55 / 58
第五十六話
しおりを挟む
獰猛な笑みに嘲るような色をのせて、ロキを見つめていたゴラース神は、ふっと動きをとめた。まるで、少し戸惑ったように、首をかしげる。
あたかも内部で荒れ狂うものに、耐えているようだ。ゴラースは自身の中に起こっていることを処理しきれず、固まっているらしい。
ロキは、ふと後ろを振り向く。そこにはサーコートの上にマントを羽織った、退魔師がいる。
「そろそろ教団からあたえられた仕事を果たしたらどうかね、レディ・ホワイト」
レディ・ホワイトと呼ばれた退魔師はグレートヘルムを脱ぎ捨て、真冬の雪がもつ白さに染まった髪を顕にする。あからさまに、苦笑を浮かべていた。
「伝説の巨人と、ヴァーハイムの岩石人間、創世の神話に出てくる偉大な人物が、ここまで役立たずとは思わなかったな。なぜ私の出番をわざわざ作るんだ」
ロキは、無表情のまま語る。
「働く気がないなら、教団に貰った金を渡し給え。それなら、帰っていい」
レディ・ホワイトは、鼻をならす。
「そんなもの、とっくに使ってしまったよ。全く、働かなければ食えないというのはやっかいなものだ」
レディ・ホワイトは、背中に背負った大剣を抜き放つ。古に死んだ魔神の屍から作られた神殺しの魔剣は、骨のように白く輝きながら凶暴な呻きを上げている。その剣をゴラースに向かってかざす。
「フレヤを吸収しようとしたのは、失敗だね。全く、悪食にもほどというものがあるだろう」
ゴラースの顔が、驚愕で歪む。自分の体内に溢れてくるエネルギーが、想像を絶するものであった為だ。
「なるほど、我が小さき身体で、死せる女神の血を受けた娘の力を吸収しようとは、愚かなことだったようだ」
ゴラースの体内から漏れてくるエネルギーを受けとめているかのように、白き魔剣は、ますます激しく輝く。
レディ・ホワイトは、極北の大地を覆う氷のごとく輝く純白の剣を、闇色のゴラースの体へ突き立てた。ゴラースの絶叫と共に、その体に金色の穴が出現する。そこから、金色の光の奔流が迸った。
レディ・ホワイトは光に押されるように、後ずさる。金色の光は形をとり始めた。やがて、それは竜の形となる。その光が薄らぎ、竜の形がはっきりしだした。
巨大な竜は、地下に足を踏みしめ大きな口をあける。その口から、白き巨人が零れ落ちた。それは白衣の巨人、フレヤである。竜は大きく翼をひろげると、宙に舞い上がった。
「巨人よ、我はお前の望みを叶えた。これで我が勤めは終わりだ。さらばだ、女神の娘たる巨人よ」
竜は、宙空の闇へと消えていった。
フレヤは燃えるような天上の女神の美貌を輝かせ、暗黒の邪神の前に立つ。
「長い旅だったが、我が場所に戻れたようだ。ただ、これも新しい夢なのかもしれぬがな」
フレヤの呟きに、ロキが苦笑する。
「戯れごとをいってる場合か、フレヤ」
ゴラースの黒い姿は混沌とした、暗黒星雲のように姿をとどめず、ゆれ動いている。暗い夜空が凝縮したようなゴラースは、無言のまま輝く瞳でフレヤを見おろす。
冬の乾いた蒼い空のような瞳で、フレヤはゴラースを見つめ返す。その目の中には、嘲笑があった。
「フレヤ!」
レディ・ホワイトが叫び、白色の剣を投げる。フレヤはそれを、宙で受けとめた。白色の剣はブリザードを纏ったように、さらに強くフレヤの手の中で白く輝く。それは真冬の空に輝く、シリウスの光にも似ていた。
「終わりだ、ゴラース」
フレヤは叫ぶと、白色の暴風を浴びせるように、ゴラースの身体へ剣で斬りつけた。
ゴラースの身体を構成する闇が、夜明けの光を受けた夜のように薄らいでゆく。
空気が蒼ざめ、物体化したような闇は、半透明の霧と化していった。ゴラースの思念が時折、薄暮を照らす稲光のように、走り抜けてゆく。死を迎えた暗黒の消滅のようにゴラースの姿は消えていった。後には、ドルーズの死体だけが残る。
轟音が響き、宮殿が揺らぎ始めた。
「何ごとだ」
フレヤの問に、ロキが静かに答えた。
「ゴラースは致命傷を負った。お前に長く、触れすぎた為にな。この次元界を維持し続けるのは、困難になってきている。元々この宮殿そのものが、ゴラースの身体であるといってもいい。それが崩壊し始めているんだ」
「だとすれば、我々もゴラースと共に次元のかなたへ消えてゆくわけか?」
ロキは笑みを見せる。
「ゴラースにしても、まだ多少は力がのこっているはず。おい、ゴラース」
ロキはドルーズの死体へ呼びかける。ドルーズの死体が、ゆらりと立ち上がった。
(何か用か、ヌースの模造人間よ)
ゴラースは直接心へ、語りかけてくる。ロキが言った。
「我々を元の次元界へ、戻してくれ」
(よかろう、私はこの次元界から開放されたようだ。礼のかわりに、お前の望みを果たそう)
ロキとフレヤ、それにレディ・ホワイトの足元に、五芒星が出現する。その五芒星は輝いていた。五芒星の輝きは、夜明けの太陽の光のように、次第に強く明るくなってゆく。やがて、その光が極限に達した時、フレヤとロキ、レディ・ホワイトの身体は白い光につつまれ消え去った。
