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第5話 出会い
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1
その朝、エレナは自分が人間でないことを再確認した。
シンジケート『AION』の本部タワー、最上層に与えられた個室。
豪奢なキングサイズのベッドで目を覚ましたエレナは、空腹を感じていなかった。喉の渇きもない。寝汗をかくことも、寝癖がつくこともない。
ただ、視界の片隅に**『エネルギー残量:92%』**というステータスが、緑色の文字で淡々と表示されているだけだ。
「おはようございます、マスター」
脳内でアイギスの声が響く。同時に、サイドテーブルのホログラムプロジェクターが起動し、可愛らしいフクロウのマスコットが空中に投影された。
「睡眠モード中のメモリ整理、完了しました。精神ストレス値は正常範囲内ですが、海馬(記憶領域)に若干のノイズが残っています。……夢を見ましたか?」
「……ええ。悪い夢」
エレナは無表情で起き上がった。
夢の内容は覚えていない。ただ、炎の熱さと、誰かの叫び声だけが残響のように焼き付いている。
「朝食を用意しました。高純度エネルギーゲルです」
アイギスが指し示した先には、銀色のチューブが置かれていた。
エレナはそれを手に取り、蓋を開けて口に含んだ。
冷たく、粘り気のあるゲル。味はしない。強いて言えば、静電気を舐めたような痺れが舌に残るだけだ。
(……味気ない)
かつて、カイトが作ってくれた焦げたオムライスの味を思い出そうとした。
けれど、記憶データとしては再生できても、唾液が分泌されるあの感覚、胃袋が満たされる幸福感はもう戻らない。
この体は、ただ効率的に戦闘を継続するためだけに作られている。
「栄養効率は以前の食事の4000倍です。わずか100グラムで、72時間の戦闘行動が可能です」
「そうね。今の私にはお似合いね」
エレナは半分ほど残ったチューブを置き、鏡を見た。
深紅の義眼。透き通るような白い肌。
そこには、人間離れした美貌を持つ怪物が映っていた。
2
午前中は、地下訓練施設での戦闘シミュレーションだった。
仮想空間(VR)の中で、次々と襲い来るテロリストの群れ。
「――終了(フィニッシュ)。タイム、0.48秒更新」
エレナが着地すると、周囲に散らばっていたホログラムの死体がノイズとなって消滅した。
汗一つかいていない。息も乱れていない。
「素晴らしい動きだ」
強化ガラス越しに、ヴィンセントが拍手を送っていた。
「迷いがない。最小の動きで、最大の破壊を生み出している。……君は生まれついての殺し屋(キラー)かもしれないな」
エレナは彼を睨みつけた。
「勘違いしないで。これは、あなたを殺すための練習」
「ハハハ!その意気だ。私を殺したければ、もっと強く、もっと冷酷になりたまえ」
午後、ヴィンセントの執務室は、まるで神殿のようだった。
彼は窓の外に広がる摩天楼を見下ろしながら、エレナを迎えた。
「気分はどうだい?私の最高傑作」
「最高。世界中を壊せそうなくらいに」
エレナは感情を押し殺して答える。ヴィンセントは満足げに頷き、窓の外を指差した。 そこには、ヘリポートに停泊する流線型の黒い機体が浮かんでいた。
「初仕事の前に、プレゼントだ。あれが君の翼、**多目的母艦『アーク』**だ。君の思考と直結し、あらゆる兵装への変形(トランスフォーム)と支援攻撃を可能にする」
「アーク……方舟?」
「そう。選ばれた者だけを乗せて未来へ運ぶ船だ。君に相応しいだろう?」
エレナは無表情でその機体を見つめた。
美しい流線型。だが、それは多くの人の血税と、違法な技術で造られた悪魔の兵器。
その翼が、いつか飼い主に牙を剥くための武器になるとも知らずに。
ヴィンセントは微笑み、地図に赤いマーカーを表示した。
「最初の目的地だ。『BEHEMOTH(ベヒモス)』の資金源、違法薬物『デッド・エンド』の製造プラントを叩いてくれ」
「全員殺せばいいの?」
「任せるよ。美しく踊ってくれればね」
3
