雪原のワルキューレ

ヒルナギ

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第十二話

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 フレヤは改めて、湿地帯を見渡してみる。そこは、始めは静まり返った世界に思えたが、よく見ると様々な物が蠢いていた。

 時折、球体の胴に、細く長い両性類の手足をつけた小さな生き物が、地表の様子を窺い、水底へ帰ってゆく。広がる湿地帯は、大きな生き物が泳いでいるらしく、一瞬小島のような背中を水面に見せたかと思うと、波紋だけを残し姿を消す。

「なるほど」

 フレヤは、どこか物憂げに呟いた。

「ここは、魔族たちの郷愁に基づいて造られた世界なのか」

 ロキは、皮肉な笑みをみせる。

「そうさ。原初の混沌とした時代。いかなる神も共存をゆるされた時代。それを懐かしんで造られた世界だよ」

 フレヤは微笑んで、言った。

「魔族が人間に、中原を譲った理由が判る気がするな」

 ロキは頷く。

「もうすぐ、その魔族と会える。先へ行こう、地上に残った最後の巨人よ」

 宮殿付近の湿地帯には、白銀の枝葉を持った植物が生えている。それらの植物は、ゼリー状の透明の皮膜に、覆われていた。

 その水辺に浮いたあぶくのような植物の間を、白い道は通っている。その白い道は、黒い巨石のような宮殿の門に遮られていた。

 ロキがその巨大な門を押す。音もなく、その巨大な門は左右に開いた。門の向こうには、黒い通路が口を開けている。ロキは冥界へ続く洞窟のような通路へ、足を踏みいれた。フレヤがその後に続く。

「これは珍しい。この宮殿に訪れる者がいるとは」

 通路の奥から声がし、白い影が現れた。その影は、白衣を身につけた、魔族のおとこである。

 魔族のおとこは夜の闇のような漆黒の肌に、輝く夜明けの太陽を思わす黄金色の髪と瞳を持っていた。その微かにつり上がった目はアーモンド型であり、耳は先が尖っている。

 闇の中で輝く黄金の髪と瞳を別にすれば、その姿はダークエルフ(ドロウ族)と大差はない。ただその長身の体は、ドロウ族の痩せた体と対照的に逞しく、真夜中に昇った太陽のごとく輝く黄金色の瞳は、ドロウ族にはない強烈な生命力を感じさせる。

 何よりその身に纏ついた邪悪さは、ドロウ族とは比較にならなかった。美しく微笑んだ口元には、残忍さを漂わせ、涼しげな目の奥には、殺戮への欲望が潜んでいる。

 人間であれば恐怖で身が竦んだであろうが、ロキは平然と近づく。魔族のおとこに声をかけた。

「ヴァーハイムのロキだ。祭司長クラウス殿に会いに来た」

「おお、そなたが王国の守護者にして、黄金の林檎の番人と呼ばれるロキ殿か。わたしはエリス、クラウス様は今、眠りに就いて居られる。わたしが、その間の代理人としてこの宮殿を預かっている。ところで、後ろにおられるのは、まさか…」

 フレヤは闇を貫くように青く輝く瞳で、魔族のおとこエリスを見つめた。

「わたしはフレヤ。ロキと共に、黄金の林檎の探索を行うこととなった者だ」

「これはフレヤ殿、お久しゅうございます」

 フレヤは怪訝そうにエリスを見る。ロキが説明した。

「フレヤは目覚めたものの、記憶の封印が解けていない」

「そうですか。閉ざされた記憶が、甦ったわけでは無かったのですね」

 エリスは手を広げ、言った。

「とにかく、中へお入り下さい。そこで用件をお聞きしましょう」

 エリスはそういうと、通路の奥へ向かって歩みだす。ロキとフレヤが後に続いた。
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