僕しかいない。

紺色橙

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25* 代償

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-25- 藍染

 用意の整ったベッドの上、着替えていなかったパジャマを下着ごと剥ぎ取られる。
 背中に当たる、体温の移っていない冷たいシーツ。押さえられた足。
 性急に事を進めようとする彼にされるがまま。
 たっぷり出されたローションが一度彼の手を介す。手のひらで包みその冷たさを取り除くようにしてから、ぬぷりと後ろに塗り込められた。
 予期せぬことに反射的に体が引こうとする。
 今まではもっとゆっくりと、指を入れられる前だって予感を呼び起こしてからだったのにそれもない。
 でもこれまでは萎えていた俺自身もまだ健在で、なるべく力を抜くように意識した。指先から第一関節、第二関節とじわじわ侵入し、押し広げられる。それがわかるくらいには、もう慣れたのだ。
 ムラサキはずっと窺うような視線を送ってくる。
 欲しがられるからあげるってだけじゃない。俺がしたいんだ。俺が、ムラサキと。
 シーツをぎゅっと握った。
 あの時以来ムラサキに触られたことを思い出して弄っていた乳首をぺろりと舐められた。びくりと反応してしまう。円を描くように周囲を舐められると、じくじく下半身に血が集まるのを感じる。こそばゆさと触られるっていう期待でドキドキする。
 その顔が見えるように、ムラサキの髪を耳にかけてやった。
 舌先が突起を引っかけるように舐め上げてきて、ベッドに体が沈む。
 点のように小さな快楽が、舐められるたびに散っていく。もっとしてほしい。たくさん、もっと。言わずに彼の頭を招くように押さえた。
 胸と連動するように中の指が動かされる。
 ぐるりと円を描いて広げて、ぞくぞくする箇所を引っかけた。
「あっ」
 じわり、今まで感じたことのない痺れに声が上がる。
 ムラサキは乳首を軽く歯で噛んで上目遣いに俺を見やると、ちゅうっと音を立てて吸い上げ唇を離した。
「なんか、……ぁ」
 動かされる中の指。腰あたりから広がるじんわりした甘い感覚。感じたことのない、何かに縋りたくなるような感覚。
 宙に浮いた手でムラサキを求める。その手のひらを肩で挟むように頬を寄せ、彼は目を細めた。
 はしたなく足を広げる。
 ずっと嫌だったのに、気持ち悪いと思っていたはずなのに、中を動く指を体が確認したがっていた。
「んっ……なぁ、なんか」
「気持ちいいですか」
 言葉にされて、それが気持ちいいに通じる感覚なのだと知る。
「ぁ、――」
 触られてもいない自身がじわりと先走りを漏らす。
「っ……あ」
 中を擦られるたびに声が漏れ、腰が浮く。
 くちゅくちゅと喘ぎの合間を縫うように弄られ粘ついた水音が鳴る。
 彼の頬から滑り落ちた手で再びシーツを掴み、ねだる様に腰を動かした。
「んんっ」
 入れる指が増やされた。
 広げ、馴染ませるようにうごめく。
 下半身に意識が集中している。自分が今どんな声を出しているかどんな顔をしているか、取り繕っていられない。
「すごいな……我慢できないかも」
 熱っぽいその声にずくりと血が沸く。
「して」
「でもまだ」
 いつもならもっともっと時間をかけてもらう。だから時間的には確かに、まだ。
 以前同じように「して」と言った時は、気持ちの悪いものをさっさと終わらせたいという意味もあったけど今は違う。
「してほしい」

