歩く死者

夏枯 つきひ

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4 宿の家族 Ⅰ

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   押し付けられた新入りの面倒を、マドゥロは意外に真面目にやった。
   ふくれっ面をしながら棘のある言い方で、ビシビシしごいた。
   ガミガミ男---------私は内心毒づいた。寺のいけ好かない院長そっくり。
  
   実は今まで下っ端だったマドゥロが、唯一威張れる相手が私だった。
   ストレスを発散するのにうってつけだ。
   細かい雑用もこれ幸いと押し付けてくる。

   後になって言われた。
   相手が少女なので、多少の遠慮はした。
   体罰は対面上やったが、かなり手加減した。
   それに、なかなか弓の素質はある。
   朝早くから練習して集中力も持続する。

   女はすぐ泣くと思っていたが、親方の言う通り度胸はある。
   生意気な女のガキだ。

   「へなちょこ弓。もっと早く矢を射るんだ。的を絞る時間が長いぞ。
   ぼやぼやしてるうちに喉笛に喰らうぞ?
   イノシシなんかが来たらあっという間に殺されるゾ」

   彼は腕の筋肉はもちろん背筋と足も鍛えるべく戦闘訓練をやった。
   私は弱音は吐かなかった。
   ここから零れ落ちたら、路上生活者で
   下手をすると売り飛ばされるからだ。

   有体に言って、役立たずと判断されたら娼館に売り飛ばされる。
   高値で売るの為に傷をつけないのだろう
   と勘ぐっている。

   夜は泥のように眠り、明け方は見張りに起こされる。
   まだ、日の目が出ないうちに
   食べられそうな草木に弓を射て練習しながら見張りをする。
   朝日が出ると矢の回収に走って回る。
   回りながら、薬草を採取し朝食を作る。

   一番うれしかったのは今までより一段強い弓が弾けるようになったことだ。
   「おい、ひよっこ。飯はなんだ?」
   「豆粥に決まってる。」
  
   ぶっきらぼうな話し方も板についた。私の料理はなかなか好評だった。


                                 トリアの回顧より


  
                ◆ ◆ ◆







                叔父




 モフマールは、借金から逃げ回ってない時間の方が短い男だ。
 名前も、変えた。沢山の偽名も使っているので本当の名前がとっさに出てこない。
 いつも不満を抱えて、巻き添えを食って大変な目に遭った他人が、わんさかと出ても
 自分は不運だと思っている。

 小ぎれいな服装はいつも気を使って洗濯していた。適度に礼儀正しく、話している分には陽気な男だ。
 友達はいないが、知り合いは沢山いる。
  
 暑さが増してくる季節なった頃、小金持ちの金貸しに紛い物を担保にして金を巻き上げ、
 気づかれる前にそろそろ彼は隣町に河岸を変える算段をした。

 当座の旅銀が欲しくて気まぐれに娘の所に顔をだす事にした。ちょっと寄り道するだけだったからだ。だが、訪ねてきみると娘は引っ越した後で、もう一年半になるという。
  
 俺に断りもなく引っ越しやがって、と不機嫌になるが、最後に顔を見たのは、三年以上前だった 事を思い出した。
 娘の母親が、つまりモフマールの都合のいい愛人だが、病気になったからだ。
 娘は一応成人していたし、お針子という立派な職も持っていたので、
 心配することはない、とタカをくくって、面倒ごとのない遠い街に新しいカモを探しに出た。
  
  
 モフマールは、目一杯の愛想で、娘と連絡を取りたい。と、大家に頼み込んだ。
 最初、胡散臭い顔つきだつた大家も、ガックリと膝を付かんばかりのモフマールの落胆演技ぶりに同情したか、
 知っている事を話してくれた。

「借金ができて、行く宛がなくて、住み込みの宿屋のしごとをどうにか見つけて、サリアンは引っ越したの。
 妖魔が出るって、誰も行きたがらない、辺鄙なトコだよ。
 だから、お給料も悪かないらしいよ。
 こないだ、お土産持ってさ、溜まってた家賃を払いに来てくれたわ 。
 まあ楽しそうに笑っていたから、大丈夫よ」
  
