僕しかいない。

紺色橙

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-14- 藍染

 最近はムラサキとやっている対戦型TPSの動画を見ることが多い。二人でやるならやっぱり合体できるやつかな、クーみたいに狙撃にハマるとかもあるかもしれないよなぁと思いながら、VCをつける。
 先に遊んでいた八重垣たちはすっかり仲良くなっている。
 思えば、ゲームの試合を観戦しに行った時クーが八重垣の登場に安心したのは、八重垣が黒髪で眼鏡という俺の頭に比べれば地味な姿だったというだけでなく、俺が思っているよりも二人が仲良くなっていたからじゃないか。
 八重垣から話は聞いていないし多分無いとは思うけど既に会っていたりもしたのか。

『私はねー、クリスマスと誕生日が一緒にされてたかわいそうな子よ』
 途中参加してみれば、誕生日の話をしていた。
『で、何歳になるの』
『30』
 話を聞いている限り事前に会っていたということはなさそうだ。
 まさにあの試合観戦で会ったときに俺たちがクーよりも若かったということで話が進んでいる。
 クーはいつの間にか30歳になっていたという。12月誕生日故にクリスマスと誕生日祝いは常に一緒だったと語る。
「そんな歳気にする?」
『俺は気にしない』
 クーに聞いたのだが八重垣が返答を返す。クーはうーんと唸っている。思うところがなければ話題にはしないだろう。
『それはねぇ、君たちが若いからだよ』
「何かあった? 年齢に引っかかるようなこと」
『何かっていうかー、私も二人くらいだったらなーって思ったの』
 チームを組んで並ぶキャラクター。クーはカチカチとアバターを変えていた。
「そういやもうすぐクリスマスセールとかあるかな」
『12月入ったらサンタコスとか出そう』
「定番のやつ」
『トナカイの着ぐるみとか出たら欲しいなぁ』
『ツリーのがいいだろ』
『電飾でめっちゃ目立ってるやつね』
 あはは、と笑った声は明るかった。


『あれどういうことだと思う』
「んー、10近く下の男を捕まえるのに躊躇いがあるんじゃねーの」
 リアルで顔を合わせていないときでも、ほんのりと歳の話をしたことはある。俺たちが大学生であること、クーがアラサーで働いていること。宙に浮かぶただの数字だったものが、リアルで会うことによって繋がったのかも知れない。
「トナカイ、あげれば?」
『アバター?』
「出るか知らねぇけど。もしくは、また実際に会ってクーに欲しい物選んでもらうか」
 何せ話題を出しプレゼントする機会を貰ったのだ。何も言っていない時よりも下心は渡しやすい。
「まだ一緒に遊んでくれてるんだし、嫌われてはいないだろ」
 他人の気持ちを断定することは出来ないが、のんびり進めてるなぁとは傍から見ていて思う。
「アバタープレゼントしてから今後リアルのデートに誘うなら、貰ったし受けないとダメかな?ってなる。直接デートに誘うならそのまま下心が見える。どっちがいい? 早いか遅いかの差だけど」
 八重垣は溜息のように相槌を打つ。
『アバターをクリスマスプレゼントにして、誕生日プレゼントをリアルに選ばせる』
 一緒にされていた可哀想な子に二つの祝いを。
「アバターの時点で拒否られたら脈ナシとして諦めろ」
 無いとは思うけど。
 イベントはいいきっかけだ。ちょっとの理由で都合よく物事が進むならそれが良い。
 このタイミングでクーが話題にしたことはおそらくわざとじゃない。あの人は多分そんなに考えてないと思う。観戦に行くのだって決まっていなかったことだし。
 それなら、縁があったんだ。


***


 予約していた美容院。座席二つ、店員は一人。
 高校を卒業する頃にカラーを始めて、それからはずっとここ。他の客がいないから気楽だし、俺のやりたい色というのを俺よりも理解してくれる。
「明るいのやめようと思って」
 そう切り出した。
 ムラサキの髪型を真似しようと思った。それで刈り上げていたところを伸ばしたがあの髪質はあの人のもので俺ではない。だから伸びた段階で整えてもらってやりたかった灰色にした。
 あ、これは真似するのは無理だなって気づいて即切った。変に真似することであのかっこいい人との差が顕著になる気もしたし。
 今回はそれを黒くしてしまおうと思う。
 俺はこの色を気に入ってる。褒めてもらったし。
 ただ隣に並んだ時に、なんか合わないかなって思ったんだ。
 友達同士がそっくりである必要はないし、同系統だけしか友だちになれないってわけでもない。
 でもなんていうか、もっと並んでて自然になりたいなと思った。
「この色すごい好きだから勿体ないとは思うんだけど」
「じゃあハイライトで残そうか」
 仕事だから隣にいられるってんじゃなくて、友達として一緒にいられるってふうに。
 髪色一つで何になるよって思うけど、こんなの気分の問題だから。
 もっと仲良くなったなら、こんなこと思わないのかも知れない。今はちょっと仲良くなってきた段階だから、もっと仲良くなりたいと思ってて、それで合わせようとしてるのかも。


 髪を整えるように切って、色を暗くして、セットしてもらって。
 久々の自分の暗髪にああこんなだったなとちょっと前の自分に戻った。
 影響されすぎていることは分かっている。内心ではそれをかっこわるいとも思っている。
 こだわりがあって自分を持っていてそれを貫く人をカッコイイと俺は認定しているのに、今やったことは逆で、他人に影響されて他人に合わせようとしている。
 ムラサキは自分をよくわかってないみたいだけど、かっこつけずにそこに凛として立つ様は、内に自分を持ってる人そのものだと思う。
 そんな人にすり寄っても嫌われるだけかなって思うのに、表面的にでも"一緒にいて自然"であればって、隣に相応しいものになれたらって思ってしまった。
 いつものようにかっこいい人を見るだけにして、話もせず仲良くなろうとしなければこんなことにならなかったのか。
 優しくしてくれるのに甘えて、友達のふりを始めたからこんなことになっているのか。
 良い方向に進んでいるとは思えないのに、暗くなった自分の頭に満足した。


***

 平日合わせなければ篠原さんちのバイトに行ってもムラサキに会うことは難しく、土日にしてもわざわざ休みの時に俺に付き合わせるのも悪いよなと思い声をかけられない。
 俺がネットゲームにハマったのもおそらくこういう、時間制約がないからだろう。自分も、他人にも。
 それを合わせてくれるのが嬉しいと思ってしまうけど、そう何度もは流石に。ムラサキはいつでもと言ってくれるけど、あの人にはあの人の予定も付き合いもあるわけだし。
 ああそれに、ムラサキに恋人はいないんだろうか。俺はいないということを話した気はするけども、彼のことは聞いていない。もし今いなかったとしても、もうすぐクリスマス。それをきっかけとして動くこともあるかも知れないしなぁ。
 


 秋が深まりコートに包まるようになった頃、喫茶店のドアベルが鳴る。
 夕映えの店内、音を頼りに「いらっしゃいませ」と声をかける。常連はとっくにおらず、閉店作業中だったけどもCLOSEDのプレートを出す前だったから仕方ない。スマホゲームしてたら忘れてた。
 これ以上人が迷い込んできても困るとプレートだけ出そうと手に取った。

「よかった」
 聞き覚えのある声に顔を上げる。
「もう閉店してるかと思ったんですけど、まだプレートもかかってなかったから」
「ああ、うん。スマホいじってたら忘れてた。今かけてくる」
 顔を見るのは二週間、三週間ぶりだろうか。
 チリンとベルを鳴らしてドアを閉める。傾いたプレートが向こう側からドアにぶつかる音がした。
「もう片付けですか?」
「そう。なにか飲む? 食べる?」
「どうしようかな。注文したほうが良いかな?」
 じいさんに後は頼むと任された閉店作業。ちょっとの掃除と片づけしかしないけど。
「僕、優弥くんに会いに来たんです」
 言われた言葉にはてなマークが浮かぶ。何故?
「何かあった?」
 毎日のようにやり取りのあるメッセージでは、特に何も言われなかったけど。
「何もないです。ただ会いたかったので」
 カウンターに座り、ムラサキはニコニコと俺を見つめる。
 何もないと言われると、どう対応したら良いのかわからない。
 俺はムラサキと、このカッコイイ男と仲良くなりたいと思っている。でも『友達のなり方』なんてググったこともないし、今までだって友達100人作れてもいない。
「別に注文しなくてもいいよ。俺片付けするから、ちょっと埃っぽくなる」
「はい」
 視線を感じつつも、やることは毎回同じ。テーブルを拭いて、ソファも拭いて、床を掃除して、個々のテーブルに砂糖やら紙ナプキンやらを補充する。
 カウンターを隅から拭き、ムラサキの前も綺麗にする。
 視線が合えばずっとニコニコしている顔が更に緩まるものだから、なんだか居心地が悪い。ムラサキはすごく機嫌がいいようだけど、俺にはその理由がわからないわけだから。
「用がないって、なんでわざわざここに」
 カップを洗う水は冷たい。
「最近会えなくて寂しかったので」
 だって、俺に付き合わせたら悪いじゃないか。
「努さんのところで会えたら良かったんですけど、あそこに行くにはそれなりに時間がないと」
 往復二時間掛かるから。
 たしかにここはムラサキの家からは二つほどしか離れていないけど、俺がいなかったら丸々時間が無駄になる。
 そんなことを思って、寂しかったを素直に受け取ってしまっている自分に気づく。
 きっと近くに来たついでか何かだろうに。
「金曜日にバイトしてることが多いって聞いたから、来てみました」
 そう教えた。
「けどいなかったら」
「いなかったらすごく残念ですけど、まぁいいかなって」
 それに会えたから、と彼は言う。
「優弥くん明日は予定ありますか?」
「明日? 無いよ」
「これからは?」
「家に帰る」
「じゃあ」
 もう片付けてしまうから、洗ったものは乾いた布巾で拭いてしまう。
「僕の家に来てください」
 来ませんか? とは聞かれなかった。
 落としそうになるグラスを布巾で包むようにして置いた。そのまま拭きあげる。
 良いとも悪いともすぐに答えられず、視線を合わせないように片付けをする。カップはこっち、グラスはそっち、カトラリーはそのように。
 すべて終わってしまってもまだ彼は静かに返事を待っているようで、俺は「うーん」と悩む声も抑えずに自分のかばんを取ってくる。
「駄目な理由ありますか?」
 くるりと回る椅子。俺の動きを追うようなそれに、隣りに腰掛けた。
「ゲームすんの?」
「僕の家で好きに過ごしてもらって構わないですよ。ゲームしてもいいし、この前聞かなかったCD聞いててもいいし、テレビ見ててもいいし」
「何で?」
 何でとしか言いようがない。
「僕が優弥くんと一緒に居たいからって理由じゃ駄目ですか」
 それは、告白にも似た理由。
 勘違いしちゃいけない。
 赤くなった顔をどうにもできず下を向く。
 ムラサキは椅子を降り体を屈め、俺の顔を覗き込む。その手がそっと頬を撫でた。
「夕日で真っ赤ですね」
 きっと分かっているだろうにそんな事を言う。
「これから一時間くらい?」
「いえ。泊まりで来てください」
「泊まり?」
「居られる時間までずっと、居てください」
 真正面からぶつけられる好意をどう判断したら良い。
 ムラサキが立ち上がる。
 すっと近寄ってきた顔に、キスされるかと思った。そんなのあるはずもないのに。
「行きましょう」
 囁くように促され、頷きもせず頭を振ることもせずに差し出された手に引かれた。
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