僕しかいない。

紺色橙

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16* 一緒に

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-16- 藍染

 ああ恥ずかしい。
 言いたくないことは言わなくてもいいですよって態度をムラサキはずっとしていたのに、どうしてか珍しく強く聞かれて髪のことを答えることになった。
 お前に憧れてだなんて、かっこいいやつと一緒にいたいからだなんて、面と向かって恥ずかしい。
 ソファがないという話題から、冗談で背もたれにどうぞと差し出された体。顔を見なくて済むからちょうどよかった。
 ぎゅうっと強く抱きしめられるのがなぜだかはわからないけども、それこそ支えがないから体勢が辛いのかも。
 おいしょっと凭れていた体を起こし、考える。
 腕を支えるためにクッションを使っていたけど、後ろの男は俺に張り付いたままだし、この長い足を肘掛けとして使っているのも悪くない。でもコントローラーが上にありすぎるのもやっぱりやりにくいか。膝上のクッションを整え腕を置く。

「優弥くん」
 耳元で呼ばれた名にぞくりとした。いつもより低くて甘い、何かを言いたげな声。耳から入って体の中で反響する。
「どうした」
 返事はない。
 ムラサキの声をいい音だなと思ったことがある。
 こうして耳元で聞くと本当に、勘違いしそうな熱を孕んでいる。この人が俺を求めてくれているみたいな錯覚を起こす。そうだったら嬉しいなんて発展した妄想に飛ぶ。
 俺を覆うような体温に心地よさを感じ、力が抜けて俺の腹から滑り落ちる彼の手に気まずさを覚える。
 体内を反響する音に共鳴するようにドキドキ心臓が鳴っていて、伝わる体温以上にじくじくと体の中心が熱を持とうとしていた。
 予想もしない自身の反応に、「嘘だろ」ってクッションを腹の方まで摺り上げる。ムラサキの手がそれより下に落ちないように。
 こんなのムラサキに知られたら、なんて思われるか。気持ち悪いって言われるだろうか。特にきっかけはないただの生理現象ですって言い張れる?
 とにかく、クッションの下で自己主張するものが収まるまで動けない。
 俺を包む体温は心地いいけど、ムラサキに触れあの勘違いしそうな声を再び近くで聞く恐れがある今の状況は良くない。そうだ――
「ムラサキ、二人でやろ。隣来て」
「もう少しこのまま」
 断られた。困る。
 ゲームは先程戻った待機画面のまま二人目の出番を待っている。
「じゃあさ、とりあえず離れて?」
 背中に張り付いたものが頭を振る。
「どーしたんだよー」
「悩んで喜んで悩んで絶望してます」
 全く意味がわからない。意味がわからないがとりあえずどいて欲しい。俺の下半身が平常心を保っている時ならほっておくけど、今はダメ。
 コントローラーをテーブルに置き、半身振り返りムラサキを押す。
「離れろー」
「くっついてたら駄目ですか」
「今はダメ」
「今は? 後なら良いんですか」
「うん」
「じゃあなんで今は駄目なんですか」
 今日のムラサキはなんだかしつこいぞ。下手なこと言うとこれはもしかして。
「教えて下さい。今はどうして駄目なんですか」
 やっぱり。ああ言わなきゃよかった。断り方を間違えた。でも実際別にくっつくのが嫌ってわけではないんだよ。だから仕方ないじゃん。
「えーと、今はゲーム一緒にする時間だから」
 ムラサキは少し沈黙して、その体を押しのけようとする俺の手を抑え腕ごと抱き込んだ。いい匂いがする。真後ろにいたのがずれてしまったものだから、顔も見やすいし見られやすい。失敗した。
 抱き込まれた手を抜こうと動かす。
 あれ。
 自分がそうだからって、他人までそうだなんてあるわけない。
 気のせいだと思い、でもこれはって頭の中で否定する。手の甲で指の背で、確認するようにムラサキの中心部を撫で上げた。
「優弥くん。そういう事すると、」
 ああ、また。
 彼の視線を避けるように俯いた頭の上から降ってくる音。
 幼い子供に言い聞かせるように優しくて、それなのに必死さのある掠れた甘い声にまたぐんと自分の熱が膨れ上がる。
「違う! 当たっただけ!」
 どうして。
 どうして?
 俺の体も、ムラサキも、どうして。
 体の中心に集まる熱をもう誤魔化せない。今ここから逃げないと。だのにムラサキが俺を抱き込んで離してくれない。
 どうにか腕を引き抜いたけれど、体は足を閉じるようにして閉じ込め抑えられ、さっきより密着した背中の下の方に硬いものを感じる。
 なんでどうしてって頭で全く進まぬ言葉が巡る。
「俺帰るから」
「嫌だ」
 でも、だって。
 吸い付くように背後から首元に寄せられた頭と、肌にかかる熱い吐息。
 拘束の緩い腹に巻き付く腕は、逃げようと動けば途端に力が加わる。
「ムラサキもそれ! 俺がいたら困るだろ!」
「僕も?」
 ああー、失敗した。
 焦ると何も出来ないってゲームでも常々分かってることをここでもまた。
 ムラサキの手がクッションをどかすようにするりと俺の下半身に伸びる。
 ダメだ触るなっていう前に、張り詰めた自身がズボンの上から撫でるようにその掌に包まれた。
「っ」
 突然の刺激に声が漏れそうになる。
 帰るって言ったけど、追い出されたいわけじゃない。もう一緒に遊べなくなるのを望んでいるわけじゃない。
 蹴飛ばし殴りムラサキを退かすことだって本当はできた。でもそれをしたくない。俺はそこまで――
「どうしたんですか、これ」
 プレゼントを貰ったときのように喜びを含む優しい声で、優しい手がズボンの中に入り込んで下着の上から硬くなったそれを確かめる。
「触んな、って」
 首筋に、キスをされた。これは絶対に気のせいじゃない。俺がそうされたいって思ってるからじゃない。
「これで帰るんですか」
 そう言いながら指で俺の形をなぞりあげると、下着から顔を覗かせようとする先端を擦る。
 生理現象だから。何でもない、ただの生理現象だからって自分に言い聞かせようとするけど。
「手、汚れる」
 下着に染みができていることくらい分かってる。
