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第三話 僕のメイドデビュー
しおりを挟む「あら~~~思った通りとっても似合うわ~~~」
エリカさんが胸の前で手をポンと叩いてニコニコと微笑んでいる。
「当然よ! 私の手に掛かればみんな可愛くなってしまうんだから!」
あやめさんも鼻息荒く自信満々にドヤ顔する。
「……何故こんな事に……」
この世の終わりを迎えたような最悪の表情をしているのは僕だけの様だ。
「そもそもおかしいでしょう! 何で僕がこんなメイドの恰好をしなきゃならないんだ!」
ダークブラウンの生地で作られているメイド服は長袖、ロングスカート。
アニメやゲームに出て来るような肩や背中、二の腕などの露出が多い物と違い上品な感じがする。
その上に着るエプロンには肩や裾の部分にふんだんにフリルがあしらわれている。
頭にはライトブラウンのショートシャギーのウィッグを被せられその上から両サイドに赤いリボンの付いたヘッドドレスを付けられていた。
あやめさんやエリカさんとほぼ同じデザインのメイド服だが細部が微妙に違う、きっと着ている人間に合わせてカスタマイズされているのであろう。
「何って、あなたには今日からここで働いてもらうからに決まってるでしょう」
「はっ? 何で? 僕がいつそんな事を頼んだよ!!」
トワ様はきょとんとして何言ってるんだこいつ? みたいな眼差しを向けている。
「何でってあなた、家出して来たのでしょう?」
「……!! 何でそれを……!!」
家出の事はまだトワ様に言って無い筈なのに。
「あんな思いつめた顔して10年縁が切れてた身内を訪ねてくる位だものそれくらい察しは付いていたわよ」
恐るべしゴスロリおじさん、全てお見通しとは。
「でもそれと僕がメイド服を着せられるのはにはどんな関係が!?」
「関係なら大アリよ、暫くあなたを私の家に置いてあげる代わりにお店を手伝って欲しいのよ、ここで働いてもらう以上ユニフォームであるメイド服を着てもらわないといけないもの、ここをどこだと思っているの? メイド喫茶よ?」
「そうかもだけど……」
何とか反論しようと考えを巡らせていると……。
「おはようございます! おやトワ様がこの時間にお店にいらっしゃるとは珍しいですね!」
「おはようシオン、ちょっと野暮用があってね」
店の従業員専用の出入り口らしき所から一人の男性が入って来た。
何この美男子……そこには男の僕ですら息を呑むほどの超絶美形の青年が現れたではないか。
彼はパリッとした品の良いスーツを着ていた、まるでホストの様だ。
ってこの店ちゃんと男性店員も居るんじゃないか、それなら……。
「何だ、ちゃんと男性の制服もあるんじゃないですか! それなら僕にもこれを着せて下さいよ!」
僕はその美形男子を指差し断固抗議した。
だが周りの反応はというと何故かみんなくすくすと含み笑いをしているじゃないか、何で?
