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第九話 初めての女装外出
しおりを挟む「みんなおはよう!!」
食卓で朝食を食べていた僕らの前にトワ様が現れた。
相変わらずの黒ずくめのゴスロリ姿だ。
「あら~~~珍しですね~~~トワ様が朝早くにここに来るなんて~~~」
「仕事の前にどうしてもここに寄らなきゃならなかったのよ」
エリカさんと会話しているトワ様の両手には大きなバッグと旅行用のキャリーケースが握られていた。
「トワ様どうしたのその荷物?」
やはり誰だって気になるよな、ゆりさんも興味津々だ。
「ああこれ? 実は今日から私もここに済もうと思って」
「「「「ええっ!?」」」」
部屋に居た善人が驚きの声を上げた。
「それってどういうことよ!?」
「どうもこうももう部屋は引き払って来たわ、じきに他の荷物も届くはずよ」
「いや、そうじゃなくて……」
あやめさんの疑問はもっともだ、何故このタイミングで?
「じゃあ私は自分の部屋に荷物運ぶから、じゃあね」
軽く手を振るとトワ様は廊下を通り奥の部屋に入って行った。
どうやら住んでいない前の状態からトワ様用の部屋はあったんだな、今知った。
「何なのよもう……」
あやめさんはまだ納得していない様子だ。
「……い、いいじゃないですか、わ、私、トワ様とご一緒出来るの、う、嬉しいです」
「いや、私もトワ様は好きよ? でもずっとここには住まなかったのに何で今更……」
あざみさんとあやめさんの会話を聞いていて思い立つ、きっと僕がここに住むことになったからだ。
トワ様が住んでいたマンションは僕の母さんも知っている、母が僕を探すとすれば遅かれ早かれ永遠叔父さんの所に辿り着く事だろう。
何せ僕が頼れそうな親戚は永遠叔父さんだけなのだから。
その為にわざわざトワ様はここに越してきたんだ。
そんな事を考えていたらトワ様が部屋を出てこちらに戻ってきた。
「あ、あの、トワ様……」
「私はもうスカーレットに行くわ、開店準備もあるし、届いた荷物は久遠、あなたが受け取っておいて」
トワ様は僕の話しを遮る様にそう言うとそそくさとシェアハウスを出て行ってしまった。
「あたしらもそろそろ出勤準備しようか」
「そうね~~~」
あやめさんとエリカさんが席を立つ。
「あの、皆さんは学校とか行って無いんですか?」
「あたしはこう見えても社会人よ、エリカもね」
「そうなんですね」
「私は学校いって無いんだ~~~あはっ」
「……わ、私もです」
ゆりさんは実にあっけらかんと、あざみさんはいつも通りそう言った。
「僕は学校どうしよう……」
「行く必要ないんじゃない? もう今年卒業なんでしょう? この時期なら就活とか大学受験とかで学校に行かない子も多いでしょう、くおんもそうなんでしょう?」
ゆりさんにそう言われて考える。
確かに単位的には十分なのでもう学校に行かなくても大丈夫と言えば大丈夫なんだけど。
きっと学校には母さんから連絡がいっている事だろう、登校したら間違いなく母さんに見つかり連れ戻されるのは間違いない、だけど今はまだ戻りたくない。
「……まあ、そうなんだけど」
「じゃあサボっちゃえサボっちゃえ!」
ゆりさんが僕の首に腕を回して来た。
「もう~~~ゆりちゃんと違ってくおんちゃんは真面目なのよ~~~」
「酷い! ……それじゃあまるで私が不真面目みたいじゃない!」
わざとらしくショックを受けたような素振りを見せるゆりさん、僕が落ち込まない様に気を使ってくれてるんだな。
食事を摂り終わったら皆各々の部屋に行き出勤の準備を始めた。
「じゃあくおんは運送屋さんからトワ様の引っ越し荷物を受け取ってから来て頂戴、開店時間に遅れてきてもいいからね」
「はい、分かりました」
みんなが出掛けてしまい僕一人がぽつんとシェアハウスに取り残された。
程なくして運送屋が到着、届いた段ボール箱を数個、トワ様の部屋に運んだ。
部屋の中に入るとさっきトワ様が持って来たスーツケースが置いてあるだけ、家具らしき物と言えばベッドが一つあるだけで他には何もないがらんとした部屋だった。
間取りは僕とゆりさんの部屋とほぼ同じ、という事は新たにスカーレットに勤めて越てくる人の為に用意してあった部屋なのだろうか。
それとも何かあった時にトワ様が寝泊まり為に確保してあった部屋なのだろうか。
何はともあれ言いつけ通り荷物は運んだ、僕もそろそろスカーレットに行く準備をしなければ。
「ううっ……」
玄関のドアを半分だけ開け僕はそこで外に出るのを躊躇う。
昨日気絶している間に着せられたジャンパースカート姿だからだ。
ここに来る時は男物だったし外に女装して出て歩くのはこれが初めての経験になる、僕の胸は不安と緊張と羞恥心で今にも張り裂けそうだった。
男物の服はトワ様に没収されてこれしか切る物が無く仕方が無く着ている。
玄関には僕が履いて来た靴が無く代わりにご丁寧にも僕の足のサイズピッタリのレディースのローファーが置いてあったのでこれも仕方なく履いている。
ダメ元で下駄箱を見るがどれもこれも可愛らしい色やデザインのレディースのシューズやブーツが並んでいるだけ、当然男物のスニーカーなどは無い。
だが店に行かない訳にはいかない、どうせ僕には他に行く所なんて無いんだ、店に行かずにみんなへの心象を悪くするのは得策ではない。
意を決して外の通路に出てドアを閉める、予め戸締りの為に渡された合鍵で鍵を掛けた。
取り合えず道に出た、次第に人通りも増えてくる。
何と正面から女性が二人歩いてくる、僕が男だってバレたらどうしよう、冷や汗が全身から噴き出す。
どんどん近付いて来る女性たち、遂にすぐ目の前まで迫る。
そしてすれ違った、その時その女性たちは優しく目を細めて軽く会釈をしていったのだ、僕も慌てて頭を下げる。
徐々に遠ざかっていく女性たち、良かったバレていない?
「今の女の子可愛かったよね」
「うん、最近この界隈は可愛い子が増えたって友達がみんな噂しているのよ」
「へぇ~~~そうなんだ」
そんな会話が背後から聞こえた。
僕が……可愛い……?
顔から湯気が出るんじゃないかと思える程身体が火照って来た。
意図せず両手で身体を抱きしめていた。
何だろうこの感覚は……僕は褒められて喜んでいるのか? 嬉しいのか?
頭がクラクラする、男である僕が可愛いと言われてそんな感情を抱いてしまうなんて。
だが不思議と嫌な感じがしない、僕はおかしくなってしまったのか?
今の感じだとどうやら僕は傍から見ると女の子に見えるらしい、それならそこまで性別を意識せずに普通に振舞えば良いのではないか。
ただ気を付けるのは仕草だ、男と女では根本的に違いがある。
姿勢を良くし歩き方も気を付ける、大股で歩かず歩幅を狭く、蟹股なんてもっての外だ。
肩をあまり前後に動かさず腰を捻る様に足を前に出す事を意識する。
丁度大きなガラス張りの建物の側に差し掛かった、折角だから居間の事柄を意識して鏡に映る自分の姿をチェックしよう。
視線を横目にし自分の歩く姿を確認する、うん、ちょっとだけ出来てきた気がする。
建物の中に居る人と目が合ったので軽く微笑んでみる、少し調子に乗っちゃったかな、何だか楽しくなってきた。
「ねえねえ君可愛いねぇ」
「一人? 暇だったら俺らとどっか遊びに行かね?」
僕の目の前に若くて背が高い男が二人立ち塞がった。
片方は金髪で丸眼鏡、アロハシャツを着ており、もう片方は頭の両サイドを刈り上げサングラスをしたガングロでガタイが良い。
この話し掛け方はもしかして……ナンパ?
「こ、これからバイトに行くんです、邪魔しないでください」
「いいじゃんいいじゃんバイトなんかほったらかして俺たちとどっか行こうぜ!」
そう言うと金髪は僕の腕を初対面にも拘らず馴れ馴れしく掴んできた。
「や、止めて下さい!!」
必死に振り解こうとしたが男の力は強く逃れる事が出来ない。
「カラオケ行こうぜ、ベッドもあって休める所を知ってるからさ!」
強引に腕を引っ張られ引き摺られる形になった。
怖い、でも声が出ない、誰か助けて……。
「ちょっとちょっとあんた達!! その子嫌がってるように見えるけど!?」
背後から高い声がする、その声に反応して男たちの足が止まる。
「何だてめぇは?」
刈り上げが僕の背後に居る人物に睨みかかっている。
僕は背後を振り向くとそこに居たのはスカーレットのメイド服を着たゆりさんだった。
「あれぇ? あんた達見た顔だね……えっと、そうだ!! いつだったか私をナンパして来た奴らだ!!」
ゆりさんにそう言われて男たちは暫く茫然としてしている、そして金髪の男が思い出したかのように叫ぶ。
「あ~~~~~っ!! こいつ!! この前のオカマ野郎だ!!」
「ゲーーーーーッ!! 可愛いからナンパしたけど男だったあの……!!」
男たちは頭を抱えジタバタし始めた。
「男をホテルに連れ込もうとした感想はどう?」
「ふざけるな!! そんな女と見紛う様な恰好しやがって!! 可愛いからって何をしてもいいと思うなよ!?」
「あら、勝手にナンパして来たのはそっちでしょう!? 男と女の区別も付かないなんてナンパなんてやめちゃいなさいよ!!」
「グッ……」
男たちはぐうの音も出なくなっている。
「そしてあんた達は懲りずにまた男の子をナンパしたって事ね」
「えっ……?」
男たちは徐に僕に視線を落とす。
「ど、どうも……」
どうしていいか分からず引きつった笑顔を浮かべた。
「何ィ!? この子も男ぉ……!?」
慌てて刈り上げは僕を掴んでいた腕を放す。
「ちくしょう!! 覚えてやがれ!!」
典型的な負け惜しみを残し男たちは全速力で走り去っていった。
恐怖から解放され僕はぺたんと路面に座地込んでしまった。
「大丈夫くおん?」
ゆりさんが屈みこんで僕の顔を覗き込んできた。
「くおんが一人で女装姿でこっちに来るって考えたら何かあったらと思って迎えに来たんだよね、でも来て正解だったね」
それを聞いた途端、堪らず僕はゆりさんの胸に飛び込んでしまう。
「おやおやどうしたの?」
「怖かった!! 怖かったよぅ!!」
「おーーーよしよし!! 怖かったねぇ!!」
泣きじゃくる僕をまるで犬を撫でる様に僕の頭を撫でまわすゆりさん。
「ほら立てる? 一緒にスカーレットに行こうか」
「……うん」
涙を拭いながら差し出されたゆりさんの手を取りそのまま二人、手を繋いだまま店に向かって歩いていった。
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