 モフマールは、大家に安堵の笑みを見せた。
「あの子の母にはお世話になりましたから、ずっと、気になっていたのです。
 元気でやっているようですね、良かった」
  
 なるほど、成る程。宿屋の住み込みか。そりゃ、いい。
 悪くない。辺鄙なトコなら、今のオレには、うってつけだ。  
 辺鄙な妖魔が出るってトコは、腐るほどあるが、宿屋が在るところは、彼処しかない。
 有名な宿だ。
  
                   ◆ ◆ ◆
  
  
 立地条件が特殊だ。そういう意味でゴード・ラ・シェは有名な宿屋だ。
  
 経営しているのは元ハンターで、誰も入らない妖魔の森の真ん中に突然、休息所を作った。
 日没までにそこにたどり着けば、夜は安全に過ごせて、ぐるっと回って一ヶ月かかる所を二日で国境までいける。
  
 料理と酒はとても美味しい。
 宿のそばには驚くほど美しい花を咲かせる木が立っていて、その木を見るだけでも行く価値があるのだそうだ。
 花から取った香水は貴族たちが贈り物として使うほどだ。
 葉や、根には特殊な麻酔作用があり、惚れ薬ではないか?と言われるほどでとても良い夢が見られるそうだ。
 だが、お安くはない。金もライフもありったけ。早さと快適さは権力者がまっさきに食いつく。
  
  
  
  
 たどり着くのは、骨が折れた。多少の路銀をケチるのではなかった。
 かなり歩いてから、モフマールは後悔し始めた。引き返すには体力を使いすぎた。
 一本道、それは良い、大歓迎だ。あと少し。あそこの沼のほとりらしいのに、なぜか一向にたどり着けない。
  
 朝から早足で歩き通しで、歩いた。
  
 たまげる程大きいヒルや蛇のような毛虫、絶えず目に入って来ようとする羽蟻.
 その度に歩調は早くなった。
  
 モフマールは森に行く前の忠告を軽く受け流していた。
 かなりの距離は歩きやすくて、緑が豊かで、ウサギやクジャクが羽を休めるような明るい森だった。
 段々と緑が深くなり見通しが悪くなると空気は湿り気をおびて重くなっていった。
 沼が見え始めた途端に、痺れるような雰囲気になり、森の奥に足が引き寄せられていく
 木々の上から分厚い靴のようなヒルがボタボタおちてきて、
 モフマールの小粋なのコガモ色の上着はべっとりとした粘液まみれになった
 ひっぺがすのは大変だった。やけになって、沢山のヒルで重くなってしまった上着を振り回した。
 肉塊が自身の重みでちぎれる。ヒルに食いちぎられた上着は穴だらけだった。
  
 美しい鳥も、獲物を釣る擬態かもしれない
 向こうでは小屋ほどの獣がジッとこちらを見ていたし、遠くに半透明なクラゲのような物が、半分消化した猿を内包して飛んでいた。
 草むらの植物群は食虫植物らしく気軽に踏み込むと絡みついてきた。
  
「チクショウ、のんびり用もたせねえのか」
 モフマールはイライラして草を蹴った。
  
 沼のその向こうに一際大きな木が艶々とした葉をしならせて、気持ち良さそうに立っていた。
 枝葉は、風と踊っているように楽しげに映った。
 金のカーテンのような沢山の気根が涼やかな音を立てて揺れている。
 白い花の香りはうっとりする程、心に響く。キレがいい爽やかで、甘くて、どこか懐かしい香りだ。
 その下の沼の水が大きく盛り上がる。
 顎が狙っている。鋭いたくさんの牙が迫るのが見えて彼は悲鳴を上げた。あいつ、俺を狙ってる?こっちに向かって来るのは好奇心なんかじゃねえ、食い物を漁る為だ。狩りの助走だ。
 魚の癖に丘に登ろうってか?

