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第1章

1 出会い③

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 愛美ちゃんはその日よっぽど楽しかったらしく、普段よりお酒が進んでいた。
 帰り際、お手洗いに行こうとする足元がフラフラと怪しくなっているのに気づき、心配だったので戻ってきた時に水を飲ませたら、そのままふにゃふにゃと動かなくなってしまった。
 終電時刻が迫っていたので他の子達を先に帰し、お店でしばらく休ませてもらっていると、そのうち閉店時間が来てしまったので、お礼を言ってから愛美ちゃんを連れて外に出た。

 街はまだ酔っ払いの声で賑わっていたものの、慌てて駅に走る人達もあちこちに見られた。
 私はとりあえず傍の花壇の淵に愛美ちゃんを座らせた。
「愛美ちゃん、歩ける? お家世田谷だっけ、タクシーで送るから……」
 そう言うと、愛美ちゃんは目を閉じたままゴソゴソとバッグを探り、携帯を取り出した。
「弟……弟が、迎え……」
「えっ、弟さん? 呼んでるの?」
「電話……りょうや、です……」
「りょうや、くん」

 私はスマホを受け取り、電話帳に入っていた"亮弥"くんに電話をかけた。
「はい」
 若い男の子の声だった。
「あっ、もしもし」
「遅ぇんだけど……」
「あっごめんなさい、私、愛美さんの職場の者ですけど」
「えっ? あっ、すみません! 姉ちゃんだと思って……」
「いえいえ、実はですね……」
 手短に状況を伝えると、亮弥くんはすぐに迎えに来てくれるとのことだった。
 どうやら愛美ちゃんにお迎えを頼まれていて、ずっと連絡を待っていたらしい。
「すみませ……優子さ……」
「愛美ちゃん実家なんだったね。弟さんいてくれて良かった」

 歩道を歩く人達が、チラチラとこちらに視線を向けていく。
 何かあったら守らなければと気を張っていたからか、とても長く感じたけど、お迎えは二十分ほどで到着した。
 目印に告げていた居酒屋の看板より少し前方に停まったのは、予想外にかわいいパステルカラーの車で、初心者マークが貼られている。
 運転席から降りてきた男の子は、慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
 パーカーを羽織っていても細身で、まだ幼さが残っているように見えた。

「すみませんっ! 片瀬さんですか?」
「片瀬です。ごめんなさい、ちょっと飲ませすぎたみたいで……」
「いやコイツ馬鹿なんで、スミマセン。ほらっ、姉ちゃん立って! 車乗って!」
 亮弥くんは愛美ちゃんを軽く揺さぶってから、脇に手を差し込んで無理やり立ち上がらせた。
「おお~……、遅いよ亮弥……」
「遅いのはそっちだろ。ほら、歩いて!」
「はいはい……」

 私は愛美ちゃんのバッグを持って、二人の後ろをついて行った。
 ふと亮弥くんの後ろ姿を見上げた時、"弟"を愛美ちゃんより小さいと思い込んでいた自分に気づいた。
 亮弥くんは愛美ちゃんを後部座席に乗せてシートベルトをかけ、ドアを閉めてこちらを振り向いた。
 その時改めてまともに見た亮弥くんの顔は、とても整っていて綺麗で、最近の子はイケメンなんだなぁと思ったのをよく覚えている。

「スミマセンでした、ほんと……」
「いえいえ、こちらこそ。迎えにきてくれて助かりました」
「あのっ、送りますんで乗ってください!」
 亮弥くんは助手席のドアを開けようとした。
「いやいや、いいの。私の家反対方向だし、タクシーで帰るから大丈夫です」
「でも……」
「愛美ちゃん具合悪いから、真っすぐ帰ってあげてください」
 それに、初心者マークをつけている子に深夜の都心をウロウロさせるのは心配でもあった。迷って帰れなくなったらそっちのほうが困る。
「でも、一人残すのもどうかと思うんで……」
「それじゃ、タクシー捕まえるまでいてください」
 ね、とにっこり笑ってみせると、亮弥くんも納得してくれたので、路肩に二人で並んで、次々走ってくる車の中に空車のタクシーが現れるのを待った。

「あ、これ、愛美ちゃんのバッグ。忘れないうちに渡しておくね」
「あ、すみません……」
「さっき渡せば良かったんだけど、渡しそびれちゃって」
 あはは、と笑ったら、亮弥くんも少し微笑んだ。
「寒くない?」
「大丈夫です」

 しばらく待ってみたけど、ちょうどこちらの車線の手前側に地下鉄の駅があるせいか、タクシーはなかなか捕まらなかった。
「うーん、駅まで行ったほうがいいかな。愛美ちゃん待たせるのもかわいそうだし」
「じゃあ、そこまで乗せます」
「ええ~、いいよ。すぐそこだもん……あっ待って、来た」
 手を上げるとタクシーは亮弥くんの車の前に停車した。
「ごめんねつき合わせて。ありがとう。愛美ちゃんよろしくお願いします」
「あのっ、えっと……、その、何か連絡先を……」
「え?」
「えっと……、明日、休みだし、姉ちゃんにお礼の連絡させるんで……」
「ああー、いいよいいよ、そんなの。それに、お姉さん私のメアド知ってるから」
「そ、そうですか……」
「それじゃ、気をつけてね。おやすみなさい」
「はい……」
「ほら、乗って!」
 タクシーの方に向かいながら指で軽く促すと、亮弥くんはペコリと頭を下げて運転席に走っていった。
 私はもう一度手を振ってからタクシーに乗り込んだ。
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