スラム街の夜は、ネオンと酸性雨の匂いが充満していた。
地下プラントへの侵入は容易だった。エレナは銀色の髪をなびかせ、闇夜に降り立つ。
「敵襲!なんだこの女、サイボーグか!?」
「関節に継ぎ目がない!?AIONのフラッグシップか!?」
重武装したBEHEMOTHの傭兵たちが一斉射撃を開始する。
エレナは歩みを止めない。
弾丸が頬をかすめる0.5秒前、彼女は首を数センチ傾けるだけでそれを回避する。
《クオリア・ブースト》。
「アイギス、お掃除して」
『了解(ラジャー)。自律機動兵器ファントム、展開』
背後から射出されたドローンが、傭兵たちの銃火器だけを正確に焼き切っていく。 阿鼻叫喚の地獄絵図。だが、エレナは誰も殺さなかった。
武器を失い、腰を抜かして震える傭兵の一人が、エレナを見上げて命乞いをする。
「た、助けてくれ……俺はただのバイトで……」
エレナの脳裏に、カイトの最期がよぎった。
復讐のために心を捨てたはずだった。なのに、指が動かない。
『マスター、抹殺を推奨。目撃者はリスクです』
「……いい。戦闘不能なら放っておいて」
エレナは傭兵を跨いで奥へ進む。
まだ、完全な機械にはなりきれない自分がいた。
4
プラントの最深部。巨大なタンクが並ぶ広場に出た時、空気が変わった。
甘い、お菓子のような匂い。そして、場違いなほど明るい少女の声が響いた。
「あー!見つけた!あなたがヴィンセントおじさまの新しいお人形?」
タンクの上から飛び降りてきたのは、ダボっとしたオーバーサイズの猫耳パーカーを着た少女だった。
口にはキャンディ。
だが、その華奢な腕には、不釣り合いなほど巨大なガトリングガンが接続されていた。
BEHEMOTHの特攻兵器、ミウ。
「……子供?」
「ミウだよ!ねえお姉ちゃん、綺麗だね。壊したらどんな音がするのかな?キュって鳴く?」
ミウが無邪気に笑い、キャンディを噛み砕きながら引き金を引く。
轟音と共に、毎分6000発の鉛の嵐がエレナを襲う。
エレナは《クオリア・ブースト》で弾道を予測し、紙一重で回避しながら肉薄する。
(速い……でも、動きが単調!)
懐に入った。勝てる。そう確信した瞬間、ミウがニヤリと笑った。
「えいっ♪」
世界から音が消えた。
いや、エレナとドローンを繋ぐ、ジャミングを受け付けないはずの特殊通信波が、完全に遮断されたのだ。
ミウの能力**《ヴォイド・リンク(量子断絶)》**。
制御を失ったドローンたちが、ボトボトと床に落下する。
「あれー?羽が折れちゃったね。じゃあ、ミウが手足をもらっちゃお!」
ミウの義手が変形し、高速回転するチェーンソーが唸りを上げる。エレナはバランスを崩していた。
回避が間に合わない――。
5
その時、プラントの天井が爆破され、瓦礫と共に降ってきた黒い影が二人の間に割って入った。
「犯罪組織同士の潰し合いか?手間が省けたな!」
男の声と共に、閃光のような蹴りがミウのガトリングガンを弾き飛ばした。
現れたのは、レザージャケットを着た男――国家公安局の刑事ロイだ。
第1世代特有の剥き出しの機械腕が、蒸気を上げて唸っている。
「痛ったぁ……!なにアイツ、速い!」
ミウが距離を取る。ロイは思考するよりも速く、脊髄反射だけで動いていた。
《シナプス・オーバードライブ(限界反応)》。
単純な近接速度なら、エレナすら凌駕する。
「クソガキが物騒なオモチャ振り回してんじゃねえぞ。補導の時間だ」
「べー!可愛くないおじさんは嫌い!バイバイ!」
分が悪いと見たミウは、煙幕弾をばら撒き、通気ダクトへと姿を消した。
残されたのは、エレナとロイ。
ロイはゆっくりと振り返り、銃口をエレナに向けた。
「さて……。お前も見ない顔だな。AIONの新型か?」
一触即発の空気。
エレナのシステムはドローン制御の復旧中で、即応できない。
だがその時、爆破された天井の支柱が崩れ、巨大な鉄骨が落下してきた。
その真下には、逃げ遅れた先ほどの傭兵(バイトの青年)がうずくまっていた。
「あっ……」
ロイが反応するより早く、エレナは動いていた。
思考ではない。理屈でもない。かつてカイトが自分を守ってくれたように、体が勝手に動いた。
ズドン!