 触られ、耐えるように伸びるムラサキの腕にすがりついた。
「ん」
 ちゅっ、ちゅっ、と音を立てるように首にキスをされ続けて、耳たぶを唇で柔く噛まれた。
「むらさき」
 ダメだと触るなと言いたいのに、口からは出てこない。
 拘束はとっくに緩まっていて、彼の体も手もただ優しく俺を支える。
 気持ちよくて、もっと触ってほしくて、ムラサキに凭れ掛かり腰が浮く。
 一日この家で過ごすのに楽なようにと緩めのズボンを履いてきたものだから、下着ごと容易に摺り下げられた。
 人の家で尻を丸出しにしてることとか、勃ってるものを見られ、直に後ろのかっこいい男に握られてしまっていることとか、恥ずかしいどころでなく死ねる。
「だめ」
 数年振りの他人に触られる馴染みのない感覚。だけど同じ男だから分かっているんだろう気持ちいいやり方。
 女の子とは違う骨ばった手で握り擦られる。指先がくびれた部分をなぞり、とろりと出る先走りを人差し指が塗り広げた。
 目の前で上下される手に自分の手をただ重ねて、口だけで拒絶したところでもう引くにも引けなくて。
「な、ムラサキ、待って。ね、待って」
 容赦なく追い立てられるそれに我慢ができない。
 仲良くなりたいって思ってた。けどこんなの、こんなのは。
「そのままどうぞ」
「ちが」
 この男は今どんな顔をしてるんだろうか。俺にここまでやっておいて。
 そうだこいつだって。
「お前も、勃ってんだろ」
 後ろ手に背中に当たるものを探る。
「優弥くん」
 俺をおかしくさせる声が耳でこだまする。
 ムラサキの声はダメだ。いつもより甘い、絶対人を溶かしにかかってるこの声は即効性の薬みたいに効く。
 友達の男の声聞いて煽られて、気持ちよくなるなんて。
「さっきも言ったじゃないですか。そういう事すると、」
「俺だけは、嫌だ」
 恥ずかしくて死にたくなるのなら一蓮托生だ。
 死ぬのなら引かずに特攻しろが俺のスタンスだし、こんなことをさせてしまってもう普通に遊ぶことも叶わなくなるのなら。
「やるなら一緒にやる」
 俺に触るその手を離させ、脱ぎかけのズボンを全て捨てると、ムラサキに体重をかけ転がるように足から抜け出した。
 下を脱いだ自分の情けない格好からは目を逸らし、ムラサキと向き合うようにその体に乗り上げた。
「脱げ」
 もうどうにでもなれだ。ムラサキとまっすぐ目を合わせ、命令する。
 膝立ちになり、同じように彼の下半身を露出させた。
 体のサイズに見合った、俺のよりも大きなそれ。まじまじと他人のを見るのなんて初めてのことじゃないだろうか。映像越しならまだしも。
「ゆうやくん」
 ガチガチに勃っているそれは俺のよりもこの先を期待しヌルヌルとしていた。自分のと合わせるようにして、二つを手で握る。
 両手で体を支えるムラサキは明らかに困惑していて、顔が見えないよりまだマシだなんて思った。
 握り込んだものと顔を交互に見遣るその唇に噛み付いてやろうかと思ったけど、そんなことをしたら言い訳が立たなくなる気がした。この状態で今更何をとも思うけど、生理現象を普通に処理しましたって言い切れないこともない。そういうことにすることも、キスをしたらできなくなるような。
「体、辛いなら倒して」
 二つ分を手だけでやるのはちょっと厳しいかも。ムラサキのに合わせ自身を擦り付けるように腰を動かす。
 半身起こしたような無理のある体勢のムラサキを、とんっと手で軽く押した。彼は抵抗せずにゆっくりと背を床につける。
「こんな……」
 独り言のように漏らされた言葉。上下する喉。
 自由になった右手が服の裾から入ってくる。脇腹から、大して鍛えてもいない腹筋をたどり乳首に触れる。
「俺女の子じゃねーから、触っても楽しくないよ」
「僕は、楽しいんですけど、出来たら優弥くんが気持ちよくなってもらえると」
 途切れ途切れの言葉が吐き出される。
 くすぐったいだけだしそうなるとは思えないが、触りたいのならと上も脱いだ。赤いパーカーの下の長袖も、暑いし脱いでしまう。
「夢みたいだ」
 裸になった俺を見て目を細めた男は、同じようにその服を脱いだ。
 ダメだと思ったのに、伸びてきた左手に顔を寄せた。
 その親指が唇をゆっくりと撫でる。少し押し開かれるようにされて、指先を舌先で舐める。
 腰の動きを緩めて、怪我させないように俺を呼ぶキスを受け入れた。
「っ、ん」
 早急に舌を入れられ、口内を探られる。舌を絡め全て舐め上げられて、垂れそうになる涎すら吐息ごと飲み込まれた。
 右手は相変わらず俺の乳首を優しくいじり、軽くつねったり指の腹でこねたりしている。いずれ気持ちよくなるもんなのだろうか。
「……はっ、ぁ」
 体を起こそうとすれば逃さないというように頭を抱き込まれ、肌がぴたりと張り付く。胸から離れた右手は俺の尻から腰へと辿り、骨盤あたりを支えるように止まった。
 何度もキスされて、途中休むように唇を食まれる。
 歯で傷つけないようにって思っていたのに、自然に腰が揺れてしまう。この熱をどうにかしたいって、猿みたいに下半身を擦りつけた。
 鼻で酸素を吸うにも足りなくて、荒くなる息がどちらのものかも曖昧になる。そのうち呼吸もできなくなるんじゃないかって思った。
 右手で二人分の先走りを合わせ、絡めるように塗りつける。
「もう、出そう」
 汗ばんだ肌を合わせたまま、唇の触れる距離で伝える。
「やば、汚しちゃう」
「出して」
 体を離そうとしたけれど、ムラサキの右手が二つの熱も俺の掌も受け入れた。
 そのまま体に押し当てるように追い立てる。
「んっ」
 どくりと吐き出す感覚。ひくつくのは二人分。
 呼吸を整えるのも許されずにまたキスされる。いい子いい子ってするみたいに頭を撫でられた。
 名残も全て絞り出されてしまえば、頭はどんどん冷静になっていく。
 人様の家で何をとか。自分の今の格好とか。友達に対して何をとか。鍛えられたその腹をとんでもないもので汚してしまったこととか。
 なのにそれを全部未だ続くキスで消されそうになる。
 一人でする時は出してしまったらはい終わりなのに、汗をかき接する肌も気持ちよくて、なんだか余韻があるみたいだった。