あたかも内部で荒れ狂うものに、耐えているようだ。ゴラースは自身の中に起こっていることを処理しきれず、固まっているらしい。
ロキは、ふと後ろを振り向く。そこにはサーコートの上にマントを羽織った、退魔師がいる。
「そろそろ教団からあたえられた仕事を果たしたらどうかね、レディ・ホワイト」
レディ・ホワイトと呼ばれた退魔師はグレートヘルムを脱ぎ捨て、真冬の雪がもつ白さに染まった髪を顕にする。あからさまに、苦笑を浮かべていた。
「伝説の巨人と、ヴァーハイムの岩石人間、創世の神話に出てくる偉大な人物が、ここまで役立たずとは思わなかったな。なぜ私の出番をわざわざ作るんだ」
ロキは、無表情のまま語る。
「働く気がないなら、教団に貰った金を渡し給え。それなら、帰っていい」
レディ・ホワイトは、鼻をならす。
「そんなもの、とっくに使ってしまったよ。全く、働かなければ食えないというのはやっかいなものだ」
レディ・ホワイトは、背中に背負った大剣を抜き放つ。古に死んだ魔神の屍から作られた神殺しの魔剣は、骨のように白く輝きながら凶暴な呻きを上げている。その剣をゴラースに向かってかざす。
「フレヤを吸収しようとしたのは、失敗だね。全く、悪食にもほどというものがあるだろう」
ゴラースの顔が、驚愕で歪む。自分の体内に溢れてくるエネルギーが、想像を絶するものであった為だ。
「なるほど、我が小さき身体で、死せる女神の血を受けた娘の力を吸収しようとは、愚かなことだったようだ」
ゴラースの体内から漏れてくるエネルギーを受けとめているかのように、白き魔剣は、ますます激しく輝く。
レディ・ホワイトは、極北の大地を覆う氷のごとく輝く純白の剣を、闇色のゴラースの体へ突き立てた。ゴラースの絶叫と共に、その体に金色の穴が出現する。そこから、金色の光の奔流が迸った。
レディ・ホワイトは光に押されるように、後ずさる。金色の光は形をとり始めた。やがて、それは竜の形となる。その光が薄らぎ、竜の形がはっきりしだした。
巨大な竜は、地下に足を踏みしめ大きな口をあける。その口から、白き巨人が零れ落ちた。それは白衣の巨人、フレヤである。竜は大きく翼をひろげると、宙に舞い上がった。
「巨人よ、我はお前の望みを叶えた。これで我が勤めは終わりだ。さらばだ、女神の娘たる巨人よ」
竜は、宙空の闇へと消えていった。
フレヤは燃えるような天上の女神の美貌を輝かせ、暗黒の邪神の前に立つ。
「長い旅だったが、我が場所に戻れたようだ。ただ、これも新しい夢なのかもしれぬがな」
フレヤの呟きに、ロキが苦笑する。
「戯れごとをいってる場合か、フレヤ」
ゴラースの黒い姿は混沌とした、暗黒星雲のように姿をとどめず、ゆれ動いている。暗い夜空が凝縮したようなゴラースは、無言のまま輝く瞳でフレヤを見おろす。
冬の乾いた蒼い空のような瞳で、フレヤはゴラースを見つめ返す。その目の中には、嘲笑があった。
「フレヤ!」
レディ・ホワイトが叫び、白色の剣を投げる。フレヤはそれを、宙で受けとめた。白色の剣はブリザードを纏ったように、さらに強くフレヤの手の中で白く輝く。それは真冬の空に輝く、シリウスの光にも似ていた。
「終わりだ、ゴラース」
フレヤは叫ぶと、白色の暴風を浴びせるように、ゴラースの身体へ剣で斬りつけた。
ゴラースの身体を構成する闇が、夜明けの光を受けた夜のように薄らいでゆく。
空気が蒼ざめ、物体化したような闇は、半透明の霧と化していった。ゴラースの思念が時折、薄暮を照らす稲光のように、走り抜けてゆく。死を迎えた暗黒の消滅のようにゴラースの姿は消えていった。後には、ドルーズの死体だけが残る。
轟音が響き、宮殿が揺らぎ始めた。
「何ごとだ」
フレヤの問に、ロキが静かに答えた。
「ゴラースは致命傷を負った。お前に長く、触れすぎた為にな。この次元界を維持し続けるのは、困難になってきている。元々この宮殿そのものが、ゴラースの身体であるといってもいい。それが崩壊し始めているんだ」
「だとすれば、我々もゴラースと共に次元のかなたへ消えてゆくわけか?」
ロキは笑みを見せる。
「ゴラースにしても、まだ多少は力がのこっているはず。おい、ゴラース」
ロキはドルーズの死体へ呼びかける。ドルーズの死体が、ゆらりと立ち上がった。
(何か用か、ヌースの模造人間よ)
ゴラースは直接心へ、語りかけてくる。ロキが言った。
「我々を元の次元界へ、戻してくれ」
(よかろう、私はこの次元界から開放されたようだ。礼のかわりに、お前の望みを果たそう)
ロキとフレヤ、それにレディ・ホワイトの足元に、五芒星が出現する。その五芒星は輝いていた。五芒星の輝きは、夜明けの太陽の光のように、次第に強く明るくなってゆく。やがて、その光が極限に達した時、フレヤとロキ、レディ・ホワイトの身体は白い光につつまれ消え去った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる