僕しかいない。

紺色橙

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2 ヘッドショットスナイパー

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-2- 藍染

 湿度の高さに帰るなり冷房とパソコンを起動する。部屋が冷えるまでに風呂に入った。暑くてドライヤーもやりたくない。極力タオルで乾かす。
 キーボードをモニターの方に追いやって、空いたデスクの隙間で買ってきたご飯を食べる。
 ボイスチャット(VC)に入りつつ、先に遊んでいる友人を観戦した。
『またお前か!』
 VCにインした通知は行っているのだろう。死んだ彼は自分を殺した敵を確認しつつ叫んでいた。
 様々な特色あるスキルを持ったキャラクターから好きなのを選んで戦うバトルロイヤルゲーム。課金はアバターだけのこのゲームで彼は狙撃されていた。
 あまりにも同じ人に同じ形で殺されるので、もう最近ではそのアカウントのSNSを特定し、同じ時間にログインしてやり返そうとまでしている。その人のSNSを毎日覗いている彼に「お前それネットストーカーっていうんだよ」と笑いつつ忠告しているが、逆に遊んでもらっているから大丈夫だろうか。
『おい、組んでやろーぜ』
「5分待て」
 死んだ彼は相手のスナを観戦していたが、その人も戦闘範囲の縮小により負けてしまった。
 あの人には俺も結構殺されているけど、まさに狙撃専門って感じで近接戦になると弱い。遠距離ヘッドショットは見事に決めてくるんだけどな。
 パソコンデスクの上を片付け飲み物をとってくる。ずりずりキーボードを手元に戻し、水色の目立つヘッドセットを付けた。
『クー、まだインしてるから誘えば?』
 一チーム三人のチーム戦。どうせ二人で組むのなら、二人でやるでもあと一人野良をマッチさせるのでもいいが、フレンドを誘うのもいいだろう。
「やってみる」
 Quuuu(クー)という例のアカウント、俺はフレンドになっている。殺された時に申請を飛ばしたらなってくれた。
「よろしく」
 アイコンが表示されたのを確認してからチームを組む画面で声の挨拶を交わす。この人がVCを繋いだことはないが、誘えば聞き専で合わせてくれる。
 友人はまだプライドが邪魔をしてフレンドになっていないらしいが、クーさんがインしてると誘えと言ってくる。さっさと自分がフレンドになればいい。そうしたら俺がいない時でもできるのにな。
『ガサッ……ゴッ』
 ノイズが走る。
「八重垣ノイズ」
『俺じゃない。クーのマイクがついてる』
 お?
 今までは付いたことのないマイクをONにしているマーク。
『てすてす。聞こえる?』
 聞こえてきたのは小さな女性の声。
「声遠い。音上げるか位置ずらせる?」
 八重垣は声が聞こえた瞬間にミュートにしていた。多分女かよってリアルで叫んでる。
『あーあー。マイクのテスト中。マイクのテスト中。応答セヨー』
「そんくらいでいい」
『買ってきてからテストしたんだけど自分じゃわかんないね』
 コードとおそらく服が擦れる音がして、その後はクリアに声が聞こえるようになった。
「んじゃとりあえずやろう」
 準備にチェックをつける。気が済んだのか八重垣も戻ってきた。
 勝手にしていた想像の人物と違うと、最初はちょっと衝撃が走る。やることに変わりはないけども。
 ただ八重垣はどうだろうな。あいつは本当に最近クーさんの話ばっかりだったから、なんだか面白いことになりそうな予感がした。


 いつもより一時間位長く遊んでログアウトする。すぐにゲーム外のVCソフトから呼び出しが来た。笑ってしまう。だろうなとは思ったよ。
『クー女じゃん!!』
「女でも男でもいいじゃん」
『いいけど!?』
 混乱が窺える。
「SNS見てたんじゃねーの? そんな感じしなかった?」
『しなかった、と思う、ような』
 女アイドルの話とかめっちゃしてたしチェキも自分ごとあげてたけど全身隠れてたから……とブツブツ思い出している。
 混乱して頭が回っていない友人は、嫌いつつも憧れてネットストーカーしていたクーが女だったことで戸惑いがあるのだろう。
 SNSを特定し覗き始めたのは最初完全に馬鹿にするためというか、下に見る要素を探すためだった。「絶対童貞だ」とか言ってたからな。
 それが相手してもらって一緒に遊べるようになって、本人的には嫌ってたのが一気に好きに偏って、という段階で女だと判明した。
 ああ面白い。絶対面白い。今後は積極的にクーさんを誘おうと心に決める。
「今度フレ飛ばしとけよ。なんだったらほら、こっちの方でもさ。そしたら他のでもできるから」
『いや、だって、』
「せっかくマイク買ってきてくれたんだし」
『そーだけど』
「恋愛相談承りまーす」
『うるせぇちげぇわ!!』
 わかり易すぎてマイクも離さずに爆笑してしまう。
 中高時代から付き合いのある八重垣。今は混乱しているけど、基本的には冷静なやつだ。だからゲーム内の不利な状況でも俺と違いうまいことやってる。本人が考えすぐにでも答えを出してくるだろう。
 アカウント名とキャラアバターからSNS探しだして毎日見てる相手が、自分以外の奴がクソレスするのを見たら怒っていた相手が、女だってだけでここまで動揺するなんて"好き"以外の何があるよ。おっぱいは正義と謳うアイツにはそれこそ、クーさんが女性なことで現実味が増したはず。

