6 / 6
第6話 議会と連帯
しおりを挟む
・名前のない帰路
車は倉庫街の裏側へ入った。車は倉庫街の裏側へ入った。表通りの灯りが途切れ、看板も途絶える。道は狭くなり、壁が近い。
ミラは飛ばさない。止まらない道だけをつなぐ。見つからないための運転だった。
それでもここまで来るのに時間はかかった。幹線を避け、同じような交差点をいくつも曲がり、橋の下を抜けて、また曲がった。メーターの時計を見たのは一度だけだ。三十分以上。距離の分だけ、淡々と進んでいた。
さっきまでは月が見えていた。倉庫の屋根の切れ目に、白い欠片みたいに浮いていた。それが薄くなり、雲の輪郭が増え、光だけが伸びて形を失っていく。
表通りの灯りが途切れ、看板も途絶える。道は狭くなり、壁が近い。
助手席のジャムは、コートの内側に手を入れて端末を押さえている。画面は胸元の布に隠れたまま、光だけが一度、指の隙間から漏れて消えた。
「戻りが早いのが、一つある」
声は小さい。報告というより独り言に近い。
ミラは前を見たまま、短く返した。
「それで行こう」
サンは窓の外から目を離さない。倉庫の裏壁、フェンス、閉じた搬入口。逃げ道になる隙間があるか、逆に逃げ道を塞ぐ構造か。視線だけで拾う。胸の奥にまだ痛みが残っているが、息は乱れていない。乱れていないことが、逆に怖かった。
「搬送先の地名は出てない。コードだけ」
ジャムが言った。
サンは視線を戻さないまま、必要な部分だけ聞く。
「便番号と時刻は?」
「残ってる。承認の履歴も」
それで十分だった。便というのは、車の“仕事のまとまり”だ。番号と時刻が揃っていて、承認が切れていないなら、今も動いている。戻りが早い便なら遠くへは行かない。近場で受け渡しを繰り返す。その癖は、現場の人間ほど変えられない。
ミラがハンドルをほんの少し切った。車は街灯の明るい側ではなく、影の濃い側へ寄る。大げさな動きじゃない。ただ、光に輪郭を拾われない位置を選ぶ。
車内の会話が減った。必要なことはもう共有されている。余計に喋れば、そのぶん音が残る。
走っているうちに、雨が来た。最初は粒が窓に当たる程度だったのが、すぐに音が厚くなった。路面が濡れて反射が強くなり、遠くの灯りが滲む。
ミラが言う。
「滑るな。少し落とす」
速度がわずかに落ちる。急なブレーキじゃない。水の膜の上を走るための調整だ。タイヤが水を切る音が混ざり、車内の気配が雨に吸われていく。
ジャムが、端末を押さえたまま呟く。
「雨なら、足音は目立ちにくい」
サンは返事の代わりに、息を一つ吐いた。足音は消えても、声は消えない。ここには壁が多い。音が跳ね返る。
前方に白い点が並んだ。一定間隔の監視灯が路肩を照らす区間だ。倉庫街のこういう灯りは、道のためじゃない。人と車の輪郭を拾うためにある。
ミラは迷わず言った。
「正面は避ける」
サンが窓越しに見た。標識のない分岐があるか。使える“名前のない道”があるか。
「ある」
ミラが指先だけで示す。
「案内板の枠だけ残ってる。文字が消えてるところ」
車はその分岐へ近づいた。案内板は枠だけ、雨で黒く濡れて反射が乱れている。読めない。だから監視にも引っかかりにくい。ミラは速度を変えすぎないまま、車線の端から影へ滑り込ませた。
そこから先は道路名も表示もない。補修跡だけが続き、片側はフェンス、反対側は倉庫の裏壁。雨が壁を叩く音が、車内に薄く響く。
上のほうで、回転音がした。遠いが規則的で、同じ高さを保つ音だ。
ミラが言う。
「ドローンだ。止まってない」
ジャムは端末の光が漏れないよう、布の内側で指を強く押さえた。サンは窓に寄らない。けれど離れもしない。姿勢だけを整える。右手は普通に置く。左手は光の落ちない影に沈める。
あくまで自然を装う。
回転音は近づいて、遠ざかった。ライトは降りてこない。雨が厚く、視界は揺れる。ミラは車体の位置を一定に保ち、余計な操作をしない。癖を変えると目に付く。
しばらくして、ミラが短く息を吐いた。
「一回だけ寄せる。時間を合わせる場所が欲しい」
サンが聞いた。
「どこだ」
「裏手の搬入口だ」
迷いなく答える。
「荷捌き場の端に死角がある。通りから見えにくい」
ジャムが頷く。
「そこなら、照合しやすい」
追いかけて捕まえるんじゃない。便の動きに時間を合わせて、受け渡しが起きる場所で当てる。戻りが早い便なら、どこかで必ず一度、速度が落ちる。止まるなら一回だけにする。その“一回”を無駄にしないための場所だ。
