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第二章 上条真也の話
2-2 宝物
彼の学校に編入し、本当はすぐ午後から一緒に授業を受けるはずだった。
でも初めて彼に近づいた時、彼はまさかの発情期中だった。
一目見ただけでも僕は強い薬を飲まなければならなくなったのに、抑制剤を飲んでいるはずの彼は酷く甘い匂いで僕を誘った。
名前を聞いて確認し、颯君と呼んでも自然なようにだけ会話をした。
とっくに知り毎晩のように呼んでいる名前だ。
それ以上は無理だった。
噛みたい。今すぐ襲い掛かりたい。
その肌に歯を立てて、体内をぐちゃぐちゃに僕のもので犯してしまいたい。
今この場でそんなことをしたら『仲良く』どころではなくなってしまう。
その場を離れ、明日から授業に参加することにした。
少し気分が悪いと事実を言い、トイレに向かう。
颯君に会うからと事前に抑制剤を打ってはいたがこれは帰ってすぐに相談だなと考えながら、高ぶった自分の熱を沈める。
制服を脱がせ、あの体に触れる想像をした。
太陽を浴びた黒髪の一筋を、夏の日に焼けた頬を、瞼の皴を、薄い耳朶を、唇で味わいたい。
近くで聞けた声が脳内で再生され、あの声で喘ぐ。
記憶力は良い方ではあるが、ここまで鮮明な記憶は彼相手にしか発揮されないだろう。
吸い込んでしまった彼の甘い匂いがまだ体内に残っているようで、熱はなかなか引かなかった。
颯君に直接「良い匂いがする」と言ってしまったことを恥じた。
まるで変態のようで、でも必死に取り繕うのも悪化させそうだと思った。
甘いだけではない、僕を誘う匂い。
変えてもらった新しい薬と気合でどうにか彼の隣に立つ。
近づきたい触りたい噛んでしまいたいと、頭の半分くらいは常にそんな思考に支配されている。
だから同時に、離れなければ自分はどうなってしまうのかという怖さがあった。
理性なんてものは本当に、あってないに等しい。
席替えで彼から離れてしまったのは本当に残念だけれど、隣にいたらまともではいられなかったとも思う。
発情期中の彼はとにかく具合が悪そうだった。
放課後、他の人が帰宅してもぼんやりとしていた彼を見守り声をかけた。
このままでは帰宅途中の道路で倒れてしまうのではないかと心配だった。
颯君は強く僕を拒絶した。僕はアルファだから仕方ないのだろうとも思う。
博物館であの日僕の視線に気づかなかった彼が、今運命の番である僕に気付いて反応してくれているのなら良いのに。そんな気持ちもあった。
「助けて」
薬を落とし体内で暴れる発情期を抑えられずにいる彼は僕を見た。
僕を見て、僕に対し助けを求めた。
あの時彼の中には僕しかいなかったはずだ。
逃がせないと思った。
僕より少し軽い体は意識を失い重かったが、全身で僕を頼ってくれているようで嬉しかった。
迎えに来た車に彼を連れ込み、体に触れた。
シャツのボタンを外し、露わになる首筋。噛みたい衝動を抑え、自分の腕を噛んだ。
後で血が滲み出るほど傷ついていたのに気づいたが、その時は何も感じなかった。
彼の肌に触れ、意識なく開かれた唇から舌を入れて味わった。
代替品のこの腕を噛み、脳内で彼を犯す。
僕の番だと何度も、何度も何度も意識のない彼の耳元で囁いた。
翌日学校を休んだ彼に、僕のした事がばれてしまったのではないかと心配になった。
具合の悪くなった友人を送り届けたクラスメイトとして彼の母親に連絡も入れたが、うまく演じられただろうか。
彼は僕を避けていた。それは分かっていた。
でも僕は近づきたかった。
颯君の前に座る友人ではなく、僕に話しかけて欲しかった。
彼の落としていった薬を理由に声をかける。
新しい薬を貰ってきたのだという彼の具合の悪さに、合法的に触れる時だと思った。
布越しに触れた彼の足に、次は直接と願う。
でもそれ以上は何もできない。
