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復活の時④
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クロヴィスは戦うことに疲れ、エリシアとただ静かに生きることを望んだ。
エリシアもまた、誰よりも傷つかなければならない彼を憐れみ、その運命に導いてしまった罪の意識に苛まれた。
「あなたが傷つくことに耐えられなくなった私は、民の心を浄化することに躍起になりました。争いが起こるのは憎しみや恨みといった悪の感情があるから。それを聖女の力で浄化できれば、争いは生まれない――そう考えた私は必死に祈り続けました」
だが、どんなに祈っても悪の感情が民の心を蝕んでいった。
ついには暴動が起きた。
「私はひとりで神殿に残り、暴動を起こす民の心を鎮めようと力の限り祈りました。でも、結局何もできませんでした」
「駆けつけた時には、きみは炎に崩れる神殿の中にいた。……助けられなかった」
クロヴィスは重苦しい声で続けた。
「俺は心を失った。森の奥に入り、きみを失った苦しみに打ちひしがれた」
その時、クロヴィスは大陸のほぼ全域を制覇していた。このまま放っておいても、誰かが安寧をもたらしてくれるような体制も整いつつあった。
「不死の力を持つ者が唯一死ぬのは老衰でのみ。きみがいないあとの数十年を生きるのは耐えられなかった。俺は異能が弱まるまで自死を繰り返した。ようやく死を迎えようとした時、神が俺を非難した。中途半端なまま役目を放り出すことは許さないとな」
真の安寧は、余生が尽きるまでクロヴィスが王として大陸を治めることで、もたらされるものだった。
このままでは、大陸はあと何百年か経てばふたたび混沌と化してしまう。
そうなった時は、またクロヴィスとエリシアを転生させ、役目をやり直させると神は告げたのだ。
クロヴィスは応じる代わりに交換条件を出した。
『転生させてもエリシアの記憶と能力は封じてほしい』と。
浄化はされなくても、クロヴィスの中に悪の力を留めておけば大陸に悪の感情は広まらない。
自分ひとりの力で、今度は必ず大陸に安寧をもたらしてみせる。
神はこの交換条件を呑んだ。
「エリシアの浄化の力がなければ、俺の能力は早い時点で弱まり、寿命も短くなってしまうだろう。そしてエリシアは前世の記憶を一生思い出さず、今世では俺を拒むかもしれない。だがそれでも、きみを俺だけのものにしたかった」
手当てを終えたが、血が止まることはなかった。
おそらく、エリシアと結婚した時点で、クロヴィスの異能はかすり傷を治癒する程度の力しか残っていなかったのだろう。
替えたばかりの包帯がゆっくりと赤く染まっていくのを、エリシアは唇を噛んで見つめる。
「父が死ぬ一年前に、俺は前世の記憶を取り戻した。すぐに、きみがヴァルハイムに次ぐ大国であるエルヴァラン王国――敵国の王女であると知った」
「……その時私は政略結婚を迎えていました」
前夫のことを思い返して、彼のことをすっかり忘れかけていたことに気づいた。
死に追いやったことに罪の意識は感じていたが、正直、前夫のことはあまり好もしく思っていなかった。
前夫は戦乱に乗じて謀反を起こして王の座を奪い取った人物だった。
尊大で無礼な男で、エルヴァラン王も毛嫌いしていたが、その強さと統率力は利用できると見込んでいた。
そこでエリシアを使い、政略結婚で繋がりを持とうとしたのだ。
粗野で利己的な男に嫁ぐのは怖くて仕方がなかったが、王妃であるエリシアに拒む権利はなかった。
前夫は婚礼の儀もそこそこにエリシアを連れ出すと、婚礼姿のまま寝台に押し倒した。
荒々しく衣装を引き裂き、震える花嫁の体を好き勝手に撫でまわすと口づけを強いた。
そのとたん、魂を失ったかのように急に動かなくなった。
何が起きたのかわけが分からず、エリシアは足元で冷たくなっていく前夫をただ泣きながら見つめていた。
「きみの力を封じてほしいと頼んだ際、【きみが悪に脅かされる時は例外とする】と条件を付けていた。きみは前夫への恐怖心から無意識のうちに浄化の力を発動させたのだろう」
前夫は悪の感情の塊と言ってもよい男だった。
そこに反応して、一時的に力が解放された。
だが初めて使ったため加減がわからず、悪の感情とともに精気までをも奪ってしまったのだろう。
「その事件をきっかけに、きみが前世の記憶を取り戻す可能性もあったが、エルヴァランがサキュバスの力と誤解してくれた。そして結果的に俺は、きみを取り戻すことができた」
だとしたら、すべてはやはり運命だったのだろうか。
どんな制約を強いても、相対する立場として生まれても、結局はこうして結ばれた。
そして、ふたりで力を使わなければ乗り越えられない状況におかれてしまった。
「……どうすれば私に元のような力が戻るのですか? お願いです、あなたを救わせてください」
「俺にもわからない。きみの力を封じたのは神だ」
「このままでは……あなたが死んでしまいます」
すっかり鮮血に染まった包帯を見つめ、エリシアは涙を貯めた。
エリシアもまた、誰よりも傷つかなければならない彼を憐れみ、その運命に導いてしまった罪の意識に苛まれた。
「あなたが傷つくことに耐えられなくなった私は、民の心を浄化することに躍起になりました。争いが起こるのは憎しみや恨みといった悪の感情があるから。それを聖女の力で浄化できれば、争いは生まれない――そう考えた私は必死に祈り続けました」
だが、どんなに祈っても悪の感情が民の心を蝕んでいった。
ついには暴動が起きた。
「私はひとりで神殿に残り、暴動を起こす民の心を鎮めようと力の限り祈りました。でも、結局何もできませんでした」
「駆けつけた時には、きみは炎に崩れる神殿の中にいた。……助けられなかった」
クロヴィスは重苦しい声で続けた。
「俺は心を失った。森の奥に入り、きみを失った苦しみに打ちひしがれた」
その時、クロヴィスは大陸のほぼ全域を制覇していた。このまま放っておいても、誰かが安寧をもたらしてくれるような体制も整いつつあった。
「不死の力を持つ者が唯一死ぬのは老衰でのみ。きみがいないあとの数十年を生きるのは耐えられなかった。俺は異能が弱まるまで自死を繰り返した。ようやく死を迎えようとした時、神が俺を非難した。中途半端なまま役目を放り出すことは許さないとな」
真の安寧は、余生が尽きるまでクロヴィスが王として大陸を治めることで、もたらされるものだった。
このままでは、大陸はあと何百年か経てばふたたび混沌と化してしまう。
そうなった時は、またクロヴィスとエリシアを転生させ、役目をやり直させると神は告げたのだ。
クロヴィスは応じる代わりに交換条件を出した。
『転生させてもエリシアの記憶と能力は封じてほしい』と。
浄化はされなくても、クロヴィスの中に悪の力を留めておけば大陸に悪の感情は広まらない。
自分ひとりの力で、今度は必ず大陸に安寧をもたらしてみせる。
神はこの交換条件を呑んだ。
「エリシアの浄化の力がなければ、俺の能力は早い時点で弱まり、寿命も短くなってしまうだろう。そしてエリシアは前世の記憶を一生思い出さず、今世では俺を拒むかもしれない。だがそれでも、きみを俺だけのものにしたかった」
手当てを終えたが、血が止まることはなかった。
おそらく、エリシアと結婚した時点で、クロヴィスの異能はかすり傷を治癒する程度の力しか残っていなかったのだろう。
替えたばかりの包帯がゆっくりと赤く染まっていくのを、エリシアは唇を噛んで見つめる。
「父が死ぬ一年前に、俺は前世の記憶を取り戻した。すぐに、きみがヴァルハイムに次ぐ大国であるエルヴァラン王国――敵国の王女であると知った」
「……その時私は政略結婚を迎えていました」
前夫のことを思い返して、彼のことをすっかり忘れかけていたことに気づいた。
死に追いやったことに罪の意識は感じていたが、正直、前夫のことはあまり好もしく思っていなかった。
前夫は戦乱に乗じて謀反を起こして王の座を奪い取った人物だった。
尊大で無礼な男で、エルヴァラン王も毛嫌いしていたが、その強さと統率力は利用できると見込んでいた。
そこでエリシアを使い、政略結婚で繋がりを持とうとしたのだ。
粗野で利己的な男に嫁ぐのは怖くて仕方がなかったが、王妃であるエリシアに拒む権利はなかった。
前夫は婚礼の儀もそこそこにエリシアを連れ出すと、婚礼姿のまま寝台に押し倒した。
荒々しく衣装を引き裂き、震える花嫁の体を好き勝手に撫でまわすと口づけを強いた。
そのとたん、魂を失ったかのように急に動かなくなった。
何が起きたのかわけが分からず、エリシアは足元で冷たくなっていく前夫をただ泣きながら見つめていた。
「きみの力を封じてほしいと頼んだ際、【きみが悪に脅かされる時は例外とする】と条件を付けていた。きみは前夫への恐怖心から無意識のうちに浄化の力を発動させたのだろう」
前夫は悪の感情の塊と言ってもよい男だった。
そこに反応して、一時的に力が解放された。
だが初めて使ったため加減がわからず、悪の感情とともに精気までをも奪ってしまったのだろう。
「その事件をきっかけに、きみが前世の記憶を取り戻す可能性もあったが、エルヴァランがサキュバスの力と誤解してくれた。そして結果的に俺は、きみを取り戻すことができた」
だとしたら、すべてはやはり運命だったのだろうか。
どんな制約を強いても、相対する立場として生まれても、結局はこうして結ばれた。
そして、ふたりで力を使わなければ乗り越えられない状況におかれてしまった。
「……どうすれば私に元のような力が戻るのですか? お願いです、あなたを救わせてください」
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