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第1章

2 一目惚れ①

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 昼過ぎに起きてリビングに降りていくと、姉ちゃんがソファにだらしなく寝転んでいた。
 コーヒーメーカーがコポコポと音を立てて、辺りにはふんわりコーヒーの香りが漂っている。

「起きてんの?」
 声をかけると、姉ちゃんは顔をしかめながら目を開けた。
「おー……、昨日は悪かったね」
「ほんとにな。ちゃんとお礼言ったのかよ」
「何が?」
「その……片瀬さん」
「ああ~、優子さんね、まだ。まだ今起きたばっかなのよ……体怠くって」
「心配してるかもしれないからサッサとメールしとけよ」
「ハイハイ」
 姉ちゃんは気怠そうに携帯を手に取って、半分しか開いてない目でポチポチとメールを始めた。
 その携帯の向こうに片瀬さんがいると思うと、妙に落ち着かなかった。
 それで急いでキッチンに移り、戸棚からコーヒーカップを取り出した。
「私のも」
 姉ちゃんが携帯をいじりながら呼びかける。
「はいよ」
「朝ごはんも一緒に持ってきて。もう昼だけど」

 土曜日は両親とも仕事なので、いつもお母さんが俺と姉ちゃんの朝ごはんを用意していってくれる。
 その二人分の食事をそれぞれトレーに乗せて、コーヒーをカップに移してミルクを注ぎ、テーブルに運んだ。
 そして椅子に座ったところで、姉ちゃんの携帯からメール着信音が鳴った。途端に胸がドキリとする。

「片……ゆ、ゆうこさん? なんて?」
「んー……、弟さんによろしくって」
「えっ!」
「何」
「いや……」
 咄嗟にうろたえた俺に、ジロリと疑いの目が向けられた。
「あんた優子さんに何か失礼なことしてないでしょうね?」
「いや、それはアンタのほうだろ」
「ふーん、ならいいけど」
 俺はミルク入りコーヒーをスプーンで手早く混ぜて、ゴクッと一口飲んだ。
 姉ちゃんはまた携帯をポチポチと打ち始める。

 そのまま黙っているという選択肢は確実にあった。
 でも、この胸の熱い感情を、こう……少しでも吐き出したいという気持ちが、上回ってしまった。

「あのさ」
「んー」
「ゆうこさんって、超綺麗だよね……」
 自分でも思いがけないほど、しみじみとした言い方になった。
 姉ちゃんが真顔でこちらを見る。そして少しの間があってから、チョーでかい笑い声が部屋中に響き渡った。
「え、何それ。なんで笑うの?」
 まさか笑われると思ってなかった俺は、本気でその意味がわからなかった。
「でしょ~、かわいいんだよね~」くらいの同意が返ってくると普通に思っていたのだ。

「だぁ~って、優子さんがあんたみたいなガキ相手にするわけないじゃん」
 そう言うと姉ちゃんは、なおも笑い続ける。
「いや、そりゃ、そりゃ年下だし、まだ学生だけど、だからって……。あ、ねぇ、ゆうこさんって、やっぱり優しい子って字?」
「そうだよ」
「やぁ~っぱりなぁ! だって、超優しかったもん。可愛かったし、頭も良さそうだった!」
「そうだよ、だからあんたじゃムリだって。会社にも優子さんのファンいっぱいいるんだから」
「えっ、やっぱりそうなの……? 彼氏いるのかな?」
「昨日の夜の時点では、いないって言ってたよ」
「えっ、じゃあチャンスじゃん!」
「何? あんたマジなの?」
 姉ちゃんはゆっくりと起き上がり、怪訝そうな顔で俺を見た。
「ダメなのかよ」
「いや、それは優子さんが決めることだけど、さすがに十二歳も年下のガキを敢えて選ばないんじゃないかなぁ? と思って」
「は?」
「いや、だから十二も年下……」
「えっ、誰のこと言ってんの?」
「は? 優子さんでしょ?」
「うん」
「優子さん、今三十だよ」
「エッ嘘でしょ!?」

 衝撃のあまり大声になった。
 フツーに姉ちゃんと同い年くらいだと思っていた。
 それでも六つも離れてるし、十分年上なのに……!

 姉ちゃんはまたフフフと笑い始める。
「そうだよ、ああ見えて三十なんだよ。あんたよりも私よりも超大人だよ。美人なのに可愛いし、誰にでも優しいし、仕事もできるし、みんなの憧れなんだから、優子さんは」
 なんでお前が得意げな顔するんだよ、とツッコむ余裕もなく、俺は昨日の彼女を思い返していた。
 たしかに、こいつと同い年にしては落ち着いていて、余裕が感じられた。会話すらどうしていいかわからない俺を、優しく気遣ってリードしてくれた。あれが、大人の余裕――!

「いやでも、年は関係ないよね」
 俺は気力を取り戻して反論した。
「大事なのは気持ちだと思う!」
「まぁ、あんたが優子さんと結婚してくれたら私は嬉しいけど」
「け、結婚!?」
「だって三十歳だよ。つき合うなら責任取らなきゃ。ああ、ちなみに」
 姉ちゃんはおもむろに立ち上がってテーブルに近づき、コーヒーカップを手に取って一口飲むと、言った。
「優子さん年下苦手だからヨロシク」
 とっ、トドメ刺してきたぁーッ。
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