それに本当に具合の悪そうな彼に一方的な欲をぶつけることもできず、先日取り落としていた薬を、今度は落とさないようにと口元に運んだ。
「ほっといて」と言った颯君の言葉が強くて、少し悲しくなった。
***
発情期の明けた颯君は体が楽になったようで、挨拶をしてくれるようになった。
目を合わせて僕を見て、僕に声をかけてくれる。
嫌われてはいないのだと安堵した。
近づきたい気持ちを抑え、なるべく距離を保つ。
クラスメイトと仲良くし、自分は異物ではないのだと暗に見せることにした。
同い年の学生で敵意があるわけでもない。
颯君が積極的に来てくれることは無かったけれど、少しずつでもいいと思った。
そうして待っていれば、颯君はずいぶんと僕に対して刺々しい態度を取らなくなってきた。
彼が自分から僕に対して話してくれるのが嬉しくて、ついつい下心が出始めた。
運命の番だ、僕のことを好きになってくれる。
そういう高慢さが出始めた。
お互いに引き合うはずだ。それでなくともオメガはアルファに影響される。
だから、――。
少しの強引さは一瞬の失敗を呼び起こす。
でも、彼は僕に捕まってくれた。
「ねぇ、僕の匂いする?」
「アルファの匂い」
僕から匂いがするのだと、勘違いしながらも彼が答えたとき、そのまま連れ去ってしまいたかった。
早く閉じ込めて、誰にも見せないようにしなければと思った。
熱を持ち過ぎた下半身の痛みを感じながら、冷静さを装う。
すぐにでも噛みついて自分だけのものにしたかった。でも僕は彼に求められたかった。認められたかった。
唇が離れたとき、彼から甘い吐息が漏れた。離れたくないとでもいうように身体はくっつき、彼は無意識に僕のことを誘う。
再びのキスの許可をくれた彼に、握りしめた理性がどこまで持つのかの心配をした。
運命を信じないと頑なに言う彼は、それでも運命の番という存在は知っていた。
知っていたのなら、どうなるかもわかっていたはず。
これは僕にとって都合のいい解釈かもしれないけれど、とにかく僕は、宝物をようやく手にした。
でも初めて彼に近づいた時、彼はまさかの発情期中だった。
一目見ただけでも僕は強い薬を飲まなければならなくなったのに、抑制剤を飲んでいるはずの彼は酷く甘い匂いで僕を誘った。
名前を聞いて確認し、颯君と呼んでも自然なようにだけ会話をした。
とっくに知り毎晩のように呼んでいる名前だ。
それ以上は無理だった。
噛みたい。今すぐ襲い掛かりたい。
その肌に歯を立てて、体内をぐちゃぐちゃに僕のもので犯してしまいたい。
今この場でそんなことをしたら『仲良く』どころではなくなってしまう。
その場を離れ、明日から授業に参加することにした。
少し気分が悪いと事実を言い、トイレに向かう。
颯君に会うからと事前に抑制剤を打ってはいたがこれは帰ってすぐに相談だなと考えながら、高ぶった自分の熱を沈める。
制服を脱がせ、あの体に触れる想像をした。
太陽を浴びた黒髪の一筋を、夏の日に焼けた頬を、瞼の皴を、薄い耳朶を、唇で味わいたい。
近くで聞けた声が脳内で再生され、あの声で喘ぐ。
記憶力は良い方ではあるが、ここまで鮮明な記憶は彼相手にしか発揮されないだろう。
吸い込んでしまった彼の甘い匂いがまだ体内に残っているようで、熱はなかなか引かなかった。
颯君に直接「良い匂いがする」と言ってしまったことを恥じた。
まるで変態のようで、でも必死に取り繕うのも悪化させそうだと思った。
甘いだけではない、僕を誘う匂い。
変えてもらった新しい薬と気合でどうにか彼の隣に立つ。
近づきたい触りたい噛んでしまいたいと、頭の半分くらいは常にそんな思考に支配されている。
だから同時に、離れなければ自分はどうなってしまうのかという怖さがあった。
理性なんてものは本当に、あってないに等しい。
席替えで彼から離れてしまったのは本当に残念だけれど、隣にいたらまともではいられなかったとも思う。
発情期中の彼はとにかく具合が悪そうだった。
放課後、他の人が帰宅してもぼんやりとしていた彼を見守り声をかけた。
このままでは帰宅途中の道路で倒れてしまうのではないかと心配だった。
颯君は強く僕を拒絶した。僕はアルファだから仕方ないのだろうとも思う。
博物館であの日僕の視線に気づかなかった彼が、今運命の番である僕に気付いて反応してくれているのなら良いのに。そんな気持ちもあった。
「助けて」
薬を落とし体内で暴れる発情期を抑えられずにいる彼は僕を見た。
僕を見て、僕に対し助けを求めた。
あの時彼の中には僕しかいなかったはずだ。
逃がせないと思った。
僕より少し軽い体は意識を失い重かったが、全身で僕を頼ってくれているようで嬉しかった。
迎えに来た車に彼を連れ込み、体に触れた。
シャツのボタンを外し、露わになる首筋。噛みたい衝動を抑え、自分の腕を噛んだ。
後で血が滲み出るほど傷ついていたのに気づいたが、その時は何も感じなかった。
彼の肌に触れ、意識なく開かれた唇から舌を入れて味わった。
代替品のこの腕を噛み、脳内で彼を犯す。
僕の番だと何度も、何度も何度も意識のない彼の耳元で囁いた。
翌日学校を休んだ彼に、僕のした事がばれてしまったのではないかと心配になった。
具合の悪くなった友人を送り届けたクラスメイトとして彼の母親に連絡も入れたが、うまく演じられただろうか。
彼は僕を避けていた。それは分かっていた。
でも僕は近づきたかった。
颯君の前に座る友人ではなく、僕に話しかけて欲しかった。
彼の落としていった薬を理由に声をかける。
新しい薬を貰ってきたのだという彼の具合の悪さに、合法的に触れる時だと思った。
布越しに触れた彼の足に、次は直接と願う。
でもそれ以上は何もできない。
それに本当に具合の悪そうな彼に一方的な欲をぶつけることもできず、先日取り落としていた薬を、今度は落とさないようにと口元に運んだ。
「ほっといて」と言った颯君の言葉が強くて、少し悲しくなった。
***
発情期の明けた颯君は体が楽になったようで、挨拶をしてくれるようになった。
目を合わせて僕を見て、僕に声をかけてくれる。
嫌われてはいないのだと安堵した。
近づきたい気持ちを抑え、なるべく距離を保つ。
クラスメイトと仲良くし、自分は異物ではないのだと暗に見せることにした。
同い年の学生で敵意があるわけでもない。
颯君が積極的に来てくれることは無かったけれど、少しずつでもいいと思った。
そうして待っていれば、颯君はずいぶんと僕に対して刺々しい態度を取らなくなってきた。
彼が自分から僕に対して話してくれるのが嬉しくて、ついつい下心が出始めた。
運命の番だ、僕のことを好きになってくれる。
そういう高慢さが出始めた。
お互いに引き合うはずだ。それでなくともオメガはアルファに影響される。
だから、――。
少しの強引さは一瞬の失敗を呼び起こす。
でも、彼は僕に捕まってくれた。
「ねぇ、僕の匂いする?」
「アルファの匂い」
僕から匂いがするのだと、勘違いしながらも彼が答えたとき、そのまま連れ去ってしまいたかった。
早く閉じ込めて、誰にも見せないようにしなければと思った。
熱を持ち過ぎた下半身の痛みを感じながら、冷静さを装う。
すぐにでも噛みついて自分だけのものにしたかった。でも僕は彼に求められたかった。認められたかった。
唇が離れたとき、彼から甘い吐息が漏れた。離れたくないとでもいうように身体はくっつき、彼は無意識に僕のことを誘う。
再びのキスの許可をくれた彼に、握りしめた理性がどこまで持つのかの心配をした。
運命を信じないと頑なに言う彼は、それでも運命の番という存在は知っていた。
知っていたのなら、どうなるかもわかっていたはず。
これは僕にとって都合のいい解釈かもしれないけれど、とにかく僕は、宝物をようやく手にした。
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