車はさらに暗い方へ入った。街灯の間隔が広くなり、倉庫の屋根だけが途切れ途切れに見える。低い庇が見えた。正面のシャッターは閉じているが、裏へ回れば荷捌き場がある構造だ。
ミラは車を影へ寄せて止めた。エンジンは切らない。切れば静かになりすぎて逆に不自然だ。回転だけを保つ。雨がボンネットを叩き、低い金属音が続く。
サンが先に降りる。水たまりを踏まない。跳ねた水が光って、輪郭が出る。音の出る面を避け、端の土の縁を踏む。肩が濡れ、服が重くなる。
建物の裏手に搬入口の鉄扉があった。荷捌き場の端。壁とコンテナに挟まれた細い通路。通りからは見えにくい。濡れたコンクリに雨粒が落ち、排水溝へ細い流れができている。木製パレットが二枚、積まれたまま動いていない。台車の跡の黒い線が残っている。ここは今も使われている場所だ。
ジャムも降り、端末を守る位置に手を置いたまま周囲を見る。画面はまだ見ない。見る必要がある瞬間だけでいい。
ミラは運転席から視線を外へ投げずに言った。
「俺は車で待つ。近づく音がしたら合図する」
サンは通路の入口側へ立つ。
「二回」
ミラが頷く。
「二回な」
返事はしない。返事をしたら声が残る。確認は合図だけで足りる。
ジャムは影の深い方へ入った。
「私は中を見る。サンは外」
サンは言葉の代わりに位置で答えた。入口側、外の音を拾える角度。雨と壁の反響の中で、近づいてくるものの気配だけを選り分ける。
雨が少し強くなる。鉄板の端から水が線になって落ち、排水溝の流れが太くなった。音が増えるほど、こちらの存在は薄まる。
遠くでエンジン音が増えた。一定の間隔で近づく。作業車の列だ。尾灯が雨に滲み、角の向こうで一瞬揺れて消える。
ミラが小さく言った。
「来るぞ。車が増えた」
サンは音の方向へ視線を向ける。ジャムは息を整えた。
ここから先は、名前のない帰路の中で、情報を載せている便の動きだけを拾う。
雨が壁を叩く音が、さらに厚くなる。
その厚みの向こうで――どれか一台だけ、違う息をしている。
・検知網の外側
雨は、音を平らにする。
ワイパーが水を払い続けても、フロントガラスはすぐに薄い膜を張り直す。街灯の光は滲み、対向車のヘッドライトは白い線になって流れていく。その中で、前を走る搬送車のテールランプだけが、赤く、鈍く、消えずに残っていた。
追って三十分。
ミラの運転は焦っていないのに、遅くもない。詰めれば気配が残る。離れれば見失う。雨の日はその線が細い。ミラはその細い線だけを踏み外さず、無駄なブレーキも、無駄な加速も入れない。呼吸みたいに一定の距離を保って、車列の隙間と信号の癖を読む。
サンは左手をコートの内側に押し込み、右手だけを膝の上に置いていた。掌が熱い。焦りの熱だ。
追っている時点で、狙いの車両か確定していない。それが一番嫌だった。ここまで来て外れなら、今夜の意味が薄れる。意味が薄れるどころじゃない。次があるかすら分からない。
ジャムは窓の外を見ていた。雨粒がガラスを叩く音が沈黙を薄くする。
薄くしても消えないのは、彼女の中で何かが静かに回っているからだ。サンの焦りとは別の速度で。
ジャムは何も言わない。ただ息を一つ整えて、前のテールランプを見続けている。
前の車両が減速した。ブレーキランプが一瞬だけ濃く赤くなる。
「……止まる」
ミラが小さく言った。
ミラはブレーキを踏まずにアクセルを抜く。車内の体が揺れない減速。音も、癖も、余計なものを残さない。次の瞬間、ライトが落ちる。車内が一段暗くなり、外の白が相対的に強く見えて、逆に影の輪郭がはっきりした。
前の搬送車は壁と壁に挟まれた区画へ入っていく。監視灯の白がにじみ、濡れたコンクリが刃みたいに光る場所だ。雨が反響して、距離感を狂わせる。
ミラは最後まで追い込まない。追っている気配が残る距離で止めない。少し手前、監視灯の死角。反射が弱い角。車体の黒が壁の黒に溶ける位置へ滑り込ませる。
エンジンは切らない。切れば始動音が出る。回転だけを落として、雨音の底に沈める。
窓が指一本分だけ下がった。
「ここ。降りるのは二人」
ミラの声は低い。
「周りに人が居ない場合のみ決行。複数人なら撤退。迷ったら戻れ。俺はここで待つ」
サンは右手だけでドアの取っ手に触れた。金属の冷たさが掌に刺さる。
ジャムがその手首を軽く押さえ、先に小さく息を吐いた。合図の代わり。
ドアが開く。雨の匂いが一気に入り込む。