『お前はどうなんだよ』
「俺? ……あー、今日かっこいい人に会ったよ」
 聞かれたのは恋愛という点に於いてだが、毎日のように顔を合わせ話す人間だ。そんな気配がないことくらいは知られている。
「背が高くて、羨ましくなるくらい佇まいがかっこいいの。かっこいいですねって褒めたら、ありがとうございますって普通に言われてさー。慣れてんだろうな」
『ふーん?』
 思い出すのは朝の光景。
 対面せずに見てるだけなら、いくらでも見てられるんだけどな、ああいう人は。
「髪型いいなって思ってさー、真似しようかなーって思った」
『男?』
「そう」
 俺は男女問わずかっこいい人に目が行くから、必然褒め言葉もかっこいいが増える。
『バイト先で会ったんか』
「そーだよ」
『珍しいじゃん』
 珍しい? かっこいいの相手が男か女かわからない程度にはどちらにも言ってるのに?
『だってお前、そーいう人見ても声かけたりしないから』
 それは、そうだ。でも今日はいつもと違って街なかで見た人に声をかけたわけではない。暇潰しの話相手をしていただけ。
 今日の俺はかっこ悪かった。思い出して机に突っ伏す。いつもかっこよくはないけどさ、会話だってお茶だってもっとどうにかできたはず。いや、普通なら別にどうでもいいんだよ。あの人達ももう来ないだろうからただの客と同じと思えばいい。
 ただ、社交辞令にちょっと喜んでしまった自分がいて、それが自身のかっこ悪さを際立たせている気がする。
「そろそろ寝る」
『あいよ』

 ブツリと音が絶ち消え、突然現実に戻される。ヘッドセットを外しモニターの横に置いた。
 テンションと共に上がっていた体温が冷房で冷めるのに期待する。
 水を少し飲んで歯を磨きつつ、確か前に教えてもらったなとクーさんのSNSを見る。
 そのほぼゲーム専用アカウントの最新はヘッドセットの写真だった。そのまま遡れば八重垣の言っていた通りたまに可愛いアイドル達についての呟きが並ぶ。途中途中甘いものを積極的に摂取している様とそれに伴う体重増加が報告されていた。大丈夫かあの人。
 ざっと見た限り女性だと明記されてはいない。ただ男だとも書かれていない。確かにFPSプレイヤーは男のほうが多いかも知れないが、マッチする野良にもVC繋いでくれる女性は少なくはなかったし……。
 それよりヘッドショットスナイパーでどうやらストレス発散しているらしく、それの方が衝撃だった。勝つというよりも当たったとわかりやすいのが良いらしい。そこで発散されるんだって面白かったし、俺の飛ばされた頭が有用だったら良いけどとも思った。
 やっぱり八重垣があそこまで混乱をきたしてるのは負けまくってるプライドに邪魔された恋心だろうなと勝手に結論づける。それのほうが面白いからそう考える。
 歯磨きを終え、パソコンの排熱で部屋が熱くなってしまうのを恐れ電源を落とした。

 腹だけにガーゼケットを掛けて目を閉じる。
 寝る時は考え事を箱や棚にしまうイメージをしろとよくいわれるが、朝の映像が浮かんでしまう。
 紅茶のフォローを入れられる前に、冷たいのを新しく淹れ直せばよかったな。
 そうしたら席を離れられたし、あの人にかっこいいだの面と向かってほざかなくて済んだはず。それを言わなければ、あの人が社交辞令を吐く必要もなかった。
 うーん結構前からミスってるな。

 左手で前髪の青に触れる。
 あの人の髪型真似するなら、今の刈り上げられてるとこを伸ばさないといけない。反対側に流してる髪がそこそこ長いから隠しつつ伸ばせるだろうか。伸ばすんだったらそもそも選択肢はないんだけど、夏に帽子かぶりまくってるのもうざいしなぁ。
 伸ばすなら全体的に明るくしよう。あの人の柔らかそうな髪ならいいけど俺の真っ黒だと重くなる。
 やってみたかった灰色にしようか。色に関しては美容師さんに相談だ。いつも上手いことやってくれるから、相談すればどうにかなるはず。無理そうでも他の色で良さそうな提案があるかも知れないし。
 具体的な色味が頭の中で固定されないまま眠りについた。
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