歩く死者

夏枯 つきひ

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3 宴の後

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        自分は調合師だと精一杯虚勢を張り、胸も張る
    いつも余裕たっぷりに見えるように。
      どこから来たのか分からないが、中々に腹が座っている。
      あのぼろっちいガキは、なかなか度胸があるぞ。
      だが、弓の腕はダメすぎるな。あれじゃあ、お遊びだ。
        が、薬の知識はどうしても欲しいしな。
  
       つまり私が親方に気に入られたのは、度胸と知識だった。
  
       「マドゥロ。お前、----トリアとかいったか?-----
        アイツに弓を仕込め、せめて短弓を引けるようにな。
        短剣で良いから自分の身を守れるくらいの技を仕込め。
      それから、俺の遠縁とでも言って紹介しとけ。
        そうすれば、ある程度、大丈夫だろう」
  
       グループに異性が入るのはあまり良くない。
       揉め事が頻発するというのが親方の方針だ。
       男所帯のむさくるしさが欠点だが、揉め事の方が面倒だ。

       マドゥロは私にダブダブな服を着せて肌を出さないよう忠告した。
       命令と言った方が正しい。

        「髪はいつもボサボサで短くしとけ。
       嫌な目にあいたくなければ、目立たないことだ。
       皆がお前を一人前に扱うまでは、黙っていろ。
       ついでにお前の笑顔も、肌も、しまっとけ。
       見せたりしたら、俺はかばわないぞ。

       仲間と女を取り合って殴り合うのは、バカバカしいからな。
       お前、確か変な男から逃げてきたって言ってたよな。
       それなら、この意味は分かるな?
  
       気を許したら、もっと変な男と結婚する羽目になるんだぞ。
       みんなハンターだから、獲物を駆るのは大好きだ。
       抵抗されても気にしない。かえって面白がる。
       ここはな、お前が嫌がった男よりもっと変で、
       捕まえる名人ぞろいなんだぞ」
  
       その時は神妙に頷く事しかできなかったが、
        後になって笑いのネタになった。


                      トリアの回顧より
  




                ◆ ◆ ◆




      
 コード・ラ・シェで腕を揮う料理人ディマ・スは、時たまトリアが酷く殻に閉じ籠ってしまうのを知っている
 そう言う時は、一晩中彼女の部屋から物音がする。カタ、カタ、コトン
  
 夜中に目か覚めて、泥簿か、妖魔が入ったかと焦ったものだ。
 先ほどの言い争いで分かった。
 彼女の子供に------それもイヤな思い出-----と関連している人物なのだろう。
  
 とはいえ、自分にはどうすることもできない。
 たまに夭逝したという兄が、羨ましいような、ねたましような気持ちになる。
 ほんの少しだけ。
  
  
 あんたには、兄がいたんだよ。亡くなったけどね。
 あんたを見ていると、トランも生きてたら、こんなに大きくなったんだろうな、って想像してみる事がある。
 結局、無理なのだけど。トリアはまったく面白くない笑いをあげる。
  
 兄の代わりに自分を引き取ったのか?と、訊いたことがある。
 トリアはしばらく考えて、分からない。そうだったら良かったの?
 と、聞き返されて自分も分からなくなった。
  
 彼女には感謝と尊敬もしている。
  
 何しろ行き倒れの所を助けられ、色々な事を教えて貰った。
 なに、この通り、足が悪いだろ?私には、誰かの助けがなきゃ。助手が必要なんだよ。
  
 代わりに、住む所と、読み書きでも教えてやるよ。
  
 私達は、生きる為、しっかり立って歩きだす足が必要なのよ。支えあって前にすすむ。
  
 ディマ・ス。私と一緒に進むための知恵は、アンタに教えとかなきゃ。
 そしたら、私だって楽になるじゃないか。
  
  
 いつも食べ物をくすねる為にギラギラしていて、捕まらないよう周囲に警戒しないでいい。
 食べ物を手に入れても、脅されて奪われる前にガツガツ食べなくてもいい。
 安眠できる穏やかさを知らなかった彼は、どんな場所であろうと、
 彼女が居れば安心なのだと、幼い心で確信した。
  
 トリアの話はとてもワクワクする物語が多かった。
 体験者だけが知るリアルな話を固唾を飲んで聞いたものだ。
  
  
 足が悪いのを別にすれば彼女は何でも出来た。弓の腕は遠くの鳥を造作なく射落とす。
 料理も評判をとる程だ。馬に乗れば、走れなくとも問題ない。
 彼が失神するような妖魔も顔色もかえず、仕留めてしまう。
  
  
 幼いディマ・スにとって、トリアは母や教師と言うより、ヒーローだった。
  
  
  
  
  
  
  
「さてと。トリアは今夜はオフだな。父親のわがままに振り回されてるサリアンには気の毒だが、やるか」
 ディマ・スは肩を回しながら着替えをするために自室へ戻った。
  
  
  