二人は降りた。正確には、踏む場所を選んで降りた。水たまりを避け、反射の強い面を避け、影の縁だけを使う。
ミラは窓の隙間から二人の背中を見送った。
「増えたら引けよ」
ジャムが頷く。サンは返事をしない。返事の代わりに呼吸の音を消す。
二人は壁沿いに進む。監視灯の白い円の外側をなぞるように。雨粒が肩を叩いても歩幅は変えない。近づくほど、機械の低いうなりが腹に響いた。
区画の奥で、扉が開いた。
男が降りた。作業服の肩が雨を吸って黒く重い。男は車の脇で立ち止まらず、雨を避けるように壁際の庇へ寄った。濡れたままでは触れない、という動き。
胸ポケットの透明カバーが、指でこじ開けられる。端末が引き抜かれ、掌に収まった。画面の白が一瞬だけ雨に浮いて、すぐ滲む。
サンは文字を読まない。読めない距離だ。
見るのは所作だけ。端末を見る時間の長さ、親指の迷い、視線がどこへ流れるか。追ってきた時点では確定できない。だから、ここで確信が欲しい。
男の親指が画面を滑り、止まり、もう一度滑った。確認している。手順を踏んでいる。
それでもサンは決めない。決め打ちは嫌いだ。外したら終わる。
その時、足音が走ってきた。
雨を裂くみたいに、もう一人が駆け込んでくる。呼吸が荒い。声が先に割れた。
「おい! 本部からだ! お前、無線、出てねぇだろ!」
端末を握っていた男が顔を上げる。眉が寄るより先に、喉が鳴った。
「……何だよ」
駆け込んだ男は、濡れたまま言葉を投げる。
「端末が盗まれたと報告があったみてぇだ。……どこの端末かは把握してる」
端末の男の指が、端末の縁を強く掴む。骨が白くなる。
目が一瞬だけ画面から外れて、すぐ戻る。
息が浅くなるのに、口は何も言わない。
駆け込んだ男が、苛立ちを押し殺して続けた。
「でも何の目的で抜かれたか、そこが本部も把握できてねぇ。だから暫定で止めろって――今はそれしかねぇ!」
端末の男は返事をしない。
言葉にしない代わりに、反応だけが増える。
喉が鳴る。指が画面の端を彷徨う。切り替えを探す指。
押す前提の動きなのに、押さない。戻れなくなるのが分かっている。
「……止めたら、次がいつ動くか分からねぇぞ」
「とにかく本部がそう言ってるんだ! 止めるしかねぇだろ!」
端末の男は一度だけ、雨の暗がりを掃くように見た。
それから端末を握り直し、腹を決める。
「……分かった。止める」
サンは、そのやり取りを見ても決めきれない。
端末操作も、緊急の伝言も、それっぽいだけだ。ここで確定だと決め打ちして外したら、取り返しがつかない。しかも相手は二人になった。複数なら撤退――それがサンのルールだ。
サンは雨の向こうの二人を見たまま、奥歯を噛む。
分からない。確定できない。なのに時間だけが減っていく。
そして「止める」という言葉が落ちた瞬間、胸の奥が冷えた。
止まる。止まったら次がいつか分からない。次回がある保証もない。
だからサンは、答えを持っていそうな方へ視線を切った。
ジャムだ。
サンが低く言う。
「……狙いの車両か、まだ確定できてない。けど今夜しかない。だから一か八か――」
ジャムが口角だけ上げる。
「安心して。」
サンの眉がわずかに動く。言葉にならない疑念が、顔にだけ浮いた。
「確定したわよ。良くない形で、ね」
サンが息を止める。
「確定した?どういう事だ?」
ジャムは雨の向こうの二人を、視線だけで示した。声をさらに落とす。
「慌てて“その車”に報告しに来た。つまり本部の指示系統が、あの車両に刺さってる」
サンは一瞬、言葉を失った。確定という音だけが耳に残る。
「……複数だ」
サンが短く言った。
「ルールなら撤退だろ」
ジャムは口角だけ上げた。雨音の中でも呼呼吸は乱れていない。
「タイミングが少しズレただけよ」
サンの眉がわずかに動く。
「ズレた?」
ジャムは勝ち誇らない。淡々と、ただ事実だけを置く。
「本来は、あの男が無線で“直に”受け取るはずだった。受け取って、ひとりで止めて、ひとりで復旧の準備に入る」
「でも無線に出なかった。だから本部が、近くの別の男に伝える様に回した」
「それで伝えに来た男が増えた。単独のはずが、いまだけ複数になった。それだけ」
ジャムはそこで一拍置く。余裕は消えない。
「復旧の動きは結局、ひとりが運ぶ。ひとりが触る。ひとりが開く。だから計画は崩れてない」
ジャムは頷いた。否定しない。
撤退――その言葉が今夜は苦い。
サンは雨の向こうをもう一度見る。端末、無線、止める。全部が混ざって、まだ一つに結べない。
