それは愛か本能か

紺色橙

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第一章 宮田颯の話

1-15 洗脳*

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『少し友達の家に行ってくる』と親に送ったメッセージ。
 文化祭委員の雑用を終わらせ17時をまわる頃、上条に急き立てられ学校を出た。
 いつもより速いような気がする車で、すぐに知らない道に出る。
「辰巳兄さんまだいる? 帰らないで待つよう伝えて」
 隣に座る上条は車に乗るなり誰かに電話をした。
 電話が切られるのを待って質問をする。
「お兄さんに用があるなら俺邪魔じゃね?」
「必要です」
「なんで」
「試して欲しいことがあるって言いましたよね」
 先日聞いた話。内容は聞かなかったけれど。
「兄もアルファです」
「うん?」
「兄の匂いを嗅いでみてください。匂いなんか、しないはずだから」
 発情期でない今、俺はアルファには反応しないはず。
 上条から漂う良い匂いというものが運命の印だというのなら、同じくアルファのお兄さんには感じないはずなのだ。
 上条は怖いのだろうか。
 運命だと追いかけてきたけれど、実際には違うかもしれないと疑っているのだろうか。
 俺が運命でないのなら、俺なんかを番にする必要はないから。

 気分が沈み始める。
 自然と口数が少なくなった。
 いつも通り上条が話しかけてきているのに、適当な相槌を打つ。
 
 全開にした窓から入る風を吸い込んだ。
 町の匂いはあくまでも町の匂いで、それは排気ガスやらどこかの飯屋の炊飯の匂い。
 
 上条が運命の人であってほしいと、俺は思ってしまっている。
 あんなに否定していたのに、夢見る桃と全く同じに、こいつがそうであってほしいと思っている。

 
「お邪魔します」
 しばらく走った車で着いた上条の家は、屋敷というのが正しいだろう。
「兄たちはもう家を出ているけど、たまに仕事のことで来るんだ。今日来ていたみたいだから」
 どこもかしこも綺麗に磨かれた家の中。
 運転手さんが俺らの鞄を先に部屋に持って行ってくれた。
 艶のある廊下をひっそり歩く。

「辰巳兄さん、颯君だよ」
「初めまして、宮田颯です」
 上条に似ている、と思った。
 優雅にソファにいたその人は、挨拶をした俺にこれまた優雅に微笑んだ。
「真也の運命の子だね」
 広い部屋の中少しずつ近づく。まだ距離はある。
 見るからにアルファだと分からせる空気を纏うこの人に緊張した。
「だから、試してほしい」
 上条のはっきりした言葉は、俺に言ったのかそれともお兄さんに言ったのか。
「どう?」
 俺より背の高いお兄さんは、手を伸ばした先の距離まで近づいて両手を広げた。
「もっと近づいてもいい?」
「良くない」
 俺が答える前に上条が横から答えた。
 ふわふわ漂う匂いは上条のもののはず。でもはっきりとはわからなかった。
 発情期じゃない。だからわからなくてもいいはずなんだ。
「でもはっきりさせて、安心してほしいんでしょう?」
 横を見やれば上条が珍しくはっきりと嫌そうな顔をしていた。
 こんな顔は初めて見た。
「少しだけね」
 お兄さんは笑う。握手するように手を出され、同じように手を出せばぐいと引かれた。
 思ったよりも強い力にふらつき前に出る。
 体に触れている、見上げなければ目が合わないほど近くにいる。
 でも、匂いはしなかった。
「香水付けてます?」
「うん」
「嗅いだことのある匂いはするけど、これは、違う」
 良い匂いはするけれど、これは正体不明の匂いではない。
 頭が発信元を探し始めるような意識を持って行かれる匂いじゃない。
「残念」
「兄さん」
「もしかしたら騙されるかなって思ったんだよ」
 わざわざ来る前に香水をつけ直したとお兄さんはお茶目に言った。
「もう兄さんは帰っていいよ。ありがとう」
「はいはい。じゃあね」
 上条は置かれていた鞄をお兄さんに押し付ける。
「来て」
 お兄さんが去るより早く、促された。

 広い屋敷の中、階段を上り案内される。
 開かれたドアの中はまた広く、金持ちだなと怖気づいた。
 お兄さんのおかげで上条が特別なのだとは感じたけれど、それでも躊躇いがあった。
「ごめんね颯君」
 躊躇いがあるのに、抱きしめられればついその匂いを吸い込んだ。
 かちりと静かな音でドアの鍵がかけられる。
 窓にレースカーテンは引かれているが揺れてはいない。
「窓」
「開けない」
 心臓が少しずつ早さを増していく。
「番にしたい」
 骨が軋んでいるんじゃないかと思うほど強く抱きしめられる。
 "なりたい"ではなく"したい"と言われた。
 く、と喉が詰まる。
 その喉元を上条がぺろりと舐めて口づける。
「俺、」
 何かを言おうと思うのに、言葉が出ない。
 騒がしくなった心臓の音が聞こえるほどには理性がある。
 いっそ発情期だった方が、何も考えずに上条に縋りつけたのかもしれない。
「ごめんね。覚悟してほしい」



 腕を引かれるまま転ばないよう歩いた。
 柔らかく笑う癖に意外と力が強いんだよなと、屋上への階段を上った時を思い出す。
 そのままベッドに押し倒された。

「僕の番」

 シーツの上で指が絡み、キスをしながら流された。
 外されていくボタンを止めることもしなかったし、脱がされる制服に抵抗することもしなかった。
 ひんやりしたシーツに体温を移し手足を投げだせば、ふと目が合った。
 射貫くような瞳がアルファなのだと主張するかの如く光る。
 捕食だ、と思った。

 上条の匂いが強まっていくのがわかった。
 吸い込もうとしているわけじゃなくただ呼吸しているだけなのに、どんどん体の隅々にまでその匂いが運ばれていくのがわかる。
 体の中心から末端まで熱を持ち、敏感になっていく。

 指先が喉を捕らえ、そのまま下へと降りていく。
 体の上を撫でる様にゆっくりとした動作で、優しく乳首をつままれた。
「んっ」
 自分が欲情しているのがわかる。
 呼吸が浅いのも、だのに上条の匂いに囚われているのもわかる。
 優しく俺を確認するように触る手も、身体に痕を残すように肌を吸う唇も、嬉しかった。
「上条っ」
 指先が胸の先端を転がすようにいじり、小さく「あっあっ」と俺の口から洩れる喘ぎに、上条が嬉しそうに笑った。
「可愛いなぁ。ほんとに、可愛い」
 耳元で繰り返される言葉。
 また指先がゆっくりと下へ移動していく。
 次にどこへ行こうとしているのか、期待して体が反応する。
 服の上から自身のソレを撫でられた。
 すでに先走りで濡れている下着ごと、擦りつけるように指先が動く。
「ぁん」
 もっとはっきり触ってほしい。腰が浮く。
「あんまり煽らないで」
 その腕に手を伸ばし、自身に押し付けた。
「して」
 浅ましい体はもう準備が成されている。
 運命じゃなくたっていい。触ってほしい。犯してほしい。
 発情期でもないのに頭がぐすぐずとそればかりに支配されていく。
 強まった上条の匂いが俺に絡まり体内に溶けていくようで、このままおかしくなってしまいたいと思った。

 ねだる言葉を口にして、足を広げた。
 優しく俺に触れるだけだった指先が、後ろの穴に入ってくる。
 うにうにと中を確かめ少しずつ侵入してくる。
「あっ、そこ」
 擦られた場所に反応し、もっともっととしがみつく。
 持ち上げられた足で角度が変わり、中をぐるりとかき回すようにされれば声が漏れた。
 求める甘えた声。でも恥ずかしいなんて思っていられなかった。
「入れていい?」
「うん――っ」
 細い指がいなくなった一瞬の寂しさの後に入ってきたものに、また声が上がる。
「すごいっ、あ、あ……まって、そんなの――」
 ぐいぐいと容赦なく入ってくる上条を迎えるように腰が動く。
 奥まで欲しくて、自分の一番深くまで犯してほしくて抱き付いた。
「気持ちぃ」
「僕も」
 ガンガン奥まで突かれ身体が動く。
 ぴたりとくっついた体が離れなければいいのに。
「噛みたい」
 上条の荒い息が首にかかる。
 熱を持った瞳が揺れている。
「噛んで、――噛んでっ」
 番にして欲しい。
 上条のものにして欲しい。
 俺を全部、支配してほしい。
「颯」
 熱を持ったその声にきゅうと俺の穴が上条を締め付けるのがわかる。
「――っ!」
 首に痛みが走った。
 一瞬では終わらず、ぐっと歯が立てられる。同時に上条が奥深くを攻めてくる。
「ぁ、いくっ……!」
 目の前が一瞬白くなるような強い快楽。
 じわりと首から、そして体内に上条を感じた。
 


 ――刻み込むんだ。お前は俺のものだって。
 ――洗脳みたい。
 昼間の会話が思い出される。
 俺はもう、こいつなしじゃ生きられない。
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