雪原のワルキューレ

ヒルナギ

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第三十話

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 無数の色の光が、目の前を乱舞する。闇水晶を使う時、いつもみえる幻覚だ。ケインは色彩の洪水の中で、闇色の刃を自在に操っていた。

 絹糸を使い、空中で刃の向きを変え、斬りかかる。一度やりすごさせ、背後から斬る。ケインは自分にできる全ての技を、試みた。

 ブラックソウルは、その技をことごとく、跳ね飛ばす。水晶がぶつかりあい、煌めくような音があたりに響いている。まるで結晶化した音の破片が、飛び散っていくようだ。

(互角だ)

 ケインとブラックソウルの技は、同じレベルであった。ケインの繰り出す技は全て阻止され、ブラックソウルの反撃も、同様にケインがブロックしている。

(気にいらねぇ)

 同じレベルのはずにも関わらず、ブラックソウルには、変わらぬ余裕が見える。

まるで、勝負の決め手を隠しているように。

(あのアニムスという野郎を、動かす気か?)

 もし、アニムスがユンクの技を使えるのなら、ケインはとっくに負けている。しかし、アニムスは棒立ちで、ケインはいつでも彼を殺すことができた。

(くそっ、判らねぇがいずれにせよ、らちがあかねぇ)

 ケインは、右手を使う決心をした。左手と右手のコンビネーション、その技数の多いほうが、この戦いの勝者となるはずである。

 ケインは、右手の水晶剣を放った。それはやはり、ブラックソウルの右手から放たれた水晶剣により、はじきとばされる。

「むうっ」

 ケインの口から、呻き声がもれた。ブラックソウルの余裕の意味が判った為だ。

(あの野郎、左手と同じ位、右手を使いやがる)

 ケインの右手は、左手よりスピードが落ちる。ブラックソウルが右手の水晶剣を、左手で操るのと同じ速度でできるのなら、コンビネーションでの戦いは、ブラックソウルの勝ちと決まっていた。

(負けたな、こりゃ)

 ケインは、他人事のように、思った。

(こりゃあ、死ぬわ)



 ジークは待ちの構えと、なった。自分から、しかけるつもりは無い。今度は二人とも、足を止めている。二人の間に空間が歪みそうな、緊張が流れた。

(来るか!)

 フレディの殺気が極限まで高まった時、すっと張りつめていた気が消えた。フレディの視線が宙をさまよう。

(何?)

 ジークは、フレディの目の中に、怯えがあった。その視線は、ジークを越え、ジークの背後にむけられている。ジークの背後には、この礼拝堂への入り口があった。

 つまり、その入り口から何者かが、入って来たということだ。

 魔族でないことは、確かである。魔族は、フレディの敵では無い。とすれば、魔族以上の敵が、出現したということだ。目の前のジークを忘れ、隙だらけになってしまうほど、畏るべき敵が。

 ジークは後ろに退がり、ゆっくり振り向いた。



 ブラックソウルが右手を使い始めたとたん、ケインは守勢にまわった。ブラックソウルの攻撃を防ぐのに精いっぱいであり、反撃の糸口が無い。

 そしてついに、受けきれぬ瞬間がきた。ケインは、死を確信する。

(やられた)

 しかし、その一撃は来なかった。無限に思える数秒が、過ぎる。ブラックソウルは、動きを止めていた。ケインは、ブラックソウルの黒い瞳の中に、感動の色を感じとる。

(何が起こったんだ)

 ケインは、混乱した。勝利を手にする直前に、それを投げ捨てるようなことが今、起こっているらしい。おそらく、ケインの背後で。

 ブラックソウルの目はケインの背後へ、いっていた。そこに、何かがある。

(くそっ、何んなんだよ、一体?)

 ケインは素早く後ろに下がり、振り向く。衝撃が、ケインの精神を揺さぶった。

(こいつは)

 礼拝堂の清浄な光の降り注ぐ下、そこを一人の巨人族の女戦士が歩いている。純白のマントを纏ったその姿は、地上に破壊と殺戮をもたらす為に降り立った、凶悪の大天使を思わせた。

 金色の炎のように、歩にあわせて髪が揺れ、清冽な真冬の青空のような瞳は、地下の淀んだ礼拝堂の空気を貫く。4メートルはある長身に一分の歪みも無く、古代の美神の彫像のような、完璧さを誇示している。

 そしてその巨人の美貌は、地上のものとはとても思えない。天上界に住まう天使ですら、彼女の前では色あせるであろうと思われた。

 ケインは、思った。この完璧な巨人の前では、人間はまったく矮小で、とるにたらぬ存在であると。

 白いマントと鎧を身につけた巨人の傍らには、黒い影のような男が、つき従っている。その男はつば広の帽子を目深に被って眼差しを隠し、冥界の死神のように漆黒のマントで身を覆っていた。

 荘厳といってもいいあゆみを止めた白衣の巨人フレヤは、凶々しい笑みを見せる。

「くくっ」

 人間達は、白い巨人が低く笑うのを聞いた。

「こんな最深部まで、ムシけらが入り込むとはな。魔族の守りも、おそまつなものだ」

 フレヤは、人間達に、侮蔑の眼差しを向ける。

「地上へ帰れ、地べたを這いずるものたち。ここは、お前達の来るところではない」
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