サンの喉が動く。
雨の向こうの二人から目を離さないまま、息をひとつだけ深く吸った。焦りを飲み込み、形に変える呼吸。
「……分かった。今夜で決める」
声は低い。迷いの音だけを切り捨てる。
「お前が“一秒”を抜くなら、俺が“一拍”を作る」
ジャムは、その言葉を受けて口角だけ上げた。余裕は消えない。
「大丈夫。止めたら、動かすために必ず開く」
「開く?」
「止めたままじゃ回らないから」
ジャムの声は雨と同じ温度で、芯だけが硬い。
「画面が開く“一秒”が出る。そこを抜く」
ジャムはコートの内側、雨に濡れない場所から小さな黒い塊を出した。親指の腹に乗るほどのサイズ。防滴のケース。
「超小型スキャナー。端末は奪わない。画面を一秒で抜く」
サンの呼吸が、狙いの形に収束していく。
「……でも目が二つある」
「倒すためじゃない。ズラすため」
ジャムが言う。
「目線と足を止めるだけ。たった一拍」
影の向こうで、ミラの車がわずかに呼吸を変えた。窓の隙間から声が落ちる。
「時間食うほど人増えるぞ」
「分かってる」
ジャムが返す。
「だから、今」
三人は影をずらした。監視灯の白い円を避け、反射が弱い角へ。入口側も奥側も見える“穴”を作る。近すぎず、遠すぎず、声が聞こえるのに輪郭は決まらない距離。
男たちはまだ慌ただしい。駆け込んだ男は無線を握り、短い言葉を投げる。端末の男は庇の下で画面を睨み、指先を止めたり動かしたりしている。
やがて、二人の視線が割れた。
無線の男が半歩外へ出る。雨をまともに浴びる位置で、声を張らざるを得ない。
端末の男は庇の下に残り、画面から目を離せない。
ジャムが、ほんの少し頷いた。
サンは息を吸った。喉が震える。言葉を出せば世界が反応する。
一回だけ。限定。短く。三十二で、一拍。
「風速三十二メートル」
雨が横へ流れた。水膜がめくれ、飛沫が白い幕になる。灯りの滲みが一段濃くなり、輪郭が崩れる。
無線の男は反射的に目を細め、声が一瞬だけ詰まる。
端末の男も肩をすくめるように顔を伏せ、画面へ戻す角度がわずかにズレる。
たった一拍。
倒れない。壊れない。
ただ配置と視線だけがずれる。
その一拍で、ジャムが動いた。
走らない。滑る。
影が影を食うみたいに距離が消える。庇の下へ寄り、端末の男の肩越しへ“入る”。
触れない。奪わない。声も掛けない。
端末の画面が切り替わる。
暫定停止。確認。承認。
止めるために必要な欄だけが明るく開き、濡れた空気に白が浮く。
ジャムの指先に、超小型スキャナーが現れる。
黒い小さな塊が、画面の光へ吸い付くように寄る。
一秒。
音は立たない。立たないから盗みになる。
形のない情報が、形のある情報になる。
端末そのものは、男の手の中に残ったまま。
サンが低く言う。
「撤退」
ジャムは即座に引いた。影へ戻る。庇の外へ出ない。雨に輪郭を預けたまま、二歩で“居なかった場所”に戻る。
飛沫の幕が薄れる。
無線の男の声が戻る。端末の男の視線が周囲へ散る。
だが騒ぎにならない。端末は奪われていない。異常を言葉にする材料がない。
三人は影の外へ溶けた。ミラの車のドアが静かに開き、静かに閉じる。
エンジン音は増えない。雨が全部飲み込む。
車内に戻ると、ジャムの呼吸だけが少し乱れていた。乱れているのに顔は崩れない。
ミラが前を見たまま言う。
「取れたか」
ジャムはスキャナーを掌の中で握り、短く言う。
「取れた」
サンが肩の力を抜く音がした。詠唱の後の酸素の薄さは残っている。だが倒れない。三十二で済ませた。ルール通りだ。
ジャムが端末を取り出す。画面の明かりを最小にして、指先だけで送信先を叩く。
「ケインに送る」
送信。
そして、確認。
数秒後、端末が小さく震えた。
受領の印が出る。
それだけで十分だった。余計な言葉はいらない。
サンは窓の外を見た。雨は降り続いている。監視灯の白も、まだ滲んでいる。
それでも、今夜はもう形のない情報を追う夜じゃない。ジャムの掌の中には、形になった線がある。
サンが言った。
「……終わったな」
ジャムは小さく息を吐いて、頷く。
「うん。依頼は達成」
ミラの車は雨の闇を切って走り続けた。
どこかで普通が回っている。その普通の下で、一本の線が確かに移動していく。
サンは窓の外を見た。
テールランプの残像が消えていく。
その代わり、ジャムの言葉だけが、消えずに残っていた。
