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第2部1章 ヴィオラのお悩み編

49 ヴィオラの憂鬱

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 承治とファフが束の間の休日を満喫している頃、ヴィオラは己の私室で誰かと会話を交わしていた。

 しかし、室内にヴィオラ以外の人影は見当たらない。
 小さな机を前に腰を下ろすヴィオラは、目の前に置かれた水晶玉に向かって一人で喋っている。

 その水晶玉は、〝共鳴水晶〟という魔道具の一種だ。
 主に長距離連絡用に使用される共鳴水晶は、ウラシム鉱石に内包される魔力を消費することで、テレビ電話のような機能を果たす道具だ。
 そして、ヴィオラが語りかける共鳴水晶の中には、エルフ族の老婆と思しき人物が写り込んでいた。

 いささか険しい顔を見せる老婆は、ヴィオラの発言に対して不満げに言葉を返す。

『そうは言うけどねぇ。アンタもいい歳なんだよ? そろそろ身を固めてもいい頃合いでしょ。せっかく丁度いい話がまとまったって言うのに……』

 対するヴィオラも眉をひそめて応じる。

「だから、勝手に話を進められても困るって言ってるでしょ。私には私なりの事情があるんです」

『事情って言うけどねぇ、別に決まった相手がいるわけでもないんでしょ? そうでもないのに無下に断ったりしたら相手にも失礼じゃないの』

 老婆の強引な物言いに対し、ヴィオラはいよいよ我慢の限界を迎える。
 そして、話を切り上げたい一心でとっさに嘘をついてしまった。

「……相手ならいます」

『なによそれ、初耳よ。もしかしてアンタ、面倒くさくなって嘘ついてるんじゃないでしょうね?』

 老婆の鋭い追及に対し、ヴィオラは嘘を嘘で塗り固める。

「嘘なんかではありません。今度紹介しようと思ってたところです」

『そこまで言うなら、ちゃんと私に紹介しなさい。どうせ来週にはこっちに来るんでしょ? その相手とやらを見てから、お見合いの話をどうするか決めさせてもらいますよ』

「……わかりました。では、来週ご紹介しますから話の続きはその時にでもしましょう。ウラシムが勿体ないので、もう切りますね。さよなら」

 そう告げたヴィオラは、一方的に通話を終わらせる。
 そして、うなだれるように頭を抱えた。

「私ったら、あんな嘘ついてどうするつもりなのよ……」

 そんなヴィオラの独り言は、誰の耳に届くこともなく無音の室内に四散していった。


 * * * 


 束の間の休日は瞬く間に過ぎ去り、今日は勤務日である。
 新たな朝を迎えた承治とファフは揃ってヴィオラの執務室へ出勤し、普段通りデスクワークに邁進していた。

 ファフが承治の下で働き始めてから、早くも一週間が経とうとしている。
 それだけの時間があれば、新人のファフも自分の判断で仕事を進められるようになっていた。
 監督役である承治にとっては嬉しい成長である。

 そんなわけで、今日も順調に仕事が進んでいる……かのように見えたが、承治には一つだけ気になる点があった。
 それは、ヴィオラの態度だ。

「ヴィオラさん。城壁修繕工事の決裁文書を作ったのでサインお願いします」

 席を立った承治は、己のしたためた書類をヴィオラの前に差し出す。
 すると、ヴィオラは我に返ったかのようにきょとんとして承治と目を合わせた。

「はいはい、サインですね。それで、何の案件でしょう?」

 会話が噛み合っていない。
 今日のヴィオラは、どこか集中力を欠いているというか、心ここにあらずといった様子でぼんやりとしてる。
 それが一度や二度なら気にならないが、先ほどからこんなやり取りが何度も繰り返されていた。

 さすがに心配になった承治は、ヴィオラの身を案じて直接問いかけてみる。

「ヴィオラさん、具合でも悪いんですか?」

 すると、ファフも承治に同調してヴィオラに気をかけた。

「確かに、心ここにあらずって感じね。調子が悪いなら無理しない方がいいわよ」

 二人の言葉に対し、ヴィオラは小さく首を振って視線を落す。

「すいません、少しぼうっとしていました。具合が悪いわけじゃないんですが、余計な考え事をしてしまって……」

「何か悩みでもあるんですか?」

 ヴィオラは苦笑いを浮かべつつ応じる。

「悩み、と言えばそうですね……でも、仕事ではなくプライベートのことなんです。ご心配をおかけしてすいません」

 承治から見て、普段は凛としているヴィオラが悩み事を抱える姿はどこか珍しく思えた。それだけ深刻な中身なのかもしれない。

 それを思った承治は、なるべくお節介にならない程度にフォローを入れる。

「まあ、誰にでも悩みの一つや二つくらいありますからね。僕が力になれそうなことがあれば、何でも言ってください。ヴィオラさんには普段からお世話になってますんで」

 そんな気遣いに対して、ヴィオラは承治から視線を逸らして何か考え込むように押し黙る。
 その様子は、己の悩みを打ち明けるか否か考えあぐねているようでもあった。

 ひとしきりの沈黙が場を支配する。
 そして、何かを決めた様子のヴィオラは、顔を上げて再び承治と視線を合わせた。

「とりあえず、一休みしましょう。お茶を飲みながらで構いませんので、承治さんに聞いて頂きたい話があります」


 * * *
 

 ヴィオラの提案により、仕事は一時小休止となった。
 承治、ファフ、ヴィオラの三人は執務室中央のローテーブルを囲み、ヴィオラの淹れた茶を啜る。

 そして、各々のお茶が半分ほど無くなったところで、ヴィオラはゆっくりと話を切り出した。

「実は、折り入ってジョージさんにお願いがあります」

 些細な気遣いから始まった話とは言え、ヴィオラに改まってそう告げられると承治もいささか身構えしまう。
 だが、他でもないヴィオラの頼みなので、承治はなるべく宥和な態度で応じた。

「何でも言ってください。できる範囲で力になりますよ」

「そう言われると助かります。でも、これは本当に下らない話といいますか、私の身勝手みたいなもので……」

 そう告げるヴィオラは、なぜか頬を赤らめて恥ずかしそうに体をもじもじさせる。よほど話しにくい内容なのだろう。
 承治はお茶に口をつけつつ、続く言葉を待つ。

 そして、いつの間にか長い耳まで赤く染めたヴィオラは、まるで愛の告白でもするかのように、こう告げた。

「あの、少しの間だけ私と恋人のフリをしていただけませんでしょうか!」

 その瞬間、承治の喉を通りかけたお茶は一瞬で気管支に入り込み、盛大なむせかえりを起こした。
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