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5 好きという名のこだわりを
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-5- 藍染
あれから毎日のようにクーさんを誘ってゲームをして、二ヶ月経った。
VCを繋いでくれてからひと月後。ようやく、本当にようやく八重垣は彼女にフレンドを飛ばした。
新しいゲームでチュートリアルを終わらせた段階でフレンドをいつものように飛ばし、その時にクーさんともフレンドになった。そして、「そういえばいつものゲームではフレンドをまだしていなかったね」となったわけだ。
VCでそんな事を言う八重垣のわざとらしさに笑いそうになった。
クーさんはそれに対しいつも八重垣ではなく俺から誘われているから気にしてなかったという。
かくして八重垣はどうにか一歩進んだわけだ。
外部VCだって既に繋いでいるのに、きっかけとなったゲームが最終ラインとして残っていたのは面白い。
ラインを超えてしまってからは肩の荷が下りたかのように八重垣は彼女に優しくなった。
優しいというのも違うかな。
積極的になった?
クーさんが不透明な頃は俺に対し「あいつお菓子ばっか食ってるから太るんだ」とか言ってたのに、今では美味しいと噂のお菓子を自分で食べて勧めたり、書かれていたアイドルの話題を気にしたりと彼女が好きなものを拾おうとしている。
チームを組むのだって俺より早くやるし、ログアウトの時に毎度丁寧に「おやすみ」と声をかける。
友人のそんな様は面白くて、笑えて、ちょっとむず痒くて、なんだか嬉しかった。
「こいつ良いやつなんだよ。オススメだよ」って言う代わりに、ソロで違うゲームをやる時間を増やした。
昔やっていた今は過疎のMMOを再びやって、一切並び立っていない過去のプレイヤー露店跡地に諸行無常を感じたり、70%オフでワンコイン以下になっている横スクシューティングで向いてなさを再確認したり。
一切八重垣たちとやっていないわけではない。ただ三人の時間を減らして二人が――八重垣がなるべく話せるようにと思っているだけ。
たまに八重垣が遅れる時、クーさんにこっそりどのくらい仲良くなったのか進展を窺ったりもした。
***
あの喫茶店貸切から約三ヶ月。
日々をそれなりに楽しく過ごしていた折またバイトを頼まれた。今度は夕方から夜らしい。とっとと飯を食い風呂に入り寝てしまうじいさん的にはありえない時間なので、やはり今回も俺が立ち会うことになった。この喫茶店の通常閉店時間は16時なのだ。
いつもの営業時間を超え、物珍しさに先程まで居た常連客のカップを洗いつつ、時計の針の音を聞く。カチコチカチコチ。軽い音。
いつも掛けているラジオも店じまいと共に癖で消してしまった。
夕方が鳴っている。それを聞けば夕焼けが浮かびカラスの幻聴が聞こえる帰りの放送、まさに帰宅時間の子どもたちの話声、買い物帰りの忙しない無言の雑踏。
傾いた陽はステンドグラスをくぐり抜け真横から店内を照らし影を濃くする。
ああ眩しい。冷房をつけていても暑いほどだ。
夏も終わったというのに、今日はまた随分と暑い日だった。
――チリン。
見覚えのある光景が再び繰り返される。かさばる荷物と猫背。逆光になって男の眼鏡がひかり、顔はよく見えないが。
「どうも。また今日も店主は家です」
「ああどうもどうも篠原です。藍染くんが居てくれて有り難いですよ」
もじゃもじゃ髭がなくなったら多分俺はこの人に気づかない。
その人は三ヶ月以上も前に一度ここであったきりのバイトの名前を覚えていた。
篠原さんは前回と同じところに荷物を置き、前回と同じようにアイロンを出し、前回と同じようにムラサキに小声で指示を出す。ムラサキもまた、同じように決まった流れがあるのか服を着て、おとなしく整えられ、そしてその背筋を伸ばした。
やはり、様になる。あの猫背がなくなるだけでこんなにも。
性別関係なくかっこいいものには魅了される。
何度も繰り返される着替えと移動に、クーラーの設定を1度下げた。
「あ、すみません、水を貰えますか? できれば氷を入れて」
撮影のために手にしていたスマホを下げた篠原さんに頼まれる。
「氷入りの水? お茶とかじゃなく?」
「あー、水が良いんです。硬い感じが絵的にあるといいかなって」
「ふぅん」
用意するのは簡単だ。
無個性な透明のグラス、透明な氷、透明な水。
絵に描いた作り物みたい。
「炭酸あるけど」
言われたとおりに水を差し出しつつ言ってみる。灰青とベージュが混じるモザイクタイルのコースターは硬いイメージには合わないだろうか。
「炭酸!」
「炭酸飲めます? あー飲めなくても、別に出すのは」
「炭酸もいいかも!」
「大丈夫です」
連写しながら篠原さんに食い気味に返される。ムラサキはすっと出された水のグラスを寄せた。
絵的に透明でも、炭酸の小さな泡は合うかなと思ったのだ。
コースターが邪魔になったときのために布巾を用意する。水滴が落ちてあの人たちの服を濡らしてしまうと良くない。
「とりあえず用意しますね。あと何か曲とか掛けますか?」
曲は写真に影響しないから何でも良いだろう。いつも大体何かしらの音を聞いている自分としては、他人と長いこと一緒にいるこの空間で沈黙に支配されるのはきつい。ラジオを流したままにしておけばよかったな。
「よく知らないので、藍染さんの好きなの流せますか?」
篠原さんが口を開き声を出すより早く、ムラサキが真っ直ぐに俺を見た。
「俺が好きなの……」
好きなもの。好きな曲。
動画サイトで一億再生はされ、年末番組出演決定がつい先日話題になった歌手を選択した。
炭酸のペットボトルを開けば詰まっていた空気が漏れた。
カランカランと氷を入れてシュワシュワと注ぐ。
「はい、炭酸もどうぞ」
同じグラスに同じ氷に違う炭酸。微かにパチパチ鳴っている。
あれから毎日のようにクーさんを誘ってゲームをして、二ヶ月経った。
VCを繋いでくれてからひと月後。ようやく、本当にようやく八重垣は彼女にフレンドを飛ばした。
新しいゲームでチュートリアルを終わらせた段階でフレンドをいつものように飛ばし、その時にクーさんともフレンドになった。そして、「そういえばいつものゲームではフレンドをまだしていなかったね」となったわけだ。
VCでそんな事を言う八重垣のわざとらしさに笑いそうになった。
クーさんはそれに対しいつも八重垣ではなく俺から誘われているから気にしてなかったという。
かくして八重垣はどうにか一歩進んだわけだ。
外部VCだって既に繋いでいるのに、きっかけとなったゲームが最終ラインとして残っていたのは面白い。
ラインを超えてしまってからは肩の荷が下りたかのように八重垣は彼女に優しくなった。
優しいというのも違うかな。
積極的になった?