  
 カウンターもある広いダイニングは、閑散としたを印象付けないようお客に合わせて
 パーティションで、遮られるようになっていた。
  
 カウンターの中央の明かりはアラバスターの模様を通した柔らかな白色だ。
 今は、楽士の陽気な旋律がみたしている。
  
 拍手と口笛、掛け声と笑い声
「いつになく、盛り上がってるね」
  
 ディマ・スは感心して、サリアンに言った。
  
「楽師など…私は、見物するのは初めてです」
  
 楽師の曲なら壁の外で聞いた。
 陽気な笑い声は、油断を生む合図だ。
 陽気になった酔っぱらいの懐は特に狙い目だった。
 だから、昔は耳をすませて聞いた。
  
「私もです。」
 食器をさらっているサリアンは、明らかに給仕より音楽に気をとられ、ゆっくり歩く。
  
 ディマ・スは、穏やかな微笑みを浮かべ、料理を給仕し酒を継ぎ足して回った。
  
 一際大きな声援の後、
 役人の二人組を皮切りにお客達は引けていった。
  
 ふぅ…ッ…。
 やっと楽器を置いた吟遊詩人に、出来立ての湯気立つ料理を運んでディマ・スは、お礼を言った。
  
「良かったです。聞き入って仕事が止まりました。
 トリアは手が離せないようで、有り難うございました」
  
「いえいえ、ちゃんと、楽しみながらお金も稼いだ事だし。お互いに良かったです」
  
 戯遊詩人はチリンとコインの袋を掲げてニッコリ笑った。
  
 その時、トリアが酒瓶を持って現れた。
「稼ぎは良かった?」
「まあまあですね」
  
「ディマ・ス、ありがとう。お疲れ様だったね。
 一緒に一杯、どう?片付けるのは私がやるから。
 羊のカラフィヨーグルトソース
 チーズ、カルバンゾークミンもあるわよ」
「こいつはありがたい」
 杯を周りに捧げてから目に前の皿に集中した。
  
 暫くヴィンラックは、舌を料理に奪われてしまい話す事を忘れていた。
 お代わりをよそいながら、遅蒔きながらトリアに感謝する。
  
「素晴らしい、文句なしの美味しい煮込み料理ですね」
  
  
「ナンをどうぞ。」
 サリアンがナスとキノコのソテーと一緒に供しながら声をかけた。
「ヴィンラック、私達の夕食に付き合うでしょ?」
「勿論ですよ。」
  
  
 吟遊詩人ヴィンラックは冷たいターディカルで喉を潤し、もう一杯と、言った。
  
「ここまでの道のりを考えると今の状態が信じられないですよ。
 ほんの少し前まで私は恐ろしい妖魔に追いかけられて怯えていましたが、
 今はこんなに美味しい酒と料理を食べながら、寛いでいるとは」
 ヴィンラックがそういうと、他の三人も笑った。

「皆がそう言うわ。
 ここだけ別世界だ、って。
 来るまでが大変だったから、天と地の差があって、夢でも見ているようだ、って」
  
 砂漠と妖魔の地獄巡り、廻ってたどり着くは、楽士美声と、美味珍味
  
 ヴィンラックは、即興で歌った。
「美女もいるわよ!ほうら」
 トリアはサリアンの肩に手を掛けた。
  
  
「明日の朝は美しい花が咲く樹が見られます」
 ナンにてを伸ばしながら、サリアンも言い添えた。
「香りも素晴らしいのです。
 沼には、恐ろしく大きな淡水魚がいます。
 虹色に輝く体をジャンプさせますよ。
 たまに、トリアが弓で釣ります」
  
「弓で?」
 聞き違いか?と首をひねった吟遊詩人にトリアは肩をすくめた。
  
「釣竿より確実だから」
 トリアは悪戯っぽく笑った。
「返しが大きな矢で糸を付けとくの」
  
「なかなか、美味しいです。唐揚げが絶品ですね」
「あいつらは鳥が好物で水面から飛び出してくるの。朝、鳥が飛び立つ時を狙うと簡単に釣れるわよ」
「はあ、面白いですね」
「ヴィンラック、ご飯が終わったら、相談があるんだけれど」
  
 お茶を飲みながら、トリアが言った。
「もちろん良いですよ」
 ヴィンラックはにこやかに答える。
「なにか企んでませんか?」

「もちろんよ。今日ここに居るお客はほとんどが私のお友達ですもの。特別企画で歓迎しなきゃ」
「へえ、お手柔らかにお願いします」
 ディマ・スが小声で言い、サリアンが笑った。

「ま、失礼な。ちゃんと身内の企画も用意してます」
「なんだか、嫌な予感がするんですが…」
 そういって、一同は笑いあった。
 帰りしな、サリアンが思い出したように言った。
  
「トリア、父が馬屋に行きたいって、鍵を渡してもいいかしら?」
  
「今から?何の用で?」
  
 怪訝な顔のトリアにサリアンが軽く頷いた。
 眉間にしわをよせため息をつく。基本的に彼女は父親に甘い。
 そしてモフマールは弱い人間の扱いにたけている。
 甘言と密やかな脅しが交互に染み込んだ毒を囁くのが天才的に上手い。

「独りで寝てるのが嫌だって、ここで飲みたいって言い出して、
 お客さんがビックリするから。と、なんとか諦めてさせたの」
  
「確かに、今の様子でうろつかれたら困るわ」
 トリアは笑った。
「酷い見た目だけど、一番あれが効くのよ?
 で?ここで、ダメ出しがでて、馬相手に飲もうっての?叔父さんは?」
  
「何かしら役に立ちたい。リハビリだとも言ってたわ」
 トリアは長い溜息をついた。まあ、退屈しているだろうことは察していた、
 あの我慢という事をどこかに置き忘れた叔父が今まで言う事を聞いていたのは奇跡のようなものだ。

「なんていうか…らしくないし、気が早いわね。明日からにすれば良いのに。
 まあ、いいわ。鍵の管理さえしっかりして貰えば。
 叔父さんは、鍵の扱いは知らないから、
 絶対に束で渡してはダメよ」
  
 サリアンは頷いた。
  
  
              
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