空蝉

杉山 実

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散髪屋へ

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   84-077
麻結は完全に窮地に立たされていた。
来週の3日には結納式が両家揃って執り行われる。
確かに武史との結婚を言い出せない事情も、心の不安も残って居た。
それが九州旅行で払拭された今、麻生祐樹と婚約する事はもう出来ない麻結。
元々気乗りはしていなかった縁談だったが、両親と仲人が強引に進めてしまったのだ。

武史は昼食のおかゆを食べて、多少元気が戻ると携帯を探し始めた。
自分の携帯の番号を鳴らしても反応が無い。
何処かに忘れたのかと考えるが、家の外には出ていないと思う。
最後に麻結にlineを送って疲れとショックで寝てしまった。
着信音も聞こえないので記憶を頼りに探すが、まだふらふら状態の身体だ。

「この二人が案内しますので、もしも気が変わったらいつでも中止で良いのですよ!同じ様にここに来られる女性の半分は散髪屋へ行くと、気が変わって帰られますね!後の半分の方も途中で、最後まで残られる方も一度帰られえて入信される方は一割以下ですから、恥ずかしい事では有りませんよ!ゆっくり考える事も大切です!二人の尼僧は右から真妙尼、百蓮尼です!」
「宜しくお願い致します!」
「それから入信の時に使う為、撮影をさせて頂きます!もし中止の場合は破棄しますのでご安心を!」
「それは構いませんが、私からもお願いが、、、、」
「何でしょう?」
「終わったら、三人で写真を一枚お願いしたいのです!関係者に入信する事を伝える為です!」
「判りました!それで落合さんが救われるのなら、協力致しますよ!」
庵主は麻結が来週の婚約破棄に向けた準備だと思った。
「それでは向かいましょうか?」
「歩いてですか?」
「はい!お寺の反対側で、村の中に在ります」
「何分程かかりますか?」
「竹中さんの気分次第でしょうが、二時間もかからないでしょう!」そう言って微笑む。
その竹中千絵の元に、庵主が電話で先程の内容を伝える。
「多分辞めて帰ると思うので、少し怖がらせて帰らせて貰える!今回剃髪しても尼には成る事は無いと思います!」と伝えて居た。
沢山の同じ様な女性を見て来た庵主には麻結の心の中が見えていた。

三人が歩いて寺の右手に出ると、向こうに散髪屋のサインポールが見えた。
「あそこです!小さな散髪屋ですがお世話に成っています」ビデオカメラを持った白蓮尼が言った。
「竹中千絵さんって、50代の女性がひとりでされて居ます!お客はこのお寺関係の人と村人だけで、他所からは誰も来られませんよ!今、ひとり散髪中らしいのですが、もう直ぐ終わると聞きました!」
中に入ると「こんにちは!叔母さん!またお願いします!」真妙尼が笑顔で言った。
「そこで少し待ってね!もう直ぐ終わるからね!」
お辞儀をする麻結をチラッと見て「凄い美人さんですね!驚きました!」と言う千絵。

待合の椅子に座ると、もう別れのlineを送った武史の携帯に最後の電話をかけてみる。
だが結果は同じで通じる事が無かった。
今度は呼び出し音も無く、メッセージ音だけが流れた。
武史は自分の携帯を旅行バッグの中に見つけて「電池が切れているな!」そう言って充電器の所に持って行った。
麻結は諦めてマナーモードにして手提げ袋に入れた。
中には泉和尚の原稿が入っている。

散髪中のお客が終わって立ち上がると尼さん達を見つけて「剃髪かな?」知っているのか尋ねた。
「新人さんの散髪です!」
「えー、別嬪さんじゃないか?綺麗な長い髪を!これは驚きだわ!」そう言いながらお金を払って出て行った。
「先程の様な人が来たら邪魔されますから、カーテンをしますね!」
千絵は入り口のガラス扉に只今予約のお客様です!と書いた札を一緒に引っ掛けて鍵をした。
「これで邪魔は来ないわ!どうぞ!こちらへ座って下さい!」
麻結は荷物を置くと立ち上がって、生まれて初めて散髪屋の椅子に座った。
目の前の大きな鏡に自分の姿を見て、いよいよ覚悟を決める。
「長くて綺麗な髪ですね!女性でも羨ましいわね!何歳から伸ばして居るの?」
「伸ばそうと思ったのは高校生の時からです!」
「彼氏が出来て、結婚式まで伸ばすと決めたのかな?」千絵の言葉にぐっと来る麻結。
「図星なのね!なのに得度して尼さんに?悔いは無いの?」
「有りません!もう決めました!」
「庵主さんに粗方は聞いたでしょう?ここに来ても途中で帰る人が沢山居るのよ!だから、今から散髪は始めるけれど、いつでも中止出来る様にするから言うのよ!」
「は、はい!大丈夫です!」
「一度剃ってしまうと、中々伸びないのよ!自分の髪で鬘を作るのなら、長く切って持って帰れる様にするわよ!貴女の髪なら鬘が二つは作れるわよ!」
「必要無いです!」
「意思は堅そうね!」
その時、麻結の携帯が鳴っていたのだが、マナーモードに成っているので聞こえない。
二人の尼はビデオの準備で、既に席を離れている。
電話の主は武史だった。
沢山の電話にline、そしてメールが溜まっていた。
(父の事を怒っていらっしゃるのね!私の気持ちは湯布院の夜と変わって居ません!3日の結納はお断りする予定です!武史と結婚出来ないのなら、もう誰とも結婚しない道を選びます!もう会う事も無いかも知れませんが、お元気で、、、、麻結)のlineは武史には麻結の自殺を連想させていた。
何度もかけても呼び出し音のみで、武史は市役所に電話をする事にした。

   
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