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第五十四話
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そこは荒野だった。
血で染め上げられたような真紅の太陽が、瓦礫に埋もれた廃墟の向こうへゆっくり沈んでいく。まるで巨獣の屍のような塔の廃墟が、紅い天空めざし聳え立っている。それは神の墓標のようでもあった。
広い。
アリス・クォータームーンは、そこが新宿と呼ばれていた場所であることを知っている。しかし、そこは驚くほど見晴らしがよかった。廃墟の向こうには血の色に輝く海が見える。
全ては瓦礫となった。
何もかもが破壊されつくしている。そして、地上も天空も全てが紅く染め上げられていた。
アリスは、手にしたアサルトライフルを杖にして立ち尽くす。ここがデルファイと呼ばれる場所なのか、時間を超えて過去にきたのかアリスには判らない。ただ、自分がフレヤと分離したことは確かなようだ。酷くあっけない気がする。
自分の足元には湖があった。
すり鉢状に窪んだ地の最も深いところにある湖。
それがグランドゼロと呼ばれていた場所であることを、アリスは知っている。そして、その湖はこの真紅に染め上げられた世界の中でたった一つ青かった。
青い湖。
その奥深くに、巨人たちが眠っている。
この世界で自分は、巨人と融合しなかった。ゆえに、黄金の林檎も降臨しなかったようだ。そして、魔道が支配する世界も実現しなかったということになる。
アリスはウロボロスの輪を感じた。
おそらくここは、ウロボロスの輪によって閉ざされた世界。
ふと、気配を感じアリスは振り向く。
巨大な黒い影が自分を見下ろしている。
真紅の世界の中に立ち尽くす、漆黒の影。その身体は機械で造られているようだ。
黒い装甲を持ったロボット。その身の丈は5メートルほどだろうか。
ロボットは、アリスに語りかける。
「私は君たちがグヌンと呼ぶ存在だ。神と呼ばれるものでもある」
アリスはグヌンと名乗ったロボットに問い掛ける。
「しかし、あなたは機械なのだろう」
「そうだ」
グヌンは答えた。
「いや、機械だったというべきなのだろうと思っている。私は私がかつてそうであったものとは、違うものであることを知っている。しかし、そもそも君たちがクラッグスと呼ぶ宇宙船にしたところでそれを機械と呼ぶことに私はためらいがある」
「なぜ」
「クラッグスには宇宙がビッグバンを経て、現在の形に形成されるまでの記録がある。そして、クラッグスの記録には、その宇宙の形成そのものをクラッグス自身がコントロールしていた形跡がある。クラッグスは宇宙を造りあげたといっても過言ではない」
アリスは首をかしげる。
「おかしいな。いずれにせよ、機械なのだから、誰かが造ったものなのだろう?」
「誰か造ったものがいるとすれば、宇宙が造られるより前に存在する誰かということになる。しかし、そんなものはいない。いるはずはない。クラッグスには宇宙でおきたことの全てのデータがある。そして、今後起こることの全てのデータがある。それらは決定されたことだ。いや、決定されていたこと、というべきなのだろうな」
アリスは苦笑する。
「何が言いたい」
「クラッグスは全てをコントロールしていた。ただひとつ。フライアと呼ばれる存在の侵入を除いては」
「フライアとはなんだ」
「判らない。その中心となる部分が黄金の林檎だ。私たちはフライアと接触したことによって異質なものへと変貌してしまった。既に私たちは、自分が何ものであるかを理解していない」
グヌンは言葉を切った。
しばらく沈黙が降りる。
「しかし」
グヌンはその沈黙を破る。
「おまえは、自分が何者であるかを知っているのか、アリス」
「人間だよ」
「だが、お前の手にしているのはなんだ?」
アリスは驚愕する。
手にしていたはずのアサルトライフルは消え、剣がある。身に纏っているのは戦闘服ではなく純白の鎧。
「問題は、何者であるかということではなく、何を成したいと思うかではないか?」
グヌンの言葉にアリスは頷く。
「確かにな」
「ではお前は、この死せる世界の中で朽ち果てることを望むのか?」
「しかし、これが世界の本来あるべき姿ではないのか?」
グヌンは首を振る。
「真にあるべき姿などない」
「だが、あなたが言ったようにフライアの侵入がなければ」
「いや」
漆黒の巨人は厳かに言った。
「世界に外部などないのだよ。クラッグスは世界を閉ざそうとした。しかし、閉ざしきれぬものが残った。それがフライアなのだ」
グヌンは少し苛立ったように問いかける。
「二つに一つだ。全てが死滅してゆく世界で朽ち果てるか。あらゆるものが変化し生成してゆく世界の中で、全てを閉ざそうとする力に逆らって生き続けるか」
その時、アリスは自分の周りを、暗黒の輪がとりまいているのに気がついた。ウロボロスの輪。それがアリスの全身に纏わりついている。
「選べ、死せる女神の娘よ」