クーさんが不透明な頃は俺に対し「あいつお菓子ばっか食ってるから太るんだ」とか言ってたのに、今では美味しいと噂のお菓子を自分で食べて勧めたり、書かれていたアイドルの話題を気にしたりと彼女が好きなものを拾おうとしている。
チームを組むのだって俺より早くやるし、ログアウトの時に毎度丁寧に「おやすみ」と声をかける。
友人のそんな様は面白くて、笑えて、ちょっとむず痒くて、なんだか嬉しかった。
「こいつ良いやつなんだよ。オススメだよ」って言う代わりに、ソロで違うゲームをやる時間を増やした。
昔やっていた今は過疎のMMOを再びやって、一切並び立っていない過去のプレイヤー露店跡地に諸行無常を感じたり、70%オフでワンコイン以下になっている横スクシューティングで向いてなさを再確認したり。
一切八重垣たちとやっていないわけではない。ただ三人の時間を減らして二人が――八重垣がなるべく話せるようにと思っているだけ。
たまに八重垣が遅れる時、クーさんにこっそりどのくらい仲良くなったのか進展を窺ったりもした。
***
あの喫茶店貸切から約三ヶ月。
日々をそれなりに楽しく過ごしていた折またバイトを頼まれた。今度は夕方から夜らしい。とっとと飯を食い風呂に入り寝てしまうじいさん的にはありえない時間なので、やはり今回も俺が立ち会うことになった。この喫茶店の通常閉店時間は16時なのだ。
いつもの営業時間を超え、物珍しさに先程まで居た常連客のカップを洗いつつ、時計の針の音を聞く。カチコチカチコチ。軽い音。
いつも掛けているラジオも店じまいと共に癖で消してしまった。
夕方が鳴っている。それを聞けば夕焼けが浮かびカラスの幻聴が聞こえる帰りの放送、まさに帰宅時間の子どもたちの話声、買い物帰りの忙しない無言の雑踏。
傾いた陽はステンドグラスをくぐり抜け真横から店内を照らし影を濃くする。
ああ眩しい。冷房をつけていても暑いほどだ。
夏も終わったというのに、今日はまた随分と暑い日だった。
――チリン。
見覚えのある光景が再び繰り返される。かさばる荷物と猫背。逆光になって男の眼鏡がひかり、顔はよく見えないが。
「どうも。また今日も店主は家です」
「ああどうもどうも篠原です。藍染くんが居てくれて有り難いですよ」
もじゃもじゃ髭がなくなったら多分俺はこの人に気づかない。
その人は三ヶ月以上も前に一度ここであったきりのバイトの名前を覚えていた。
篠原さんは前回と同じところに荷物を置き、前回と同じようにアイロンを出し、前回と同じようにムラサキに小声で指示を出す。ムラサキもまた、同じように決まった流れがあるのか服を着て、おとなしく整えられ、そしてその背筋を伸ばした。
やはり、様になる。あの猫背がなくなるだけでこんなにも。
性別関係なくかっこいいものには魅了される。
何度も繰り返される着替えと移動に、クーラーの設定を1度下げた。
「あ、すみません、水を貰えますか? できれば氷を入れて」
撮影のために手にしていたスマホを下げた篠原さんに頼まれる。
「氷入りの水? お茶とかじゃなく?」
「あー、水が良いんです。硬い感じが絵的にあるといいかなって」
「ふぅん」
用意するのは簡単だ。
無個性な透明のグラス、透明な氷、透明な水。
絵に描いた作り物みたい。
「炭酸あるけど」
言われたとおりに水を差し出しつつ言ってみる。灰青とベージュが混じるモザイクタイルのコースターは硬いイメージには合わないだろうか。
「炭酸!」
「炭酸飲めます? あー飲めなくても、別に出すのは」
「炭酸もいいかも!」
「大丈夫です」
連写しながら篠原さんに食い気味に返される。ムラサキはすっと出された水のグラスを寄せた。
絵的に透明でも、炭酸の小さな泡は合うかなと思ったのだ。
コースターが邪魔になったときのために布巾を用意する。水滴が落ちてあの人たちの服を濡らしてしまうと良くない。
「とりあえず用意しますね。あと何か曲とか掛けますか?」
曲は写真に影響しないから何でも良いだろう。いつも大体何かしらの音を聞いている自分としては、他人と長いこと一緒にいるこの空間で沈黙に支配されるのはきつい。ラジオを流したままにしておけばよかったな。
「よく知らないので、藍染さんの好きなの流せますか?」
篠原さんが口を開き声を出すより早く、ムラサキが真っ直ぐに俺を見た。
「俺が好きなの……」
好きなもの。好きな曲。
動画サイトで一億再生はされ、年末番組出演決定がつい先日話題になった歌手を選択した。
炭酸のペットボトルを開けば詰まっていた空気が漏れた。
カランカランと氷を入れてシュワシュワと注ぐ。
「はい、炭酸もどうぞ」
同じグラスに同じ氷に違う炭酸。微かにパチパチ鳴っている。
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