雪原のワルキューレ

ヒルナギ

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第五十六話

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 獰猛な笑みに嘲るような色をのせて、ロキを見つめていたゴラース神は、ふっと動きをとめた。まるで、少し戸惑ったように、首をかしげる。
 あたかも内部で荒れ狂うものに、耐えているようだ。ゴラースは自身の中に起こっていることを処理しきれず、固まっているらしい。

 ロキは、ふと後ろを振り向く。そこにはサーコートの上にマントを羽織った、退魔師がいる。

「そろそろ教団からあたえられた仕事を果たしたらどうかね、レディ・ホワイト」

 レディ・ホワイトと呼ばれた退魔師はグレートヘルムを脱ぎ捨て、真冬の雪がもつ白さに染まった髪を顕にする。あからさまに、苦笑を浮かべていた。

「伝説の巨人と、ヴァーハイムの岩石人間、創世の神話に出てくる偉大な人物が、ここまで役立たずとは思わなかったな。なぜ私の出番をわざわざ作るんだ」

 ロキは、無表情のまま語る。

「働く気がないなら、教団に貰った金を渡し給え。それなら、帰っていい」

 レディ・ホワイトは、鼻をならす。

「そんなもの、とっくに使ってしまったよ。全く、働かなければ食えないというのはやっかいなものだ」

 レディ・ホワイトは、背中に背負った大剣を抜き放つ。古に死んだ魔神の屍から作られた神殺しの魔剣は、骨のように白く輝きながら凶暴な呻きを上げている。その剣をゴラースに向かってかざす。

「フレヤを吸収しようとしたのは、失敗だね。全く、悪食にもほどというものがあるだろう」

 ゴラースの顔が、驚愕で歪む。自分の体内に溢れてくるエネルギーが、想像を絶するものであった為だ。

「なるほど、我が小さき身体で、死せる女神の血を受けた娘の力を吸収しようとは、愚かなことだったようだ」

 ゴラースの体内から漏れてくるエネルギーを受けとめているかのように、白き魔剣は、ますます激しく輝く。

 レディ・ホワイトは、極北の大地を覆う氷のごとく輝く純白の剣を、闇色のゴラースの体へ突き立てた。ゴラースの絶叫と共に、その体に金色の穴が出現する。そこから、金色の光の奔流が迸った。

 レディ・ホワイトは光に押されるように、後ずさる。金色の光は形をとり始めた。やがて、それは竜の形となる。その光が薄らぎ、竜の形がはっきりしだした。

 巨大な竜は、地下に足を踏みしめ大きな口をあける。その口から、白き巨人が零れ落ちた。それは白衣の巨人、フレヤである。竜は大きく翼をひろげると、宙に舞い上がった。

「巨人よ、我はお前の望みを叶えた。これで我が勤めは終わりだ。さらばだ、女神の娘たる巨人よ」

 竜は、宙空の闇へと消えていった。

 フレヤは燃えるような天上の女神の美貌を輝かせ、暗黒の邪神の前に立つ。

「長い旅だったが、我が場所に戻れたようだ。ただ、これも新しい夢なのかもしれぬがな」

 フレヤの呟きに、ロキが苦笑する。

「戯れごとをいってる場合か、フレヤ」

 ゴラースの黒い姿は混沌とした、暗黒星雲のように姿をとどめず、ゆれ動いている。暗い夜空が凝縮したようなゴラースは、無言のまま輝く瞳でフレヤを見おろす。

 冬の乾いた蒼い空のような瞳で、フレヤはゴラースを見つめ返す。その目の中には、嘲笑があった。

「フレヤ!」

 レディ・ホワイトが叫び、白色の剣を投げる。フレヤはそれを、宙で受けとめた。白色の剣はブリザードを纏ったように、さらに強くフレヤの手の中で白く輝く。それは真冬の空に輝く、シリウスの光にも似ていた。

「終わりだ、ゴラース」

 フレヤは叫ぶと、白色の暴風を浴びせるように、ゴラースの身体へ剣で斬りつけた。

 ゴラースの身体を構成する闇が、夜明けの光を受けた夜のように薄らいでゆく。

 空気が蒼ざめ、物体化したような闇は、半透明の霧と化していった。ゴラースの思念が時折、薄暮を照らす稲光のように、走り抜けてゆく。死を迎えた暗黒の消滅のようにゴラースの姿は消えていった。後には、ドルーズの死体だけが残る。

 轟音が響き、宮殿が揺らぎ始めた。

「何ごとだ」

 フレヤの問に、ロキが静かに答えた。

「ゴラースは致命傷を負った。お前に長く、触れすぎた為にな。この次元界を維持し続けるのは、困難になってきている。元々この宮殿そのものが、ゴラースの身体であるといってもいい。それが崩壊し始めているんだ」

「だとすれば、我々もゴラースと共に次元のかなたへ消えてゆくわけか?」

 ロキは笑みを見せる。

「ゴラースにしても、まだ多少は力がのこっているはず。おい、ゴラース」

 ロキはドルーズの死体へ呼びかける。ドルーズの死体が、ゆらりと立ち上がった。

(何か用か、ヌースの模造人間よ)

 ゴラースは直接心へ、語りかけてくる。ロキが言った。

「我々を元の次元界へ、戻してくれ」

(よかろう、私はこの次元界から開放されたようだ。礼のかわりに、お前の望みを果たそう)

 ロキとフレヤ、それにレディ・ホワイトの足元に、五芒星が出現する。その五芒星は輝いていた。五芒星の輝きは、夜明けの太陽の光のように、次第に強く明るくなってゆく。やがて、その光が極限に達した時、フレヤとロキ、レディ・ホワイトの身体は白い光につつまれ消え去った。
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