「面白いわね久遠、あなたの様な童顔女顔で声変わりもしていない背の低い子がシオンみたいにスーツが似合うと思うのかしら?」
「………」
これは僕が幼少の頃から言われ続けている事だ。
僕は母さんに似て女の子の様な顔立ちをしておりよく学校で男子からいじめられていたのだ。
それに背も殆ど伸びず今どきの現役高校生男子としては低い部類の155cmしかない。
これらは強いコンプレックスとして僕を未だに苛んでいるのだ。
「久遠、あなたが女顔低身長に昔から悩んでいるのは知っているわ、でもねそれは逆に長所にもなり得るのよ、ほら見て御覧なさい自分の姿を」
トワ様が指をちょちょいと動かし合図すると超絶美形シオンさんがどこからともなく姿見を持って来た。
トワ様は僕の両肩を背中側から掴むとその姿見の前に連れて行かれた。
見たくない、どうせ醜いに決まってる、僕は必死に目を瞑る。
「さあ勇気を出してみて御覧なさい、今の自分の姿を……」
トワ様に促され恐る恐る目を開く。
「どう? 鏡に移るあなたの姿は?」
「……こ、これが……僕……?」
着替えさせられていたメイクの時は恥ずかしさのあまり鏡を直視出来なかったが鏡に映るのはあどけなさの残る可愛らしい美少女だ、いつの間にか鏡に手を付きその姿に見入ってしまう。
本当にこれが僕なんだろうか、試しに右手を上げて見ると向かい側の娘は左手を上げる、ニヘラっと笑うとあちらも同様に笑う。
「何してるの? 変な子」
あやめさんが呆れている。
確認した通りどうやら僕に間違いないらしい。
メイクとメイド服を着ている関係もあるのだろうが想像以上の化けっぷりである。
「これならどこに出しても恥ずかしくない女の子だわ、もちろんうちのお店にも」
胸が高鳴る、ドキドキし過ぎて胸が苦しい。
頭に血が昇って目が眩む。
「さあみんな、くおんに仕事を教えてあげて頂戴」
「「畏まりました! トワ様!」」
あやめさんとエリカさんが各々の僕の腕を引っ張り厨房の方へと引きずっていく。
「ちょっと! あの! 心の準備が!」
まだ余韻を味わっている僕にお構いなしに物事は動き出していった。
二時間後……。
メイド(ウエイトレス)としての基本の立ち回り、言葉遣いなどを叩き込まれた僕に僅かばかりの休憩時間が与えられた。
厨房の奥にあるバックヤードの休憩室のソファに倒れ込む。
「ううっ……疲れた……」
実は生まれてこの方アルバイトというものをした事が無い。
働くという事はこんなに大変な事だったんだ、いや今はまだ研修で仕事を教わっただけでまだそこまで達していないのだ。
休憩が終わったらあやめさんに付いて見習いメイドとして接客をしなければならない、この段階で音を上げていては先が思いやられる。
「……お、お疲れ様です……」
ビクゥ!! いきなり耳元で囁く声がして慌ててソファから飛び退く。
何だ? 誰だ? 休憩室に入った時は部屋には誰も居なかったし後から入って来た気配も無かったぞ?
床に転がりながら声のした方向を見ると見慣れない長い黒髪のメイド姿の少女が立っていた。
「お、驚かせてご、ご免なさい……」
黒髪メイドはどもりながら僕に向かって頭を下げる。
良かった、幽霊とかの類では無さそうだ。
「は、初めまして、わ、私はあ、あざみと言います、よ、宜しくお願いします……」
彼女は再び深々と頭を下げる。
「初めまして、僕は姫k……くおんと言います! こちらこそよろしくお願いします!」
僕もペコペコと何度も頭を下げ返した。
「ぼ、ボクっ娘なんですね、つ、務めたばかりなのに、き、キャラ作りも、か、完璧です……」
あざみさんはにちゃぁと少し不気味に口角を上げる。
こんなこと言うのも失礼だけどちょっと変わった人だな、いやキャラ作りがどうとか言っていたからひょっとしてこれが彼女のキャラ作りなのかも知れない、知らんけど。
「こ、これ良かったら、の、飲んでください……」
あざみさんは僕の目の前のテーブルに紙コップに入ったお茶を置いた。
「ありがとうございます」
「の、飲み終わったら、こ、コップは、ご、ゴミ箱に捨ててね……」
「分かりました」
折角だからお茶を頂こう、一口飲みコップをテーブルに置く。
暖かい、疲弊した心身の隅々まで行き渡るようだ。
「あれ?」
一息ついて視線を上がるとすでにあざみさんの姿は影も形も無かった。
全く音も気配もさせずに移動するなんて彼女、本当に実在する人なのだろうか?
「くおん! そろそろ休憩から上がってこっち来なさい! 仕事を始めるわよ!」
「はい! 只今!」
まだ熱いくらいのお茶をを一気に飲み干しいよいよ店内に向かう。
ここからはいよいよ実戦だ、気を引き締めなければ。
「三人様ご来店よ、 何て言ってお迎えするか覚えたわよね?」
「はい! お任せください!」
流石あやめさんだ、まだ客が店先に到達する前に人数を把握して出迎えの為に入り口に待機している。
客が入って来た、最初が肝心、やるぞ。
「お帰りなさいませ! ご主人様」
今から僕はメイド(ウエイトレス)としての第一歩を踏み出す。
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