轟音と土煙。
ロイは目を見開いた。
鉄骨の下で、銀髪のサイボーグが背中で瓦礫を受け止め、傭兵を庇っていたからだ。
エレナの肩の装甲が割れ、白い人工血液が滲む。
「……おい。お前……」
ロイが銃を下ろす。信じられないものを見る目だった。
エレナは傭兵を逃がすと、痛む肩を押さえてロイを一瞥した。
「……勘違いしないで。計算ミスなの」
『ドローン制御復旧。撤退ルート検索完了』
アイギスの報告と共に、エレナは煙幕の中へ飛び込み、その場を離脱した。
残されたロイは、瓦礫の山を見つめながら煙草を取り出した。
「人殺しの兵器が、人を助けたってのか……?いったい何者なんだ、アンタ……」
AION本部への帰還後。
ヴィンセントは、傷ついたエレナのボディデータを見ながら、優雅に紅茶を飲んでいた。
「ミウにしてやられたようだね。それに……『計算ミス』で敵を見逃したという報告もある」
ヴィンセントの視線が、エレナを射抜く。
「甘いな。だが、その甘さが君という個体の『ゆらぎ』を生み、予測能力を進化させているのも事実だ」
彼は怒らなかった。むしろ、予測不可能な成長を楽しむかのように微笑んだ。 エレナは自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。 修復ナノマシンが肩の傷を塞いでいく。痛みは消える。けれど、心の軋みは消えない。
――お姉ちゃん、壊したらどんな音がするの?
ミウの無邪気な笑顔が焼き付いている。あの子もまた、この狂った世界が生んだ被害者なのだろうか。
そして、あの刑事、ロイ。
エレナは胸元のロケットペンダントを強く握りしめた。
「私は、人間でいたい……」
誰もいない部屋で、鋼鉄の少女の呟きが虚しく響いた。
その朝、エレナは自分が人間でないことを再確認した。
シンジケート『AION』の本部タワー、最上層に与えられた個室。
豪奢なキングサイズのベッドで目を覚ましたエレナは、空腹を感じていなかった。喉の渇きもない。寝汗をかくことも、寝癖がつくこともない。
ただ、視界の片隅に**『エネルギー残量:92%』**というステータスが、緑色の文字で淡々と表示されているだけだ。
「おはようございます、マスター」
脳内でアイギスの声が響く。同時に、サイドテーブルのホログラムプロジェクターが起動し、可愛らしいフクロウのマスコットが空中に投影された。
「睡眠モード中のメモリ整理、完了しました。精神ストレス値は正常範囲内ですが、海馬(記憶領域)に若干のノイズが残っています。……夢を見ましたか?」
「……ええ。悪い夢」
エレナは無表情で起き上がった。
夢の内容は覚えていない。ただ、炎の熱さと、誰かの叫び声だけが残響のように焼き付いている。
「朝食を用意しました。高純度エネルギーゲルです」
アイギスが指し示した先には、銀色のチューブが置かれていた。
エレナはそれを手に取り、蓋を開けて口に含んだ。
冷たく、粘り気のあるゲル。味はしない。強いて言えば、静電気を舐めたような痺れが舌に残るだけだ。
(……味気ない)
かつて、カイトが作ってくれた焦げたオムライスの味を思い出そうとした。
けれど、記憶データとしては再生できても、唾液が分泌されるあの感覚、胃袋が満たされる幸福感はもう戻らない。
この体は、ただ効率的に戦闘を継続するためだけに作られている。
「栄養効率は以前の食事の4000倍です。わずか100グラムで、72時間の戦闘行動が可能です」
「そうね。今の私にはお似合いね」
エレナは半分ほど残ったチューブを置き、鏡を見た。
深紅の義眼。透き通るような白い肌。
そこには、人間離れした美貌を持つ怪物が映っていた。
2
午前中は、地下訓練施設での戦闘シミュレーションだった。
仮想空間(VR)の中で、次々と襲い来るテロリストの群れ。
「――終了(フィニッシュ)。タイム、0.48秒更新」
