僕しかいない。

紺色橙

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4 空っぽ

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-4- ムラサキ

 店を出てすぐに現在地を確認し、努さんにちゃんとした住所を聞く。
 営業日は確定ではなく、さらには営業時間も確定じゃないらしい。
 僕はいつやってるかもわからないお店に、いつ居るかもわからない彼を探しに来ないといけないわけだ。
 完全に運だな。


***


 一人での、三度目の訪問。
 残念ながら僕は神様には愛されていないようで、藍染さんに会うことができていない。
 一度目は店はやっていたけど彼がおらず、二度目は客が追い出されるように出てきてCLOSEDのプレートがかけられるのを見た。そして三度目の今日は、そもそも店がやっていない。
 家から遠くないことだけが幸いだが、彼に会えないだけじゃなく店に入れないのが連続するとは思わなかった。
 本当にこんなに不定休だなんて。休みが決まっていないというよりやっている日が決まってない。
 数度行くことで馴染み、撮影の時には居なかった店主に藍染さんのことを聞いてみるという計画も全く進まない。
 一度目の店がやっている時に藍染さん狙いじゃなくて店主を捕まえてしまえばよかったな。初見の人間に身内の話を易々としてもらえるかはわからないけども。
 どうしようもないので再び駅に戻る。
 撮影の時に店主でなく藍染さんが居たのは、店主が高齢で長時間拘束の対応をしたくないからだろう。店には常連客ばかりのようだし、通常時ならいつでも閉められる事が前提だとするならば。



 提案をする。
 一回で会えればよかったのだけど会えなかったものだから、意地になっている気がした。
「努さん。次撮影あるなら、前回と同じ喫茶店が良いです」
これなら藍染さんが居る確率は高くなる。前回と同じ条件。
「いいよー。次は夜なんてどうかな。いけるかわかんないけどねー」
 努さんの事務所兼自宅に入り顔を合わせるなり言った。
「なかなか店がやってなくて、予約入れれば会えるかなと」
 レトロな内装を思い出しているんだろう努さんに、人目当てだと伝える。
「行ったの?」
「行った」
 ほお、と努さんの丸い目が更に丸くなる。
「でもすぐじゃないよ。撮影するとしても……二ヶ月は先になるなぁ」
「わかりました」
「彼が居るかもわからないけど、一応言ってみるね」
 待っていれば会えるのならそれでいい。もしこれで彼がバイトを辞めていたらどうしようもないけれど。
 こればっかりは彼の予定もあるだろうし、僕のただの興味本位では縛れない。

 頼み事は終わったのであとはいつもどおりだ。
 webSHOP用の撮影や、販売品の検品梱包。
 努さんに何を食べたいか聞かれ「何でも良い」というのは困らせるから近くにある店を適当に答える。前回はあれを食べたから今回はこれにする、というように順に店を上げているだけ。
 アレルギーはないし、好き嫌いもない。
 食べられればいいとまで投げ捨てたりはしないけども、興味の無さで言えば近いものはあった。

 努さんとは何年の付き合いになるだろうか。
 この人は基本的には服にしか興味がない。すぐに熱中して世界に籠ってしまうが、そうすれば僕のこともその世界から追いやられるので気楽ではあった。
 何かを愛し熱中する人を羨ましく思う。上がりきったテンションの話を聞くのはとても楽しい。ああ良いものなんだなって、僕に感じられなくても認識することができるから。
 友人たちの趣味の話を聞き、本や音楽・模型・アニメ・映画。受け取れるだけ受け取って、その中から僕にも嵌まれそうなものを探す。
 モデルを受けたのも、この人の熱の中に入り込めば自分も熱に浮かされることができるんじゃないかと思ったからだ。聞くだけでなくその中に入ってしまえば絶対的に逃れられない影響をきっと受けられると。
 残念ながら、そうはなっていないけど。
 自分の中で完結してくれるなら良い。僕も楽しんで聞ける。
 だけどたまに僕にお返しのごとく聞いてくる人がいる。未だに熱中できる程の好きを見つけられていない僕には、それがひどく面倒だった。
 何もないつまらない人間だというのは自分でもわかっていたし、話を聞くのは楽しいのに「じゃあどうせわからないだろう」と思われるのは何とも虚しかった。
 だから努さんの熱に取り込まれなくても、ほうっておいてくれるここは楽だった。
 僕を使ってくれて、お金ももらえて、そしてほっといてくれる。ジリジリと近くで放たれる熱に焼かれる分、ちゃんと空っぽの自分になれる気がした。

 喫茶店で出された青いカップ。彼はあれを好きで、あれに魅力を感じていて、そしてそれを僕にくれた。
 ただの物として。
 たまたま髪色とリンクしていなければ僕があれを問うことはなく、彼が些細な興味と好意を僕に与えてくれたことを知ることもできなかった。
 あれに関しては運が良かったな。
 見た目はデコボコと歪だけれど、指を通し手のひらで包めばよく馴染んだ。注がれた紅茶は綺麗に光を反射して、爽やかな匂いを漂わせた。
 冷房に冷やされた空気でも着替えで滲み上がる体温でもない、特有の熱。分厚い陶器は決して僕を刺さない。
 彼が思う『似合う』は何だったのだろう。あれが『似合う』ままでいれば、僕のことも一緒くたに好ましく思ってくれるだろうか。
 手に馴染んだあの優しいカップは、つまらない僕よりも彼そのものな気がした。
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