車は倉庫街の裏側へ入った。車は倉庫街の裏側へ入った。表通りの灯りが途切れ、看板も途絶える。道は狭くなり、壁が近い。
ミラは飛ばさない。止まらない道だけをつなぐ。見つからないための運転だった。
それでもここまで来るのに時間はかかった。幹線を避け、同じような交差点をいくつも曲がり、橋の下を抜けて、また曲がった。メーターの時計を見たのは一度だけだ。三十分以上。距離の分だけ、淡々と進んでいた。
さっきまでは月が見えていた。倉庫の屋根の切れ目に、白い欠片みたいに浮いていた。それが薄くなり、雲の輪郭が増え、光だけが伸びて形を失っていく。
表通りの灯りが途切れ、看板も途絶える。道は狭くなり、壁が近い。
助手席のジャムは、コートの内側に手を入れて端末を押さえている。画面は胸元の布に隠れたまま、光だけが一度、指の隙間から漏れて消えた。
「戻りが早いのが、一つある」
声は小さい。報告というより独り言に近い。
ミラは前を見たまま、短く返した。
「それで行こう」
サンは窓の外から目を離さない。倉庫の裏壁、フェンス、閉じた搬入口。逃げ道になる隙間があるか、逆に逃げ道を塞ぐ構造か。視線だけで拾う。胸の奥にまだ痛みが残っているが、息は乱れていない。乱れていないことが、逆に怖かった。
「搬送先の地名は出てない。コードだけ」
ジャムが言った。
サンは視線を戻さないまま、必要な部分だけ聞く。
「便番号と時刻は?」
「残ってる。承認の履歴も」
それで十分だった。便というのは、車の“仕事のまとまり”だ。番号と時刻が揃っていて、承認が切れていないなら、今も動いている。戻りが早い便なら遠くへは行かない。近場で受け渡しを繰り返す。その癖は、現場の人間ほど変えられない。
ミラがハンドルをほんの少し切った。車は街灯の明るい側ではなく、影の濃い側へ寄る。大げさな動きじゃない。ただ、光に輪郭を拾われない位置を選ぶ。
車内の会話が減った。必要なことはもう共有されている。余計に喋れば、そのぶん音が残る。
走っているうちに、雨が来た。最初は粒が窓に当たる程度だったのが、すぐに音が厚くなった。路面が濡れて反射が強くなり、遠くの灯りが滲む。
ミラが言う。
「滑るな。少し落とす」
速度がわずかに落ちる。急なブレーキじゃない。水の膜の上を走るための調整だ。タイヤが水を切る音が混ざり、車内の気配が雨に吸われていく。
ジャムが、端末を押さえたまま呟く。
「雨なら、足音は目立ちにくい」
サンは返事の代わりに、息を一つ吐いた。足音は消えても、声は消えない。ここには壁が多い。音が跳ね返る。
前方に白い点が並んだ。一定間隔の監視灯が路肩を照らす区間だ。倉庫街のこういう灯りは、道のためじゃない。人と車の輪郭を拾うためにある。
ミラは迷わず言った。
「正面は避ける」
サンが窓越しに見た。標識のない分岐があるか。使える“名前のない道”があるか。
「ある」
ミラが指先だけで示す。
「案内板の枠だけ残ってる。文字が消えてるところ」
車はその分岐へ近づいた。案内板は枠だけ、雨で黒く濡れて反射が乱れている。読めない。だから監視にも引っかかりにくい。ミラは速度を変えすぎないまま、車線の端から影へ滑り込ませた。
そこから先は道路名も表示もない。補修跡だけが続き、片側はフェンス、反対側は倉庫の裏壁。雨が壁を叩く音が、車内に薄く響く。
上のほうで、回転音がした。遠いが規則的で、同じ高さを保つ音だ。
ミラが言う。
「ドローンだ。止まってない」
ジャムは端末の光が漏れないよう、布の内側で指を強く押さえた。サンは窓に寄らない。けれど離れもしない。姿勢だけを整える。右手は普通に置く。左手は光の落ちない影に沈める。
あくまで自然を装う。
回転音は近づいて、遠ざかった。ライトは降りてこない。雨が厚く、視界は揺れる。ミラは車体の位置を一定に保ち、余計な操作をしない。癖を変えると目に付く。
しばらくして、ミラが短く息を吐いた。
「一回だけ寄せる。時間を合わせる場所が欲しい」
サンが聞いた。
「どこだ」
「裏手の搬入口だ」
迷いなく答える。
「荷捌き場の端に死角がある。通りから見えにくい」
ジャムが頷く。
「そこなら、照合しやすい」
追いかけて捕まえるんじゃない。便の動きに時間を合わせて、受け渡しが起きる場所で当てる。戻りが早い便なら、どこかで必ず一度、速度が落ちる。止まるなら一回だけにする。その“一回”を無駄にしないための場所だ。