「は?阿呆だろ?」
 彼は笑い飛ばそうとして失敗した。
 いきなり牛並み大きさの魚が目の前に現れたからだ。
 水しぶきが派手に上がって彼は緑の水草を頭からかぶった。
 このでっかい生き物が沼から飛び出てきたのがわかった。
 魚はそのままの勢いでゴロゴロと転がりモフマールを押しつぶそうとした。反射的に身体が動いて紙一重でよける。奇跡のようなタイミング。とにかく無我夢中だ。暴れ回るしっぽを避けて大きな樹を盾にして魚の攻撃を躱す。
「なんなんだよ!」
 都会育ちで免疫のないモフマールが上着をボロボロにされ、恐怖に叫び、汗だくで走りに走る。
  
 何だ?ありゃ?
  冗談だろ?
 チクショウ!


 彼は幾度も呟いた。
 あんなの、初めてだ。
  
 太陽が傾き、これから夕暮れになろうかという時だ。

 アレが宿だろう。木々の上に風見鶏が見える。キラキラと光っていた。
 そして妙に輝いている樹が宿を隠していた。
 その樹は金髪のように見える気根が沢山垂れていて風に揺れている。
 いや、周りの樹とは違うまったく違う揺れ方をしていて、樹自体がが揺れてる事を示していた。

 宿屋だ。やっとだ。ついにたどり着いたぞ。
 やっとこれで一息付けそうだ。モフマールは安堵で泣きそうになった。

 切り傷だらけで、ずぶ濡れだ。喉は乾くし足は痛い。もう心臓がバクバクしていて、息が続かない。

 娘のサリアンがいても、いなくても関係ない。
 とにかく、落ち着くまては、あそこに居座ってやる。そうとも。
 この貸しは大きいぞ。
 必ず返してもらう。何てトコなんだ!チクショウ
  
 宿屋のドアを渾身の力で叩く。モフマールは、息を切らし泣きながら叫んだ。
  
 入れてくれ!開けてくれ。バケモノが、家みたいにデカイハイエナが!吸血のオバケみたいなヒルがっ
 不思議そうな顔がドアの向こうに現れ、ついで能天気な母の顔だと知ると
 モフマールは、激しい怒りと安堵で、一瞬気が遠くなる。
  
  
 まあ、なんだい?又、ハサーンとケンカかい?
 あの子と遊んじゃダメじゃあないか。そういったろ?
 母はズケズケと言った。
  
 モフマールは激昂して、怒鳴りつけた。
 うるさい!母さんは、いつも、いつも文句ばかりだ。

 俺がどんな目にあったと思ってるんだ!死ぬかと思ったんだぞ!
 それに、ハサーンは良いヤツなんだ。
 少し、字が読めないってバカにして、母さんだって、学がある訳じゃないだろうに。
 ハサーンはケンカが強いんだ!そうだ、ハサーンにあの化け物をやっつけてもらおう。
  
 母さんが言う。
 トブラ兄さんが直に帰ってくるから直ぐに夕食だからね。
  
 トブラ兄さんが?
 いつも夜遅いのに、珍しいな。
 さっきまでの怒りも忘れてモフマールは嬉しくなる。あの木が風と一緒に歌っている情景が浮かぶ。
 さっきの…あの木は、…なんてーか、すごく、楽しそうだった。
 葉っぱが一枚一枚、喜んで、光と風と飛び跳ねてるるみたいだった。
  
 きっと、おまえに、何か送りものがあるんだよ。
 母さんが笑った
  
 最後まで、母さんはお前を心配してたんだぞ。
  
 この声は覚えている、兄さんだ。
 モフマールは、母さんが亡くなった事を思い出し、へんな気分になる
  
 よく分からない…けれど、どこか、変だ。



              ◆ ◆ ◆



 コード・ラ・シェの自称優秀な料理人ディマ・スと
 器用なことに関しては定評がある客室係のサリアンは、ため息をついた。
 年に何回か、あまり予備知識がない旅人が軽い装備で逃げ込んで騒ぎを起こす。
 ほとんどが回復すると、金を踏み倒そうとする。
 極まれに、感謝して前回の勘定以上を払いに来て、上客になるが。
  
  
  
「あーこりゃーひどい、行き倒れ」
  
「この人を見ていて、サリアン。ディマ・スも呼んでベッドに運んで。
 私は薬を取ってくるから」
  
 サリアンは不安に真っ青な顔で頷いた。
「直ぐに戻るわ。」
 トリアは杖を頼りに歩き出した。
「なんで、この森を軽く見る輩がいるのか分からないわ。
 有名な睡魔の木があるのに。物を知らないのは勇気があると違うのにねえ」
 ディマ・スは顔をしかめるとイヤイヤ男を台車に担ぎ上げた。
 ヒルのよだれまみれだ。
  
  
 料理人ディマ・スが手を拭きながら、やってきた。
「空いてる部屋にねかせましたが、今は錯乱中です。
 サリアンに怒ってつかみかかったり、泣きながら私にすがってきたりするかのどちらかです。」
  
「つまり…どっちも厄介だ、と、いう事ね」
 知らせを受けたトリアは面倒くさそうに、頬杖をついて指先でコメカミを軽く叩く。
 隣ではひどい匂いを放つ小鍋があった。
「傷口にはこれ塗って、包帯も持ってきてね」
  
「あと、ベッドに縛って睡眠の木の薫りで燻しておけば、正気に戻るでしょう。身元は、判ったの?」
  
「それが…サリアンが、自分の父親かもしれないと、いいまして」
 トリアの指先動きが止まる。
  
「サリアンの?確かなの? 」
  
 ディマ・スは首を傾けた。
「いえ…サリアンも最後に会ったのは、3年程前だそうで、ヒルにやられて、人相も判別不能で、当人に聞くしか。
 うわ言で、聞いたことのある親戚の名ばかり口走るのそうで、
 つまり、サリアンの伯父さんや曽祖母とか。自分を訪ねてきて、行き倒れたのではないかと」
「なるほどね」
  
 トリアは暫く黙ったままだったが、後で様子を みるわ。深い息を吐き出して、頷いた。
  
  
  
  
 父さんは弟に甘いから。昔、母さんはよく苦笑いしていた。
 父親の弟はかなり年が離れていて、叔父は一人っ子と同じだったと聞いていた。トリアより十歳程上の筈だ。
 トリアは、眠っている男----毒で膨れた顔中に緑の軟膏を厚く塗った。
 その上から毒を吸い出している包帯を幾重にもまいていく。素顔はみえない。
 モフマールの思い出を掘り起こす。
 両親は、叔父の事になると、口喧嘩になった。
 喧嘩をする両親にトリアは不安で、気をそらすために他愛ない悪戯を仕掛けたものだった。
 それから何故か突然にトリアの家族はバラバラになり、トリアは、寺院に預けられた。
 帰りたかった。自分のせいかと考えたこともある。
  
 自由になり、判ったのは、父は、商売に失敗して、借金を背負い、財産を無くした事だけだ。
 探し当てたのは年の離れた従妹のサリアンだけだった。
 その従妹もトリアの両親とは会ったことはない。との事だった。
 担ぎこまれた男が叔父なら、詳しく知っているのでは。
 顔は怪我のせいで分からないが、さかんにうわ言で言ったのは確かに父と祖母の名だ。
  
「睡眠の木の香と並行して薬草を飲ませ、リラックスさせましょう。
 そうすれば、おとなしくなるから…世話は、サリアンに」
  
「はい」
  
「サリアン、とりあえず彼には、私が親族かもしれないのは、黙っていて。騒がしい事になるかもしれないから」
  
 訝しげなサリアンに肩をすくめてみせる。
  
「昔、色々あってね。私は一族からは、居ない事になってるから。叔父さんと騒ぎになって、お客に迷惑がかかるかもしれないわ」
 サリアンは頷いた。
  
 確かに父親は面倒な性格をしている。あんなに愛想がいいのに、直ぐに揉め事を起こすのはどうしてだろう。
 都合が悪くなると逃げてしまうのも良く知っている。
  
  
  
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