エレナが着地すると、周囲に散らばっていたホログラムの死体がノイズとなって消滅した。
汗一つかいていない。息も乱れていない。
「素晴らしい動きだ」
強化ガラス越しに、ヴィンセントが拍手を送っていた。
「迷いがない。最小の動きで、最大の破壊を生み出している。……君は生まれついての殺し屋(キラー)かもしれないな」
エレナは彼を睨みつけた。
「勘違いしないで。これは、あなたを殺すための練習」
「ハハハ!その意気だ。私を殺したければ、もっと強く、もっと冷酷になりたまえ」
午後、ヴィンセントの執務室は、まるで神殿のようだった。
彼は窓の外に広がる摩天楼を見下ろしながら、エレナを迎えた。
「気分はどうだい?私の最高傑作」
「最高。世界中を壊せそうなくらいに」
エレナは感情を押し殺して答える。ヴィンセントは満足げに頷き、窓の外を指差した。 そこには、ヘリポートに停泊する流線型の黒い機体が浮かんでいた。
「初仕事の前に、プレゼントだ。あれが君の翼、**多目的母艦『アーク』**だ。君の思考と直結し、あらゆる兵装への変形(トランスフォーム)と支援攻撃を可能にする」
「アーク……方舟?」
「そう。選ばれた者だけを乗せて未来へ運ぶ船だ。君に相応しいだろう?」
エレナは無表情でその機体を見つめた。
美しい流線型。だが、それは多くの人の血税と、違法な技術で造られた悪魔の兵器。
その翼が、いつか飼い主に牙を剥くための武器になるとも知らずに。
ヴィンセントは微笑み、地図に赤いマーカーを表示した。
「最初の目的地だ。『BEHEMOTH(ベヒモス)』の資金源、違法薬物『デッド・エンド』の製造プラントを叩いてくれ」
「全員殺せばいいの?」
「任せるよ。美しく踊ってくれればね」
3
スラム街の夜は、ネオンと酸性雨の匂いが充満していた。
地下プラントへの侵入は容易だった。エレナは銀色の髪をなびかせ、闇夜に降り立つ。
「敵襲!なんだこの女、サイボーグか!?」
「関節に継ぎ目がない!?AIONのフラッグシップか!?」
重武装したBEHEMOTHの傭兵たちが一斉射撃を開始する。
エレナは歩みを止めない。
弾丸が頬をかすめる0.5秒前、彼女は首を数センチ傾けるだけでそれを回避する。
《クオリア・ブースト》。
「アイギス、お掃除して」
『了解(ラジャー)。自律機動兵器ファントム、展開』
背後から射出されたドローンが、傭兵たちの銃火器だけを正確に焼き切っていく。 阿鼻叫喚の地獄絵図。だが、エレナは誰も殺さなかった。
武器を失い、腰を抜かして震える傭兵の一人が、エレナを見上げて命乞いをする。
「た、助けてくれ……俺はただのバイトで……」
エレナの脳裏に、カイトの最期がよぎった。
復讐のために心を捨てたはずだった。なのに、指が動かない。
『マスター、抹殺を推奨。目撃者はリスクです』
「……いい。戦闘不能なら放っておいて」
エレナは傭兵を跨いで奥へ進む。
まだ、完全な機械にはなりきれない自分がいた。
4
プラントの最深部。巨大なタンクが並ぶ広場に出た時、空気が変わった。
甘い、お菓子のような匂い。そして、場違いなほど明るい少女の声が響いた。
「あー!見つけた!あなたがヴィンセントおじさまの新しいお人形?」
タンクの上から飛び降りてきたのは、ダボっとしたオーバーサイズの猫耳パーカーを着た少女だった。
口にはキャンディ。
だが、その華奢な腕には、不釣り合いなほど巨大なガトリングガンが接続されていた。
BEHEMOTHの特攻兵器、ミウ。
「……子供?」
「ミウだよ!ねえお姉ちゃん、綺麗だね。壊したらどんな音がするのかな?キュって鳴く?」
ミウが無邪気に笑い、キャンディを噛み砕きながら引き金を引く。
轟音と共に、毎分6000発の鉛の嵐がエレナを襲う。
エレナは《クオリア・ブースト》で弾道を予測し、紙一重で回避しながら肉薄する。
(速い……でも、動きが単調!)
