雪原のワルキューレ

ヒルナギ

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第三十一話

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 竦みあがっている人間達の中で、ブラックソウルがただ一人、不敵な笑みをみせている。ブラックソウルが言った。

「用事が済めば、帰りますよ」

 黒曜石のように、瞳を煌めかす。

「黄金の林檎が得られれば」

「お前には、無理だな」

 フレヤは静かに、宣言した。

「ここに残るというのであれば」

 フレヤの瞳は、真冬の烈風を思わす光を宿した。

「ムシけらにふさわしい、惨めな死を与えてやろう」

 ブラックソウルは、哄笑した。ケインとジークは、とっくに姿を隠している。また、退魔師のおんなもいつの間にか消え去っていた。

「死は総ての者に、等しく与えられる。神ですら例外ではない。お前にもだ、最後の巨人」

 フレヤの背後で、アニムスが跳躍した。火焔の入れ墨を持った戦士は、フレヤの頭を越えるほど高く跳躍し、空中で旋風のように身を回転させ、剣を振るう。

 避けようのない速度とタイミングで、剣はフレヤの首筋めがけて走る。フレヤは、羽虫の気配を感じたというかのように、軽く片手を振った。

 みちっと肉を打つ音がし、アニムスの体が宙を飛ぶ。まるで投げ捨てられた、子供のおもちゃの人形のように、アニムスの体は飛んで行き、柱にぶつかった。10メートル以上の距離を、跳ね飛ばされている。

 濡れた音がし、柱にぶつかったアニムスの頭が、粉砕された。真紅の絵の具を、巨大な刷毛で塗ったように、柱に紅い線が引かれる。

 ごみくずのように、床へアニムスの死体が落ちた。フレヤは、背後を見ようともしない。何かが死んだという意識すら、ないようだ。美しい笑みは、救いの女神を思わすが、その笑みの背後には、魔神の凶悪さが潜んでいる。

 フレディは、膝が震えるのを感じた。人智を越えた、魔法的存在と戦ったことも、幾度かある。しかし、今、目の前にいる巨人は、圧倒的な物理的力であるとともに、得体のしれぬ神秘的存在であった。そんな物に出会ったのは、これが始めである。

「くそっ」

 フレディは、剣を抜く。フレヤの前に、立ちふさがった。フレヤは、涼しげな青い瞳で、フレディを見おろす。

 一瞬、風が起こった。フレヤが、腰のスリングから剣を抜いた為だ。それは、巨大な鉄材を思わす、剣である。

 その剣は、フレディの頭上に掲げられた。フレディは鋼鉄の塊が、軽々と片手で持ち上げられ、頭上で舞うのを見、恐怖を感じる。

(飛び込むしかない)

 フレディは、フレヤの足元へ向かって、跳んだ。そこであれば、剣も振るえないはずである。フレヤの臑へ斬りつけようと、構える。

 フレヤの足が、ふっと動いた。フレディは、自分が暴風に飲み込まれたのかと感じる。フレディの体は、紙人形のように宙を舞っていた。

 そのまま聖壇を軽々と越え、その背後の壁画へ激突する。黄金の林檎の木を描いた部分に、真紅の血飛沫がかかり、床へ落ちた死体は、鞠のように跳ね、転がった。

「せめて、剣で死なせてやろうと思ったが」

 フレヤの口元が、苦笑に歪む。

「自らムシけらのような、死に様を選ぶとはな」

 フレヤの背後から、黒衣のロキが進みでた。

「オーラの手のものだな、お前達は」

 ブラックソウルは、配下の者の無惨な死を見ても、顔色一つ変えていない。

「おれは、オーラ参謀ブラックソウルだ。あんたは?」

「ロキ、といえば判るだろう」

 ブラックソウルは、怪訝な顔をする。

「ロキ殿?ロキ殿は、オーラ首都の水晶塔におられるはず。お前は何者だ?」

 ロキは、静かに言った。

「ロキとは、一人ではない。私もまた、ロキの一人」

「よく判らんが、まぁいい。あんたその巨人と、何をするつもりなんだ」

「おまえと同じさ。黄金の林檎を求めて、ここへ来た。おまえは帰るがいい、オーラのブラックソウル」

「あいにくとね、」

 ブラックソウルは、うんざりとした顔になる。

「あんたに任せられないんだ。あんた、みつけた黄金の林檎を、トラウスのユグドラシルの根元にある、ヌース神が造った結界の中へ戻す気だろ」

「いかにも」

 ロキが頷く。ブラックソウルはやれやれと、首を振った。

「あれは、オーラが持ってないと、まずいんだよ。なにせオーラは正当王朝を名乗って、トラウスを占拠しようとしている。黄金の林檎は、その為にいるんだ」

「愚かだな」

 ロキは、疲れたように言った。
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