 中身を一つ取り出した箱はベッドボードに投げられる。
 ムラサキは個袋を歯で噛み切ると、左手で自身につけていく。
 器用なもんだなって、感心するようにそれを眺めた。
 またローションを足して、中から指が出て行った。
 代わりに俺の足を上げ支えるようにして、ゆっくりとムラサキが入ってくる。
「いっ…!」
 指が抜けて空っぽになったように感じたものが埋まっていく。
 指なんかじゃない質量に体が強張る。
 したいけど、無理じゃないか。無理だろって脳みそが行為を否定する。
「どうしてもダメだったら言ってください」
 もう無理かもって口から出そうになる。けど飲み込む。
 何日もかけて優しく慣らされ広げられたそこは、ローションも手伝ってそんなに抵抗はないはずなのに。
 浅くなる呼吸を止め、深く深く息を吐いた。
 温かい手のひらが俺の太ももを撫で、息を吐くのに合わせるようにまた彼が進んできた。
 今までならもっと探り探りだった。ずっと俺の様子を事細かに観察していた彼はきっと俺が我慢していることにも気付いている。でもそれを言わず、行為を止めることもしない。俺が言わないから。言わないことを選択したから。
 ぐいぐいと押し広げられるのがわかる。奥まで全部入れようとしてる。
 どうしてもダメならと彼は言った。どうしても、と。そうでないのなら止める気はないって、ムラサキだってしたがってるんだって思えた。 
 つい息を詰めてしまうのをダメだダメだと意識して、ムラサキの顔を見る。
 目が合えば蕩けそうな笑みを返された。
「気持ちいい。入れただけでいっちゃいそうです」
 力が抜け落ちた手を拾われキスされる。何度も、何度も。
 嬉しそうなムラサキの顔を見ていたらだんだんと力が抜けてきた。こうしたかったって心の底から思っているような笑みに、俺も喜べた。
 下半身の肌と肌が張り付く。ムラサキはしばらく動かず耐えるように馴染むのを待つ。
 限界まで広げられたような、痛みほどではない引き攣った感じ。接し、反響するようにどくどく感じられるものが彼のものか自分の鼓動なのかはわからなかった。
「動きますね」
 宣言をして、あくまでも慣らすことが目的のようにゆっくりと動かれる。
「っ――」
 一度奥まで入れられたものは引き抜かれ、浅く、俺が反応する指で弄られていたところに狙い当てるように擦りつけられる。
 ゆっくりゆっくりと気遣われ優しく繰り返される動き。
 時折俺の体を撫でる指先。曲げた膝にされるキス。
 それらに体が反応する。
「あっ、あ」
 気持ちのいい場所なんて自分では正確にどこともわからないのに、きっともうムラサキには知られている。俺よりも俺を知っている。
 擦りつけられる度に止めどなく垂れ流される声が恥ずかしい。まるで自分じゃないみたい。
 口を腕で塞いだ。
「っ」
 知らなかった快楽が暴かれる。もっと、もっとほしい。
 自分の有様を恥ずかしいと思っているのに、本能が要求する。
 緩やかな後ろの刺激に煽られて、空いている手で自身を触る。
「ああ、たまらない……」
「ぁあっ」
 俺が握っていた先端の窪みをなぞりムラサキがぐっと奥を突いて、塞いでいたのに声が落ちた。
 隙間なくすべて埋め尽くされる。
「ん……あ、あぁ」
 先ほどとは違い奥へ奥へと繰り返される律動。
 気持ちいい。ただ、ただ、きもちいい。
 意識がとろけていく。
 腕の力が抜けて、体の力も抜けて、なのにムラサキと繋がっているところだけは彼を離さない。
「優弥くん」
 俺の体を折りたたむようにして、ムラサキが動きを強める。
 いつもと違う余裕なく情欲を露わにした声が熱を漏らす。
 自分たちがしている行為を確認するように俺の名を呼び、繋がっている箇所を指でなぞった。
「いきそ……」
 ごりごりと中を抉るように擦り付けられて、持ち上げられた足で彼を挟むように頼る。
 ぺたりと汗ばんだその体。抱き着くように手を伸ばす。
 肌のぶつかる音。
 強く打ちつけられて体が動く。 
「あ、だめ。いく」
 ムラサキ、と呼んだ声はかすれて消えた。
 直前彼に許可されるようにキスされる。
「んんっ――」
 そのまま果てた俺から一呼吸して、ムラサキも同じように深く息を吐いた。


 ゆっくり足を下ろされて、ちょっとだけ放心する。
 体液は拭き取られたが、下半身はべたついたまま。ごみを捨てたムラサキに抱きつかれる。
 まだ盛ってんのかってくらいキスを降らせてくる彼をほっておいたら、体の中央左寄りの所に痕をつけられた。
 痕があって困りはしないから怒ることも止める必要もないけども。
「なんていうか、もし毎日こうして優弥君に触れるんなら、その時僕はすでに悪魔に魂を売っているかも」
「何言ってんだお前」
「こんなに気持ちよくて幸せなこと普通ないでしょう」
 普通、はわかんないけども。
「幸せなら神様とかじゃねーの」
「神でも仏でもいいんですけど、ちょっと怖いくらい幸せだと思ったので。代償が必要かなって」
 こんなものに代償を支払うような価値は無い――と考えて先ほどのムラサキの言葉が思い出される。
 要らないのならムラサキによこせって。
「俺がお前に直接あげるから、悪魔とは取引すんなよ」
 恥ずかしげもなく素っ裸で仰ぎ見れば、隣に座り見下ろす彼の口元がほころんだ。
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