雪原のワルキューレ

ヒルナギ

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第十三話

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 宮殿の内部はビロードのように滑らかな黒い布で壁が覆われており、血のように紅いカーペットが床に敷き詰められている。所々に淡い光を放つ照明が、付けられていた。

 曲がりくねった回廊を抜け、エリスは部屋にフレヤ達を招き入れる。その部屋は漆黒の材木で造られた、テーブルとソファが置かれていた。

 壁にハタペストリが掛けられている。左の壁には、金色に輝く朝日の昇る夜明けの風景を描いたタペストリが、右の壁には真紅の残照が空を焦がし大地が紅くそまる夕暮れの風景を描いたタペストリが。

 そして正面の壁には暗い紺碧の大空に、宝石のような星々が煌めく夜の風景が描かれている。大地には漆黒の炎のようなナイトフレイム宮殿が、描かれていた。

 エリスは、ソファに腰を降ろす。暗い紺碧の夜空のタペストリの前で、黄金色に瞳を輝かせながら、エリスは言った。

「さて、我が主、クラウス様に用とは何でしょうか」

 エリスの前に腰を降ろした、ロキが質問する。フレヤは立ったままだ。

「かつて、暗黒王ガルンが、アルクスル大王国との約定を破り中原を制覇した時、この宮殿にも訪れたはずだが」

「ええ、ほんの四百年ほど前のことですか。よく憶えていますとも」

「その時、黄金の林檎を携えていたと聞いている」

「その通りです。ガルン殿がクラウス様に会いにこられた時、宮殿じゅうが金色の光につつまれたように思いましたよ。それは、目映いばかりに強力なエネルギーでした」

「ガルンは、黄金の林檎をそのまま持ち帰ったのだな、その時」

「ええ」

「その後、エリウスⅢ世と魔導師ラフレールがガルンを倒した後、ガルンの持っていたはずの黄金の林檎はなぜか失われた。伝え聞くところでは、ラフレールがここに持ち込み、クラウス殿に預けたことになっている」

 エリスは首を傾げた。

「ラフレールは確かにここへ来ました。しかし、黄金の林檎を持っていたとは」

「判らないか」

「クラウス様に聞くしか無いでしょう」

「クラウス殿は、いつ目覚める?」

「もうすぐ。最近、地上からの干渉が多くて、この地の底に潜んでいる神、ゴラースが蠢いています。クラウス殿に、鎮めていただかねば」

 エリスはどこか、狡猾そうな笑みを浮かべている。エリスは、フレヤに視線を投げかけた。

「ところで、フレヤ殿は封印をクラウス様に解いていただくために、ここへ来られたのですか?」

 フレヤは怪訝な顔をする。

「どういう意味だ?」

 エリスの替わりに、ロキが応えた。

「三千年前、お前の記憶を封印し、永久氷土のなかにお前を埋めたのがクラウス殿だ」

 フレヤは不思議なものを見るように、ロキを見た。

「数年前、隕石がライゴールに墜ち、氷土が溶けた。そしてお前が目覚めた訳だが、クラウスの封印は解けていない」

「なぜ封印なぞ?」

「お前が望んだことだ、フレヤ。お前がそう決め、クラウス殿に頼んだ」

 ロキはフレヤを見つめる。

「どうする、フレヤ。クラウスに頼み、封印を解くか?」

 フレヤはもの思いに耽る顔になった。群青の夜空を描いたタペストリの前で、純白のマントに身を包んだフレヤは、サファイアのような瞳を宙にさまよわす。

「判らない。どうすべきか、わたしには判らない」
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