 まぁ時間が経って冷静に考えればやっぱりどうするんだよこれってなるんだけど。
 風呂を借りてシャワーを浴びつつ頭を抱える。何でこんな事になったかな。
 友人に対して無理やり、ではないと思うからその点は良いか。
 でもかっこいいなと思っていた友人でありバイト先の人にこれをしちゃったらもう合わせる顔がない。気持ちよさを優先した自分の意志の弱さが申し訳ない。
 借りたタオルでわしゃわしゃと拭いて、新しい下着なんか持ってきてないと気づいた。しかも脱ぎ捨てたのもあっちの部屋のまま。盛大に溜息が出る。
 腰にタオルを巻いて隠し洗面所の引き戸を開ける。
「下着、新しいのそこに出してますよ」
 引き取りに来たのが分かったのか、一歩出たところでムラサキが立ち上がる。彼はもう下着を身に着けているが、後は裸のまま。モデルの時に脱ぎ着するのだって見ているのになんだか気恥ずかしい。
「後パジャマを」
 洗面所に畳まれ積まれているパジャマと、袋に入ったままの下着。
「ありがと」
 タオルで隠したまま下着を履いて、ふと気づく。ムラサキはずっとそこで俺を見ている。
「何でパジャマ」
「汗かいたのは洗えばいいかなと」
「いや、そうじゃなくて。今日は帰るよ俺」
 今日はというかもう顔を合わせることもないだろうけど。
「どうして」
「どうしてって」
 恥ずかしいから? 申し訳ないから? 友達にすることじゃないから? どれも合っているし違う気もする。
「優弥くんは気持ちよくなかったですか」
「良くなかったら出せてない」
「僕は嬉しかったです」
 嬉しい? ――気持ちがよかったから?
 洗濯機を回し、俺に次いで風呂に入るムラサキを見送って、悩んだ末に用意されたパジャマに着替えた。足の長さが合わないので足首の上まで折ってやる。
 服も洗濯されてしまったし、仕方ないんだ。
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