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あしもとの金木犀
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昔から金木犀が咲く道がある。誰かが育てているのだろう。毎年、10月過ぎになると歩くたびに強い香りが鼻腔をくすぐる。この香りが好きだ。癖になる甘さがある。それでいて優しい。いつまでも
嗅いでいたくなる香りだ。
ここにずっと座っていたい。誰かが通るたびにスマホを傾けては画面を見ているふりをする。不自然で怪しいと思われないために、金木犀のそばに居続ける。田舎だからか、話しかけてくるのはおばちゃんとおじちゃん、たった1人の同級生の眞緒まおだけ。いいとこだ。人混みが苦手な自分にとってここは都合のいい場所。
スマホを傾けながら目をつぶった。香りだけに意識を集中させる。この時間、幸せだと思う。たった数分こうしているだけで落ち着く。
口の中の息を吐き出すようにふうっと声に出す。
「またこんなところにいる。小春こはるはいつもここでなにしてるの。僕は金木犀の強い香り苦手なんだよ、勘弁して」
怠そうに猫背な背中をさらに丸めて私を睨みつけてくる。
いつもばあちゃんに頼まれては探しにくる2つ年上の大学生。拓杜たくとは嫌々いいながらも探しに来てくれる優しい兄のような存在だ。だけど、優しいのは眞緒だけで私のことは嫌いなのか、昔から冷たい。いつも睨むようにして目を細めてくる。
「だったら探さなければいいじゃん」
「お前ほんと自己中だよな。せっかく探しに来てやったのに、なんなのその態度」
「ばあちゃんに頼まれても探しに来なくていいから」
その場から逃げようと拓杜のいる方向とは逆に歩を進めると、腕を掴まれる。
「心配してんだろ」
どういうものなのか、そんなのは分かりきっている。朝と夜にしか家にいないせいで昼間の動向を探られているのだ。家出をしようと体を売ろうとしたときも運悪く拓杜に捕まった。いいこちゃんになんてなれず非行に走ろうとしている私の手綱を掴んで離さない拓杜がうざい。タバコもお酒も未遂で止められるし、盗撮でもしてるんじゃないかと思うくらいタイミングがいい。恐ろしいやつだ。だから今日もしょうがなく、ここで落ち着いていた。
髪の毛を茶髪に染めて、ピアスを片耳10個ずつ開けて濃い化粧をして繕って、悪ぶる。
「お前いい加減にしろよ。どれだけ迷惑かけたら気が済むんだよ。ばあちゃんはお前がおかしなことをするたびに心配してんだ、いい加減大人になれよ」
拓杜の手の力が強くなる。
「……大人になるって、なんなの。わけわかんない。拓杜は痛い文章でも書いて売ってけばいいんじゃない? 私のことなんてほっといてよ。なんでいちいちばあちゃんの言うこと聞いてるわけ? 暇なの?」
「お前なぁ、ほんと」
深い溜息を漏らし、腕を離すと思いっきり頬を平手打ちをされた。
驚いてその場から動けずにいると、ひりひりと時間差で頬が痛み出す。同時に苛立ちが底から湧き上がってくる。
「嫌い」
「は?」
「拓杜なんか嫌い。もう構ってこないで。キモい」
「キモ……い……?」
明らかに落ち込む拓杜を無視して逃げるようにして金木犀の香る木に身を隠した。誰にも見つからないように金木犀のたくさん生えている木と家の間に入り込む。知り合いの家だから入り込んでも何も言われることはない。気づかれてもばあちゃんにさえバレなければいい。しばらくはここで少しだけ目をつむっていよう。日差しのささない木陰、建物の汚れた壁に背中を預けて眠り込んだ。
歯の掠れる音と虫の鳴く声が心地よく体全体を抱擁されているようだ。
「あれ、こはちゃんじゃん。こんなとこで何してんの? 汚いから服汚れちゃうよ」
目を開けると足元がみえる。生脚にサンダル。ハーフパンツを履いた女子。眞緒だった。そういえばこの家は眞緒のじいちゃんちだ。今日はいないと思っていたのにどうしてこんなところを歩いているんだろう。
「なんでいるの」
「なんでいちゃだめなの。ここで勉強するのが好きなんだよね。こはちゃんはひとんちでなにしてるの」
「……金木犀の近くで寝てみたかったの」
「なんでそんなガキみたいなことしてんの」
「まだガキだからいいでしょ」
起き上がり、服についた砂を払い落とす。適当な服を着ていたから汚れても大丈夫な格好だ。
「ほんといつもダサいけど、今日はいつにも増してくそダサいよ」
「うるさいなぁ。いいじゃん。どうせこんな服、着こなせるわけじゃないし」
「そういうこと言ってるんじゃないよ」
困った顔で微笑みかけてくる彼女を無視して、また逃げるようにその場を離れた。
「なんですぐ逃げるかな……」
小声で言ったであろう声はハッキリと聞き取り、気まずくなって走った。
金木犀が生えている神社の御神木の裏に体育座りでしゃがみこむ。
