5 / 58
第五話
しおりを挟む
ライゴールの若き破戒魔導士ドルーズの助手、女魔導士クリスは、ジゼルの城を出て街へ向かった。魔導士らしく、灰色のフード付きマントをはおり、月の女神を想わす神秘的な美貌をフードで隠し、昼下がりの道を下って行く。
ジゼルの城は山の中腹にあり、ライゴールの首都ゴーラの街は、谷の底にあった。
城下街であるゴーラは坂道の多い、入り組んだ地形を持つ。天然の城塞都市とも呼ばれる。
クリスはジゼルの家臣の館が並ぶ山の裾を抜け、街である谷の中へと入って行く。
両端を崖に挟まれ、ずっと南の街道へ続いてゆく街は、活気に満ちている。
道端には市が立ち並び、商人や旅人たちが行き交っていた。旅人の人種は様々で、東のカヤンの商人や、キタイの騎馬民族らしい行商人、南のオーラの傭兵らしき者もいる。
クリスは街道に近づいた宿場の並ぶあたりで、裏の路地へ入り込む。そのころには、陽は傾き夕暮れ時が近づいていた。
薄闇に包まれた路地は、クワーヌで調合された麻薬を商う店や、トラウスから流れてきた魔導士の店、あるいは様々な国の女たちを商う店が並び、表通りとは違う賑わいがある。行き交う人も、クリスと同じような風体の魔導士や、傷だらけの防具を身につけたならず者、地味な身なりの盗賊といった裏稼業の者が多い。 角にはグーヌ神の僕を現す邪神のシンボルや、神像が置かれ、動物の死骸などの供物が置かれている。クリスは麻薬や酒に酔ったものたちが行き交う、狭い路地を進む。
起伏が多いため、階段や歩道橋が多用され、道も狭く曲がりくねっており、立体的な迷路のようだ。
所々に、血のあとらしい黒ずんだ染みがあり、夜になると辻切り強盗や、傭兵同しの、物騒な喧嘩が多いらしい。しかし、一般的には金も持たず、仕返しの恐ろしい魔導士に手を出すものはいなかった。クリスは剣呑な通りを顔色を変えず、進んでいく。
クリスは一件の酒場の扉を開く。中はまだ陽が沈まぬというのに、客で溢れている。多くは傭兵か、野盗のたぐいらしい。そうした客がめあての売笑婦や、吟遊詩人もいた。
クリスは酔客の間をすりぬけ、片隅のテーブルで一人杯を傾けている男の前へ行った。男はクセのある黒い長髪をしており、見た目は盗賊ふうだ。チャコールグレーの地味なマントで身を包み、静かに酒を啜っている。
物静かな様子に似合わず、男の黒曜石のように黒い瞳は、キラキラと輝いていた。
騒々しい酒場の中で、男の精神は激しく活動しているようだ。
「ブラックソウル様」
クリスは男に声をかける。男、ブラックソウルは頷くと、クリスを前に座らせた。
「城の様子はどうだ」
「ジゼルはやはり、ゴラースを復活させるつもりのようですわ。ドルーズの準備は整っています。でも彼は恐れています。神を自分に制御できるのかと」
「神ね、神。むしろ神々が戦争をしていた時に使用した兵器の、残置物だろ。いわゆるヌース神やグヌン神という本物の神とは、違う。彼らを使いこなすのは確かにやっかいだろうが、大した力を持ってはいまい」
「おそらくは」
ブラックソウルは微かに笑みを、見せる。野性的ではあるが、無邪気な明るさを持ったその笑みにクリスは戸惑いを感じた。
「どうなさる、おつもりです」
「どうとは?」
「ドルーズは放置させておくのですか」
「好きにさせるさ」
ブラックソウルは凄みのある笑みを、見せる。
「ジゼルがたかが魔族の使い魔ごときで、オーラに対抗できると想っているのなら、大間違いだ。オーラはかつて暗黒王ガルンと、二百年以上戦ってきた。オーラは軍事的にも、神霊的にも鉄壁の国であることを知るだろうよ、ジゼルは」
ブラックソウルは杯の酒を呑みほす。
ジゼルの城は山の中腹にあり、ライゴールの首都ゴーラの街は、谷の底にあった。
城下街であるゴーラは坂道の多い、入り組んだ地形を持つ。天然の城塞都市とも呼ばれる。
クリスはジゼルの家臣の館が並ぶ山の裾を抜け、街である谷の中へと入って行く。
両端を崖に挟まれ、ずっと南の街道へ続いてゆく街は、活気に満ちている。
道端には市が立ち並び、商人や旅人たちが行き交っていた。旅人の人種は様々で、東のカヤンの商人や、キタイの騎馬民族らしい行商人、南のオーラの傭兵らしき者もいる。
クリスは街道に近づいた宿場の並ぶあたりで、裏の路地へ入り込む。そのころには、陽は傾き夕暮れ時が近づいていた。
薄闇に包まれた路地は、クワーヌで調合された麻薬を商う店や、トラウスから流れてきた魔導士の店、あるいは様々な国の女たちを商う店が並び、表通りとは違う賑わいがある。行き交う人も、クリスと同じような風体の魔導士や、傷だらけの防具を身につけたならず者、地味な身なりの盗賊といった裏稼業の者が多い。 角にはグーヌ神の僕を現す邪神のシンボルや、神像が置かれ、動物の死骸などの供物が置かれている。クリスは麻薬や酒に酔ったものたちが行き交う、狭い路地を進む。
起伏が多いため、階段や歩道橋が多用され、道も狭く曲がりくねっており、立体的な迷路のようだ。
所々に、血のあとらしい黒ずんだ染みがあり、夜になると辻切り強盗や、傭兵同しの、物騒な喧嘩が多いらしい。しかし、一般的には金も持たず、仕返しの恐ろしい魔導士に手を出すものはいなかった。クリスは剣呑な通りを顔色を変えず、進んでいく。
クリスは一件の酒場の扉を開く。中はまだ陽が沈まぬというのに、客で溢れている。多くは傭兵か、野盗のたぐいらしい。そうした客がめあての売笑婦や、吟遊詩人もいた。
クリスは酔客の間をすりぬけ、片隅のテーブルで一人杯を傾けている男の前へ行った。男はクセのある黒い長髪をしており、見た目は盗賊ふうだ。チャコールグレーの地味なマントで身を包み、静かに酒を啜っている。
物静かな様子に似合わず、男の黒曜石のように黒い瞳は、キラキラと輝いていた。
騒々しい酒場の中で、男の精神は激しく活動しているようだ。
「ブラックソウル様」
クリスは男に声をかける。男、ブラックソウルは頷くと、クリスを前に座らせた。
「城の様子はどうだ」
「ジゼルはやはり、ゴラースを復活させるつもりのようですわ。ドルーズの準備は整っています。でも彼は恐れています。神を自分に制御できるのかと」
「神ね、神。むしろ神々が戦争をしていた時に使用した兵器の、残置物だろ。いわゆるヌース神やグヌン神という本物の神とは、違う。彼らを使いこなすのは確かにやっかいだろうが、大した力を持ってはいまい」
「おそらくは」
ブラックソウルは微かに笑みを、見せる。野性的ではあるが、無邪気な明るさを持ったその笑みにクリスは戸惑いを感じた。
「どうなさる、おつもりです」
「どうとは?」
「ドルーズは放置させておくのですか」
「好きにさせるさ」
ブラックソウルは凄みのある笑みを、見せる。
「ジゼルがたかが魔族の使い魔ごときで、オーラに対抗できると想っているのなら、大間違いだ。オーラはかつて暗黒王ガルンと、二百年以上戦ってきた。オーラは軍事的にも、神霊的にも鉄壁の国であることを知るだろうよ、ジゼルは」
ブラックソウルは杯の酒を呑みほす。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる