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-15- ムラサキ
11月ももうすぐ終わる。
努さんから優弥くんのバイト日程は聞いているものの時間も合わず会えぬまま、飢餓感に襲われる。
最後に優弥くんと会ってから三週間目の金曜日。
ストーカーじみていると思いながらも、以前聞いたバイトの曜日を頼りに祈りながらあの喫茶店へと向かった。
プレートが掛かっていないのを確認して中に入る。
ああ、居てくれたと安堵するよりも大きく、彼の髪色が変わってしまっていることにひどく落胆した。やっぱり僕が褒めても彼の"友達"には敵わなかったのかと。見たこともなく話したこともない優弥くんの友達を憎くすら思った。
でも知らない誰かを憎んだところで意味はない。今、目の前には優弥くんが居て、それでいい。
「僕、優弥くんに会いに来たんです」
彼が厚意を返したくなるというのなら、好意も同じようにぶつけてしまおうと思った。だから僕は素直に目的を言う。
暗くなった髪も似合う。一番最初に会った時もそうだった。あの時と違うのは、おでこが隠されていること。そのせいで少し幼く見える。だけどそれを褒めてしまうのは、"友達"を認めてしまうようで悔しかった。
片付けをする優弥くんをただ見ていた。
外の環境音をBGMにして、静かな店内ただ二人。今だったら彼に触れたとしても、キスしたとしても誰にも見られることはないんだと、優弥くんの意思を無視して思った。
うちに来ないかという誘いに迷う彼を、どう押したら納得してもらえるのかと考えた。でも存在している欲望は一つだけで、ただそれを少しだけ丁寧に包み隠した。
「僕が優弥くんと一緒に居たいからって理由じゃ駄目ですか」
心の中を頭の中を開き見ればもっと汚いのに、口から出た言葉は随分ときれいなものだ。
触りたい。
隣りに座ってくれた彼。赤く染まったその頬に手を伸ばす。
僕が貴方を好きなことを、感じていますか。気づいていますか。拒絶しませんか。
一気に踏み込んでいけばきっと逃げてしまうから、少しずつ、少しずつ、慣らしていこうと思っている。
僕は貴方を好きだから、だからこういうことをしていますよって。
だけど、
「居られる時間までずっと、居てください」
僕の思いはたまに僕でも制御できない。
徐々に一時間を半日にして、一日にして、そして泊まりに来てくれたらと思っていたけど、そんなのは机上の空論だ。
新しいおもちゃを貰った子供のよう。我慢を理解しているけれど釘付けになりつい手が伸びる。
喫茶店からそう遠くもない優弥くんの家。
泊まるなら風呂入って着替えてくると彼が言うから、ついてきた。
先に帰れと追い出されるかと思ったけれど入れてもらえた。
お風呂はうちで入ればいいし、着替えも用意しますよって言ったんだけれど、すぐそこに家があるんだからと断られた。
記憶の中と変わらない部屋。相変わらず使われてなさそうなキッチン。
座っといてと言われたパソコンデスク。マウスに腕がぶつかり暗かった画面に明かりが灯る。
見てはいけない画面が見えた。
『クリスマスプレゼントって何が良い?』
タイムスタンプは昼の12時。チャットの相手から問われた文字列に優弥くんは返さぬまま。
今日出かけていたから見ていないのかな。急ぎではないのかな。
この問いは誰に対しての問いだろうか。
この人から優弥くんへ?
この人は、"友達"?
優弥くんに髪色のことを言った友達だというのなら、おかしな話だけれど、許せないと思った。
この人にはあげられない。
僕が許可するものでもないのに、だけど、だって、嫌だ。
妙に早い鼓動と痺れるように失われる手の感覚。二つ、深く深く深呼吸。
シャワーの音が聞こえてくる。まだ優弥くんはお風呂に居る。彼はきっとちゃんと着替えるまで姿を見せない。
僕は悪いと思いながらもそのチャットを遡った。
プレゼント、服装、デート。
相手の女性だろう人からの問いは、どうやら直接優弥くんに向けられたものではないようだ。
ああ良かった。少なくとも、この人が優弥くんに恋心を持って接していることはなさそうだ。
「クリスマス」
ぽつりと声に出た。
全く意識していなかったけれど、12月に入れば飾り付けも増えるだろう。優弥くんはそういうのは好きかな。もし好きなら隣にいたい。そうでもないというのなら、特に気にしなくても良いかも知れないけど。
くるりと回る椅子に凭れ画面から目を離す。ドライヤーの音がする。もうすぐ彼は姿を現すだろう。
酒に酔ってもいない意識のある僕を家に入れてくれた。思っていたよりも彼は他人を避けないのだろうか。それとも、僕を受け入れてくれているのか。
「待たせた」
お風呂上がりの髪の毛はふわふわと乾かされ、いつものようにセットされてはいなかった。
「可愛いですね」
セットされていない髪も、目には痛くないけれど鮮やかな赤ずきんのようなパーカーも。
荷物を片付け出かける準備をする彼に近寄る。
「何?」
「優弥くんが全体的に可愛いなと」
「この服? この色いいなと思って買ったんだけど、着ないんだよ。勿体ないし柔らかいから部屋着にでもしようかと思っててさ。一晩ダラダラしてるなら丁度いいかって」
指先でひとすくい。さらりと落ちたドライヤーで毛の流れだけ整えられた暗い髪。
「髪セットしたほうが良い? 待たせると悪いかと思ったんだけど」
「いえ」
赤い袖を掴む。ふにゃりと柔らかく手触りの良い服。目立つ赤色はここに彼が居ると強く主張するようで嬉しい。
優弥くんの肩に額を乗せる。
抱きしめたいけれど、それをしたら来てくれないかも知れない。
髪も、服も、僕の家で長時間過ごすことを考え選んでくれたことが嬉しい。僕が一方的に望んだことに対して、乗ってきてくれたことが嬉しい。
「嬉しいです」
気づかれぬように、掠るように耳に口付けた。
三回目ともなるとこの家に少し慣れたのか、お菓子を用意するのもご飯を用意するのも手伝ってくれた。何が必要か何処にあるのか、食器棚や冷蔵庫を開けていいかと聞いて、勝手しないようにと注意しながらそれでも並び立ってくれることに喜ぶ。
言っていた通り自由にしてもらおうと、ゲームでも何でも彼が好きなようにさせた。部屋を見られて困ることもないし、何かあったら手にとってと声をかければ彼は部屋を見回し、うーんと声に出して悩んでいた。
「この家ソファありそうなのにないよな」
夕方のテレビを見ながらご飯を食べ、本をパラパラとめくってみたりもしたけれど、結局一緒に遊ぼうと彼はゲーム機を起動した。
「努さんが持っていきました」
「ああ」
そういや一緒に住んでたんだっけ、と呟くように言われる。
「だからあの家にありますよ。荷物置き場になってる事が多いので印象は薄いかもしれませんが」
テレビの前のラグの上、以前はすぐ後ろにあったソファはとっくに無い。必要もないので買うこともしなかった。
「あったほうが良いですか?」
「いや、なんかありそうなのになーって思っただけ」
優弥くんはクッションを抱えるのが好きらしい。体が楽なのかも知れない。ソファがあれば凭れられるからもっと楽かな。自分がテレビもあまり見ないものだから困ることがなかった。
「僕に凭れていいですよ」
後ろから優弥くんを抱え込むようにして声をかける。彼は笑って否定した。
突然の行動にも拒絶されないのを良いことに、力を入れないようにして彼のお腹に腕を回す。ふわふわの髪の毛に顔をうずめるようにして見てみれば、艶がある髪はきちんとハイライトとしてカラーの入っているもので、そこには灰色が残っていた。
「灰色が残ってる」
もうなくなったと思っていたものだから、驚いてしまった。
「ハイライトとして残した。好きな色だったから」
じゃあどうして。やっぱり友達に派手な頭のことを言われたから?
「ムラサキ苦しい」
つい手に力がこもってしまって、慌てて離す。
後ろから張り付いているのに彼は逃げようとはしなかった。視線はゲーム画面にいったままだし、手もきちんと動きキャラクターが飛び跳ねている。
「何で変えちゃったんですか。好きだったのに」
子供っぽい、拗ねた言い方。何度隠そうとしても出てきてしまう本心だから仕方ない。
「んー」
「灰色すごく優弥くんに似合ってたのに。人に言われたから変えたんですか?」
目の前に腕の中に優弥くんが居るのに、居るから、どこぞの知らないやつにいらついてしまう。この人は僕のものだって、その体温を感じる。
「違うよ。俺が変えたいから変えた」
「灰色に飽きたんですか? それとも理由があって?」
「んー」
どうにも彼が濁すから。
喫茶店で不明瞭な態度を取られたときのように、多分触られたくない部分なんだろうけども、でも引けなかった。
「教えて」
情けない懇願。
優弥くんは僕の立てた膝を肘掛けのようにして、さらにうーっと唸った。
「写真撮った時に、なんか、んー……」
紡がれるのをひたすら待つ。
「お前が、カラーもしてないしさ、ナチュラルな感じにしてるから」
「僕?」
「だから、俺があんまり派手な髪色してると合わないかなって思って」
合わない?
「モデルのときにですか?」
「ちがくて」
後ろから見た耳も首元も真っ赤に染まっている。顔を覗き込もうとすると背けられた。
「こうやって、遊ぶときっていうかさ。友達として一緒にいる時に合わないかなって」
彼が何を言っているのかすぐに理解できなかった。
「灰色をやめたのは、僕といる時に目立つ髪色じゃないほうが良いと思ったから?」
「そんな感じ……」
纏めてみたけれどよくわからない。でも消え入りそうな声で肯定される。
わからないけど、彼が僕のことを考えて行動したことだけは分かった。僕が褒めた髪色がなくなったのは、僕が原因だと。
「お前が何もしてませんよって顔してカッコイイのが悪い」
悪態をつくように褒められた。わざとらしくどんっと体重をかけられる。それを受け止めて、許されるだろうとぎゅっと抱きしめる。
好きだと言ってしまってもいいだろうか。言ったらいなくなってしまうかな。今日くらいは、いてほしい。本当はずっとずっといてほしい。
「優弥くん」
好きです。
言えない。
今言うことで未来が潰えてしまうかもしれない。言えない。
でも言っても言わなくても未来があるのかはわからない。それなら。
ああだけど、言わなければ、彼はこうして抱きつくことすら許してくれている。全て無くしてしまうならこれの方がよほど良い。
それでも肥大した欲望はそれだけでは収まらない。収まらないのなら最後には踏み出さないといけない。
でもいつ? いつこの腕の中の体温を手放す覚悟が持てる?
言えない。今はまだ。言えない。
僕が欲しいのは全てだ。
友人への好きと自覚した恋心の違いはこのどうしようもないほどの独占欲。
僕は彼のすべてを僕のものにしたいと、僕だけのものにしたいと思っている。
11月ももうすぐ終わる。
努さんから優弥くんのバイト日程は聞いているものの時間も合わず会えぬまま、飢餓感に襲われる。
最後に優弥くんと会ってから三週間目の金曜日。
ストーカーじみていると思いながらも、以前聞いたバイトの曜日を頼りに祈りながらあの喫茶店へと向かった。
プレートが掛かっていないのを確認して中に入る。
ああ、居てくれたと安堵するよりも大きく、彼の髪色が変わってしまっていることにひどく落胆した。やっぱり僕が褒めても彼の"友達"には敵わなかったのかと。見たこともなく話したこともない優弥くんの友達を憎くすら思った。
でも知らない誰かを憎んだところで意味はない。今、目の前には優弥くんが居て、それでいい。
「僕、優弥くんに会いに来たんです」
彼が厚意を返したくなるというのなら、好意も同じようにぶつけてしまおうと思った。だから僕は素直に目的を言う。
暗くなった髪も似合う。一番最初に会った時もそうだった。あの時と違うのは、おでこが隠されていること。そのせいで少し幼く見える。だけどそれを褒めてしまうのは、"友達"を認めてしまうようで悔しかった。
片付けをする優弥くんをただ見ていた。
外の環境音をBGMにして、静かな店内ただ二人。今だったら彼に触れたとしても、キスしたとしても誰にも見られることはないんだと、優弥くんの意思を無視して思った。
うちに来ないかという誘いに迷う彼を、どう押したら納得してもらえるのかと考えた。でも存在している欲望は一つだけで、ただそれを少しだけ丁寧に包み隠した。
「僕が優弥くんと一緒に居たいからって理由じゃ駄目ですか」
心の中を頭の中を開き見ればもっと汚いのに、口から出た言葉は随分ときれいなものだ。
触りたい。
隣りに座ってくれた彼。赤く染まったその頬に手を伸ばす。
僕が貴方を好きなことを、感じていますか。気づいていますか。拒絶しませんか。
一気に踏み込んでいけばきっと逃げてしまうから、少しずつ、少しずつ、慣らしていこうと思っている。
僕は貴方を好きだから、だからこういうことをしていますよって。
だけど、
「居られる時間までずっと、居てください」
僕の思いはたまに僕でも制御できない。
徐々に一時間を半日にして、一日にして、そして泊まりに来てくれたらと思っていたけど、そんなのは机上の空論だ。
新しいおもちゃを貰った子供のよう。我慢を理解しているけれど釘付けになりつい手が伸びる。
喫茶店からそう遠くもない優弥くんの家。
泊まるなら風呂入って着替えてくると彼が言うから、ついてきた。
先に帰れと追い出されるかと思ったけれど入れてもらえた。
お風呂はうちで入ればいいし、着替えも用意しますよって言ったんだけれど、すぐそこに家があるんだからと断られた。
記憶の中と変わらない部屋。相変わらず使われてなさそうなキッチン。
座っといてと言われたパソコンデスク。マウスに腕がぶつかり暗かった画面に明かりが灯る。
見てはいけない画面が見えた。
『クリスマスプレゼントって何が良い?』
タイムスタンプは昼の12時。チャットの相手から問われた文字列に優弥くんは返さぬまま。
今日出かけていたから見ていないのかな。急ぎではないのかな。
この問いは誰に対しての問いだろうか。
この人から優弥くんへ?
この人は、"友達"?
優弥くんに髪色のことを言った友達だというのなら、おかしな話だけれど、許せないと思った。
この人にはあげられない。
僕が許可するものでもないのに、だけど、だって、嫌だ。
妙に早い鼓動と痺れるように失われる手の感覚。二つ、深く深く深呼吸。
シャワーの音が聞こえてくる。まだ優弥くんはお風呂に居る。彼はきっとちゃんと着替えるまで姿を見せない。
僕は悪いと思いながらもそのチャットを遡った。
プレゼント、服装、デート。
相手の女性だろう人からの問いは、どうやら直接優弥くんに向けられたものではないようだ。
ああ良かった。少なくとも、この人が優弥くんに恋心を持って接していることはなさそうだ。
「クリスマス」
ぽつりと声に出た。
全く意識していなかったけれど、12月に入れば飾り付けも増えるだろう。優弥くんはそういうのは好きかな。もし好きなら隣にいたい。そうでもないというのなら、特に気にしなくても良いかも知れないけど。
くるりと回る椅子に凭れ画面から目を離す。ドライヤーの音がする。もうすぐ彼は姿を現すだろう。
酒に酔ってもいない意識のある僕を家に入れてくれた。思っていたよりも彼は他人を避けないのだろうか。それとも、僕を受け入れてくれているのか。
「待たせた」
お風呂上がりの髪の毛はふわふわと乾かされ、いつものようにセットされてはいなかった。
「可愛いですね」
セットされていない髪も、目には痛くないけれど鮮やかな赤ずきんのようなパーカーも。
荷物を片付け出かける準備をする彼に近寄る。
「何?」
「優弥くんが全体的に可愛いなと」
「この服? この色いいなと思って買ったんだけど、着ないんだよ。勿体ないし柔らかいから部屋着にでもしようかと思っててさ。一晩ダラダラしてるなら丁度いいかって」
指先でひとすくい。さらりと落ちたドライヤーで毛の流れだけ整えられた暗い髪。
「髪セットしたほうが良い? 待たせると悪いかと思ったんだけど」
「いえ」
赤い袖を掴む。ふにゃりと柔らかく手触りの良い服。目立つ赤色はここに彼が居ると強く主張するようで嬉しい。
優弥くんの肩に額を乗せる。
抱きしめたいけれど、それをしたら来てくれないかも知れない。
髪も、服も、僕の家で長時間過ごすことを考え選んでくれたことが嬉しい。僕が一方的に望んだことに対して、乗ってきてくれたことが嬉しい。
「嬉しいです」
気づかれぬように、掠るように耳に口付けた。
三回目ともなるとこの家に少し慣れたのか、お菓子を用意するのもご飯を用意するのも手伝ってくれた。何が必要か何処にあるのか、食器棚や冷蔵庫を開けていいかと聞いて、勝手しないようにと注意しながらそれでも並び立ってくれることに喜ぶ。
言っていた通り自由にしてもらおうと、ゲームでも何でも彼が好きなようにさせた。部屋を見られて困ることもないし、何かあったら手にとってと声をかければ彼は部屋を見回し、うーんと声に出して悩んでいた。
「この家ソファありそうなのにないよな」
夕方のテレビを見ながらご飯を食べ、本をパラパラとめくってみたりもしたけれど、結局一緒に遊ぼうと彼はゲーム機を起動した。
「努さんが持っていきました」
「ああ」
そういや一緒に住んでたんだっけ、と呟くように言われる。
「だからあの家にありますよ。荷物置き場になってる事が多いので印象は薄いかもしれませんが」
テレビの前のラグの上、以前はすぐ後ろにあったソファはとっくに無い。必要もないので買うこともしなかった。
「あったほうが良いですか?」
「いや、なんかありそうなのになーって思っただけ」
優弥くんはクッションを抱えるのが好きらしい。体が楽なのかも知れない。ソファがあれば凭れられるからもっと楽かな。自分がテレビもあまり見ないものだから困ることがなかった。
「僕に凭れていいですよ」
後ろから優弥くんを抱え込むようにして声をかける。彼は笑って否定した。
突然の行動にも拒絶されないのを良いことに、力を入れないようにして彼のお腹に腕を回す。ふわふわの髪の毛に顔をうずめるようにして見てみれば、艶がある髪はきちんとハイライトとしてカラーの入っているもので、そこには灰色が残っていた。
「灰色が残ってる」
もうなくなったと思っていたものだから、驚いてしまった。
「ハイライトとして残した。好きな色だったから」
じゃあどうして。やっぱり友達に派手な頭のことを言われたから?
「ムラサキ苦しい」
つい手に力がこもってしまって、慌てて離す。
後ろから張り付いているのに彼は逃げようとはしなかった。視線はゲーム画面にいったままだし、手もきちんと動きキャラクターが飛び跳ねている。
「何で変えちゃったんですか。好きだったのに」
子供っぽい、拗ねた言い方。何度隠そうとしても出てきてしまう本心だから仕方ない。
「んー」
「灰色すごく優弥くんに似合ってたのに。人に言われたから変えたんですか?」
目の前に腕の中に優弥くんが居るのに、居るから、どこぞの知らないやつにいらついてしまう。この人は僕のものだって、その体温を感じる。
「違うよ。俺が変えたいから変えた」
「灰色に飽きたんですか? それとも理由があって?」
「んー」
どうにも彼が濁すから。
喫茶店で不明瞭な態度を取られたときのように、多分触られたくない部分なんだろうけども、でも引けなかった。
「教えて」
情けない懇願。
優弥くんは僕の立てた膝を肘掛けのようにして、さらにうーっと唸った。
「写真撮った時に、なんか、んー……」
紡がれるのをひたすら待つ。
「お前が、カラーもしてないしさ、ナチュラルな感じにしてるから」
「僕?」
「だから、俺があんまり派手な髪色してると合わないかなって思って」
合わない?
「モデルのときにですか?」
「ちがくて」
後ろから見た耳も首元も真っ赤に染まっている。顔を覗き込もうとすると背けられた。
「こうやって、遊ぶときっていうかさ。友達として一緒にいる時に合わないかなって」
彼が何を言っているのかすぐに理解できなかった。
「灰色をやめたのは、僕といる時に目立つ髪色じゃないほうが良いと思ったから?」
「そんな感じ……」
纏めてみたけれどよくわからない。でも消え入りそうな声で肯定される。
わからないけど、彼が僕のことを考えて行動したことだけは分かった。僕が褒めた髪色がなくなったのは、僕が原因だと。
「お前が何もしてませんよって顔してカッコイイのが悪い」
悪態をつくように褒められた。わざとらしくどんっと体重をかけられる。それを受け止めて、許されるだろうとぎゅっと抱きしめる。
好きだと言ってしまってもいいだろうか。言ったらいなくなってしまうかな。今日くらいは、いてほしい。本当はずっとずっといてほしい。
「優弥くん」
好きです。
言えない。
今言うことで未来が潰えてしまうかもしれない。言えない。
でも言っても言わなくても未来があるのかはわからない。それなら。
ああだけど、言わなければ、彼はこうして抱きつくことすら許してくれている。全て無くしてしまうならこれの方がよほど良い。
それでも肥大した欲望はそれだけでは収まらない。収まらないのなら最後には踏み出さないといけない。
でもいつ? いつこの腕の中の体温を手放す覚悟が持てる?
言えない。今はまだ。言えない。
僕が欲しいのは全てだ。
友人への好きと自覚した恋心の違いはこのどうしようもないほどの独占欲。
僕は彼のすべてを僕のものにしたいと、僕だけのものにしたいと思っている。
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