懐に入った。勝てる。そう確信した瞬間、ミウがニヤリと笑った。
「えいっ♪」
世界から音が消えた。
いや、エレナとドローンを繋ぐ、ジャミングを受け付けないはずの特殊通信波が、完全に遮断されたのだ。
ミウの能力**《ヴォイド・リンク(量子断絶)》**。
制御を失ったドローンたちが、ボトボトと床に落下する。
「あれー?羽が折れちゃったね。じゃあ、ミウが手足をもらっちゃお!」
ミウの義手が変形し、高速回転するチェーンソーが唸りを上げる。エレナはバランスを崩していた。
回避が間に合わない――。
5
その時、プラントの天井が爆破され、瓦礫と共に降ってきた黒い影が二人の間に割って入った。
「犯罪組織同士の潰し合いか?手間が省けたな!」
男の声と共に、閃光のような蹴りがミウのガトリングガンを弾き飛ばした。
現れたのは、レザージャケットを着た男――国家公安局の刑事ロイだ。
第1世代特有の剥き出しの機械腕が、蒸気を上げて唸っている。
「痛ったぁ……!なにアイツ、速い!」
ミウが距離を取る。ロイは思考するよりも速く、脊髄反射だけで動いていた。
《シナプス・オーバードライブ(限界反応)》。
単純な近接速度なら、エレナすら凌駕する。
「クソガキが物騒なオモチャ振り回してんじゃねえぞ。補導の時間だ」
「べー!可愛くないおじさんは嫌い!バイバイ!」
分が悪いと見たミウは、煙幕弾をばら撒き、通気ダクトへと姿を消した。
残されたのは、エレナとロイ。
ロイはゆっくりと振り返り、銃口をエレナに向けた。
「さて……。お前も見ない顔だな。AIONの新型か?」
一触即発の空気。
エレナのシステムはドローン制御の復旧中で、即応できない。
だがその時、爆破された天井の支柱が崩れ、巨大な鉄骨が落下してきた。
その真下には、逃げ遅れた先ほどの傭兵(バイトの青年)がうずくまっていた。
「あっ……」
ロイが反応するより早く、エレナは動いていた。
思考ではない。理屈でもない。かつてカイトが自分を守ってくれたように、体が勝手に動いた。
ズドン!
轟音と土煙。
ロイは目を見開いた。
鉄骨の下で、銀髪のサイボーグが背中で瓦礫を受け止め、傭兵を庇っていたからだ。
エレナの肩の装甲が割れ、白い人工血液が滲む。
「……おい。お前……」
ロイが銃を下ろす。信じられないものを見る目だった。
エレナは傭兵を逃がすと、痛む肩を押さえてロイを一瞥した。
「……勘違いしないで。計算ミスなの」
『ドローン制御復旧。撤退ルート検索完了』
アイギスの報告と共に、エレナは煙幕の中へ飛び込み、その場を離脱した。
残されたロイは、瓦礫の山を見つめながら煙草を取り出した。
「人殺しの兵器が、人を助けたってのか……?いったい何者なんだ、アンタ……」
AION本部への帰還後。
ヴィンセントは、傷ついたエレナのボディデータを見ながら、優雅に紅茶を飲んでいた。
「ミウにしてやられたようだね。それに……『計算ミス』で敵を見逃したという報告もある」
ヴィンセントの視線が、エレナを射抜く。
「甘いな。だが、その甘さが君という個体の『ゆらぎ』を生み、予測能力を進化させているのも事実だ」
彼は怒らなかった。むしろ、予測不可能な成長を楽しむかのように微笑んだ。 エレナは自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。 修復ナノマシンが肩の傷を塞いでいく。痛みは消える。けれど、心の軋みは消えない。
――お姉ちゃん、壊したらどんな音がするの?
ミウの無邪気な笑顔が焼き付いている。あの子もまた、この狂った世界が生んだ被害者なのだろうか。
そして、あの刑事、ロイ。
エレナは胸元のロケットペンダントを強く握りしめた。
「私は、人間でいたい……」
誰もいない部屋で、鋼鉄の少女の呟きが虚しく響いた。
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