僕しかいない。

紺色橙

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12 いつでも

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-12- 藍染

 一回で終わると思っていた撮影は継続され、二回目に篠原さんちに呼ばれた時ムラサキはいなかった。
 そして今回も居ない。
 ああ居ないのかと、ただ事実を確かめるような残念なような気持ちが浮かんで消えた。
「やっぱり着用画像がある方がイメージできて購入に至りやすいんだと思う。だからできるだけ撮りたいんだ」
 そう言われサイトに載せている服を片っ端から着ることになった。ムラサキが既に着ていたものもだ。 
「好きなサイズの着ていいよ」と言われるものだから、ジャストサイズを着たり緩く二つ上を着たりと好きにしている。篠原さんは何でもオッケーらしい。
「そりゃあもちろん、ボクの想定しているサイズ感とか着こなしってのはあるよ。だけど自由だからね。服は自由だから。着てくれる人がこう着たいってのでいいんだ」
 それは押し付けないこだわりだった。モデルなんてこの機会でもなければ絶対に自分には回ってこないと思って軽く受けたのに、存外面白い人と出会ったなと思う。
「それ、いいっすね。篠原さんのそういう考え好きです」
 篠原さんは照れて、メガネのブリッジを押し上げた。


 撮影して、その写真を確認している合間に検品をする。それが一連の流れだった。
 秋物が終わり冬物を撮り、次第に増える注文にダンボールの数が増えていく。

 自分の写真を見て、髪の染め直しに行かなければと思う。
 ムラサキが気づいてくれた『灰色』は自分でもきれいな色だと誇らしい。美容師さんが苦心して作り上げてくれた色だ。
 俺も格好は好きにしろと思う人間だが、似合うかどうかはまた別ってところはある。ムラサキがこれを似合うと言ってくれたことは、俺にとってすごく嬉しいことだった。
 暗くなく、明るすぎない、黄色みは消しているけれど青に偏りすぎることもないちゃんとした灰色。言うなればこだわった色。
 人のこだわりを感じるのが好きで、こだわりがあるからこそ面白いと思っていた。だから自分の表面に滲み出るこだわりを認められたことが本当に、嬉しかった。


 予告されていた通り篠原さんは一回限りとは最初から思っていなかったようだし、撮影がない時も雑用のスタッフとして働いて欲しいと申し込みがあった。連絡なしに来てくれてもちゃんと支払うよと言われたのは本当なのか冗談なのか定かではない。
 ともかく涼しく暖かい部屋で気楽に作業しているだけでお金がもらえるのだからこちらとしては有り難いことだった。
 問題があるとすれば、体を全く使わないから太る心配があること。更にはここに来ると篠原さんがご飯も頼んでくれるし。
 断ったジム通いも現実的に必要なのかも知れない。



『ムラサキの家にはコントローラー二つある?』
 帰りの電車内、ムラサキのやっているゲームの公式サイトを見ていたら、二人でできると書いてあった。アカウントさえ作れば画面分割で遊べると。一緒にやるためには俺の家にも本体が必要だと思っていたから、コントローラーさえあれば一緒にできるというのは魅力的だった。
 画面が小さくなる分やりにくいとは思うけど、基本一人でたまに二人でやる分にはいいだろう。実際にはやったことがないから大丈夫とは言い切れないが。
『あります』
 帰ってきたメッセージにそれじゃあ、とこちらから誘う。
『今度、また一時間くらいやろう。二人でできるらしいから』
 この前のムラサキは楽しんでいたようだから、もっと一緒にできたらと思った。自分の好きなものを好きになってくれたらなって。
 それにあの人多分、うまくなると思う。現実で周りを見れる人ならゲーム内でも。
『喫茶店のバイトはいつですか?』
『金曜が多いけど適当』
『あっちのバイトがない時教えて下さい。合わせます』
 時間が合えば、と俺は二度言っている。最初は断りで、二回目は文字通りだ。
 八重垣たちとゲームをするだけなら"時間が合う"のは簡単だ。合わせようとしなくても家にいる時なら夜中だってやれる。
 でもムラサキとはそうじゃない。そのアナログさがちょっと懐かしくてじれったい。
 合わせる意思がなければ成らないものを、合わせようとしてくれることが嬉しかった。
『今日は?』
 いや流石にないわ。送りつけてから自分に突っ込む。
 既読は付いたけれど返信はない。
 "今度"の予定であって"今日"のことなんか話してなかった。
 送信取り消しを選択する。消した事実は残るから無意味なようにも思えたが、気分的な問題だ。

 
 30分ほどして届いた通知。
『もう家に帰りましたか? いつでも良いので来てください。待ってます』
 返信に戸惑い、自分の駅で降りた。改札に向かわずホームのベンチに腰掛ける。
 なんて返そうか。
 さっきのは他人へのミスだと言うか? それを言うには遅すぎる。誤爆したなんてすぐ言えたわけだし。既読と返信をいつもは同時にしてくる彼が時間を置いたのは、まさかわざわざ時間を作ってくれたのだろうか。突然の誘いにわざわざ。となると甘えてしまっても良いのか。むしろ時間を作らせたのに無かったことにするほうが失礼じゃないのか。でも突然今日、というよりも一時間後の予定を無理やり空けさせて当たり前のようにそれに乗っかるっていうのも……。
 次の電車が到着して、出発する。
 俺は両手で抱えたスマホにどう返そうかただ悩む。
 断るでも行くでも、この時間はうざいのでは? 結局来ないのならさっさと連絡寄越せと思うよな。ああでも決まらない。
 薄暗い画面に新しく文字が出る。
『食べたいものはありますか? もし道わからなかったら迎えに行きます』
 道は覚えていないけど、貰った地図があるからわかる。
『飯はいいよ』
 行くとしても前回と同じ一時間だけ。
 新たにホームに着いた電車に、ドアが閉まる前に乗り込んだ。
 
 ちょっとドキドキしているのは、飛び込むように乗ったから。
 たった二駅の距離、立ったまま電車に揺られる。
 手はギュッと画面を気にし握りしめたまま。
 会ったらまず謝ればいいだろうか。ありがとうを言う方がいいのかな。さっきご飯の話が出たけれど、なにか手土産がある方が良いよな。道中コンビニがあっただろうか。コーヒーは飲まないということは知ったが、思えば後は何も知らない。酒は適当に飲んでいた気がするし甘いものも平気そうだけど。
 人の少ない電車から流れるようにホームに出た。大きな駅ではないから出口は一つで、そのまま周りと一緒に改札に向かう。
 ピッと軽い音を確認して、見覚えのある風景を探す。柱の近くで立ち止まり、くれた地図を開き見た。拡大すれば地図上にはカートのマークがあって、とりあえずそこのスーパーに寄っていこうと歩む。

「優弥くん」
 駅から出てすぐ呼び止められる。
 駅前のベンチに座っていた男が立ち上がり、近づいてきた。
「ムラサキ」
 迷子になる予定はなかったけれど迎えに来てくれたらしい。
「あの、なんか買っていこうと思って。お菓子とか」
 微笑んだ彼に対して出たのは謝罪でも感謝でもなく、ああ本当に自分はろくでもないなとテンションが下がる。
「ちょうどいいから夕ご飯買っていきましょう」
 この前より早い時間。そんなに遅くまで居る気はないって思ったけれど、ろくでもない自分が彼の発言を否定することは出来ずに頷いた。
 俺と一緒じゃなくて自分の分かも知れないし。

「お菓子何が好きですか。甘いの? しょっぱいの?」
 カゴを手にした彼についていく。
「ゲームするから、手が汚れないの」
 そんな答えに彼は笑う。
「今日食べなくてもいいので、好きなの教えて下さい」
「ムラサキは?」
「僕は、何でも食べますよ」
 好き嫌いなんかなさそうだもんなぁ。
 お菓子コーナーを端から見ていく。
「あ、これ」
 手にしたのはピンク色のパッケージ。とてもじゃないがおしゃれだとは言えないくすんだデザインのチョコレート。
「友達がうまいって言ってた」
 クーがイチゴ感が強くて美味しいと写真を載せていたお菓子。コンビニでもうちの近くのスーパーでも見たことなかった。
「へぇ」
 全く興味がなさそうなそっけない声。知らない友だちの話なんか面白いわけもないかと口を噤む。
 でも美味しいかどうかは別なのでカゴに入れた。

 一時間分とは思えない量のお菓子と弁当。
 "今度"の予定を"今日"だなんて突然の無理を言ったからと俺が支払って、嵩張る袋を一つずつ持った。



 無事にゲーム画面を分割できた。横に細長い上と下、合体できるキャラクターを選択しての協力プレイ。解散が遅れて二人して死ぬことも多々あったけど、楽しかった。
「アバター変えられんのはいいけど、初心者を悩ませるよな」
「敵なのか味方なのかもわかってないですからね」
 動いているものがあれば攻撃しているムラサキは、見た目が変わったキャラクターをまだ認識できていない。
「こないださ」
 見た目と言えば。
「ゲームの試合を見に行ったんだよ。そこでゲーム内の友達と初めてリアルで会ったんだけど」
 八重垣とクーと三人で、電車とバスに乗り規模2~3000程の箱で行われるプロゲーマーの試合を観戦に行った。
 クーと会うことに緊張しているのか八重垣が珍しく遅刻しそうだと俺に言うから、クーを待たせないために待ち合わせの駅まで先行した。そこからバスに乗っていくからと決めた場所。
「その人に、初めてそんな頭の色した人に近づいたって言われた」
 クーは地味な女性だった。ごく普通に働いているごく普通の女性。声をかけたら俺を見て、彼女は一歩下がった。そして「おお……」と声を漏らし言ったのだ。
 その後さして遅れずに合流した八重垣に、クーは見るからにホッとしてみせた。3人で話していれば、ゲーム内と同じだと思ってもらえたようだけど。
「そろそろ染め直す予定だったから、それなら先に頭黒くしておけば良かったかなぁって思ったわ」
「優弥くんの灰色、すごく良いですよ。キレイな色。よく似合ってます」
 矢継ぎ早に褒められる。
「どーも」
 まっすぐな瞳に晒されて体温が上がる。グラスを呷り顔を隠した。
「前の青が入ってるのも似合ってましたけど、どっちもいいなぁ。僕は全然やらないから」
「それ地毛?」
「カラーしてないですよ。傷んでるから、そう見えるかも」
 くせ毛のように緩やかにパーマがかかったムラサキのくすんだ黒髪。太陽の下では光が透けるし、透明感があって柔らかそうに見える。
 俺とは違うその様に、真似をするのはやっぱり無意味だったなと思った。
 どうしたってこのカッコイイ奴にはなれないし近づけないんだ。
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