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第47話
しおりを挟む――炎の契約まで、残り一日。
王城の空気はもはや息が詰まるほどの張り詰めたものに変わり果てていた。
正妻候補たちの姿は、ほとんど見かけなくなった。表向きは「帰宅して支度を整えている」と言われているが、実際には「もう自分が選ばれない」と知り、部屋に閉じこもってしまう者や、一方で「最期の押し込み」を狙って水面下で動く者など、動向が把握しきれない状態だ。
一方で、竜王からの最終通達が回り始めた。明日の早朝、王宮の大広間付近で儀式を行い、そばには王太子セイル殿下と“選ばれた相手”が立つ。そこに貴族や有力者、さらには多くの兵士や近衛騎士が集まる――まさに“最終決戦”と呼べる場になりそうだ。
◇◇◇
私は朝から自室にこもり、姉上たちの警備を受けながら“最後の体調管理”を進めていた。
もう今さら何をしても大きく変わらないだろうが、せめて少しでも緊張を緩和しようと、落ち着いたハーブティーを飲んだり、浅い呼吸を整えたりしている。
――あと一日。この日が終われば、明日の朝には炎の契約が始まり、私の運命と殿下の未来が決まってしまう。
「……殿下、今はどんなお気持ちでいるのでしょう。私も、会って一言でも話したい……」
そう呟いても、実際に動くのは危険だ。姉上たちが「今日こそは絶対に外へ出ないように」と厳しく指示している。正妻候補の一部が“最後の足掻き”として襲撃の可能性すらあると言うからだ。
――胸が苦しいまま、時間だけが静かに流れていく。
◇◇◇
昼前、廊下から侍女の足音がして、ノックの音とともに「ルナ様、殿下がお呼びです!」という声が聞こえた。私ははっと立ち上がり、扉を開ける。すると、侍女が息を切らしながら続ける。
「王太子殿下が今、姉上様たちの部屋で会合に出られていますが、突然『ルナを呼んでくれ』と……。護衛の方も同行し、“短時間”という条件で、ルナ様をお連れするようにと……」
「……わかりました。すぐ参ります」
心臓が高鳴る。明日の本番前に、殿下がどんな話をしてくれるのか。もしかしたら最後の“打ち合わせ”かもしれない。
私は落ち着くよう深呼吸をして、侍女と兵士の誘導に従い、姉上たちの部屋へ向かった。
◇◇◇
部屋の扉が開くと、そこにはフィリス様とエヴァンテ様、それから殿下が座っており、机の上には書類が広げられている。姉上たちが私を認めると小さく頷き、「入ってちょうだい」と促してくれた。
殿下の顔には焦りと決意が混ざった色が浮かんでいる。
「ごめん、こんなときに呼んで……。姉上たちが“最終確認”をしていて、どうしても君に直接伝えたいことがあったんだ」
「……私は何をすれば……」
姉上のフィリス様が答える。「明日の炎の契約では、開始の合図とともに王太子と正妻候補が姿を現す段取り。その場で国中に“正妻はこの者”と示すわけだけど、君の移動ルートやタイミングをどうするかが問題なの」と。
「明日、多くの兵士を配置するし、正妻候補たちも会場に来るかもしれない。……混乱を最小限に留めるため、ルナは開始直前まで部屋に待機し、一気に兵士の護衛で移動。殿下の隣に立つ……。それがベストということになったわ」
エヴァンテ様が実務的な言葉を重ねて説明する。要するに、私が当日朝にこっそり王宮の大広間近くへ入り、殿下と合流する形で“突然のお披露目”をするシナリオだ。
「当然、正妻候補たちは大騒ぎするでしょうが、父上の威圧感もあるし、兵士が抑え込む形になる。そこから炎の契約の場に進み、ルナが炎に耐えられれば……全てが決まる」
フィリス様の言葉に、私は神妙な表情で頷く。かつてないほど大掛かりな段取りだけれど、最善策なのだろう。私の立場を明らかにした瞬間、候補者たちの怒りが爆発するのは目に見えているからだ。
――殿下が紙を差し出してくる。そこには式の時間割や衛兵の配置図が書かれている。
