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観劇の幻影②
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白い服に甲冑をまとっている。
しかしその造形は見たことがない古めかしいもので、血飛沫のような赤い痕も付いていた。
彼は、悲しそうで疲れ切ったような表情を浮かべていた。
しかしエリシアに気づくと、そっと笑って手を差し出して――
「光よ、悪を打ち滅ぼせ!」
力強い声ではっと我に返る。
役者たちが詠唱すると、音楽に合わせ善と悪たちが激しい踊りを披露する。
子どもたちの歓声も最高潮となるなか、舞台は結末を迎える。
悪が滅び、大陸に平和をもたらした王は高らかに勝利を宣言する。
すると、役者たちはいっせいに跪き、エリシアとクロヴィスに向かって賞賛の言葉を述べた。
「まさに英雄の化身。皇帝陛下万歳!」
庭園内に割れんばかりの歓声と拍手が響き渡った。
子どもたちだけでなく、近衛兵や侍女たちも感激した表情を浮かべている。
しかし、クロヴィスは静かにそれを見つめているだけだった。
唇を固く引き結んでいるその顔は、どこか複雑な思いを宿しているようにエリシアには見えた。
劇が終わり、エリシアはクロヴィスの隣に戻った。
(あれはなんだったの? 幻? ……記憶? どうして陛下が……?)
思案に飲まれそうになるのを止めるかのように、クロヴィスがぐいと腕を引き寄せた。
「どうした、ぼうっとして」
「い、いえ。何でもありません、ちょっとびっくりして」
微笑むが、クロヴィスの表情は硬かった。
彼女の脳裏を読み取ろうとするかのごとく、痛いほどに鋭い眼差しをそそぐ。
まるで、エリシアが不可思議な光景を見たことに気づいたかのようだった。
「急で驚いたのだろう? すこし休もう」
クロヴィスは劇団員とリーモスに感謝の言葉を送ると、エリシアの手を引いて足早に邸宅に戻った。
「急に付き合わせて悪かった。きみにも楽しんでもらいたいとリーモスが許しを乞うてきたんだが……あんな茶番劇だとわかっていたら、許可しなかった」
「いえ、楽しかったです。子どもたちも喜んでいましたし」
「……そうだな」
「誰もが知っている英雄と貴方が重なって、さぞ胸が躍ったと思います」
「……だといいがな。あんな古臭いおとぎ話を持ち出すとは、リーモスらしくもない」
クロヴィスは苦々しげだった。
いつも寛大な彼らしくない様子だった。
堅物の彼には、あの劇は軽薄に映ったのだろうか。
だが、クロヴィスを見つめる子どもたちの目は、憧れと希望に満ち、輝いていた。
エリシアもそんなクロヴィスの隣にいられることが誇らしく思えた。
「おとぎ話とはいえ、私もあの英雄譚が大好きでした。幼いころは英雄と聖女の活躍に胸躍らせました」
懐かしい気持ちに駆られ、エリシアは続けた。
「特に聖女に憧れました。英雄をささえ人々を癒した美しき乙女」
マーシャが話して聞かせてくれたのを思い出す。
よくお転婆が過ぎると「聖女さまのようになれませんよ」と叱られたものだった。
「実は……さきほど不思議な光景を見たのです……」
ぽつりとつぶやいたエリシアに、クロヴィスが無言で返した。
彼女は思い出しながら続けた。
「あなたそっくり――いえ、あなたがいたのですが、見たことのない甲冑を着ていて、血が付いていて……」
「妄想でも浮かんだのか?」
クロヴィスが低く笑った。
「役者たちの演出に影響されて、昔話の英雄と皇帝の俺が重なったのだろう」
彼の見解は理解できなくもない。
役者たちの演技は迫真に迫るもので、夢中になって見入ってしまったから、つい……という可能性はある。
「ですが……妄想というにはあまりに鮮明で……それに服装や甲冑が見たことがないくらい古くて、もう何百年も昔のような」
「もういい」
乾いた声で遮られて、はっとなった。
クロヴィスは無表情だった。
だが、何かをひた隠しにすることが伝わる、不自然なものでもあった。
(この方は、何か知っている……?)
もしかしたら、彼の異能力とつながることではないだろうか?
根拠はないが、そんな考えが浮かんで胸騒ぎを覚えた。
「陛下……」
「きみは幻想を見ただけだ」
この話は終わりだと言わんばかりに、クロヴィスは強い口調で言った。
「もしくは、俺が毎夜しつこくし過ぎて寝不足にさせた影響も考えられる。いずれにせよ、考えるだけ無駄なことだ」
たしかに彼の言うことは一理ある。
たとえ彼の異能力に関係があることだとしても、やることは今と変わらない。備え、対策し、前に進んでいくだけだ。
だが、クロヴィスが何か重く苦しい事実を知っているような気がして仕方がなかった。
(ひとりで背負い込まないでほしいのに……)
抱え込むものがあるのなら、彼の妻としてそれを分かち合いたいと思うのは傲慢なのだろうか。
胸がもやもやとして苦しくなった。
やっと近くに感じられるようになったのに、突然彼が遠くにいってしまったような気がした。
しかしその造形は見たことがない古めかしいもので、血飛沫のような赤い痕も付いていた。
彼は、悲しそうで疲れ切ったような表情を浮かべていた。
しかしエリシアに気づくと、そっと笑って手を差し出して――
「光よ、悪を打ち滅ぼせ!」
力強い声ではっと我に返る。
役者たちが詠唱すると、音楽に合わせ善と悪たちが激しい踊りを披露する。
子どもたちの歓声も最高潮となるなか、舞台は結末を迎える。
悪が滅び、大陸に平和をもたらした王は高らかに勝利を宣言する。
すると、役者たちはいっせいに跪き、エリシアとクロヴィスに向かって賞賛の言葉を述べた。
「まさに英雄の化身。皇帝陛下万歳!」
庭園内に割れんばかりの歓声と拍手が響き渡った。
子どもたちだけでなく、近衛兵や侍女たちも感激した表情を浮かべている。
しかし、クロヴィスは静かにそれを見つめているだけだった。
唇を固く引き結んでいるその顔は、どこか複雑な思いを宿しているようにエリシアには見えた。
劇が終わり、エリシアはクロヴィスの隣に戻った。
(あれはなんだったの? 幻? ……記憶? どうして陛下が……?)
思案に飲まれそうになるのを止めるかのように、クロヴィスがぐいと腕を引き寄せた。
「どうした、ぼうっとして」
「い、いえ。何でもありません、ちょっとびっくりして」
微笑むが、クロヴィスの表情は硬かった。
彼女の脳裏を読み取ろうとするかのごとく、痛いほどに鋭い眼差しをそそぐ。
まるで、エリシアが不可思議な光景を見たことに気づいたかのようだった。
「急で驚いたのだろう? すこし休もう」
クロヴィスは劇団員とリーモスに感謝の言葉を送ると、エリシアの手を引いて足早に邸宅に戻った。
「急に付き合わせて悪かった。きみにも楽しんでもらいたいとリーモスが許しを乞うてきたんだが……あんな茶番劇だとわかっていたら、許可しなかった」
「いえ、楽しかったです。子どもたちも喜んでいましたし」
「……そうだな」
「誰もが知っている英雄と貴方が重なって、さぞ胸が躍ったと思います」
「……だといいがな。あんな古臭いおとぎ話を持ち出すとは、リーモスらしくもない」
クロヴィスは苦々しげだった。
いつも寛大な彼らしくない様子だった。
堅物の彼には、あの劇は軽薄に映ったのだろうか。
だが、クロヴィスを見つめる子どもたちの目は、憧れと希望に満ち、輝いていた。
エリシアもそんなクロヴィスの隣にいられることが誇らしく思えた。
「おとぎ話とはいえ、私もあの英雄譚が大好きでした。幼いころは英雄と聖女の活躍に胸躍らせました」
懐かしい気持ちに駆られ、エリシアは続けた。
「特に聖女に憧れました。英雄をささえ人々を癒した美しき乙女」
マーシャが話して聞かせてくれたのを思い出す。
よくお転婆が過ぎると「聖女さまのようになれませんよ」と叱られたものだった。
「実は……さきほど不思議な光景を見たのです……」
ぽつりとつぶやいたエリシアに、クロヴィスが無言で返した。
彼女は思い出しながら続けた。
「あなたそっくり――いえ、あなたがいたのですが、見たことのない甲冑を着ていて、血が付いていて……」
「妄想でも浮かんだのか?」
クロヴィスが低く笑った。
「役者たちの演出に影響されて、昔話の英雄と皇帝の俺が重なったのだろう」
彼の見解は理解できなくもない。
役者たちの演技は迫真に迫るもので、夢中になって見入ってしまったから、つい……という可能性はある。
「ですが……妄想というにはあまりに鮮明で……それに服装や甲冑が見たことがないくらい古くて、もう何百年も昔のような」
「もういい」
乾いた声で遮られて、はっとなった。
クロヴィスは無表情だった。
だが、何かをひた隠しにすることが伝わる、不自然なものでもあった。
(この方は、何か知っている……?)
もしかしたら、彼の異能力とつながることではないだろうか?
根拠はないが、そんな考えが浮かんで胸騒ぎを覚えた。
「陛下……」
「きみは幻想を見ただけだ」
この話は終わりだと言わんばかりに、クロヴィスは強い口調で言った。
「もしくは、俺が毎夜しつこくし過ぎて寝不足にさせた影響も考えられる。いずれにせよ、考えるだけ無駄なことだ」
たしかに彼の言うことは一理ある。
たとえ彼の異能力に関係があることだとしても、やることは今と変わらない。備え、対策し、前に進んでいくだけだ。
だが、クロヴィスが何か重く苦しい事実を知っているような気がして仕方がなかった。
(ひとりで背負い込まないでほしいのに……)
抱え込むものがあるのなら、彼の妻としてそれを分かち合いたいと思うのは傲慢なのだろうか。
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