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銀光の刃②
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エリシアが青ざめて呟く。
クロヴィスは静かに口元に指を当て、エリシアを安心させるように微かにうなずいた。
そして、小窓から外の様子をうかがいながら、低く訊いた。
「数は?」
「二十名ほどです」
ロシェの小さな返答に、クロヴィスの瞳が鋭く細められる。
「俺も出る。状況を見て突破するぞ」
彼は真っ直ぐにエリシアを見た。
「きみは絶対にここから出るな。怖いかもしれないが、声をあげてもいけない」
エリシアは唇を硬く引き結んでうなずいた。この状況で、自分がどれほど足手まといになるかはよく分かっていた。
外から金属がぶつかり合う乾いた音が響きはじめた。
近衛兵たちが応戦を始めたのだ。
その数はロシェと御者に扮した者の二名だった。目立たぬように必要最低限の者しか連れてこなかったのだ。
クロヴィスは音に集中し状況を見極めると、躊躇いなく馬車を飛び出した。
ほどなくして、外には敵のものと思われる悲鳴が上がりはじめた。
おそらく、クロヴィスが次々と夜盗を斬り伏せているのだろう。その緊迫した様子が脳裏に浮かび、エリシアは思わず呼吸を止め、馬車の隅に身を縮めた。
「今だ、行け!」
クロヴィスの鋭い号令とともに、馬のいななきが闇夜を裂いた。
馬車が激しく揺れ、急発進する。咄嗟に壁に身体を打ちつけ、エリシアは小さく声をあげた。
「走れ、もっと速く!」
夜盗の数人が馬で追ってきているらしい。クロヴィスと兵が御者台に立ち、左右から迫る追っ手に斬りかかっているのが小窓から見えた。
その時、馬車の窓から突然、夜盗の顔が現れた。
「きゃあっ!」
思わずエリシアが悲鳴を上げた瞬間、夜盗はいやらしく笑い、短剣で窓枠を叩き壊して腕を入れた。狙いは金品か。それとも人か。
探るように這い寄る手が、エリシアの傍らに置かれていたバスケットをつかんだ。
それには、子どもたちがプレゼントしてくれたジャムが入っていた。
自分たちが集めて作ったものを、クロヴィスとエリシアに食べてほしいと分けてくれたのだ。
「待って、それは――!」
エリシアが手を伸ばす間もなく、バスケットは引きずり出された。
直後に、外から悲鳴と鈍い衝突音が響いた。
馬車が急停止する。
クロヴィスが顔を覗かせた。
「怪我はないか」
「……ええ、大丈夫です」
ほっと力が抜けた。
クロヴィスも彼女の無事に安堵し、すぐに近衛兵たちの安否確認に向かった。
エリシアは馬車から顔だけ出して周囲を探った。
ほのかな月明りではよく見渡せないが、敵がいる気配はなかった。どうやら撃退できたようだ。
馬車を降りる。冷たい夜気が体の緊張をやわらげた。
「……ジャムが……」
はっとジャムを思い出し、エリシアはあたりを見回す。
すこし行った道端に、月明りを受けて光る小瓶が目に入った。
「よかった……」
安堵の声を漏らし、小瓶に駆け寄った――その時だった。
闇に銀光が走った。
視線を上げると、木陰から飛び出した夜盗が、エリシアの頭上に短剣を高く掲げていた。
「――っ!」
悲鳴を上げるより早く、誰かに強く抱き寄せられた。
振り下ろされた刃が空を裂く。
直後、夜盗の体がゆっくりと崩れ落ちるのが見えた。
「……大丈夫か」
クロヴィスがエリシアを抱き寄せた。
彼がエリシアを救い、夜盗を斬り捨てたのだ。
エリシアは声も出せないまま、こくこくとうなずくと、彼に抱きついた。
ふいに手にべっとりと液体が付くのを感じた。
鉄のような生々しい匂いが鼻をかすめる。
「……血が……!」
クロヴィスの背が、鮮血に染まっていた。
短剣に刺されたのだ。
騒ぎに気づいて駆けつけていたロシェたちも、一瞬あぜんとしたものの、すぐにクロヴィスを支え起こす。
「大事ない。ほんのかすり傷だ」
そんなはずはなかった。
血の量、そして蒼白とした彼の顔に浮かぶかすかな苦悶の表情が物語っていた。
エリシアは言葉を失い、ただその痛々しい姿を見つめるしかなかった。
※
クロヴィスの傷は深く、出血もひどかった。
早急に手当てをしなければならなかったが、リーモス邸へはまだ距離があったため、孤児院へ戻ることにした。
すでに寝入っていた院長だったが、状況を知ると快く応じ、一室を空けてくれた。幸い、治療薬もそろっていた。
子どもたちを起こさないよう静かにかつ機敏に対処し、クロヴィスはどうにか事なきを得た。
顔色も良くなり、今は安らかな寝息を立てて深い眠りに落ちていた。
院長や手当を手伝ってくれた職員に厚く礼を言うと、エリシアはその者たちを寝かせてクロヴィスのそばについた。
「皇妃様も休んだ方がいい」と勧められたが、とても眠れそうになかった。
(もっと私に注意力があったら、こんなことには……)
後悔に苛まれていた。
苦痛に強張らせながらも微笑みを浮かべてくれた彼の顔が目に焼き付いている。
小さな部屋で眠っているクロヴィスとふたりきりでいると弱々しく泣き出してしまいそうで、エリシアは気分を変えようと窓を開けた。
涼しい夜風にすこし息をつく。
すると、階下からくぐもった男たちの声が聞こえてきた。ロシェと近衛兵のひとりであるグリンという若者のものだった。
「――陛下の傷の治りが遅い」
クロヴィスは静かに口元に指を当て、エリシアを安心させるように微かにうなずいた。
そして、小窓から外の様子をうかがいながら、低く訊いた。
「数は?」
「二十名ほどです」
ロシェの小さな返答に、クロヴィスの瞳が鋭く細められる。
「俺も出る。状況を見て突破するぞ」
彼は真っ直ぐにエリシアを見た。
「きみは絶対にここから出るな。怖いかもしれないが、声をあげてもいけない」
エリシアは唇を硬く引き結んでうなずいた。この状況で、自分がどれほど足手まといになるかはよく分かっていた。
外から金属がぶつかり合う乾いた音が響きはじめた。
近衛兵たちが応戦を始めたのだ。
その数はロシェと御者に扮した者の二名だった。目立たぬように必要最低限の者しか連れてこなかったのだ。
クロヴィスは音に集中し状況を見極めると、躊躇いなく馬車を飛び出した。
ほどなくして、外には敵のものと思われる悲鳴が上がりはじめた。
おそらく、クロヴィスが次々と夜盗を斬り伏せているのだろう。その緊迫した様子が脳裏に浮かび、エリシアは思わず呼吸を止め、馬車の隅に身を縮めた。
「今だ、行け!」
クロヴィスの鋭い号令とともに、馬のいななきが闇夜を裂いた。
馬車が激しく揺れ、急発進する。咄嗟に壁に身体を打ちつけ、エリシアは小さく声をあげた。
「走れ、もっと速く!」
夜盗の数人が馬で追ってきているらしい。クロヴィスと兵が御者台に立ち、左右から迫る追っ手に斬りかかっているのが小窓から見えた。
その時、馬車の窓から突然、夜盗の顔が現れた。
「きゃあっ!」
思わずエリシアが悲鳴を上げた瞬間、夜盗はいやらしく笑い、短剣で窓枠を叩き壊して腕を入れた。狙いは金品か。それとも人か。
探るように這い寄る手が、エリシアの傍らに置かれていたバスケットをつかんだ。
それには、子どもたちがプレゼントしてくれたジャムが入っていた。
自分たちが集めて作ったものを、クロヴィスとエリシアに食べてほしいと分けてくれたのだ。
「待って、それは――!」
エリシアが手を伸ばす間もなく、バスケットは引きずり出された。
直後に、外から悲鳴と鈍い衝突音が響いた。
馬車が急停止する。
クロヴィスが顔を覗かせた。
「怪我はないか」
「……ええ、大丈夫です」
ほっと力が抜けた。
クロヴィスも彼女の無事に安堵し、すぐに近衛兵たちの安否確認に向かった。
エリシアは馬車から顔だけ出して周囲を探った。
ほのかな月明りではよく見渡せないが、敵がいる気配はなかった。どうやら撃退できたようだ。
馬車を降りる。冷たい夜気が体の緊張をやわらげた。
「……ジャムが……」
はっとジャムを思い出し、エリシアはあたりを見回す。
すこし行った道端に、月明りを受けて光る小瓶が目に入った。
「よかった……」
安堵の声を漏らし、小瓶に駆け寄った――その時だった。
闇に銀光が走った。
視線を上げると、木陰から飛び出した夜盗が、エリシアの頭上に短剣を高く掲げていた。
「――っ!」
悲鳴を上げるより早く、誰かに強く抱き寄せられた。
振り下ろされた刃が空を裂く。
直後、夜盗の体がゆっくりと崩れ落ちるのが見えた。
「……大丈夫か」
クロヴィスがエリシアを抱き寄せた。
彼がエリシアを救い、夜盗を斬り捨てたのだ。
エリシアは声も出せないまま、こくこくとうなずくと、彼に抱きついた。
ふいに手にべっとりと液体が付くのを感じた。
鉄のような生々しい匂いが鼻をかすめる。
「……血が……!」
クロヴィスの背が、鮮血に染まっていた。
短剣に刺されたのだ。
騒ぎに気づいて駆けつけていたロシェたちも、一瞬あぜんとしたものの、すぐにクロヴィスを支え起こす。
「大事ない。ほんのかすり傷だ」
そんなはずはなかった。
血の量、そして蒼白とした彼の顔に浮かぶかすかな苦悶の表情が物語っていた。
エリシアは言葉を失い、ただその痛々しい姿を見つめるしかなかった。
※
クロヴィスの傷は深く、出血もひどかった。
早急に手当てをしなければならなかったが、リーモス邸へはまだ距離があったため、孤児院へ戻ることにした。
すでに寝入っていた院長だったが、状況を知ると快く応じ、一室を空けてくれた。幸い、治療薬もそろっていた。
子どもたちを起こさないよう静かにかつ機敏に対処し、クロヴィスはどうにか事なきを得た。
顔色も良くなり、今は安らかな寝息を立てて深い眠りに落ちていた。
院長や手当を手伝ってくれた職員に厚く礼を言うと、エリシアはその者たちを寝かせてクロヴィスのそばについた。
「皇妃様も休んだ方がいい」と勧められたが、とても眠れそうになかった。
(もっと私に注意力があったら、こんなことには……)
後悔に苛まれていた。
苦痛に強張らせながらも微笑みを浮かべてくれた彼の顔が目に焼き付いている。
小さな部屋で眠っているクロヴィスとふたりきりでいると弱々しく泣き出してしまいそうで、エリシアは気分を変えようと窓を開けた。
涼しい夜風にすこし息をつく。
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