車はさらに暗い方へ入った。街灯の間隔が広くなり、倉庫の屋根だけが途切れ途切れに見える。低い庇が見えた。正面のシャッターは閉じているが、裏へ回れば荷捌き場がある構造だ。
ミラは車を影へ寄せて止めた。エンジンは切らない。切れば静かになりすぎて逆に不自然だ。回転だけを保つ。雨がボンネットを叩き、低い金属音が続く。
サンが先に降りる。水たまりを踏まない。跳ねた水が光って、輪郭が出る。音の出る面を避け、端の土の縁を踏む。肩が濡れ、服が重くなる。
建物の裏手に搬入口の鉄扉があった。荷捌き場の端。壁とコンテナに挟まれた細い通路。通りからは見えにくい。濡れたコンクリに雨粒が落ち、排水溝へ細い流れができている。木製パレットが二枚、積まれたまま動いていない。台車の跡の黒い線が残っている。ここは今も使われている場所だ。
ジャムも降り、端末を守る位置に手を置いたまま周囲を見る。画面はまだ見ない。見る必要がある瞬間だけでいい。
ミラは運転席から視線を外へ投げずに言った。
「俺は車で待つ。近づく音がしたら合図する」
サンは通路の入口側へ立つ。
「二回」
ミラが頷く。
「二回な」
返事はしない。返事をしたら声が残る。確認は合図だけで足りる。
ジャムは影の深い方へ入った。
「私は中を見る。サンは外」
サンは言葉の代わりに位置で答えた。入口側、外の音を拾える角度。雨と壁の反響の中で、近づいてくるものの気配だけを選り分ける。
雨が少し強くなる。鉄板の端から水が線になって落ち、排水溝の流れが太くなった。音が増えるほど、こちらの存在は薄まる。
遠くでエンジン音が増えた。一定の間隔で近づく。作業車の列だ。尾灯が雨に滲み、角の向こうで一瞬揺れて消える。
ミラが小さく言った。
「来るぞ。車が増えた」
サンは音の方向へ視線を向ける。ジャムは息を整えた。
ここから先は、名前のない帰路の中で、情報を載せている便の動きだけを拾う。
雨が壁を叩く音が、さらに厚くなる。
その厚みの向こうで――どれか一台だけ、違う息をしている。
・検知網の外側
雨は、音を平らにする。
ワイパーが水を払い続けても、フロントガラスはすぐに薄い膜を張り直す。街灯の光は滲み、対向車のヘッドライトは白い線になって流れていく。その中で、前を走る搬送車のテールランプだけが、赤く、鈍く、消えずに残っていた。
追って三十分。
ミラの運転は焦っていないのに、遅くもない。詰めれば気配が残る。離れれば見失う。雨の日はその線が細い。ミラはその細い線だけを踏み外さず、無駄なブレーキも、無駄な加速も入れない。呼吸みたいに一定の距離を保って、車列の隙間と信号の癖を読む。
サンは左手をコートの内側に押し込み、右手だけを膝の上に置いていた。掌が熱い。焦りの熱だ。
追っている時点で、狙いの車両か確定していない。それが一番嫌だった。ここまで来て外れなら、今夜の意味が薄れる。意味が薄れるどころじゃない。次があるかすら分からない。
ジャムは窓の外を見ていた。雨粒がガラスを叩く音が沈黙を薄くする。
薄くしても消えないのは、彼女の中で何かが静かに回っているからだ。サンの焦りとは別の速度で。
ジャムは何も言わない。ただ息を一つ整えて、前のテールランプを見続けている。
前の車両が減速した。ブレーキランプが一瞬だけ濃く赤くなる。
「……止まる」
ミラが小さく言った。
ミラはブレーキを踏まずにアクセルを抜く。車内の体が揺れない減速。音も、癖も、余計なものを残さない。次の瞬間、ライトが落ちる。車内が一段暗くなり、外の白が相対的に強く見えて、逆に影の輪郭がはっきりした。
前の搬送車は壁と壁に挟まれた区画へ入っていく。監視灯の白がにじみ、濡れたコンクリが刃みたいに光る場所だ。雨が反響して、距離感を狂わせる。
ミラは最後まで追い込まない。追っている気配が残る距離で止めない。少し手前、監視灯の死角。反射が弱い角。車体の黒が壁の黒に溶ける位置へ滑り込ませる。
エンジンは切らない。切れば始動音が出る。回転だけを落として、雨音の底に沈める。
窓が指一本分だけ下がった。
「ここ。降りるのは二人」
ミラの声は低い。
「周りに人が居ない場合のみ決行。複数人なら撤退。迷ったら戻れ。俺はここで待つ」
サンは右手だけでドアの取っ手に触れた。金属の冷たさが掌に刺さる。
ジャムがその手首を軽く押さえ、先に小さく息を吐いた。合図の代わり。
ドアが開く。雨の匂いが一気に入り込む。
二人は降りた。正確には、踏む場所を選んで降りた。水たまりを避け、反射の強い面を避け、影の縁だけを使う。