グヌンの言葉に促されるように、フレヤは剣を振り上げた。
フレヤはウロボロスの輪を断ち切った。
血で染め上げられたような真紅の太陽が、瓦礫に埋もれた廃墟の向こうへゆっくり沈んでいく。まるで巨獣の屍のような塔の廃墟が、紅い天空めざし聳え立っている。それは神の墓標のようでもあった。
広い。
アリス・クォータームーンは、そこが新宿と呼ばれていた場所であることを知っている。しかし、そこは驚くほど見晴らしがよかった。廃墟の向こうには血の色に輝く海が見える。
全ては瓦礫となった。
何もかもが破壊されつくしている。そして、地上も天空も全てが紅く染め上げられていた。
アリスは、手にしたアサルトライフルを杖にして立ち尽くす。ここがデルファイと呼ばれる場所なのか、時間を超えて過去にきたのかアリスには判らない。ただ、自分がフレヤと分離したことは確かなようだ。酷くあっけない気がする。
自分の足元には湖があった。
すり鉢状に窪んだ地の最も深いところにある湖。
それがグランドゼロと呼ばれていた場所であることを、アリスは知っている。そして、その湖はこの真紅に染め上げられた世界の中でたった一つ青かった。
青い湖。
その奥深くに、巨人たちが眠っている。
この世界で自分は、巨人と融合しなかった。ゆえに、黄金の林檎も降臨しなかったようだ。そして、魔道が支配する世界も実現しなかったということになる。
アリスはウロボロスの輪を感じた。
おそらくここは、ウロボロスの輪によって閉ざされた世界。
ふと、気配を感じアリスは振り向く。
巨大な黒い影が自分を見下ろしている。
真紅の世界の中に立ち尽くす、漆黒の影。その身体は機械で造られているようだ。
黒い装甲を持ったロボット。その身の丈は5メートルほどだろうか。
ロボットは、アリスに語りかける。
「私は君たちがグヌンと呼ぶ存在だ。神と呼ばれるものでもある」
アリスはグヌンと名乗ったロボットに問い掛ける。
「しかし、あなたは機械なのだろう」
「そうだ」
グヌンは答えた。
「いや、機械だったというべきなのだろうと思っている。私は私がかつてそうであったものとは、違うものであることを知っている。しかし、そもそも君たちがクラッグスと呼ぶ宇宙船にしたところでそれを機械と呼ぶことに私はためらいがある」
「なぜ」
「クラッグスには宇宙がビッグバンを経て、現在の形に形成されるまでの記録がある。そして、クラッグスの記録には、その宇宙の形成そのものをクラッグス自身がコントロールしていた形跡がある。クラッグスは宇宙を造りあげたといっても過言ではない」
アリスは首をかしげる。
「おかしいな。いずれにせよ、機械なのだから、誰かが造ったものなのだろう?」
「誰か造ったものがいるとすれば、宇宙が造られるより前に存在する誰かということになる。しかし、そんなものはいない。いるはずはない。クラッグスには宇宙でおきたことの全てのデータがある。そして、今後起こることの全てのデータがある。それらは決定されたことだ。いや、決定されていたこと、というべきなのだろうな」
アリスは苦笑する。
「何が言いたい」
「クラッグスは全てをコントロールしていた。ただひとつ。フライアと呼ばれる存在の侵入を除いては」
「フライアとはなんだ」
「判らない。その中心となる部分が黄金の林檎だ。私たちはフライアと接触したことによって異質なものへと変貌してしまった。既に私たちは、自分が何ものであるかを理解していない」
グヌンは言葉を切った。
しばらく沈黙が降りる。
「しかし」
グヌンはその沈黙を破る。
「おまえは、自分が何者であるかを知っているのか、アリス」
「人間だよ」
「だが、お前の手にしているのはなんだ?」
アリスは驚愕する。
手にしていたはずのアサルトライフルは消え、剣がある。身に纏っているのは戦闘服ではなく純白の鎧。
「問題は、何者であるかということではなく、何を成したいと思うかではないか?」
グヌンの言葉にアリスは頷く。
「確かにな」
「ではお前は、この死せる世界の中で朽ち果てることを望むのか?」
「しかし、これが世界の本来あるべき姿ではないのか?」
グヌンは首を振る。
「真にあるべき姿などない」
「だが、あなたが言ったようにフライアの侵入がなければ」
「いや」
漆黒の巨人は厳かに言った。
「世界に外部などないのだよ。クラッグスは世界を閉ざそうとした。しかし、閉ざしきれぬものが残った。それがフライアなのだ」
グヌンは少し苛立ったように問いかける。
「二つに一つだ。全てが死滅してゆく世界で朽ち果てるか。あらゆるものが変化し生成してゆく世界の中で、全てを閉ざそうとする力に逆らって生き続けるか」
その時、アリスは自分の周りを、暗黒の輪がとりまいているのに気がついた。ウロボロスの輪。それがアリスの全身に纏わりついている。
「選べ、死せる女神の娘よ」
グヌンの言葉に促されるように、フレヤは剣を振り上げた。
フレヤはウロボロスの輪を断ち切った。
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