絵には麻結の心の葛藤が手に取る様に判り始めていた。
伸一って叫んでいたのが恋人なのか?無意識の内に叫んでいるのは心が苦しさを表している。
「どうしますか?続けますか?」
「はい!このままだと結婚に成ってしまいます!それに誰も助けてくれません!」
「もう辞めろーーーーーーー麻結!一緒に行こう!」と武史が今言えば辞めるかも知れないと思う麻結。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...