「君には、当日朝にこの経路で護送されて、ここに着いたら俺が迎える。その後は父上と姉上たちの前へ進み、炎を受ける。成功すれば……君が正式に正妻になる。……怖いと思うけど、あと少しだけ信じて頑張って」
「……はい。私も覚悟はできています。……必ず炎に耐えてみせます」
短い返事にこめるのは、背水の陣の決意。姉上たちもそれを感じ取ったのか、微かに目を伏せて口を開く。
「……じゃあ、段取りはそれで行くわ。正妻候補たちも明日の朝には会場に集まるでしょうし、隠しておいたほうが混乱は少ない。……ただ、もし万が一途中で襲撃を受けても、我々が守るから心配しないで」
「ご迷惑をおかけします。ありがとうございます……」
私が頭を下げると、姉上たちは困ったように苦笑い。「あなたたちが本当に勝ち取るなら、堂々と愛を叫べばいいのよ。まあ、炎の契約に成功する必要があるけどね」とエヴァンテ様が言ってくれる。
「……成功するって、俺は信じてる。君は落ちこぼれエルフなんかじゃない。俺がそれを証明させるから……」
「殿下……」
殿下の力強い宣言に胸が熱くなる。もう明日には、否が応でも結果が出る。最後の最後まで、私は殿下を信じて炎に挑むしかないのだ。
◇◇◇
打ち合わせは短時間で終わり、姉上たちが「ルナは速やかに部屋へ戻って休みなさい」と指示する。余計な遭遇を避けるためだ。――私もそれが最善だと納得し、兵士の護衛を受けながら自室に戻る。
廊下を歩くあいだ、正妻候補の姿はほとんど見かけない。皆が「明日の儀式」に備えているのかもしれない。
扉を開き、自室に入り、ふうと息をつく。これで本当に“最後の夜”になるだろう。明日、太陽が昇ればすべてが始まり、そして終わるのだ。
「……落ちこぼれだった私が、王太子の正妃になるかもしれないなんて。……嘘みたい。でも、もう遅い……進むしかないんだ」
震える指先を押さえ込み、ベッドの上で膝を抱える。殿下と共有した覚悟を思い出し、恐怖を一瞬でも押し返す。
――正妻候補の皆を裏切る形になることに違いはないけれど、私は殿下との愛を選んだ。その結末を実力で示すしかない。
(明日……明日、この炎と向き合う。私が生き延びれば、殿下の傍にいられる。その先は……何があっても一緒)
胸が波打つ。外はまだ昼下がりだが、姉上たちの言うとおり、できるだけ休んで体力を蓄えよう。――炎の契約は早朝から始まるのだから。
◇◇◇
夜が訪れる頃、殿下は再び連絡をよこしてくれた。「明日の朝、迎えに行けなくてごめん」とだけ書かれた短いメモ。おそらく当日の動線がバレないよう、二人で会うのも厳禁なのだろう。
私はそれを読んで瞳を閉じる。最後まで殿下に甘えたかったけれど、もう時間がない。むしろこれがいいのだと思う。雑念を振り切り、炎の契約に挑めるように、心を空にして眠るしかない。
――正妻候補たちが今どこで何をしているのか、私はもう知らない。苦しみ、怒り、あるいは諦めている者もいるだろう。姉上たちが何とか混乱を鎮めているらしいが、どうなるかは当日にならないと分からない。
「明日……どうか、殿下と共に生き残れますように……」
暗い室内で布団に身を沈め、まるで眠れない闇を迎える。――だが、儀式は朝を待ってくれない。夜明けになれば、最終的な運命の舞台が始まるのだ。
もし成功すれば、私は正妻として殿下の傍に立つ。失敗すれば、何もかもが終わる。後悔も恐怖も、全部抱え込んだまま、眠りへと沈み込んでいく。
――こうして、王太子と乳母の恋路は、決戦の朝を待つばかりとなった。正妻候補の多くは今夜をどう過ごすのか。竜王は明日をどんな思いで迎えるのか。
すべてが「炎」に委ねられた。歴史に刻まれる大きな転換点を前に、私は暗い夢へと落ちていく。あと一日――明日、運命が決まる。
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(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
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