ミラは窓の隙間から二人の背中を見送った。
「増えたら引けよ」
ジャムが頷く。サンは返事をしない。返事の代わりに呼吸の音を消す。
二人は壁沿いに進む。監視灯の白い円の外側をなぞるように。雨粒が肩を叩いても歩幅は変えない。近づくほど、機械の低いうなりが腹に響いた。
区画の奥で、扉が開いた。
男が降りた。作業服の肩が雨を吸って黒く重い。男は車の脇で立ち止まらず、雨を避けるように壁際の庇へ寄った。濡れたままでは触れない、という動き。
胸ポケットの透明カバーが、指でこじ開けられる。端末が引き抜かれ、掌に収まった。画面の白が一瞬だけ雨に浮いて、すぐ滲む。
サンは文字を読まない。読めない距離だ。
見るのは所作だけ。端末を見る時間の長さ、親指の迷い、視線がどこへ流れるか。追ってきた時点では確定できない。だから、ここで確信が欲しい。
男の親指が画面を滑り、止まり、もう一度滑った。確認している。手順を踏んでいる。
それでもサンは決めない。決め打ちは嫌いだ。外したら終わる。
その時、足音が走ってきた。
雨を裂くみたいに、もう一人が駆け込んでくる。呼吸が荒い。声が先に割れた。
「おい! 本部からだ! お前、無線、出てねぇだろ!」
端末を握っていた男が顔を上げる。眉が寄るより先に、喉が鳴った。
「……何だよ」
駆け込んだ男は、濡れたまま言葉を投げる。
「端末が盗まれたと報告があったみてぇだ。……どこの端末かは把握してる」
端末の男の指が、端末の縁を強く掴む。骨が白くなる。
目が一瞬だけ画面から外れて、すぐ戻る。
息が浅くなるのに、口は何も言わない。
駆け込んだ男が、苛立ちを押し殺して続けた。
「でも何の目的で抜かれたか、そこが本部も把握できてねぇ。だから暫定で止めろって――今はそれしかねぇ!」
端末の男は返事をしない。
言葉にしない代わりに、反応だけが増える。
喉が鳴る。指が画面の端を彷徨う。切り替えを探す指。
押す前提の動きなのに、押さない。戻れなくなるのが分かっている。
「……止めたら、次がいつ動くか分からねぇぞ」
「とにかく本部がそう言ってるんだ! 止めるしかねぇだろ!」
端末の男は一度だけ、雨の暗がりを掃くように見た。
それから端末を握り直し、腹を決める。
「……分かった。止める」
サンは、そのやり取りを見ても決めきれない。
端末操作も、緊急の伝言も、それっぽいだけだ。ここで確定だと決め打ちして外したら、取り返しがつかない。しかも相手は二人になった。複数なら撤退――それがサンのルールだ。
サンは雨の向こうの二人を見たまま、奥歯を噛む。
分からない。確定できない。なのに時間だけが減っていく。
そして「止める」という言葉が落ちた瞬間、胸の奥が冷えた。
止まる。止まったら次がいつか分からない。次回がある保証もない。
だからサンは、答えを持っていそうな方へ視線を切った。
ジャムだ。
サンが低く言う。
「……狙いの車両か、まだ確定できてない。けど今夜しかない。だから一か八か――」
ジャムが口角だけ上げる。
「安心して。」
サンの眉がわずかに動く。言葉にならない疑念が、顔にだけ浮いた。
「確定したわよ。良くない形で、ね」
サンが息を止める。
「確定した?どういう事だ?」
ジャムは雨の向こうの二人を、視線だけで示した。声をさらに落とす。
「慌てて“その車”に報告しに来た。つまり本部の指示系統が、あの車両に刺さってる」
サンは一瞬、言葉を失った。確定という音だけが耳に残る。
「……複数だ」
サンが短く言った。
「ルールなら撤退だろ」
ジャムは口角だけ上げた。雨音の中でも呼呼吸は乱れていない。
「タイミングが少しズレただけよ」
サンの眉がわずかに動く。
「ズレた?」
ジャムは勝ち誇らない。淡々と、ただ事実だけを置く。
「本来は、あの男が無線で“直に”受け取るはずだった。受け取って、ひとりで止めて、ひとりで復旧の準備に入る」
「でも無線に出なかった。だから本部が、近くの別の男に伝える様に回した」
「それで伝えに来た男が増えた。単独のはずが、いまだけ複数になった。それだけ」
ジャムはそこで一拍置く。余裕は消えない。
「復旧の動きは結局、ひとりが運ぶ。ひとりが触る。ひとりが開く。だから計画は崩れてない」
ジャムは頷いた。否定しない。
撤退――その言葉が今夜は苦い。
サンは雨の向こうをもう一度見る。端末、無線、止める。全部が混ざって、まだ一つに結べない。
サンの喉が動く。