居場所がないここには、ただそこにある金木犀の甘い優しい香りに包まれながら死にたいと思った。目をつぶってまた眠るように深く息を吸って吐いた。もう日が暮れる。そんなものどうでもいい。人がいないのか、誰もいないおかげで気づけば朝日の光が瞼を照らした。
嗅いでいたくなる香りだ。
ここにずっと座っていたい。誰かが通るたびにスマホを傾けては画面を見ているふりをする。不自然で怪しいと思われないために、金木犀のそばに居続ける。田舎だからか、話しかけてくるのはおばちゃんとおじちゃん、たった1人の同級生の眞緒まおだけ。いいとこだ。人混みが苦手な自分にとってここは都合のいい場所。
スマホを傾けながら目をつぶった。香りだけに意識を集中させる。この時間、幸せだと思う。たった数分こうしているだけで落ち着く。
口の中の息を吐き出すようにふうっと声に出す。
「またこんなところにいる。小春こはるはいつもここでなにしてるの。僕は金木犀の強い香り苦手なんだよ、勘弁して」
怠そうに猫背な背中をさらに丸めて私を睨みつけてくる。
いつもばあちゃんに頼まれては探しにくる2つ年上の大学生。拓杜たくとは嫌々いいながらも探しに来てくれる優しい兄のような存在だ。だけど、優しいのは眞緒だけで私のことは嫌いなのか、昔から冷たい。いつも睨むようにして目を細めてくる。
「だったら探さなければいいじゃん」
「お前ほんと自己中だよな。せっかく探しに来てやったのに、なんなのその態度」
「ばあちゃんに頼まれても探しに来なくていいから」
その場から逃げようと拓杜のいる方向とは逆に歩を進めると、腕を掴まれる。
「心配してんだろ」
どういうものなのか、そんなのは分かりきっている。朝と夜にしか家にいないせいで昼間の動向を探られているのだ。家出をしようと体を売ろうとしたときも運悪く拓杜に捕まった。いいこちゃんになんてなれず非行に走ろうとしている私の手綱を掴んで離さない拓杜がうざい。タバコもお酒も未遂で止められるし、盗撮でもしてるんじゃないかと思うくらいタイミングがいい。恐ろしいやつだ。だから今日もしょうがなく、ここで落ち着いていた。
髪の毛を茶髪に染めて、ピアスを片耳10個ずつ開けて濃い化粧をして繕って、悪ぶる。
「お前いい加減にしろよ。どれだけ迷惑かけたら気が済むんだよ。ばあちゃんはお前がおかしなことをするたびに心配してんだ、いい加減大人になれよ」
拓杜の手の力が強くなる。
「……大人になるって、なんなの。わけわかんない。拓杜は痛い文章でも書いて売ってけばいいんじゃない? 私のことなんてほっといてよ。なんでいちいちばあちゃんの言うこと聞いてるわけ? 暇なの?」
「お前なぁ、ほんと」
深い溜息を漏らし、腕を離すと思いっきり頬を平手打ちをされた。
驚いてその場から動けずにいると、ひりひりと時間差で頬が痛み出す。同時に苛立ちが底から湧き上がってくる。
「嫌い」
「は?」
「拓杜なんか嫌い。もう構ってこないで。キモい」
「キモ……い……?」
明らかに落ち込む拓杜を無視して逃げるようにして金木犀の香る木に身を隠した。誰にも見つからないように金木犀のたくさん生えている木と家の間に入り込む。知り合いの家だから入り込んでも何も言われることはない。気づかれてもばあちゃんにさえバレなければいい。しばらくはここで少しだけ目をつむっていよう。日差しのささない木陰、建物の汚れた壁に背中を預けて眠り込んだ。
歯の掠れる音と虫の鳴く声が心地よく体全体を抱擁されているようだ。
「あれ、こはちゃんじゃん。こんなとこで何してんの? 汚いから服汚れちゃうよ」
目を開けると足元がみえる。生脚にサンダル。ハーフパンツを履いた女子。眞緒だった。そういえばこの家は眞緒のじいちゃんちだ。今日はいないと思っていたのにどうしてこんなところを歩いているんだろう。
「なんでいるの」
「なんでいちゃだめなの。ここで勉強するのが好きなんだよね。こはちゃんはひとんちでなにしてるの」
「……金木犀の近くで寝てみたかったの」
「なんでそんなガキみたいなことしてんの」
「まだガキだからいいでしょ」
起き上がり、服についた砂を払い落とす。適当な服を着ていたから汚れても大丈夫な格好だ。
「ほんといつもダサいけど、今日はいつにも増してくそダサいよ」
「うるさいなぁ。いいじゃん。どうせこんな服、着こなせるわけじゃないし」
「そういうこと言ってるんじゃないよ」
困った顔で微笑みかけてくる彼女を無視して、また逃げるようにその場を離れた。
「なんですぐ逃げるかな……」
小声で言ったであろう声はハッキリと聞き取り、気まずくなって走った。
金木犀が生えている神社の御神木の裏に体育座りでしゃがみこむ。
居場所がないここには、ただそこにある金木犀の甘い優しい香りに包まれながら死にたいと思った。目をつぶってまた眠るように深く息を吸って吐いた。もう日が暮れる。そんなものどうでもいい。人がいないのか、誰もいないおかげで気づけば朝日の光が瞼を照らした。
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