雨の向こうの二人から目を離さないまま、息をひとつだけ深く吸った。焦りを飲み込み、形に変える呼吸。
「……分かった。今夜で決める」
声は低い。迷いの音だけを切り捨てる。
「お前が“一秒”を抜くなら、俺が“一拍”を作る」
ジャムは、その言葉を受けて口角だけ上げた。余裕は消えない。
「大丈夫。止めたら、動かすために必ず開く」
「開く?」
「止めたままじゃ回らないから」
ジャムの声は雨と同じ温度で、芯だけが硬い。
「画面が開く“一秒”が出る。そこを抜く」
ジャムはコートの内側、雨に濡れない場所から小さな黒い塊を出した。親指の腹に乗るほどのサイズ。防滴のケース。
「超小型スキャナー。端末は奪わない。画面を一秒で抜く」
サンの呼吸が、狙いの形に収束していく。
「……でも目が二つある」
「倒すためじゃない。ズラすため」
ジャムが言う。
「目線と足を止めるだけ。たった一拍」
影の向こうで、ミラの車がわずかに呼吸を変えた。窓の隙間から声が落ちる。
「時間食うほど人増えるぞ」
「分かってる」
ジャムが返す。
「だから、今」
三人は影をずらした。監視灯の白い円を避け、反射が弱い角へ。入口側も奥側も見える“穴”を作る。近すぎず、遠すぎず、声が聞こえるのに輪郭は決まらない距離。
男たちはまだ慌ただしい。駆け込んだ男は無線を握り、短い言葉を投げる。端末の男は庇の下で画面を睨み、指先を止めたり動かしたりしている。
やがて、二人の視線が割れた。
無線の男が半歩外へ出る。雨をまともに浴びる位置で、声を張らざるを得ない。
端末の男は庇の下に残り、画面から目を離せない。
ジャムが、ほんの少し頷いた。
サンは息を吸った。喉が震える。言葉を出せば世界が反応する。
一回だけ。限定。短く。三十二で、一拍。
「風速三十二メートル」
雨が横へ流れた。水膜がめくれ、飛沫が白い幕になる。灯りの滲みが一段濃くなり、輪郭が崩れる。
無線の男は反射的に目を細め、声が一瞬だけ詰まる。
端末の男も肩をすくめるように顔を伏せ、画面へ戻す角度がわずかにズレる。
たった一拍。
倒れない。壊れない。
ただ配置と視線だけがずれる。
その一拍で、ジャムが動いた。
走らない。滑る。
影が影を食うみたいに距離が消える。庇の下へ寄り、端末の男の肩越しへ“入る”。
触れない。奪わない。声も掛けない。
端末の画面が切り替わる。
暫定停止。確認。承認。
止めるために必要な欄だけが明るく開き、濡れた空気に白が浮く。
ジャムの指先に、超小型スキャナーが現れる。
黒い小さな塊が、画面の光へ吸い付くように寄る。
一秒。
音は立たない。立たないから盗みになる。
形のない情報が、形のある情報になる。
端末そのものは、男の手の中に残ったまま。
サンが低く言う。
「撤退」
ジャムは即座に引いた。影へ戻る。庇の外へ出ない。雨に輪郭を預けたまま、二歩で“居なかった場所”に戻る。
飛沫の幕が薄れる。
無線の男の声が戻る。端末の男の視線が周囲へ散る。
だが騒ぎにならない。端末は奪われていない。異常を言葉にする材料がない。
三人は影の外へ溶けた。ミラの車のドアが静かに開き、静かに閉じる。
エンジン音は増えない。雨が全部飲み込む。
車内に戻ると、ジャムの呼吸だけが少し乱れていた。乱れているのに顔は崩れない。
ミラが前を見たまま言う。
「取れたか」
ジャムはスキャナーを掌の中で握り、短く言う。
「取れた」
サンが肩の力を抜く音がした。詠唱の後の酸素の薄さは残っている。だが倒れない。三十二で済ませた。ルール通りだ。
ジャムが端末を取り出す。画面の明かりを最小にして、指先だけで送信先を叩く。
「ケインに送る」
送信。
そして、確認。
数秒後、端末が小さく震えた。
受領の印が出る。
それだけで十分だった。余計な言葉はいらない。
サンは窓の外を見た。雨は降り続いている。監視灯の白も、まだ滲んでいる。
それでも、今夜はもう形のない情報を追う夜じゃない。ジャムの掌の中には、形になった線がある。
サンが言った。
「……終わったな」
ジャムは小さく息を吐いて、頷く。
「うん。依頼は達成」
ミラの車は雨の闇を切って走り続けた。
どこかで普通が回っている。その普通の下で、一本の線が確かに移動していく。
サンは窓の外を見た。
テールランプの残像が消えていく。
その代わり、ジャムの言葉だけが、消えずに残っていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる